御嶽山の地質:水蒸気噴火はなぜ起きたのか、3,067mの活火山を地球規模で読む

山の地質

御嶽山(おんたけさん、3,067m)の稜線に出た9月下旬、最初に気づいたのは風景の異質さでした。砂礫と岩塊が続く道の脇に、いくつもの鳥居と慰霊碑が立ち、稜線の先には土嚢袋が積み上げられた火口跡が見えます。硫黄の匂いはありません。それでも足元の岩は黄色く変色していて、「ここで何が起きたか」を無言で伝えてきました。

2014年9月27日、御嶽山は噴火しました。マグマが地表に出てきたわけではありません。地下の熱水が突然沸騰・爆発する「水蒸気噴火」でした。63名が亡くなり、戦後最悪の火山災害として記録されています。なぜこの山で、なぜあのとき、予告なしに水蒸気噴火が起きたのか。その問いに答えるには、日本列島の成り立ちから考える必要があります。

御嶽山の全景と紅葉
9月下旬、麓から見上げた御嶽山。紅葉が始まった灌木と荒涼とした岩峰のコントラストが印象的

フィリピン海プレートの沈み込みが御嶽山をつくった

御嶽山の位置は、長野県と岐阜県の県境。地質学的に見ると、フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込む境界の延長上に当たります。

海洋プレートが深さ100〜150kmまで沈み込むと、プレートに含まれていた水分が周囲のマントルに放出されます。水が加わるとマントル岩石の融点が下がり、マグマが発生します。こうして生まれたマグマが地表に噴き出す場所を結ぶと、一本のラインが浮かび上がります。これが「火山フロント」と呼ばれる分布線で、御嶽山はまさにこのライン上に位置しています。

同じフィリピン海プレートの沈み込みによってつくられた火山は、富士山・箱根・伊豆大島など東海から関東にかけて並んでいます。御嶽山は「なぜかそこだけ孤立した高山」ではなく、プレート運動という地球規模のシステムの産物として、日本のほかの火山と同じ列の上にあります。そう理解すると、中央アルプスの外れにこの山が3,067mという高さで存在している理由が、少し腑に落ちます。

78万年前から続く「二段階の火山活動」

御嶽山の歴史は大きく二つに分かれます。

古期御嶽火山(78万年前以前〜約39万年前)は、降下テフラ(火山灰・軽石)と溶岩流を繰り返す活動期です。流紋岩〜デイサイト質の組成が多く、現在の山体の基盤をつくりました。

続く静穏期(約39万年前〜約9万年前)は、約30万年にわたる沈黙です。この間、御嶽山は侵食され、現在の地形の土台が形成されました。槍ヶ岳や穂高岳が生まれた時代と重なりますが、御嶽山だけが活動を休止していました。30万年という時間の長さは、人類の歴史(約300万年)の10分の1に相当します。地質学的にはそれほど「ちょっと休んだ」感覚なのかもしれません。

新期御嶽火山(約9〜11万年前〜現在)になると、大規模な軽石噴火とカルデラ形成で再始動します。その後、摩利支天山群・継母岳など複数の火山体が南北方向に連なり、現在の複雑な山頂地形をつくり上げました。最高峰・剣ヶ峰(3,067m)はこの時期に形成された安山岩質の火山体の頂点にあたります。

地質学的に見て、御嶽山はいま「活動の谷間」にいるわけではありません。1979年・2007年・2014年と噴火を繰り返しており、現在も気象庁の常時観測火山に指定されています。

一ノ池から五ノ池まで——5つの火口湖が語る爆発の痕跡

御嶽山の山頂部で目を引くのは、南北方向に並ぶ5つの火口湖(一ノ池〜五ノ池)です。それぞれが独立した噴火サイクルによって掘り込まれた火口に水が溜まったもので、形成時期も微妙に異なります。

二ノ池は標高2,905mにあり、日本最高所の湖として知られます。2014年の噴火では噴石と火山灰が大量に堆積し、池の色と形状が大きく変わりました。三ノ池は水深約13mで最も深く、コバルトブルーの水面を保つことで知られます。約9,000年前に形成されたとされ、摩利支天火山群の活動跡が残っています。

剣ヶ峰から下を覗き込むと、一ノ池(乾燥した火口地形)と二ノ池(白濁した水面)が隣り合って見えます。同じ山の頂上に、この規模の穴が複数並んでいるという光景は、どう見ても穏やかな山頂の景色ではありません。5つの火口が一列に並んでいること自体が、御嶽山の火山活動が単一の噴火口から起きたのではなく、南北方向の割れ目噴火・複数の火山体の活動によって積み重ねられてきた歴史を反映しています。

御嶽山山頂部から見た一ノ池と二ノ池
剣ヶ峰から見下ろした一ノ池(手前、乾燥した火口)と二ノ池(奥、白濁した水面)。二つの火口が並ぶ光景が、複数の噴火サイクルを物語る
御嶽山一ノ池跡地と土嚢袋
山頂付近から見た一ノ池跡地。噴石から守るための土嚢袋が積まれ、噴火の爪痕が今も生々しく残る

2014年9月27日の噴火:水蒸気爆発のメカニズム

2014年9月27日11時52分、御嶽山の山頂南西の「地獄谷」付近で突然噴火が発生しました。紅葉シーズンの土曜日の昼前という、登山者が山頂付近に最も多く集まるタイミングでした。

この噴火で注目すべきは、マグマが直接噴き出したわけではないことです。火山灰を分析しても、新鮮なマグマ由来の物質はほとんど検出されませんでした。代わりに噴出したのは、地下に蓄積されていた高温の熱水と水蒸気です。地下の熱水溜まりが火山ガスによって加熱され続け、ある時点で圧力が限界を超えて爆発的に気化した——これが水蒸気噴火(フリアティック噴火)のメカニズムです。圧力鍋に蓋をして火にかけ続けるようなものですが、鍋の中身は外から見えないし、蓋がいつ吹き飛ぶかもわかりません。

御嶽山 水蒸気噴火のメカニズム
水蒸気噴火の仕組み。マグマの熱で地下水が急激に気化し、爆発的に噴出する

なぜ予知できなかったのか

マグマを伴う噴火であれば、マグマの上昇に伴う地震活動の増加や地殻変動が事前に検出されやすい状況にあります。一方、水蒸気噴火は地下の熱水系が短時間で不安定化して起きるため、前兆現象が極めて小さく、現在の観測技術では数時間前でさえ検知が困難なことが多い。当日の噴火警戒レベルは「1(平常)」のままでした。

噴石の初速は約360m/秒(音速に迫る速さ)。火口から500m圏内には逃げ場がほとんどありませんでした。63名の犠牲は、この予知困難なメカニズムに起因しています。「なぜ警報が出なかったのか」という問いに対する答えは、技術や体制の問題以前に、水蒸気噴火という現象そのものが持つ物理的な限界にあります。この噴火以降、気象庁は火山監視体制を抜本的に見直し、御嶽山周辺には火山観測施設が大幅に増設されました。

御嶽山頂付近の鳥居と石段
山頂神社へ続く鳥居と石段。2014年の噴火以降も参拝が続けられ、犠牲者を悼む場所として整備されている
御嶽山噴火犠牲者の慰霊碑碑文
慰霊碑に刻まれた碑文。「平成二十六年九月二十七日 午前十一時五十二分 水蒸気噴火 犠牲者 五十八名 行方不明者 五名」と記されている

登山ルートで読む地質ポイント

黒沢口ルート(王滝口)を歩くと、御嶽山の地質をそのまま垂直断面として歩くことになります。

8合目〜9合目:安山岩の山体を歩く

8合目から上は植生が急減し、安山岩質の岩塊が支配的になります。灰色〜褐色の岩肌は新期御嶽火山の活動で噴出した安山岩で、複輝石(斜方輝石+単斜輝石)を含む典型的な沈み込み帯由来のマグマからできています。岩面に手を当てると、細かい気泡の跡が無数にある独特の引っかかりがあり、溶岩が急冷されたときに閉じ込められたガスの抜け穴がそのまま残っているのがわかります。溶岩流の流れ方向を示す流理構造が岩面に残っている場所もあり、何万年も前に固まった瞬間の動きが石の表面に刻まれています。

山頂部:変質岩と火口地形

剣ヶ峰(3,067m)の山頂付近には「火気厳禁」の看板と立入禁止ロープが張られています。山頂部の岩石の多くは変質岩です——火山ガス(硫化水素・二酸化硫黄)と熱水が岩石を化学的に侵食・変質させ、白〜黄色に脱色したものが目立ちます。2014年の噴火で噴出した火山灰の大部分もこの変質岩片が主成分でした。白く染まった火口壁の岩肌は、地下で熱水系が今も活発に動いていることを示す、リアルタイムの証拠です。慰霊碑と変質岩が並ぶ山頂部の光景は、この山が「過去に噴火した山」ではなく「今も動いている山」であることを、説明抜きで伝えてきます。

御嶽山の白く変質した火口壁
剣ヶ峰直下の火口壁。火山ガスと熱水によって岩石が白く変質している。この変質帯が水蒸気噴火の噴出物の主成分となった

「生きている山」を登るということ

御嶽山を登った9月下旬、山頂には土嚢袋が積まれ、立入禁止テープが風に揺れていました。それでも山頂標識の前に立つと、眼下に広がる雲海と、遠くに見える南アルプスの稜線が、この山が3,067mにあることをあらためて伝えてきます。

御嶽山はプレートの沈み込みによってつくられ、30万年の静穏期を経て再始動し、複数の火口湖を形成しながら現在に至ります。その過程で2014年には水蒸気噴火という予知困難な現象で63名の命を奪いました。「危険だから行かない」ではなく、「どういうリスクがあり、今どういう状態にあるのかを理解した上で登る」——そういう関わり方がこの山に対しての正直なスタンスだと考えています。

登山前には気象庁の御嶽山の火山活動情報を確認することを強く勧めます。常時観測火山として噴火警戒レベルと観測データが公開されています。

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