フォッサマグナとは何か — 日本列島を二分する大地溝帯の正体

フォッサマグナの位置と西縁・東縁 山の地質

山の地質を調べていると、ほぼ必ずと言っていいほど「フォッサマグナ」という言葉に行き当たります。火打山でも、甲斐駒ケ岳でも、焼岳でも、それぞれまったく違う文脈でこの言葉が出てきます。富士山も南アルプスもフォッサマグナの上に載っており、北アルプスの西縁はフォッサマグナの端で区切られています。日本の主要な山の地質を語ろうとすると、どこかでこの地帯に突き当たるのです。

「フォッサマグナとは何か」を一言で説明するのはなかなか難しく、「地形的な溝ではなく、地質学的な溝です」と言うと「では具体的には?」という話になります。この記事では、日本列島の「背骨」ともいえるこの地帯を、地球規模のスケールで整理します。

フォッサマグナとは何か

フォッサマグナ(Fossa Magna)はラテン語で「大きな溝」を意味します。日本列島の中央部に位置する大規模な地質構造帯で、東北日本と西南日本を分ける境界です。

発見・命名したのは、明治時代に日本政府に招かれたドイツ人地質学者ハインリヒ・エドムント・ナウマンです。地質調査の過程で、日本列島の中央部に古い地層と新しい地層の境界が存在することを見出し、この地帯を「大きな溝」と名付けました。「ナウマン象」の発見者として教科書に登場する人物でもあり、フォッサマグナの発見とナウマン象という二つの大仕事を同一人物がやり遂げているのは、なかなかの仕事量です。

ここで重要なのは、フォッサマグナが「地形的な溝」ではないという点です。富士山も南アルプスもフォッサマグナの上にどっしりと鎮座していますし、現地を歩いても溝の気配はまったくありません。フォッサマグナは地質学的な溝です。古い岩石が大きくへこんで、そこに新しい地層が厚く堆積した地帯を指します。「大きな溝」と名付けられているのに現地で溝がどこにも見当たらないのは少々紛らわしいのですが、その「溝」は地下数千メートルに沈んでいます。地形図を見ても何も出てこない理由はそこにあります。

フォッサマグナの位置と構造
糸魚川-静岡構造線を西縁とするフォッサマグナ。日本列島を東西に分断する巨大な地溝帯です。

西縁と東縁 — 境界はどこにあるのか

フォッサマグナには西側の境界と東側の境界があります。ところが、この二つは扱いがまったく異なります。

西縁:糸魚川-静岡構造線(糸静線)

西縁は糸魚川-静岡構造線(略して糸静線)として明瞭に確認されています。新潟県糸魚川市から長野県・山梨県を経て静岡市まで、南北に約250kmにわたって延びる断層です。

糸静線はただの断層ではありません。この線を境に、西側と東側では地層の年代がまったく異なります。西側(西南日本)の飛騨山脈には5億年以上前の古い岩石が露出しているのに対し、東側(フォッサマグナ内)には約2,500万年前以降の比較的新しい地層が分布しています。地図上の一本の線を越えると、億年単位の時間が切り替わります。

東縁:研究者によって諸説あり

一方、東縁の位置については現在も議論が続いています。ナウマン自身は直江津〜平塚を結ぶラインを提唱しましたが、その後の研究者たちはさまざまな東縁案を提示しています。現在よく知られているのは、新潟県新発田から長岡市付近の小出を経て関東方面に続く新発田-小出構造線です。ほかにも柏崎〜銚子、柏崎〜千葉市(信越房豆帯)といった案があり、「東縁はここだ」という完全な合意には至っていません。

西縁ほど明瞭な断層が確認されていないことが、東縁の特定を難しくしている主な理由です。フォッサマグナの東側は、その後の地殻変動で構造が複雑に変形しています。発見から150年近く経っても「東の端がどこか」がはっきりしないのは、それだけこの地帯の構造が手ごわいということです。

フォッサマグナはどのようにして生まれたのか

フォッサマグナの形成を理解するには、日本列島の誕生という大きな舞台から話を始める必要があります。

かつて日本列島はアジア大陸の一部だった

今から約2,500万年前より前、日本列島はアジア大陸の東端に接していました。現在の日本海は存在せず、日本列島にあたる場所は大陸の縁でした。

ところが約2,000万〜1,500万年前、大陸の縁が引っ張られるように裂け始めます。ユーラシアプレートが動く中で、日本列島にあたる部分は東西に引っ張られ、地殻が薄く伸びていきます。この東西の引っ張りが本州の折れ目として集中した場所が、現在のフォッサマグナにあたる地帯です。

地殻が伸びて薄くなったその部分は、数千メートルにわたって大きく沈降しました。東北日本と西南日本が観音開きのように分かれていくとき、その「蝶番」の部分が大きくへこんで巨大な溝が生まれたのです。これがフォッサマグナの正体です。

海の底に地層が積もり続けた

日本列島が大陸から分離して日本海が生まれると、フォッサマグナの巨大な溝は海の底になりました。古い地層が大きく沈んだこの溝の中に、2,000万年前から数百万年前にかけて海底の砂や泥、火山噴出物などが次々と積み重なっていきます。

現在、フォッサマグナの溝を埋めている地層の厚さは最大で8,000〜10,000m以上とも推定されています。富士山(3,776m)の倍以上の厚さの地層が地下に埋まっている計算です。地表からは山しか見えないのに、地下にはその山を高さで二倍以上も超える地層が静かに積み重なっています。登山者の視点からすると、重要なものは全部地表に出ていてほしいのですが、この地帯はそうなっていません。

伊豆半島の衝突と隆起

その後、状況は大きく変化します。数百万年前から、フィリピン海プレートが伊豆半島を乗せたまま北上し、日本列島に衝突し始めました。それまで引っ張られていた日本列島は、今度は圧縮される方向に転換します。

この圧縮によって、フォッサマグナを埋めていた地層が隆起し始めました。南アルプスや関東山地は、フォッサマグナの地層が押し上げられてできた山地です。甲斐駒ケ岳の記事でも触れていますが、白い花崗岩の峰々が並ぶ南アルプスの隆起は、まさにこの伊豆弧衝突の産物です。

フォッサマグナが育てた火山列

フォッサマグナにはもうひとつ大きな特徴があります。この地帯に沿って、南北に連なる壮大な火山列が存在するという点です。

北から順に、新潟焼山・妙高山・草津白根山・浅間山・八ヶ岳・富士山・箱根山と、日本を代表する火山が縦一列に並んでいます。これだけの顔ぶれが同一直線上に並ぶのは偶然ではありません。

フォッサマグナへの圧縮が続く中で、糸静線をはじめとする断層帯には地殻に亀裂が多く入っています。マグマにとって、こうした亀裂は地表まで上がりやすい「通り道」になります。フォッサマグナの圧縮が断層を活性化し、その断層がマグマの貫入を促した結果、南北方向にずらりと火山が並ぶ地形が生まれたと考えられています。

火打山の近くに新潟焼山と妙高山が並ぶのも、この構造の延長線上にあります。また、焼岳が北アルプス唯一の活火山としてフォッサマグナ西縁のすぐ東側に位置しているのも、同じ文脈で理解できます。ひとつひとつの火山を個別に調べていると「なぜここに」という疑問が毎回出てきますが、フォッサマグナという構造を押さえておくと、その説明がまとめて一本で通ります。

フォッサマグナと中央構造線の違い

フォッサマグナと並んでよく登場する地質用語に中央構造線(メディアンテクトニックライン)があります。どちらも日本列島を縦断する大構造ですが、性質がまったく異なります。

フォッサマグナは「面」です。幅100km以上にわたる帯状の地質構造帯で、厚い地層が詰まった立体的な地質体です。中央構造線は「線」です。西南日本を東西に横断する断層で、関東から九州まで1,000km近くにわたって続く世界最大級の断層のひとつです。糸静線(フォッサマグナの西縁)とは直交する方向に走っており、静岡県付近で交差します。

「中央構造線はフォッサマグナの西縁と同じものではないのか」と混同されやすいのですが、まったくの別物です。糸静線は南北方向に走るフォッサマグナの「端の線」であり、中央構造線は西南日本を東西に切る別の断層系です。日本列島の地下には複数の大構造が走っており、互いに交差しながら現在の地形を形づくっています。

地質の境界を「見る」ことはできるか

フォッサマグナの存在を地表で実感できる場所があります。代表的なのが、糸静線が通る長野県松本市〜糸魚川市にかけてのルートです。松本平(松本盆地)は糸静線に沿った断層谷で、国道を走っていると地形の雰囲気が変わる区間があります。断層が見えているわけではないのですが、地形の辻褄が急に合い始める感覚があって、「あ、何かが変わった」と思ってから地図を確認すると、だいたい糸静線の近くにいます。

糸魚川-静岡構造線活断層系は現在も活動中の活断層です。日本列島全体の圧縮が続いている限り、この断層はこれからも動き続けます。

フォッサマグナが「埋もれた溝」であることが最もよく観察できるのは、溝の縁に近い地層の露出点です。新潟県糸魚川市周辺では、産総研(産業技術総合研究所)が糸静線最北部の地質構造の解明を進めており、フォッサマグナの縁で東西の岩石が接している地点が確認されています。翡翠(ひすい)の産地として知られる糸魚川も、この地質境界のすぐ近くに位置しています。境界付近の高圧環境が翡翠の生成条件を整えたとされており、地質の境界が特定の鉱物を産み出すという関係がここでも成立しています。

フォッサマグナを知ると山が変わって見える

フォッサマグナという視点を持つと、日本の山の見え方が少し変わります。

南アルプスは、フォッサマグナを埋めた地層が伊豆弧衝突によって押し上げられた山地です。瑞牆山のような奇峰は、フォッサマグナの東縁付近で地下に貫入したマグマが冷えて花崗岩になり、侵食によって露出した姿です。富士山は、フォッサマグナの断層帯が生んだマグマ通路から噴出した成層火山です。火打山は、フォッサマグナの新しい地層が隆起した山で、両隣のフォッサマグナ産火山(焼山・妙高山)に囲まれた非火山体という個性的な立ち位置にいます。

それぞれの山の物語は、フォッサマグナという大舞台の上で起きているサブストーリーです。個別の山の記事を読むとき、頭の片隅にフォッサマグナという地質の大黒柱を置いておくと、各山の成り立ちが一段深いところで理解できます。「なぜこの山がここにあるのか」という問いを追いかけていくと、多くの場合フォッサマグナに行き着きます。地球の時間軸で見れば比較的「最近」の出来事が、これほど劇的な地形を日本列島に刻み込んでいるわけです。


フォッサマグナに関連する山の地質解説は「山の地質カテゴリ」にまとめています。火打山甲斐駒ケ岳焼岳瑞牆山の記事では、この記事で説明した構造が個別の山でどう現れているかを読み解いています。

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