カクネ里雪渓に恋して——三度の冬、氷河をひと目見るために遠見尾根へ

遠見尾根から見たカクネ里氷河と鹿島槍ヶ岳の残雪期の姿 登山記録
遠見尾根から望むカクネ里氷河(鹿島槍ヶ岳)

カクネ里雪渓(かくねさとせっけい)は、鹿島槍ヶ岳の北東にひっそりと横たわる、長野県内で初めて「氷河」と認められた雪渓です。標高1,795〜2,160mの深い谷に、長さ約700m・幅約250m・厚さ約40mの氷の塊が眠っています。登山道はなく、その谷に立つことすら簡単ではありません。それでも私は、この雪渓をひと目見るためだけに、真冬の遠見尾根へ三度通いました。

正直に打ち明けると、私はカクネ里雪渓が好きすぎます。展望のいい百名山でも、登頂の達成感でもなく、ただ谷の奥で静かに白く光っている氷の塊に、心を掴まれてしまいました。この記事は地質の解説というより、ひとつの雪渓に通い続けている個人的な記録です。それでも「なぜここに氷河があるのか」という理系的な問いは、通うほどに深まっていきました。

遠見尾根から見たカクネ里雪渓と鹿島槍ヶ岳
遠見尾根から望むカクネ里雪渓。V字に切れ込む谷を白く埋めるのが、いまも動く氷を抱えた雪渓。この眺めを見るために冬の尾根で幕営します。

カクネ里雪渓とは何か

カクネ里は、鹿島槍ヶ岳の北峰から南東に延びる東尾根、そこから北東に分かれる天狗尾根、その北側に深くえぐれたU字形の谷です。氷河地形でいう圏谷(カール)にあたります。長らくここは「万年雪(多年性雪渓)」だと思われていましたが、2018年、雪の下に長さ約700mの氷体があり、それがゆっくり流動していることが確認され、長野県内で初めての氷河として認められました(環境省・長野県山岳総合センターの調査による)。

「カクネ里」という名前も独特です。人里離れた秘境を意味する「隠れ里(かくれさと)」が転じた地名とされ、実際に平家の落武者が隠れ住んだという伝説も残っています。鹿島槍ヶ岳の登山口・大谷原から大川沢を遡った、北壁の下に広がる秘境です。名前の由来も、そこにある氷河も、どこか浮世離れしています。氷河という言葉と落武者伝説が同じ谷に同居しているのは、なかなかの取り合わせです。

なぜカクネ里に氷河が残るのか?

答えは、この谷が「雪が積もりやすく、融けにくい」条件を極端なまでに満たしているからです。氷河は、夏に融ける量より冬に積もる量が多い場所にしか残れません。カクネ里は、その収支が奇跡的に釣り合う数少ない場所です。

まず、日本海からの北西季節風が、冬のあいだ大量の雪をこの谷に運び込みます。後立山連峰は日本有数の豪雪地帯です。そして谷の上には鹿島槍ヶ岳の切り立った北壁がそびえ、太陽の光をさえぎります。北向きの深い谷は一日じゅう日陰になり、夏でも雪が融けきりません。積もった雪は自らの重みで押し固められて氷になり、わずかずつ流動しはじめます。これが氷河の正体です。

カクネ里に氷河が残る仕組みの図解
カクネ里に氷河が残る仕組み。日本海からの豪雪が谷を埋め、鹿島槍北壁の日陰が雪を融けさせず、厚い氷体として残る。

氷河地形そのものについては氷河地形とは何かの記事にまとめていますが、カクネ里はその教科書的な条件が、いまなお現在進行形で成立している稀有な現場です。日本アルプスの多くのカールが「かつて氷河があった跡」なのに対し、カクネ里には「いまも氷河がある」。この違いが、私にとっては決定的でした。

遠見尾根をたどる——雪をまとった尾根の先へ

カクネ里雪渓に登山道はありません。谷に降りるには沢を遡るか尾根を下降するしかなく、いずれも一般登山の範囲を超えます。ですが、遠見尾根の小遠見山や大遠見あたりまで上がれば、谷を挟んで正面にカクネ里を望むことができます。私が毎回めざすのは、この展望地です。

カクネ里雪渓と鹿島槍ヶ岳、遠見尾根の位置関係の地形図
鹿島槍ヶ岳の北東の谷がカクネ里雪渓。遠見尾根の展望地から、谷を挟んで正面に望む位置関係(出典:国土地理院)。

白馬五竜のゴンドラとリフトを乗り継ぎ、地蔵ノ頭から遠見尾根に取り付きます。夏道のある尾根ですが、冬は一面の雪。ラッセルで足を取られながら、雪庇を避けて痩せ尾根をたどります。展望地までの標高差はさほどでもないのに、雪の尾根は時間も体力も容赦なく削ってきます。それでも、樹林を抜けて視界が開けた瞬間に対岸の白い谷が目に飛び込んでくると、それまでの疲れがどこかへ行ってしまいます。

展望地に着いたら、雪を掘って整地し、テントを張ります。氷点下の尾根での幕営は、正直に言えば快適とは程遠いものです。夜は冷え込み、朝は結露が凍り、湯を沸かすにも時間がかかります。それでも、目の前にカクネ里が横たわっているという一点だけで、この不便のすべてに納得がいってしまうから不思議です。

遠見尾根での雪山テント泊
遠見尾根の展望地での幕営。雪を掘り込んでテントを張る。この一夜のために重い冬装備を担ぎ上げる。

三度の冬、それぞれのカクネ里

私がカクネ里に通ったのは、5月の残雪期、2月の真冬、そして3月の晩冬——三度、いずれも雪の季節でした。同じ谷を見ているのに、季節と光でまるで表情が違います。

残雪期の5月は、谷が最も白く豊かに雪をたたえ、氷河の全容が堂々と見えました。真冬の2月は、空気が張りつめ、対岸の後立山が凍てついて青白く沈んでいました。そして最も心を奪われたのが、明け方の光です。日の出の直前、鹿島槍から後立山の稜線が、下から順にピンク色に染まっていきます。アルペングローと呼ばれるこの現象は、雪面が朝焼けの赤い光を反射して起こります。テントから顔を出した瞬間、山肌が薔薇色に燃えているのを見て、思わず声が漏れました。寒さで指がかじかむのも忘れて、シャッターを切り続けました。

夜明けにピンク色に染まる後立山連峰
夜明け前、アルペングローに染まる後立山連峰。この光を浴びるために、凍える尾根で一夜を明かす。

写真では何度見てもいいものですが、現地で体感するそれは別物です。氷点下の空気の匂い、雪を踏む音、静寂、そして音もなく色が変わっていく山肌。この一連の体験は、家の画面ではどうやっても再現できません。三度目に訪れたときも、初めてのように見入ってしまいました。

なぜ三度も通うのか?

合理的に説明するのは難しい、というのが正直な答えです。カクネ里は展望のよい人気の頂ではありませんし、谷に降りて氷河に触れられるわけでもありません。ただ対岸から静かに眺めるだけです。それでも私は、また行きたくなってしまいます。

理由を強いて言葉にするなら、あの谷には「時間の深さ」があるからだと思います。日本に氷河はもう存在しない、と長く信じられてきた場所に、実は氷が生き残っていた。最終氷期の記憶が、二万年の時を越えて、いまも動き続けている。その事実を、対岸の尾根に立って自分の目で確かめる——理屈で知っているだけの氷河が、目の前で現実の質量を持って横たわっている瞬間は、何度味わっても新鮮です。落武者が隠れ住んだという伝説も、氷河という科学的事実も、両方まるごと呑み込んで、あの谷は静かに白く光っています。

四度目も、たぶん行きます。次はどんな光でカクネ里が迎えてくれるのか、それを確かめるためだけに、また重い冬装備を担いで遠見尾根を登るのだと思います。


カクネ里のような氷河がつくる地形については氷河地形とは何かで、氷河が現役で山を削る世界の姿はゴジュンバ氷河(ヒマラヤ)で解説しています。氷河が刻んだ日本の名峰では剱岳立山もどうぞ。ほかの登山記録は「登山記録カテゴリ」にまとめています。

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