頸城三山のひとつ、火打山(2,462m)。「火打」という名前から火山だと思う人は多いはずです。筆者もそう信じていました。ところが調べてみると、火打山は火山ではありません。
しかも左右には現役の活火山・新潟焼山と、カルデラを持つ妙高山が並んでいます。火山に挟まれながら自分だけ火山ではないという、地質的にかなり特殊な立ち位置です。名前に「火」が入っているのに火山ではないとは、命名した人物に問い合わせたい気持ちになります。

海底だった岩がフォッサマグナの力で山頂へ
火打山の岩体は、約2,300万〜260万年前(新第三紀)に海底に堆積した堆積岩とひん岩(苦鉄質貫入岩)で構成されています。山中からは海生動物の化石も見つかっており、かつてここが海底だったことの直接的な証拠です。標高2,462mの山頂に立ちながら「ここは昔、海の底だったのか」と思うと、足元に対する認識が少し変わります。
この海底の地層を山頂まで持ち上げたのは、フォッサマグナの力です。火打山は日本列島を東西に分断する巨大な地溝帯フォッサマグナの西縁、糸魚川-静岡構造線のすぐ東側に位置しています。約1,600万年前に始まった東西圧縮が、ユーラシアプレートと北米プレート(オホーツクプレート)の押し合いによって海底の堆積層を隆起させ、現在の山容をつくりました。

両隣は火山なのに、なぜ火打山だけ違うのか
頸城三山を並べると、地質的なコントラストが際立ちます。
北隣の新潟焼山(2,400m)は、気象庁が常時監視する活火山で、2016年にも噴火しています。南隣の妙高山(2,454m)は約4万年前に活動した成層火山で、カルデラと中央火口丘(溶岩ドーム)を持つ典型的な火山体です。
この二つに挟まれた火打山だけがマグマの通り道を持たず、海底堆積岩が隆起しただけの山です。同じ山脈に並んでいても、地下にマグマの供給路があるかどうかで山の正体がまったく変わります。焼岳と穂高岳の関係にも通じる話ですが、火打山の場合は「火山に挟まれた非火山」というさらにユニークな配置です。

火山が育てた高層湿原「天狗の庭」
火打山で多くの登山者が足を止めるのが、稜線直下に広がる天狗の庭と高谷池湿原です。池塘(ちとう)と呼ばれる小さな池が点在し、水面に火打山が映り込みます。7月中旬に訪れた早朝、ほぼ無風の池塘は完全な鏡になっていて、水面の像と実物のどちらを見ているのか一瞬判断がつかなくなるほどでした。
なぜ標高2,000mを超える稜線に湿原があるのか。その鍵は、皮肉にも隣の火山にあります。妙高山や焼山の噴火で飛んできた溶岩や火山灰が、火打山の緩斜面に水を通さない不透水層を形成しました。そこへ日本海側の豪雪がもたらす大量の雪解け水が流れ込み、行き場を失った水が湿原をつくったのです。
火打山自身は火山ではないのに、火山のおかげで湿原という景観を手に入れています。隣が噴火するたびに不透水層が着実に整備されてきた、という見方もできます。

日本海の豪雪が山をつくり、湿原を育てる
火打山の地質と景観を語るうえで、日本海の存在は外せません。冬の北西季節風が日本海(対馬暖流)の上で大量の水蒸気を吸い上げ、2,000m超の頸城山塊にぶつかって膨大な降雪をもたらします。
7月中旬に登ったにもかかわらず、登山道のあちこちにまだ雪渓が残っていました。「夏山のつもりで来たが、どう見ても残雪期の条件ではないか」と思いながら踏み込む雪渓は、夏靴のソールにそれなりの不安を感じさせるものでした。この雪がゆっくり溶けて湿原に水を供給し続けるからこそ、盛夏でも池塘が干上がることなく、高山植物の楽園が維持されています。
そしてこの豪雪自体が、約2,500万年前に日本列島が大陸から分離して日本海が誕生したことの産物です。大陸の裂開→日本海の誕生→豪雪→湿原の形成。地球規模の地殻変動が、火打山の池塘に咲くハクサンコザクラの一輪にまでつながっています。スケールの落差が大きすぎて実感しにくいですが、因果関係としては一直線です。

フォッサマグナとの位置関係
火打山を含む頸城山塊は、フォッサマグナの西縁に位置しています。糸魚川市内を通る糸魚川-静岡構造線は、火打山のすぐ西側を南北に走っています。フォッサマグナは北米プレートとユーラシアプレートの境界にあたり、約2,000万年前に日本列島が大陸から分離した際に形成されました。
この大構造帯の近くに位置するからこそ、頸城山塊には複雑な地殻構造が生まれています。焼山や妙高山のようにマグマが地表に達する火山と、火打山のようにマグマの通り道を持たない非火山体が隣り合うのは、フォッサマグナ周辺に特有の地質的な複雑さがあるためです。地形図でこの三山の位置関係を確認すると「なぜこの並びになったのか」という疑問が自然に出てきますが、その答えは地下数十kmのプレート配置まで遡ることになります。

夏の火打山:池塘と残雪の別世界
7月中旬の火打山は、残雪と高山植物と池塘が同時に見られる時期です。登山口から樹林帯を抜けると視界が突然開けて、天狗の庭が現れます。手前に池塘、中景に残雪帯、奥に山頂という三段構造がそのまま目に飛び込んできて、数秒間その場に立ち止まりました。脳が「どこから処理すればいいか」を整理するのに少し時間がかかる、という経験はなかなかありません。
山頂からは360度の展望で、北に焼山の噴気が確認でき、南に妙高山のどっしりした山容が構え、西には日本海がうっすら光っています。火山に挟まれた非火山の山頂で湿原を見下ろしながら「この山は火山ではないのに、火山のおかげでこれだけ豊かな景観になっているのか」と改めて気づきます。地学の構造としては実に合理的な話ですが、現場でそれを理解するには少し時間がかかりました。

火山ではないからこそ持てた景観
火打山は、フォッサマグナの力で海底から押し上げられた堆積岩の山が、両隣の火山から溶岩と火山灰の恩恵を受け、日本海の豪雪で湿原を育てたという、複数の地球活動が重なり合った結果です。火山ではないからこそ、噴火で地形が激変することなく穏やかな稜線と豊かな湿原を保ち、「花の百名山」と呼ばれる植物の楽園になりました。
同じフォッサマグナの力で生まれた山でも、焼岳(活火山)や立山(氷河の山)とはまったく異なる地学の物語がここにあります。
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