リニア アーカイブ - 地球を感じる山登り 山の成り立ちを地質学から読み解く登山ブログ Sun, 06 Sep 2026 13:46:50 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=7.1.3 https://chikyu-yama.online/wp-content/uploads/2026/04/favicon_tozan-150x150.png リニア アーカイブ - 地球を感じる山登り 32 32 リニアと大井川の水問題——毎秒2トンの水はどこへ行くのか、地質で読み解く https://chikyu-yama.online/linear-oigawa-water/ https://chikyu-yama.online/linear-oigawa-water/#respond Sun, 26 Jul 2026 15:31:49 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1851 リニア静岡工区が2026年7月に着工容認。9年間の争点だった「大井川の水」を、賛否ではなく地質のしくみとして解説します。なぜ山にトンネルを掘ると川の水が減るのか、毎秒2トンとはどれくらいの量か、図解つきで整理しました。

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リニア中央新幹線と大井川の水問題とは、南アルプスの山に蓄えられた地下水が、山を貫くトンネルに吸い寄せられて、大井川の水が減るのではないかという問題です。原因は工事の善し悪しではなく、この山の岩盤が水をどう溜め、どう流しているかという地質そのものにあります。

2026年7月7日、静岡県知事がリニア静岡工区の着工を容認し、9年間止まっていた工事がようやく動き出しました。争点の中心にあったのが、この「大井川の水」です。この記事では賛否には立ち入らず、「なぜ山にトンネルを掘ると川の水が減るのか」を地質のしくみとして読み解きます。

読みどころは3つです。①南アルプスは、水をたっぷり溜め込む「ひび割れだらけの山」であること。②その山を横切るトンネルが、地下水にとっての近道になってしまうこと。③そして実は、大井川の水は100年近く前からすでに一部が山梨県側へ流れていたこと。まず、これから話す内容を1枚の図にまとめておきます。

リニアトンネルの湧水が大井川へ戻るまでの流れを4段階で示した断面図解
水の流れを①→④の順に追うと、この記事の全体像になります。①山にしみ込んだ水が、②岩の割れ目を伝ってトンネルへ集まり(この分だけ川の水が減る)、③トンネルの中を流れて坑口へ出て、④導水路とポンプで大井川へ戻される(模式図)

大井川は「山という貯水タンク」から出てくる水

大井川は南アルプスの稜線あたりを源流とし、静岡県を南へ流れて駿河湾へ注ぐ川です。源流域の年間降水量は3,000mmを超えます。東京の年間降水量が約1,500mmですから、その倍が降る場所です。中下流では約60万人が生活用水・農業用水として使っており、静岡中部の生命線になっています。

ここで押さえておきたいのが、川の水は「降った雨がそのまま流れている」わけではない、という点です。雨や雪解け水は、まず山という巨大なスポンジに吸い込まれます。そして数週間から数十年という長い時間をかけて、じわじわと滲み出してくる。だから梅雨が明けて雨が降らない日が続いても、夏の川は涸れません。

つまり大井川の安定した水量は、南アルプスという山そのものが「貯水タンク」として働いた結果です。この前提を持っておくと、次の話がわかりやすくなります。問題は川で起きているのではなく、タンクの中で起きているからです。

南アルプスの稜線から見た深い谷と山並み
南アルプスの稜線から見下ろす谷。この山体そのものが巨大な貯水タンクとして働き、谷筋の沢を経て大井川になる

なぜトンネルを掘ると、川の水が減るのか

まず、リニアのトンネルがどれくらい深いところを通るのかを整理します。数字が2つ出てくるので、混同しないよう分けて書きます。

  • 山の下:地表から最大1,400m——静岡・長野県境付近が最も深く、日本のトンネル工事で例のない深さです(従来の記録は上越新幹線・大清水トンネルの1,300m)
  • 大井川の下:川底から約400m——トンネルは静岡県内で一度も地上に出ず、大井川の真下を横切ります

水問題に直結するのは後者です。東京タワーが333mですから、大井川の川底から東京タワーをまるごと1本沈めて、その先端よりさらに70m下を、リニアが横切っていくことになります。

この深さに横穴を掘ると何が起きるか。しくみ自体は拍子抜けするほど単純で、水は高いところから低いところへ流れる、それだけです。山に染み込んだ地下水は、岩の割れ目を通ってゆっくり下流へ移動しています。ところがその経路の途中に、もっと低いところへ抜ける穴が空いたらどうなるか。水はそちらへ向かいます。トンネルは、地下水にとって願ってもない近道なのです。

トンネルに流れ込んだ水(湧水といいます)は、放っておけば川には戻りません。その分だけ、川の水が減ります。冒頭の図でいう②、山の中を下ってトンネルへ向かう矢印がこれです。

南アルプスは「ひび割れだらけの山」だから読みにくい

この現象が南アルプスで特に厄介になる理由は、岩盤の生い立ちにあります。南アルプスをつくっているのは付加体と呼ばれる岩盤です。海底に降り積もった砂や泥が、プレートの動きで日本列島の縁に押し付けられ、数千万年かけて積み上がってできたものです。

この「押し付けられた」という成り立ちが効いてきます。強い力で圧縮され、断層に何度もずらされてきたため、岩盤の中には無数のひび割れと、岩が細かく砕けた帯が走っています。花崗岩のようにみっしり詰まった岩とは対照的で、水の通り道が複雑に絡み合っている。

結果として、どこから・どれだけの水が出てくるかを事前に正確に読むのが難しくなります。掘ってみないとわからない部分が残る——これが南アルプスという山の性格です。JR東海の事前予測では、大井川上流部の流量減少は最大で毎秒約2トンとされています。

夜明けの南アルプスの山体
夜明けの南アルプス。おだやかな見た目とは裏腹に、この山体の内部は断層と割れ目が縦横に走っている

「全量戻し」と、どうしても埋まらない10カ月

ではトンネルに集まった水をどうするか。JR東海が示している対策が「全量戻し」です。名前のとおり、トンネルに湧いた水を全部まとめて大井川に返す、という考え方です。

具体的には、水を流すための専用トンネル(約11.4km)を別に掘り、集めた湧水を自然に流し下ろします。それでも高低差で届かない分はポンプで汲み上げ、大井川上流の椹島(さわらじま)付近へ戻します。冒頭の図の④、ポンプ(P)を経由して大井川へ向かう矢印がこの部分です。国の有識者会議はこの対策を評価し、「中下流域の川の水量は維持される」との見解を示しました。

ところが、この方法でもどうしても埋められない期間があります。約10カ月です。

理由は掘る順番にあります。静岡・山梨の県境付近は断層が集まる難所で、静岡側から掘り進むのが難しい。そこで山梨県側から掘り進んで静岡側へ抜けるという手順が取られます。ところが山梨側から掘っている間、トンネルは山梨に向かって下り坂になっています。水は低い方へ流れますから、湧いた水は素直に山梨側——つまり富士川へ流れ出ていく。静岡側とつながるまでは、その水を大井川へ戻す経路が存在しないのです。

工事全体が10年規模であることを考えれば10カ月は短い期間ですが、この「10カ月の穴」が着工容認までの主要な検討事項の一つになりました。水の行き先を図にすると、こうなります。

南アルプスを挟んだ静岡県側と山梨県側の水の流れ。田代ダムの取水、リニアトンネルの湧水、導水路で大井川へ戻す経路を示した模式図
南アルプスを挟んだ水の行き先。工事中10カ月の流出は山梨側(富士川)へ向かう。左上にある田代ダムの矢印も同じ方向を向いているが、こちらはリニアとは無関係な100年前からの流れ——次の節で説明します(模式図)

田代ダムという、100年前の伏線

ここで、話の筋が少しねじれる事実が出てきます。

大井川の最上流部には田代ダムという発電用のダム(東京電力リニューアブルパワー所有)があります。このダム、大正時代から大井川の水を取水して、山を越えた山梨県側の富士川へ送り、水力発電に使ってきました。

つまり「大井川の水が山梨側へ流れる」という状況は、リニアの計画が持ち上がるより100年近く前から続いていたことになります。「リニアのせいで大井川の水が山梨へ行ってしまう」という話を追いかけていくと、「その件でしたら大正時代からです」という返しが出てくる。地質と歴史が絡むと、こういう肩透かしがときどき起こります。

そして、この100年前の伏線が対策として回収されます。田代ダム案と呼ばれるもので、ダムが山梨側へ送っている取水量を、リニアで県外へ流出する量と同じだけ減らす。そうすれば差し引きゼロで、大井川の水量は保たれるという考え方です。2026年7月の着工容認は、これを前提の一つとして成立しています。

先ほどの図をもう一度見てもらうと、左上のダムから山梨側へ伸びる矢印がそれです。図にしてしまうと単純な話で、問題の核心は「水が山梨へ行くこと」そのものではありません。大井川に流れる水の総量が変わるかどうかです。田代ダム案が対策として成立するのは、まさにここに理由があります。

実際に起きた例——岐阜県瑞浪市の水位低下

「深いトンネルが地下水を引き寄せる」というのは、机上の心配ではありません。すでに起きています。

2024年、岐阜県瑞浪市でリニア日吉トンネルを掘っていたところ、大湫(おおくて)町で共同水源・井戸・ため池あわせて14カ所の水位が下がり、うち共同水源1カ所が涸れました。JR東海は工事の影響である可能性が高いと認め、井戸の新設と上水道の工事を自社負担で行っています。

瑞浪市と南アルプスでは地質が違うので、そのまま同じことが起きるとは言えません。ただし方向としては、南アルプスの方が読みにくい地盤です。産総研の地質図が示すとおり、大井川源流域は前述の付加体でできていて、断層が入り組んでいます。瑞浪の一件が教えてくれるのは、「深く掘れば地下水が集まる」が現実に起きるという、ただそれだけの、しかし重い事実です。

工事期間中ずっと水位を測り続けること(モニタリング)が重視されるのは、この読みにくさがあるからです。

なお、地下水が岩の割れ目をたどって思わぬ場所へ出てくるという現象は、温泉のわき出るしくみとまったく同じ原理です。もっと深いスケールで見れば、プレートが沈み込むときに運び込む水の話——マグマは海の水から生まれる——とも根はつながっています。

登山者の視点——稜線から大井川の源流を見下ろす

南アルプスの稜線を歩いたことがある人なら、あの谷の深さは体で知っていると思います。標高3,000m近い稜線から大井川の源流部を見下ろすと、急な谷が何本も刻まれていて、底が見えません。風向きによっては、あそこまで下りていない沢の音が届きます。

7月中旬に南アルプス南部を歩いたときも、谷を覗くたびに緑の濃さが目に入りました。あれはそのまま水の豊かさです。登山道の脇からも、当たり前のように沢水が染み出している。その一滴一滴が集まって大井川になっていることは、地形図と実際の谷を見比べて、ようやく実感できます。

「この足の下、400m下をリニアが通る」と思いながら歩くと、同じ稜線が少し違って見えます。

南アルプス南部の深い緑の谷
南アルプス南部の深い谷。7月中旬、豊富な水が育てた緑に覆われる

まとめ——これは工事の問題である前に、地質の問題

整理します。

  • 南アルプスは海底の堆積物が押し付けられてできた、ひび割れの多い山。だから水をよく溜め、その通り道は複雑で読みにくい
  • その山を貫くトンネルは、地下水にとって「より低い出口」になる。だから水が引き寄せられ、川の水が減る(予測は最大で毎秒2トン)
  • 対策は、湧いた水を専用トンネルで大井川へ戻す「全量戻し」と、田代ダムの山梨側への取水を同量減らす「田代ダム案」の2本立て
  • ただし山梨側から掘り進む約10カ月間だけは、水が山梨へ流れ出る。この期間の扱いが最後まで争点になった

賛成か反対かという議論の手前に、こうした地質のしくみがあります。付加体という岩盤が水を溜め、その割れ目が水を運び、深い穴がその流れを変える。9年かかった議論の土台にあったのは、政治や経済である前に、数千万年かけて積み上がった岩の性質でした。

そして、地下水の動きには本質的に「掘ってみないとわからない」部分が残ります。静岡工区の掘削は約10年かかる見込みです。その10年をかけて、南アルプスの地下が実際にどうなっているのかが、少しずつ明らかになっていきます。人間の工程表とは無関係に、山の水は今日も割れ目の中を動いています。

光岳の山頂標識
光岳(2,591m)。南アルプス最南部、大井川と天竜川の分水嶺にあたる山域

参考資料


南アルプスの地質や日本列島の地下構造についてさらに読みたい方には、沈み込む水とマグマと温泉のメカニズムが関連します。リニアシリーズの他の記事——リニアはなぜ南アルプスを貫くのか・リニアが越える日本の3大地質構造——もあわせてどうぞ。いずれも「山の地質」カテゴリで、プレート運動から読み解く日本の山の成り立ちを扱っています。

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リニアが越える日本の3大地質構造——フォッサマグナ・糸静線・中央構造線 https://chikyu-yama.online/linear-three-tectonic-lines/ https://chikyu-yama.online/linear-three-tectonic-lines/#respond Fri, 24 Jul 2026 12:45:50 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1848 リニア品川〜名古屋間286kmは、フォッサマグナ・糸静線・中央構造線という日本列島の3大地質構造を横断します。難工事の理由は地学で読み解けます。

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リニア中央新幹線(品川〜名古屋間286km)は、フォッサマグナ・糸魚川-静岡構造線・中央構造線という、日本列島を形づくる3つの大地質構造を横断して走ります。時速500kmの乗り物が同時に、数千万〜数億年分の地球の「継ぎ目」を越えていく——この一点だけで、これは交通インフラのニュースであると同時に、地学的に相当興味深い話になっています。

この記事の地学的な読みどころは3つです。①山梨実験線(42.8km、うち82%がトンネル)はすでにフォッサマグナ地域を通り、走行試験が行われています。②糸魚川-静岡構造線を越える山梨県早川町付近には、断層の露頭が国の天然記念物として残っています。③中央構造線の断層破砕帯(長野県大鹿村)では、わずか180mの通過に調査掘削を含めて約1年半を要しました。

品川から名古屋へ——リニアが横断する3つの地質構造とは何か?

日本列島の下では複数のプレートが長い時間をかけて押し合い、その圧力と変形の痕跡が地表に「構造線」という形で残っています。構造線とは、性質の異なる地盤どうしの境界線です。日本にはいくつもありますが、リニアが横断するのは特に規模の大きい3本です。

フォッサマグナは本州の中央部を南北に走る大きな「割れ目」で、東北日本と西南日本の地質の性格を分ける境界地帯です。詳しくはフォッサマグナとは何かで解説していますが、ここを境に両側の地質がまるで別の大陸のように変わります。

糸魚川-静岡構造線(以下「糸静線」)はフォッサマグナの西縁を画する断層線で、糸魚川から諏訪を経て静岡まで約250kmを伸びます。地震本部が活断層として評価している断層帯で、詳しくは糸魚川静岡構造線とは何かをご覧ください。

中央構造線は九州から関東へ延びる日本最大級の断層で、西南日本を「内帯」と「外帯」に分ける境界線です。詳しくは中央構造線とは何かで解説しています。なお、糸静線と中央構造線は諏訪湖付近で交差しますが、まったく別々の断層です(大鹿村中央構造線博物館)。名前が似ているせいで同じものだと思われることがありますが、成り立ちも動きの方向も異なります。

リニアルートと3大構造(フォッサマグナ・糸静線・中央構造線)の位置図
リニアルートと3つの大構造の位置関係(出典:国土地理院の地理院タイルを加工。構造線・ルートは概略)

フォッサマグナ——山梨実験線はすでに走り抜けている

山梨実験線は笛吹市から上野原市までの42.8kmで、フォッサマグナ地域内の御坂山地などを通りながら走行試験が実施されています。山梨県立リニア見学センターによれば、この実験線は営業線への転用が予定されており、フォッサマグナ区間の技術的な難関はすでに通過済みです。

42.8kmのうち82%がトンネルというのは、地上に出る区間のほうが例外だという意味です。御坂山地の地下をリニアが走り抜けていても、地上からは何も起きていないように見えます。山梨県立リニア見学センターで実際の走行を確認できますが、見えるのはトンネルの出口付近からわずかに顔を出す車両だけです。地球の内部を貫く工事の大半は、地上からはまったく見えない場所で完結しています。

リニアをめぐる議論が各所で続いているあいだに、フォッサマグナ区間は実験線として技術的に先に越えていました。少なくともここは、結論が出ています。

糸静線越え——早川町に残る天然記念物の断層露頭

リニアは山梨県早川町付近で糸静線を横断します。早川町新倉には糸静線の断層露頭があり、国の天然記念物に指定されています(早川町観光協会・文化庁)。露頭では、西側の古い地層(黒色の粘板岩を含む瀬戸川層群)が、東側の新しい地層(凝灰岩類)の上に乗り上げた形で接しています。地層の新旧が入れ替わった状態で積み重なっており、プレートの圧縮力がいかに強いかを岩石がそのまま記録しています。

地震本部の評価によれば、糸静線断層帯はM8クラスの地震が懸念される活断層帯です。リニアのトンネルがこの断層帯の地下を横断する設計は、工学上の十分な検討を要します。ただし現実問題として、品川と名古屋を最短で結ぶルートで糸静線を完全に避ける方法は物理的に存在しないため、どこかで横断するほかありません。地質の制約と路線設計の折り合いをつけた結果が、早川町付近の横断ルートです。

糸静線と中央構造線が交差する諏訪付近は、地質地図上でも特異な場所です。2本の大断層の交差地帯を、リニアは大きく迂回することなく通過しています。

中央構造線の通過に、なぜ1年半かかったのか?

リニアは長野県大鹿村の伊那山地トンネル青木川工区(延長3.6km)で中央構造線を横断します。2025年12月下旬に貫通が確認されましたが(信濃毎日新聞)、構造線一帯の断層区間約180mの通過に、調査掘削を含めておよそ1年半を要しました。

180mは、平地なら徒歩で2分かかりません。それに1年半かかった理由が「断層破砕帯」です。断層破砕帯とは、断層の動きによって岩石が細かく砕かれた帯のことで、トンネル工事における最大の難所になります。砕けた岩は崩れやすく、高圧の地下水を含んでいることが多いです。掘り進むそばから壁が崩れ、地下水が噴き出す状況で、安定した岩盤がどこから始まるかも事前には正確にわかりません。

断層破砕帯をトンネルが横断する模式断面図
断層破砕帯の掘削イメージ。もろい岩と高圧の地下水がトンネル工事最大の難所になる(イメージ図解)

トンネル全長3.6kmの5%に満たない区間が、工期の大半を占めた計算です。大鹿村付近では中央構造線が伊那山地と赤石山脈の境界をなし、さらに東側には複数の地質境界(戸台構造線・仏像構造線など)が並走しています(大鹿村中央構造線博物館)。南アルプスの地盤がこれほど複雑な理由は、断層が重なって密集しているためで、その密集地帯をくぐり抜けるには相応の時間がかかります。

三伏峠から見える、中央構造線の谷

地質の話は地図の上だけでなく、実際に歩いて体感できる場所があります。南アルプスの三伏峠(標高約2,580m)は日本一高い峠とされ、鳥倉登山口から稜線へ上がる最初の通過点です。峠に立つと西側に深い谷が伸び、その先が大鹿村方面になっています。

この谷が、中央構造線に沿ってできた谷です。リニアが苦労して通り抜けようとしている断層帯と、同じ地質の軸線上にある地形が峠から目視できます。峠から西側を眺めると、谷の深さと切れ込みの急さが、断層の存在感をそのまま地形に写した感じで見えます。

三伏峠の標識と原生林
三伏峠(標高約2,580m・日本一高い峠とされる)。西側の谷は中央構造線に沿う大鹿村へ下る

鳥倉登山口から三伏峠への標高差は約1,200mで、樹林帯の登りが長く続きます。稜線に出るまでのあいだ足元の岩の変化を観察しようとするのですが、実際には息が上がっていてそれどころではありません。峠に着いたときの解放感と、そこから初めて見渡せる西の谷の深さのほうが、記憶にははっきり残っています。「ここが地質の境界の縁なのか」と理解できるのは、だいたい帰宅してからです。

40分で越える、数億年分の地質年表

リニアが全線開業すると、品川〜名古屋を約40分で結びます。その40分のあいだに列車は、フォッサマグナ(ユーラシアプレートと北アメリカプレートの境界地帯)を通り、糸静線(約250kmの活断層帯)を横断し、中央構造線(日本最大級の断層)を越えます。乗客にとってはシートに座っているだけの40分ですが、地学的には日本列島の主要な地質境界をすべて通り抜ける旅になっています。

南アルプスの稜線と遠くに富士山
南アルプス南部の稜線から富士山を望む。7月中旬の朝

フォッサマグナは数百万年前、糸静線は数百万〜数千万年前、中央構造線は1億年以上前から動いてきた構造です。それぞれ形成の時代も地盤の性質も異なる地帯を、1本のトンネルが横断していきます。2026年7月に静岡工区の着工が容認され、南アルプストンネルの全工区が本格的に動き出しました。これで3つの地質構造をすべて横断するルートの工事が揃いました。

180mに1年半かかったという数字を「遅延」と読むか「断層への正直な対応」と読むかは立場によって変わりますが、どちらも事実の範囲内です。難工事の報道は、地球が積み重ねてきた時間の長さに、工事が正面から向き合っている証拠でもあります。

参考資料

日本列島の地質をもっと読む

フォッサマグナ・糸静線・中央構造線それぞれの詳しい成り立ちと地学的な意味は、以下の記事で解説しています。

山の成り立ちをプレート運動から読み解く記事は、山の地質カテゴリにまとめています。

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リニアはなぜ南アルプスを貫くのか——土被り1,400m、日本最難関トンネルの地質学 https://chikyu-yama.online/linear-minami-alps-tunnel/ https://chikyu-yama.online/linear-minami-alps-tunnel/#respond Thu, 23 Jul 2026 14:52:38 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1845 2026年7月、静岡工区がついに動き出した。リニアがなぜ日本一の山脈を直進するのか。土被り1,400mの地底で何が起きているか、地質から読み解きます。

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南アルプストンネルは、海底に積もった地層が日本で最も速いペースで隆起し続ける山脈の真下を、最大土被り約1,400mで貫く、国内に前例のない深さのトンネルです。

2026年7月7日、静岡県知事が静岡工区の着工を容認しました。約9年間続いた議論がひとまず決着し、7月18日には自然環境保全協定も締結されています(時事通信・静岡新聞)。それはそれとして、素朴な疑問が残ります。なぜリニア中央新幹線は、わざわざ日本で最も険しい山脈の真下を通るのか。地図を見るかぎり、もう少し南か北に迂回できそうにも見えます。

この記事の地学的な核心は3点です。南アルプスは「かつての海底の地層が大陸に貼り付いて盛り上がった山脈」であること、今も年間約4mmという日本最速のペースで隆起が続いていること、そして深い土被りが工事に何をもたらすかです。ルートを決めたのはエンジニアですが、この地形を作ったのは数千万年分のプレートの動きです。

直線ルートである理由——なぜ迂回しないのか

リニアモーターカーが時速500km前後で走るためには、カーブを極力避ける必要があります。カーブが急になるほど遠心力が大きくなり、速度制限が必要になります。直線区間でこそ最高速度を維持できます。南アルプスを大きく迂回するルートにすると、距離が増えるだけでなく、曲線区間の速度制限も加わります。「品川〜名古屋を約40分」という前提を守るには、南アルプスを直進するしかなかった、ということです。迂回すると、そもそもリニアが何のためにあるのかという話になります。

全長約25kmの南アルプストンネルは、山梨県早川町から静岡市葵区を経て長野県大鹿村まで続きます。山梨工区約7.7km・静岡工区約8.9km・長野工区約8.4kmの3工区に分けて工事が進んでいます(JR東海資料)。トンネルは両側の坑口からそれぞれ中央に向かって登り勾配(最急40パーミル)で掘り進める線形になっており、稜線は標高が相対的に低い小河内岳の南側を通過するよう設計されています。できるだけ土被りを小さくするための工夫ですが、それでも最大土被りは約1,400mになります。

南アルプスはなぜこれほど険しい山脈なのか?

南アルプスの骨格を作っているのは、付加体(ふかたい)と呼ばれる地質体です。海洋プレートが陸側のプレートの下に沈み込む際、海底に積もっていた砂や泥が剥ぎ取られ、大陸の縁に貼り付いていきます。それが長い時間をかけて積み上がり、押し固められたものが付加体です。南アルプスの主体は四万十帯を中心とする付加体で、砂岩と泥岩が複雑に変形して急傾斜になっています(山口大資料)。かつては太平洋の海底だった地層が、今は標高3,000m超の山脈になっています。

この山脈を今も押し上げているのがフィリピン海プレートです。フィリピン海プレートは年間3〜5cmのペースで北上しており、その上に乗っている伊豆・小笠原の火山列が本州に衝突し続けています(大鹿村中央構造線博物館ほか)。この圧縮力が南アルプスを急激に隆起させており、国土地理院の約70年間の水準測量によると隆起速度は年間約4mmです。環境省も「年間3〜4mm、日本最速」と記載しています。フィリピン海プレートが日本列島の山々にどう関わっているかは、フィリピン海プレートが作った日本の山で広く整理しています。

年間4mmは人の爪がひと月に伸びる長さとだいたい同じです。1,000年で4m、1,000万年で40kmです。南アルプスは現在も、いわばじわじわと背伸びし続けています。トンネルを掘っている間も、その上の山は動いています。

南アルプスの地質断面図解:フィリピン海プレートの沈み込みと付加体の隆起、リニアトンネルの位置
南アルプスの成り立ちとリニアトンネルの位置関係(イメージ図解)

土被り1,400mとはどういう意味か?

土被り(どかぶり)とは、トンネルの天井から地表面までの岩盤の厚さのことです。南アルプストンネルは静岡・長野県境付近で最大約1,400mに達します(JR東海資料・中日新聞)。東京スカイツリーの高さが634mなので、その2本分以上の岩盤がトンネルの上に存在します。国内のトンネルでこれほどの深さは前例がありません。

土被りが大きいほど、山全体の重みが掘削面(切羽)に集中してかかります。岩盤の圧力が想定を超えると、トンネルの壁や天井がじわじわと変形し始め、支保工(坑内を支える構造体)を立てる作業が追いつかなくなるリスクが高まります。しかも地表から1,400m下の地質を事前に正確に把握することは、現実的に困難です。垂直に1,400m掘って調査するのはコスト・技術の両面で非現実的で、地表からの探査だけでは細かい断層や地質の変化を捉えきれません。

JR東海が採用したのが「先進坑」方式です。本坑(実際に列車が走るトンネル)を掘る前に、一回り小さい断面のトンネルをまず先行させ、実際の地質・湧水量・地圧を直接確認しながら前方の情報を収集していきます(JR東海資料)。計画段階では予測できなかった地盤の性状を、掘りながら把握していく方法です。

南アルプストンネルの縦断面図解:両側の坑口から中央へ登り勾配で掘り進み、斜坑と先進坑で工事を進める
南アルプストンネルの掘り方(縦断面のイメージ図解)。両側から中央の最深部へ向かって掘り進み、斜坑から作業拠点を増やし、先進坑で前方の地質を確かめながら進む

山梨・静岡県境付近の断層帯は特に慎重な対応が必要な区間です。先進坑は2025年4月、県境の手前61m地点でいったん掘削を止め、前方調査に移行しました(静岡朝日テレビ)。県境に向けた長尺ボーリング(ドリルで斜め前方を探査する手法)は、もろい地質で孔が詰まり、静岡県側10m地点で中断した事例もあります(日経クロステック)。付加体特有の複雑な地質が、調査そのものを難しくしています。

2021年10月には岐阜県の瀬戸トンネル工事区間で崩落事故が発生し、作業員2人が死傷しました(日経)。もろい地質を掘り進む現場では、地質の話と安全の話は切り離せません。

南アルプストンネルの位置を示す地形図
南アルプストンネルの位置関係(出典:国土地理院の地理院タイルを加工。ルートは概略)

稜線を歩くと、1,400m下が気になってくる

南アルプスの縦走路のひとつ、三伏峠から塩見岳へ向かうルートを歩くと、足元の地面がどんな素材でできているかが否応なく目に入ります。三伏峠は標高2,580mで日本最高所の峠とされており、長野県側の鳥倉林道終点から3時間ほど登り続けてようやくたどり着きます。稜線に出てから塩見岳(3,047m)に向けて歩くと、踏み跡を少し外れた場所では細かい砂が崩れるような岩が露出しています。手をつくと指先に白い砂粒が残ります。砂岩が風化して表面から崩れやすくなっているためで、南アルプスの縦走路はところどころでこういう脆い箇所があります。

これが付加体地質の特徴のひとつです。砂岩と泥岩が交互に積み重なり、場所によって硬さが全く異なります。稜線の硬い部分が残り、やわらかい部分が削られて谷になる——それが南アルプスの複雑な地形を作っています。地上からでも岩質の変化は目で確認できますが、その変化が1,400m下まで続いているとなると、確認する手段がほとんどありません。

塩見岳の山頂に立ったとき、南の荒川岳方面を見渡しながら「この足元の1,400m下を、将来時速500kmで列車が走る」と考えると、スケールがかみ合わない感覚があります。山頂の標高3,047mと、トンネルの深さ約1,400m。合計4,400m以上の空間の上端と下部に、同時に人間の営みが存在することになります。この日は6月下旬で、稜線に雲が次々と湧き上がり、写真を撮るたびに視界が変わりました。地上の変化は目で見えますが、地下の進捗は数字でしか届きません。

塩見岳付近の稜線に雲が湧く様子
塩見岳付近の稜線。6月下旬でも雲が次々に湧く。この稜線のはるか下をトンネルが通る

2026年7月以降の動きと開業見通し

2026年7月7日に静岡工区の着工が容認され、7月18日に自然環境保全協定が締結されました。地質的には、静岡工区はトンネル全体の中でも付加体の地質が特に複雑な区間に位置しており、掘削だけで約10年かかる見込みです(時事通信)。品川〜名古屋の開業は早くて2036年以降の見通しで、着工容認から開業まではまだ長い工程が残っています。

一方、山梨工区では2026年5月に本坑が早川町側まで到達し貫通しています(UTYテレビ山梨)。三工区のうち最初の到達点です。三工区の進捗はそれぞれ異なり、最も長い静岡工区の掘削がこれから本格化します。

南アルプスはトンネル完成後も年間4mm隆起し続けます。1,000年後には4m高くなっている計算ですが、荷重の変化としては設計マージンの範囲内です。地球の時間で見れば、トンネルはほぼ瞬間に完成し、山はその後も上昇を続けます。この山脈が動いている時間のスケールと、工事の時間スケールの差は、地質を意識し始めると妙に気になってくるものがあります。

南アルプスの雲海と遠くに富士山
南アルプス南部の朝の雲海。7月中旬の午前5時台、遠くに富士山が浮かぶ

南アルプスと同じ地域の山として、甲斐駒ケ岳の地質も読み比べると、この山域の地質構造がより立体的に見えてきます。また、日本の山がプレートの動きによってどのように配置されているかは、日本の山はなぜここにある?でまとめています。

参考資料

リニアが南アルプスの先で越えるフォッサマグナ・糸静線・中央構造線についてはリニアが越える日本の3大地質構造で解説しています。

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投稿 リニアはなぜ南アルプスを貫くのか——土被り1,400m、日本最難関トンネルの地質学 は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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