北アルプスの最も奥深い場所に、雲ノ平と呼ばれる別天地があります。標高約2,500m、周囲を3,000m級の峰々に囲まれた広大な高原台地。「日本最後の秘境」とも称されるこの場所は、なぜ険しい山々のただ中に、こんなに平らな大地が広がっているのでしょうか。
答えは足元にあります。雲ノ平は、隣の祖父岳から流れ出した溶岩がつくった溶岩台地なのです。2回訪れましたが、2回ともガスに包まれる時間が長く、「秘境」というより「霧境」でした。晴れた瞬間のあの感動は、ガスに耐えた者だけが味わえるご褒美です。

祖父岳の溶岩が造った「平らな山」
雲ノ平の平坦な地形は、約100万〜30万年前に祖父岳(2,825m)から噴出した安山岩質の溶岩流がつくったものです。粘り気の強い溶岩が何度も流れ下り、層を重ねながら広大な台地を形成しました。現在の雲ノ平の地面を掘れば、何層にも重なった溶岩の層が見つかります。
興味深いのは、祖父岳自体は現在まったく活動していない「死火山」だということです。火山活動が終わった後も溶岩台地はそのまま残り、長い年月をかけて高山植物に覆われ、池塘が点在する楽園になりました。火山がつくったのに火山らしさを感じさせない、穏やかな台地。火打山が「隣の火山のおかげで湿原を手に入れた山」なら、雲ノ平は「火山が引退した後に残した最高の遺産」です。

花崗岩の名峰に囲まれた溶岩の台地
雲ノ平を取り囲む山々——水晶岳(2,986m)、黒部五郎岳(2,840m)、鷲羽岳(2,924m)は、いずれも花崗岩を主体とする山です。この花崗岩は、約6,500万〜1億年前(白亜紀〜古第三紀)にマグマが地下深くでゆっくり冷え固まったものが、その後の隆起で地表に露出したものです。
つまり雲ノ平の周辺には、①数千万年前に地下で固まった花崗岩(水晶岳・黒部五郎岳)と、②100万年前に地表で噴き出した溶岩(雲ノ平・祖父岳)という、まったく異なる時代・異なるプロセスで生まれた岩石が隣り合っています。花崗岩の鋭い稜線の中に溶岩の穏やかな台地がはまり込んでいるという、地質的にかなり贅沢な景観です。
黒部五郎岳の山頂に立つと、足元は花崗岩のゴロゴロした岩場で、見下ろすと緑の台地が広がっている。岩の色も質感もまるで違うのが、肉眼でもはっきりわかります。もっとも、私が山頂に立ったときは完全にガスの中で、「見下ろすと白い世界が広がっている」という状態でしたが。

黒部川が削り続ける巨大な谷
雲ノ平の「秘境」たる所以は、そのアクセスの困難さにあります。どのルートから入っても最低2日かかり、最短でも往復で3〜4日を要します。なぜこれほど奥深いのか。それは黒部川が雲ノ平の周囲を深くV字に刻み、容易に近づけない地形を生み出しているからです。
黒部川は、北アルプスの隆起に伴い、花崗岩を切り込みながら日本有数の深い谷を形成しました。標高2,500mの雲ノ平から黒部川の河床までは、標高差にして1,000m以上。この急峻な谷が天然の要塞となり、雲ノ平を「日本最後の秘境」にしているのです。アプローチの薬師沢では、梯子と鎖でほぼ垂直の崖を降り、渡渉してまた登り返すという、「秘境にたどり着くための洗礼」が待っています。
プレート運動と雲ノ平のつながり
雲ノ平の溶岩台地も、周囲の花崗岩の山々も、すべてはプレート運動の産物です。北アルプスの花崗岩は、太平洋プレートやフィリピン海プレートの沈み込みで生成されたマグマが地下深くで冷え固まったもの。祖父岳の火山活動も、同じプレートの沈み込みに起因するマグマが地表に噴出したものです。
約500万年前から始まった東西圧縮によって北アルプスは急速に隆起し、黒部川による侵食がそれに追いつくように谷を深く刻みました。隆起と侵食のバランスが、3,000m級の山と深い谷、そしてその間に残された溶岩台地という、この一帯の複雑な地形を生み出しています。地球のプレート運動が、巡り巡ってこの秘境を生んだのです。

夏の雲ノ平:ガスと晴れ間のドラマ
夏の雲ノ平は、高山植物が咲き誇り、木道の先に広大な台地が続く別天地です。ただし、日本海と太平洋の両方から湿った空気が流れ込む地理的位置にあるため、天候は変わりやすく、ガスに覆われる時間が長いのも特徴です。
雲ノ平山荘は北アルプス最奥部にある山小屋で、たどり着くまでの苦労を考えると、ここのカレーは日本一うまいカレーだと断言します(空腹は最高の調味料という説もありますが)。赤い屋根の山荘が緑の台地にぽつんと建っている風景は、「こんな場所に建物を建てた人間の執念」に感心するとともに、「よくここまで資材を運んだな」と考えると気が遠くなります。

早朝、稜線に立つと、東の空がオレンジに染まり、周囲の山々のシルエットが浮かび上がります。残雪を抱いた鋭い稜線が朝の光に照らされる瞬間は、何度見ても息を呑みます。花崗岩の白い稜線と、溶岩台地の緑のコントラスト。この景色を見るためだけに、片道2日の行程を歩く価値はあります。


まとめ:雲ノ平で体感する地球の造形力
雲ノ平は、火山の溶岩流が造った平坦な台地が、花崗岩の険しい山々と黒部川の深い谷に囲まれて「秘境」となった、地球の造形力の結晶です。祖父岳が引退した後に残した溶岩台地は、高山植物と池塘の楽園に変わり、「日本最後の秘境」と呼ばれるに至りました。


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