日本に現存する氷河は、2026年時点で9つです。すべて北アルプス北部(立山・剱岳・後立山連峰〜白馬連峰)に集中しています。「日本に氷河はない」が地学の常識だった時代は2012年に終わり、その後も確認が相次ぎました。「日本の氷河は7つ」と書かれた記事がまだ多く残っていますが、白馬村の杓子沢・不帰沢が加わった現在の正解は9つです。
この記事のポイントは3つです。氷河と雪渓の違いは「流れているかどうか」の一点であること。9つの氷河の場所と規模。そして、ヨーロッパアルプスより1,000m以上低い日本の山に、なぜ氷河が残れるのかという理屈です。最後に、そのうちの一つに三度通った個人的な話も書きます。

氷河と雪渓は何が違うのか?
違いは一点だけ、「氷の塊が重力で常に流動しているかどうか」です。夏を越して残る雪渓(多年性雪渓)は飛騨山脈だけで400以上ありますが、その多くは「動かない氷」で、氷河ではありません。氷の厚さがおよそ30mを超えると、氷自身の重さで内部が変形し、ゆっくり流れ始めます。実際、日本で氷河と確認された雪渓はすべて氷厚25m以上という共通点があります。
問題は「流れている」ことの証明でした。日本の雪渓は氷体の上に毎年20m級の雪が積もり、観測用のポールを立てても雪ごと倒れてしまいます。長年誰も流動を実証できなかったのは、観測者の努力不足ではなく、雪が多すぎたせいです。突破口は測量用GPSと地中レーダーでした。立山カルデラ砂防博物館の福井幸太郎氏らは、融雪末期の氷体に直接ポールを固定し、誤差1〜2cmの精度で位置を測る方法で、2012年に御前沢・三ノ窓・小窓の3つが「1ヶ月で最大30cm動いている」ことを実証しました(『雪氷』74巻)。ちなみに氷河を「認定」する公的機関はどこにもなく、査読論文と学会の合意がすべてです。世界遺産のような認定式はありません。論文が通って、誰も反論しなかったら氷河です。


日本の氷河9つ・全リスト
9つの氷河の位置は、地形図で見ると驚くほど偏っています。全部が北アルプス北部、それも日本海からの季節風が直撃する山域の、東向きの谷にほぼ集中しています。

| 氷河名 | 山域 | 確認年 | 長さ | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 御前沢氷河 | 立山・雄山東面 | 2012年 | 約780m | 日本初の現存氷河の一つ |
| 三ノ窓氷河 | 剱岳東面 | 2012年 | 約1,200m | 氷厚48m以上・国内最大級 |
| 小窓氷河 | 剱岳東面 | 2012年 | 約900〜1,200m | 流動速度 年約3.8mで国内最速 |
| カクネ里氷河 | 鹿島槍ヶ岳北東面 | 2018年 | 約790m | 長野県初・末端1,795mは国内最低所 |
| 池ノ谷氷河 | 剱岳西面 | 2018年 | 約950m | 国内で唯一の西向き |
| 内蔵助氷河 | 立山・富士ノ折立直下 | 2018年 | 約350m | 国内最高所・約1,000年以上前の氷を含む |
| 唐松沢氷河 | 唐松岳(白馬村) | 2019年 | 約1,100m | 白馬エリア初 |
| 杓子沢氷河 | 杓子岳(白馬村) | 2025年 | — | 氷厚約43m |
| 不帰沢氷河 | 不帰ノ嶮(白馬村) | 2025年 | — | 最新の確認例 |
数値は『雪氷』『地理学評論』の各論文と新潟大学・白馬村の公表値によります。白馬岳の白馬沢雪渓でも流動データが得られており、確認されれば10例目になる見込みです。つまりこのリスト、まだ伸びる可能性があります。
立山と剱岳——5つの氷河が集まる核心部
富山県側の立山・剱岳には5つの氷河が集まります。中でも面白いのは内蔵助氷河です。長さ350mと最小ながら、内部の氷は約1,000〜1,700年前のものを含む「国内最古の氷」で、いわば平安時代の雪が固まって生き残っています。しかも室堂から歩ける一般登山道のすぐ下にあり、9つの中で唯一、普通の登山者が近くまで行ける氷河です。流動速度は年約3cmと国内最遅で、氷河と呼ぶには少し申し訳なくなる歩幅ですが、それでも千年動き続けてきました。昨年の秋、6歳の娘を連れて雄山に登ったときも、一般ルートから氷河そのものは見えませんでした。それでも「この稜線の東側に平安時代の氷が埋まっている」と思いながら歩くと、ただの岩の登りに千年の奥行きが出ます。娘には「雪のかたまり」としか説明できませんでしたが、概ね正しい説明です。

剱岳は3つの氷河を抱える「日本一の氷河の山」です。氷厚48m以上の三ノ窓氷河、国内最速・年約3.8mで流れる小窓氷河。最速といっても1日あたり約1cmで、時速に直すと議論する気も失せる数字ですが、氷の塊が確かに山を削りながら動いています。剱岳があれほど険しい理由も、氷河の侵食と切り離せません。
後立山と白馬——新しく見つかり続けるエリア
長野県側では2018年にカクネ里氷河(鹿島槍ヶ岳)が県内初の氷河となり、2019年に唐松沢、2025年に杓子沢・不帰沢と、白馬村周辺で確認が続いています。唐松沢以降の調査は白馬村へのふるさと納税も財源になっていて、氷河が地域の資産として調べられ始めているのが近年の変化です。

実は私は、7月末の後立山縦走で白馬岳から唐松岳まで歩き、不帰ノ嶮も越えたことがあります。当時はガスの中の岩場を必死に通過しただけで、足元の谷のことなど考えもしませんでした。その谷が何年も経ってから「氷河でした」と発表されたわけです。知らずに氷河の縁の上を歩いていたことになります。日本の氷河は、登山者が気づかないまま通り過ぎるほど、稜線のすぐ下で静かに流れています。
なぜ低緯度・低標高の日本に氷河が残れるのか?
答えは「世界有数の豪雪と、雪を一点に集める地形の合わせ技」です。氷河が存続する条件は、夏に融ける量より冬に積もる量が多いこと。日本アルプスの標高では本来、気候だけを見れば氷河は維持できません。それを覆すのが降雪量です。立山室堂の年降水量は5,000mm超と推定され、これは世界の氷河地帯と比べても桁外れの多雪です。
さらに地形が効きます。9つの氷河はすべて、急峻な岩壁に囲まれた谷底にあります。稜線を越えた雪は風下側の谷に吹き溜まり、岩壁の雪は雪崩となって谷底へ集まる。『地理学評論』のカクネ里の研究によると、冬の涵養量(雪の供給)は降雪だけの場合の2倍以上に達します。谷が深いので夏の日射も遮られます。新潟大学の2025年の研究は、こうした地形効果によって気候的な雪線よりはるかに低い標高約2,200mに局所的な涵養域ができていることを示しました。要するに日本の氷河は、山がつくる「雪の貯金箱」の中でだけ生きられる存在です。

カール(圏谷)やU字谷など、氷河が地形に残した痕跡については氷河地形とは何かで詳しく解説しています。
日本の氷河は消えてしまうのか?
世界的には悲観的な予測が主流です。日本の9つが全部含まれる「面積0.5km²以下の小規模氷河」は、気温上昇が1.5℃に抑えられても2100年までにほとんどが消えるとする予測があります(Rounce et al. 2023)。ところが実測データを見ると、日本の氷河は妙にしぶといのです。カクネ里氷河の面積は61年間でわずか12%減。同じ期間にケニア山の氷河が74%減ったのと比べると、縮小速度は桁違いに遅い。年間の質量収支がほぼ「冬の降雪量」で決まる日本型の氷河は、夏の気温上昇の影響を受けにくいためです。ただし例外もあり、内蔵助氷河は氷厚があと3m減ると流動が止まり、「元・氷河」に戻ると予測されています。9つという数字は、増える可能性と減る可能性の両方を抱えています。
氷河に三度通ってわかったこと
私はこのリストの中のカクネ里氷河に、真冬の遠見尾根から三度会いに行っています。登山道の整備された尾根からでも、厳冬期のテント泊装備で丸一日かけてようやく展望地に着きます。初回は視界ゼロで敗退同然、見えたのは自分の吐く息だけでした。それでも通ったのは、「日本に氷河がある」という事実を頭で知っているのと、雪の谷が朝日で染まる瞬間に「あの下で氷が動いている」と実感するのとでは、まったく別の体験だったからです。

三度の顛末はカクネ里雪渓に恋して——三度の冬、氷河をひと目見るために遠見尾根へに書きました。氷河の理屈はこの記事で足りますが、氷河に通う人間の理屈はあちらをどうぞ。
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