「南アルプスの天然水」はなぜ甲斐駒ヶ岳から生まれるのか——花崗岩が磨く水の地質学

山の地質

「南アルプスの天然水」として知られる白州産のペットボトル水は、甲斐駒ヶ岳(2,967m)に降る雨と雪が、約1400万年前のマグマ活動で生まれた花崗岩(かこうがん)の地層を20年以上かけてくぐり抜けた先にできる地下水です。コンビニの棚に並ぶあの水の背後には、プレート運動による山の隆起と、岩石が水を磨くという地質的な仕組みが動いています。

この記事を地学的に読むポイントは3つあります。①甲斐駒ヶ岳がなぜ花崗岩の白い山なのか。②花崗岩が水を軟水に磨く仕組み。③南アルプスの南部とはまったく異なる岩石でできているという事実——この3点が「なぜ白州の水がおいしいのか」という問いへの地質学的な答えです。

採水地「白州」はどこにあるのか?

白州は山梨県北杜市にある町で、甲斐駒ヶ岳の東麓に広がる尾白川(おじらがわ)扇状地の上に位置しています。「扇状地」とは、川が山から平地に出たところで流速を失い、運んできた砂と礫(れき)を扇形に積み重ねた地形のことです。水はけが良く、川の水が地中に染み込みやすい構造になっており、雨水や雪解け水が地下に蓄えられる自然の条件が整っています。サントリーが採水工場を構えているのも、この白州の扇状地です。

一点補足しておくと、「南アルプスの天然水」という名称が指しているのは採水地の白州であって、南アルプス全域から水を取っているわけではありません。サントリーの天然水には南アルプス(白州)、北アルプス(長野県大町)、奥大山(鳥取)、阿蘇(熊本)の4つの採水地があり、ラベルの産地表記で区別できます。飲んでいる水がどの山の麓から来たのかをラベルで確認できる商品というのは、登山好きには都合のよい設計です。

甲斐駒ヶ岳・尾白川・白州の位置関係を示す地形図
甲斐駒ヶ岳から尾白川を経て白州へ。水の通り道(出典:国土地理院の地理院タイルを加工。採水地・流れは概略)

地図で見ると、白州に採水地がある理由は地形から読み取れます。甲斐駒ヶ岳に降った雨や雪は尾白川を伝って東へ流れ、山から平地に出たところで砂と礫を扇状に積み重ねます。この扇状地は透水性が高く、川の水が地中に染み込みやすい構造です。サントリーが水源周辺に広大な「天然水の森」を管理しているのも、この地下水涵養エリアを守るためです。地質と地形が組み合わさって初めて、あの水は生まれています。

甲斐駒ヶ岳はなぜ「白い山」なのか?

甲斐駒ヶ岳が白く見える理由は、山頂部が花崗岩の風化した白い砂(まさ土)に覆われているからです。南アルプスの他の山々と比べて際立って白く、天気が良ければ遠方からでも識別できます。

北杜市の資料によると、白州周辺の花崗岩は約1400万年前に地下深くで生まれました。花崗岩はマグマが地下でゆっくり時間をかけて冷えて固まった岩石で、結晶が粗く大きいのが特徴です。地表の火山岩と違い、深部でじっくり固まるため結晶が育ちます。この花崗岩体はその後の地殻変動によって現在の標高まで押し上げられ、甲斐駒ヶ岳という山の形をつくりました。

甲斐駒ヶ岳山頂部の白い花崗岩の岩峰
甲斐駒ヶ岳山頂部の白い花崗岩。9月中旬でも雪と見間違うほど白い

この隆起の背景にはフィリピン海プレートの動きがあります。フィリピン海プレートが北西方向に本州に押し込まれながら、プレート上の伊豆の火山列が本州に衝突する動きが南アルプス全体を東から圧縮しており、それが山脈を押し上げる力の一因になっています。プレート運動と日本の山の関係についてはフィリピン海プレートが作った日本の山でも解説しています。

9月中旬に北沢峠側から山頂に出たとき、あたりは白い砂と白い岩だらけでした。最初は「もう冠雪したのか」と焦りましたが、足元を確認すると雪ではなく地面そのものが白いのです。一握りすくうと粗くてサラサラした砂で、花崗岩が崩れたものだとすぐわかりました。その白い砂が20年かけて水になる、というのは下山後にしばらくしてから知ったことです。

甲斐駒ヶ岳の地質については甲斐駒ケ岳の地質でより詳しく解説しています。

花崗岩はなぜ水をおいしくするのか?

花崗岩が軟水を生む仕組みは、岩石の化学的な性質と、水が地下を通る経路の長さにあります。

花崗岩が天然水を磨く仕組みの断面図解
雨と雪が森の土・まさ土・花崗岩の割れ目を20年以上かけて浸透し、白州の地下水になる(イメージ図解)

甲斐駒ヶ岳の山頂付近に降った雨や雪は、まず森の腐葉土層でゆっくりと浸透し、次に「まさ土」の層を通り、さらに花崗岩の無数の割れ目を伝って地下深くへ沈んでいきます。まさ土とは花崗岩が長い年月をかけて風化してできた粗い砂のことで、水はけが良く通水性が高いのが特徴です。この三段階の自然フィルターを通る過程で、水は不純物が取り除かれ、ミネラルをほどよく含んだ状態になります。

「ほどよく」の理由は、花崗岩が石灰岩などと異なり水に溶けにくい岩石だからです。石灰岩の地下水はカルシウムを多量に溶かし込んで硬水になりますが、花崗岩ではそれが起きにくいため、白州の水は硬度約30mg/L という軟水になります。サントリーの資料によると、この水が山頂から白州の地下にたどり着くまでの時間は約20年です。

今日コンビニで売られているペットボトルに入っている水は、約20年前に甲斐駒ヶ岳に降った雨や雪です。気の長い話ですが、地下水とはそういう時間感覚で動いています。地表の川の水とはまったく別の時間軸で循環しており、だからこそ季節に左右されない安定した水質が保たれます。

名水百選「白州・尾白川」——源流は黒戸尾根の上にある

尾白川は甲斐駒ヶ岳を源流とする川で、1985年(昭和60年)に環境庁(現・環境省)の名水百選に「白州・尾白川」として選定されています。その源流は、甲斐駒の古典ルートである黒戸尾根の七丈小屋の上流部にあります。

厳冬期の甲斐駒ヶ岳山頂の祠が樹氷に覆われた様子
1月の甲斐駒ヶ岳山頂。祠が海老の尻尾に覆われる。この雪も20年後には誰かのペットボトルに入っているかもしれない

冬の1月に黒戸尾根を登ったとき、出発点は竹宇駒ヶ岳神社のある尾白川渓谷の駐車場でした。名水百選の川の起点から出発し、山頂まで水の通り道を逆方向にたどるルートです。出発時点では渓谷沿いの清流が見えていたのに、標高を上げるにつれて同じ水系が雪と氷に変わっていくのは、なかなか不思議な体験でした。

冬の黒戸尾根は、樹林帯の急登を雪の中でこなしたあと、稜線に出るとアイゼンとピッケルが必要な氷の世界に変わります。1月の山頂は風が強く体感温度は深刻なレベルで、山頂の祠は海老の尻尾(エビのしっぽ状に発達した樹氷)に完全に覆われており、本来の形がほぼ判別できない状態でした。

この山頂に積もる雪が、20年後には誰かのペットボトルに入っているかもしれない——そう考えると、厳冬の山頂で見る雪の意味が少し変わります。登山者はふつう、足元の雪が将来の地下水になると意識しながら歩いたりしません。地質を知るとそういう視点が生まれるのが、登山×地学の一つの醍醐味です。

同じ「南アルプス」でも、南部の水とは別物

「南アルプス」という山域は甲斐駒ヶ岳から南へ100km近く連なっていますが、甲斐駒ヶ岳の花崗岩と、南部の赤石岳・聖岳あたりの岩石はまったくの別物です。

甲斐駒ヶ岳山頂の標識と雲海
甲斐駒ヶ岳山頂(2,967m)。9月中旬、雲海の向こうにも山脈が見える。

南アルプスの主脈を形成する岩石の多くは、かつて海底に積もった砂や泥が、海洋プレートとともに大陸の縁に貼り付いていった地層です。南部の山々はこうした砂岩・泥岩主体の地層でできており、マグマ由来の花崗岩でできた甲斐駒ヶ岳とは根本的に出自が異なります。同じ「南アルプス」という名前でくくっても、地質図の上では北部と南部はまったく別の岩石で塗り分けられています。

岩石が異なれば、そこを通る水の性質も変わります。南部の山々を流れる大井川は、白州の水を育てた花崗岩とは異なる地層の上を流れており、水の成り立ちが別物です。リニア中央新幹線のトンネル工事との関係でよく話題になる大井川の地下水については、リニアと大井川の水問題でも解説しています。

甲斐駒ヶ岳が「南アルプスの天然水」の源になっているのは、花崗岩という岩石を持つ山が、ちょうど白州の扇状地に向かって水を流しているという地質と地形の偶然の一致です。同じ名前の山域でも、岩石が違えば水も違う——これが地質の正直なところです。

名水の裏には必ず地質がある

甲斐駒ヶ岳には複数回登っておきながら、「いつも飲んでいる水の正体が、いつも登っている山の砂だった」と気づいたのはずいぶん後のことでした。山頂の白い砂を踏みながら、それが20年かけて白州の地下水になるとは意識していませんでした。知っているつもりの山が、実は知らない顔を持っていることがあります。

名水と呼ばれる水には、必ずそれをそうした水にした地質があります。白州の場合、約1400万年前のマグマ活動で生まれた花崗岩と、20年をかけた地下の旅という仕組みが働いています。ペットボトルのラベルに「南アルプス」と書かれた水を飲むとき、その水が通ってきた地質の時間を少し想像してみると、飲み物の印象が変わるかもしれません。

参考資料

▷ 山の地質カテゴリの記事一覧:山の地質

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