リニア中央新幹線(品川〜名古屋間286km)は、フォッサマグナ・糸魚川-静岡構造線・中央構造線という、日本列島を形づくる3つの大地質構造を横断して走ります。時速500kmの乗り物が同時に、数千万〜数億年分の地球の「継ぎ目」を越えていく——この一点だけで、これは交通インフラのニュースであると同時に、地学的に相当興味深い話になっています。
この記事の地学的な読みどころは3つです。①山梨実験線(42.8km、うち82%がトンネル)はすでにフォッサマグナ地域を通り、走行試験が行われています。②糸魚川-静岡構造線を越える山梨県早川町付近には、断層の露頭が国の天然記念物として残っています。③中央構造線の断層破砕帯(長野県大鹿村)では、わずか180mの通過に調査掘削を含めて約1年半を要しました。
品川から名古屋へ——リニアが横断する3つの地質構造とは何か?
日本列島の下では複数のプレートが長い時間をかけて押し合い、その圧力と変形の痕跡が地表に「構造線」という形で残っています。構造線とは、性質の異なる地盤どうしの境界線です。日本にはいくつもありますが、リニアが横断するのは特に規模の大きい3本です。
フォッサマグナは本州の中央部を南北に走る大きな「割れ目」で、東北日本と西南日本の地質の性格を分ける境界地帯です。詳しくはフォッサマグナとは何かで解説していますが、ここを境に両側の地質がまるで別の大陸のように変わります。
糸魚川-静岡構造線(以下「糸静線」)はフォッサマグナの西縁を画する断層線で、糸魚川から諏訪を経て静岡まで約250kmを伸びます。地震本部が活断層として評価している断層帯で、詳しくは糸魚川静岡構造線とは何かをご覧ください。
中央構造線は九州から関東へ延びる日本最大級の断層で、西南日本を「内帯」と「外帯」に分ける境界線です。詳しくは中央構造線とは何かで解説しています。なお、糸静線と中央構造線は諏訪湖付近で交差しますが、まったく別々の断層です(大鹿村中央構造線博物館)。名前が似ているせいで同じものだと思われることがありますが、成り立ちも動きの方向も異なります。

フォッサマグナ——山梨実験線はすでに走り抜けている
山梨実験線は笛吹市から上野原市までの42.8kmで、フォッサマグナ地域内の御坂山地などを通りながら走行試験が実施されています。山梨県立リニア見学センターによれば、この実験線は営業線への転用が予定されており、フォッサマグナ区間の技術的な難関はすでに通過済みです。
42.8kmのうち82%がトンネルというのは、地上に出る区間のほうが例外だという意味です。御坂山地の地下をリニアが走り抜けていても、地上からは何も起きていないように見えます。山梨県立リニア見学センターで実際の走行を確認できますが、見えるのはトンネルの出口付近からわずかに顔を出す車両だけです。地球の内部を貫く工事の大半は、地上からはまったく見えない場所で完結しています。
リニアをめぐる議論が各所で続いているあいだに、フォッサマグナ区間は実験線として技術的に先に越えていました。少なくともここは、結論が出ています。
糸静線越え——早川町に残る天然記念物の断層露頭
リニアは山梨県早川町付近で糸静線を横断します。早川町新倉には糸静線の断層露頭があり、国の天然記念物に指定されています(早川町観光協会・文化庁)。露頭では、西側の古い地層(黒色の粘板岩を含む瀬戸川層群)が、東側の新しい地層(凝灰岩類)の上に乗り上げた形で接しています。地層の新旧が入れ替わった状態で積み重なっており、プレートの圧縮力がいかに強いかを岩石がそのまま記録しています。
地震本部の評価によれば、糸静線断層帯はM8クラスの地震が懸念される活断層帯です。リニアのトンネルがこの断層帯の地下を横断する設計は、工学上の十分な検討を要します。ただし現実問題として、品川と名古屋を最短で結ぶルートで糸静線を完全に避ける方法は物理的に存在しないため、どこかで横断するほかありません。地質の制約と路線設計の折り合いをつけた結果が、早川町付近の横断ルートです。
糸静線と中央構造線が交差する諏訪付近は、地質地図上でも特異な場所です。2本の大断層の交差地帯を、リニアは大きく迂回することなく通過しています。
中央構造線の通過に、なぜ1年半かかったのか?
リニアは長野県大鹿村の伊那山地トンネル青木川工区(延長3.6km)で中央構造線を横断します。2025年12月下旬に貫通が確認されましたが(信濃毎日新聞)、構造線一帯の断層区間約180mの通過に、調査掘削を含めておよそ1年半を要しました。
180mは、平地なら徒歩で2分かかりません。それに1年半かかった理由が「断層破砕帯」です。断層破砕帯とは、断層の動きによって岩石が細かく砕かれた帯のことで、トンネル工事における最大の難所になります。砕けた岩は崩れやすく、高圧の地下水を含んでいることが多いです。掘り進むそばから壁が崩れ、地下水が噴き出す状況で、安定した岩盤がどこから始まるかも事前には正確にわかりません。

トンネル全長3.6kmの5%に満たない区間が、工期の大半を占めた計算です。大鹿村付近では中央構造線が伊那山地と赤石山脈の境界をなし、さらに東側には複数の地質境界(戸台構造線・仏像構造線など)が並走しています(大鹿村中央構造線博物館)。南アルプスの地盤がこれほど複雑な理由は、断層が重なって密集しているためで、その密集地帯をくぐり抜けるには相応の時間がかかります。
三伏峠から見える、中央構造線の谷
地質の話は地図の上だけでなく、実際に歩いて体感できる場所があります。南アルプスの三伏峠(標高約2,580m)は日本一高い峠とされ、鳥倉登山口から稜線へ上がる最初の通過点です。峠に立つと西側に深い谷が伸び、その先が大鹿村方面になっています。
この谷が、中央構造線に沿ってできた谷です。リニアが苦労して通り抜けようとしている断層帯と、同じ地質の軸線上にある地形が峠から目視できます。峠から西側を眺めると、谷の深さと切れ込みの急さが、断層の存在感をそのまま地形に写した感じで見えます。

鳥倉登山口から三伏峠への標高差は約1,200mで、樹林帯の登りが長く続きます。稜線に出るまでのあいだ足元の岩の変化を観察しようとするのですが、実際には息が上がっていてそれどころではありません。峠に着いたときの解放感と、そこから初めて見渡せる西の谷の深さのほうが、記憶にははっきり残っています。「ここが地質の境界の縁なのか」と理解できるのは、だいたい帰宅してからです。
40分で越える、数億年分の地質年表
リニアが全線開業すると、品川〜名古屋を約40分で結びます。その40分のあいだに列車は、フォッサマグナ(ユーラシアプレートと北アメリカプレートの境界地帯)を通り、糸静線(約250kmの活断層帯)を横断し、中央構造線(日本最大級の断層)を越えます。乗客にとってはシートに座っているだけの40分ですが、地学的には日本列島の主要な地質境界をすべて通り抜ける旅になっています。

フォッサマグナは数百万年前、糸静線は数百万〜数千万年前、中央構造線は1億年以上前から動いてきた構造です。それぞれ形成の時代も地盤の性質も異なる地帯を、1本のトンネルが横断していきます。2026年7月に静岡工区の着工が容認され、南アルプストンネルの全工区が本格的に動き出しました。これで3つの地質構造をすべて横断するルートの工事が揃いました。
180mに1年半かかったという数字を「遅延」と読むか「断層への正直な対応」と読むかは立場によって変わりますが、どちらも事実の範囲内です。難工事の報道は、地球が積み重ねてきた時間の長さに、工事が正面から向き合っている証拠でもあります。
参考資料
日本列島の地質をもっと読む
フォッサマグナ・糸静線・中央構造線それぞれの詳しい成り立ちと地学的な意味は、以下の記事で解説しています。
- フォッサマグナとは何か——本州を東西に分ける地溝帯の正体
- 糸魚川静岡構造線とは何か——日本アルプスを生んだ250kmの断層
- 中央構造線とは何か——1億年以上前から動き続ける日本最大の断層
- リニアはなぜ南アルプスを貫くのか——土被り1,400m、日本最難関トンネルの地質学
山の成り立ちをプレート運動から読み解く記事は、山の地質カテゴリにまとめています。



コメント