北アルプスの名峰・立山(3,015m)は、日本で数少ない現存する氷河を抱え、山頂直下には噴気を上げる地獄谷があり、山麓には巨大な侵食カルデラが広がっています。隆起・火山・氷河という三つの地球の力が重なり合った、地学的にかなり密度の高い山です。
なぜこの場所に3,000m級の山がそびえ、なぜ氷河が今も残っているのか。その答えは、地球の奥深くで続くプレートの衝突にあります。アルペンルートのバスで標高2,450mまで運んでもらえるため「アクセスのいい山」という印象を持ちがちですが、バスが便利なのは人間の都合であって、山の成り立ちはその逆で、何千万年もかけて地球が全力を出した結果です。

二段階の隆起が3,000m峰をつくった
立山を含む北アルプスは、ユーラシアプレートと北米プレート(オホーツクプレート)の境界付近に位置しています。この二つのプレートが互いに押し合う圧縮力が、北アルプスの隆起を駆動しています。
立山連峰の隆起は二段階で進みました。第一段階は約250〜150万年前、地下に巨大なマグマだまりが形成され、その浮力で地表が押し上げられました。第二段階は180〜160万年前以降で、プレート運動による地殻変動が隆起をさらに加速させました。
GPS測定によると、立山は現在も年間約3.8mmの速度で隆起を続けています。100万年で3,800mの上昇に相当する計算です。年間3.8mmは人の爪が伸びる速さとほぼ同じで、地球はそのペースで3,000m峰をつくりました。爪を切らずに3,000万年放置すると山脈ができる計算ですが、侵食という名の爪切りが同時に働いているため、実際の山の高さは「隆起と侵食の差し引き」で決まっています。

日本の氷河の7割が集中する立山連峰
「日本に氷河があるの?」と驚かれることがあります。氷河といえばアルプスやパタゴニアの専売特許というイメージが強く、筆者も最初は半信半疑でした。ところが日本全体で確認されている7つの氷河のうち、5つが立山連峰に集中しています。代表的なのが雄山の東面にある御前沢氷河で、厚さ約30m、長さ約400mの規模があります。
なぜ立山に氷河が残っているのか
最大のポイントは日本海からの湿潤な気団です。日本海側に位置する立山連峰は冬季に大量の降雪を受け、年間積雪量は8mを超えることもあります。この異常なまでの積雪が、3,000m級の高所で夏を越して氷河として残るのです。
最終氷期(約2万年前)には、氷河の規模は現在の10倍以上で、長さ10kmにも達したと推定されています。現在は温暖化により1km以下にまで縮小していますが、それでも氷河としての「流動」が確認されています。2012年に学術的に認定された御前沢氷河は、月10cm未満のゆっくりとしたスピードで流れ続けており、現役の氷河です。
山頂から室堂平を見下ろすと、すり鉢状の凹地が目に入ります。「あ、これ教科書で見たやつだ」と思わず声が出るほど、形が整っています。これは氷河が山肌を削ってつくったカール(圏谷)で、山崎カールは日本で初めて科学的に確認されたカールとして知られています。みくりが池も、氷河地形に水がたまってできた池です。

立山カルデラ:侵食がつくった巨大な凹地
立山の東側には、東西6.5km、南北5.0kmという巨大なカルデラが広がっています。「カルデラ」と聞くと阿蘇山のような噴火でドカンと陥没したものを想像しますが、立山カルデラは世界的にも珍しい侵食カルデラです。噴火ではなく、雨と雪にじわじわ削られてできた巨大な穴で、地球の「爆破解体」ではなく「風化解体」とでも言えます。
約22万年前に立山西斜面で火山活動が始まり、その後火山活動が終息すると、脆くなった火山体が河川侵食と斜面崩壊によって急速に削られていきました。現在も年間100万トン以上の土砂が流出しており、明治時代から続く砂防工事の対象になっています。
1858年(安政5年)には大規模な山体崩壊「鳶山崩れ」が発生し、約180億立方メートルの土砂が常願寺川を流れ下って富山平野に甚大な被害をもたらしました。立山カルデラは、火山が「つくる」だけでなく「壊れていく」プロセスをリアルタイムで見せてくれる場所です。
地獄谷:今も続く火山の息づかい
室堂平から少し下ると、白い噴気が立ち上る地獄谷があります。視覚より先に匂いが来て、遊歩道を歩いていると前触れもなく硫黄の気配が漂ってきます。振り向くと白煙が上がっていて、「ああ、地下が生きているな」と実感する瞬間です。立山(弥陀ヶ原火山)は気象庁が常時観測する活火山で、地獄谷はその現れです。
立山火山のマグマ噴火は約10万〜数万年前に終了しましたが、地下にはまだ熱源が残っており、江戸時代には地獄谷で水蒸気噴火が複数回記録されています。現在は硫化水素の濃度が危険レベルに達することがあるため立ち入り禁止ですが、遊歩道からその噴気活動を間近で観察できます。風向きが変わると観光客の「くさい!」という声が揃いますが、あの匂いこそ地下の熱源が今も働いている証拠で、観光地の演出ではありません。

フォッサマグナとの位置関係
立山を含む飛騨山脈(北アルプス)は、日本列島を東西に分断する巨大な地溝帯フォッサマグナの西縁に位置しています。フォッサマグナの西端を画す糸魚川-静岡構造線は、立山の東側を南北に走っています。
この構造線は、約2,000万年前に日本列島が大陸から分離する際に形成されました。北米プレートとユーラシアプレートがぶつかり合う境界にあたり、立山一帯に東西方向からの強い圧縮力が働いています。
約2,500万年前のリフティング開始から約1,500万年前の本格的な日本海拡大を経て、日本列島は大陸から切り離されました。このとき北東日本は反時計回りに、南西日本は時計回りに回転し、現在の弓なりの列島が形成されました。立山の急速な隆起は、この大陸分離から続くプレート運動の力の表れです。

夏の立山:雲海の上に広がる別世界
8月中旬の立山は、チングルマやハクサンイチゲといった高山植物が咲き誇り、雲海の上に壮大なパノラマが広がる季節です。アルペンルートの室堂ターミナルから大汝山の山頂まで約2時間。コースタイムだけ見ると「本当にこれで3,000m峰なのか」という気もしますが、その分だけ山頂での時間をゆっくり取れます。防寒着は必携で、稜線に出た瞬間に体感温度が数℃単位で落ちます。

山頂から室堂平を見下ろすと、みくりが池の青、ハイマツの緑、地獄谷の白い噴気が広がっていて、地形図で見ていた地形が立体的に組み上がる感覚があります。視線を遠くに向けると、剱岳の鋭い稜線が空を切り、その向こうに日本海が霞んでいます。「次は剱だな」と思わない登山者はほぼいないでしょう(帰宅後にルートを調べて正気に返るところまでがセットです)。剱岳の険しさもまた氷河の仕業で、最終氷期に氷河が岩壁を削り取った結果、あのナイフリッジが生まれました。プレートの力で押し上げられた山体を、氷河がさらに彫刻する。この景色のすべてが、地球の力の産物です。

地球の力が重なる場所
立山は、プレートの衝突による隆起、火山活動による地形の創造と破壊、そして氷河による侵食という三つの力が重なり合った場所です。室堂平に立つだけで、カール地形、火山の噴気、巨大カルデラを一望でき、地球のダイナミズムを五感で実感できます。しかもこの山は今も年間約3.8mm隆起を続けており、プレートの力は現在進行形です。
同じ北アルプスのプレート沈み込みが生んだ活火山については焼岳の地質解説で取り上げています。花崗岩と断層が生んだ岩山に興味がある方は瑞牆山の地質解説もあわせてどうぞ。



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