付加体 アーカイブ - 地球を感じる山登り 山の成り立ちを地質学から読み解く登山ブログ Thu, 17 Sep 2026 22:45:03 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=7.1.3 https://chikyu-yama.online/wp-content/uploads/2026/04/favicon_tozan-150x150.png 付加体 アーカイブ - 地球を感じる山登り 32 32 塩見岳の地質:山頂は深海の底だった——赤い天狗岩と、麓に湧く塩水の正体 https://chikyu-yama.online/shiomidake-geology/ https://chikyu-yama.online/shiomidake-geology/#respond Sat, 22 Aug 2026 15:12:12 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2023 塩見岳(3,052m)の山頂に立つ岩は、南の海の海底火山が噴き出した溶岩です。山頂直下の天狗岩が赤いのは、深海に降り積もったプランクトンの殻が固まったから。海の岩がなぜ3,000mにあるのか、麓に塩水が湧く理由まで、実際に登って撮った写真とともに解説します。

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塩見岳は、南の海の底でできた岩が、プレートに運ばれて日本列島に貼り付き、標高3,052mまで押し上げられてできた山です。山頂に立っている岩は海底火山が噴き出した溶岩で、その手前にそびえる天狗岩は、深海に降り積もったプランクトンの殻が固まったものです。

南アルプスの真ん中にある3,000m峰で、登山口から山頂まで往復すると長い一日になります。そこまで歩いてたどり着いた山頂が、もとは海の底だったという話です。標高差1,200mを登った先にあるのが深海の記録というのは、労力の使い方としてやや複雑な気持ちになります。

この山を地学的に読むポイントは3つです。①山頂の岩が海底火山の溶岩であること、②天狗岩の赤色が深海の堆積物の色であること、③麓に湧く塩水が、沈み込むプレートから絞り出された水だということ。山頂から麓まで、この山は上も下も海でできています。

ハイマツ帯から見上げた塩見岳の双耳峰
塩見小屋の手前から見上げた塩見岳。左が西峰(3,047m)、右が東峰(3,052m)の双耳峰です。手前はハイマツ帯で、この高さから上に背の高い木はありません

山頂に立つ岩は、海底火山の溶岩だった

塩見岳の山頂付近をつくっているのは緑色岩と呼ばれる岩です。もとは玄武岩の溶岩で、それが長い時間のなかで変質して緑がかった色になったものを指します。静岡市の資料によれば、塩見岳の緑色岩は大部分が塊状で、まれに不明瞭な枕状構造を持つとされています。

この「枕状」が重要です。溶岩が水中で噴き出すと、表面が海水で急に冷やされて殻をつくり、その内側にまだ熱い溶岩が入り込んで、丸い枕を積み重ねたような形に固まります。陸上で流れた溶岩ではこの形になりません。つまり枕状構造は、その岩が水の中で噴出したことを示す直接の証拠です。

山頂で足元の岩を見ると、たしかに黒でも白でもない、灰色から緑がかった色をしています。これが海底火山の名残だと知って改めて見ると、印象がかなり変わります。3,052mの一番高いところに、かつて海の底で煮えていた溶岩が転がっているわけです。

塩見岳東峰から西峰と雲海を望む
東峰から西峰を見たところ。手前に写っている灰緑色の岩が、海底火山の溶岩だった緑色岩です。雲海の高さは標高2,500mあたりでした

天狗岩はなぜ赤いのか?

山頂の直前に、天狗岩という岩場を越えます。ここが記事を書きたくなった理由です。この岩は赤いのですが、その赤はプランクトンの色です。

天狗岩は赤色チャートから赤色頁岩でできています(静岡市の資料)。チャートは、放散虫という小さなプランクトンの死骸が深い海の底に降り積もり、固まってできた岩です。放散虫の殻は二酸化ケイ素、つまりガラスと同じ成分でできています。陸から流れてくる砂や泥が届かないほど深い海の底では、この殻だけが延々と降り積もります。

降り積もる速さは、条件によりますが1,000年で数mmという桁です。天狗岩の岩壁の厚みを数十mとすれば、それだけで数百万年から一千万年ぶんの時間が積み上がっている計算になります。急な岩場を息を切らして登りながら、実際には数百万年ぶんの海底を垂直に横切っていることになります。

天狗岩付近の赤紫色のチャートと緑色岩の露頭
天狗岩付近(標高約2,930m)の登山道。赤紫色の岩が深海に積もったチャートで、右下や左下に見える緑がかった岩が海底火山の溶岩です。まったく成り立ちの違う2つの岩が隣り合っています

赤い色は、チャートに含まれる鉄分が酸化したものです。深い海の底で、酸素のある環境でゆっくり堆積すると、鉄が酸化して赤くなります。土に埋めた鉄が錆びるのと原理としては同じで、それが数百万年かけて岩の色になったものだと考えると、スケールの差だけが極端です。

写真をよく見ると、赤紫の岩に細かい縞が入っています。この1本1本が深海に積もった層で、しかも水平ではなく斜めに立っています。海底で水平に積もったものが、後から傾けられたということです。誰が傾けたのかという話が、次の章になります。

なぜ海の底の岩が3,052mにあるのか?

答えは、岩が動いたのではなく、岩を載せた海底そのものが移動してきたからです。

海洋プレートは、海嶺で生まれて年に数cmの速さで移動します。その表面には海底火山の溶岩があり、その上に深海の堆積物が積もっていきます。塩見岳の緑色岩とチャートは、この状態で長い時間をかけて日本列島の方へ運ばれてきました。

そして海溝までたどり着くと、海洋プレートは大陸プレートの下へ沈み込みます。このとき、プレートの上に載っていた軽い岩は一緒に沈み込めず、大陸側の縁に削り取られて貼り付きます。この貼り付いた岩の集まりが付加体です。日本列島の骨格はこの付加体でできており、南アルプスもその一部です。

塩見岳の岩ができるまでの4段階を示した図解
塩見岳の岩がたどった道。南の海で生まれ、プレートに乗って運ばれ、沈み込むときにはぎ取られて、いまは標高3,052mにあります

天狗岩の層が斜めに立っているのは、この貼り付けの現場で押しつぶされ、傾けられたためです。海底で静かに水平に積もった層が、いまは山の斜面で立ち上がっています。その変形の跡を、登山道の途中で手で触れる距離から見られます。

そのあと、この一帯は隆起を続けました。南アルプスは年に3〜4mmという速さで今も上がっており、日本の山のなかでも最速級です。年3mmは1万年で30m、100万年で3,000mになります。数字の上では、いまの標高は100万年ぶんの隆起でつくれてしまう計算です。もっとも同時に侵食も進むので、そのまま積み上がるわけではありません。日本列島の山がどのようにできたかという全体像は、日本の山はなぜここにある?にまとめています。

「赤石山脈」という名前も、この赤い岩に由来する

南アルプスの正式な名前は赤石山脈です。この「赤石」は、大井川上流の赤石沢に赤色チャートの岩盤が露出していることに由来し、その源頭にある赤石岳の名になり、さらに山脈全体の名前になったとされています。

つまり山脈の名前そのものが、深海のプランクトンの色を指しています。天狗岩の赤も同じ理由の赤で、塩見岳は赤石山脈の名の由来を、山頂直下でそのまま見せてくれる山ということになります。名前の由来が地質だという山脈は、それほど多くありません。

ちなみに同じ南アルプスでも、北部の甲斐駒ヶ岳や仙丈ヶ岳は白い花崗岩の山です。あちらは地下深くでマグマがゆっくり固まってできた岩で、成り立ちがまるで違います(甲斐駒ケ岳の地質)。同じ山脈を名乗っていながら、北と南で岩の履歴が違うというのは、南アルプスの分かりにくさであり面白さでもあります。

甲斐駒ヶ岳の白い花崗岩の岩峰
南アルプス北部・甲斐駒ヶ岳の白い岩峰。こちらは地下深くでマグマが固まった花崗岩です。同じ山脈でも、塩見岳の赤紫や緑とは色も成り立ちもまったく違います

麓に湧く塩水——地下35kmから来たもうひとつの海

塩見岳という名前の由来には、山頂から駿河湾(潮)が見えるからという説のほかに、山麓に塩の産地があったからという説があります。この「山の中の塩」が、地学的にはかなり面白い話です。

登山口のある長野県大鹿村には鹿塩温泉があり、標高約750mの山の中でありながら、湧いている水の塩分濃度は海水と同じおよそ4%あります。明治時代にはここに製塩施設が置かれ、各地に塩が出荷されていました。海から100km近く離れた3,000m級の山の懐で、海水と同じ濃さの水が湧いているわけです。

この水の正体について、大鹿村中央構造線博物館の解説によれば、1970年代からの同位体分析で「昔の海水が閉じ込められたもの(化石海水)ではなく、マグマに含まれる水と同じ性質の水」であることが分かっています。有力なのは、日本列島の下に沈み込んでいるフィリピン海プレートが持ち込んだ水が、地下約35kmの深さから放出され、中央構造線などの割れ目を通って上がってきているという説です。

沈み込むプレートは水を含んでおり、深くなるほど圧力と温度で水が絞り出されます。この水がマグマをつくる仕組みはマグマは海の水から生まれるで扱いましたが、鹿塩温泉の塩水はその「絞り出された水」が地表まで届いた例ということになります。通り道になっているのが日本最大級の断層である中央構造線で、大鹿村はその真上にあります(中央構造線とは何か)。

整理すると、塩見岳は山頂の岩が海底火山と深海の堆積物、麓に湧く水が沈み込んだプレートから絞り出された水、ということになります。上も下も海に由来していて、山の名前にもその「塩」が残っています。狙って名付けたわけではないはずですが、結果としてよくできています。

登って確かめる——ルートと地学のポイント

塩見岳周辺の地形図と主要地点
塩見岳周辺の地形図。赤い点は実際に歩いた地点です(出典:国土地理院)

長野県側の鳥倉ルートから入りました。登山道はまず樹林帯を延々と登り、標高2,580mの三伏峠に出ます。ここは日本一標高の高い峠とされている場所で、峠と聞いて想像する高さではありません。峠に着いた時点で、多くの山の山頂より高いところにいます。

標高2,500m付近のシラビソとダケカンバの樹林帯
標高2,500m付近の樹林帯。この山域では2,600m前後で木がなくなり、ハイマツ帯に変わります

峠から先は本谷山を越えて長い稜線歩きになります。標高2,600mあたりで樹林が終わってハイマツ帯に入り、そこから塩見岳の姿がようやく正面に見えます。塩見小屋(2,760m)の周辺には白色チャートがよく露出していて、天狗岩の赤色チャートと見比べられます。どちらも深海の堆積物ですが、鉄分の量と堆積した環境の違いで色が変わります。

塩見小屋からいったん下って、天狗岩の急な岩場に取り付きます。ここが赤色チャートの核心部で、手をかける岩がことごとく赤紫色です。落石を起こしやすい場所でもあるので、地質を眺めるのは足場を決めてからにしたほうがいい区間でもあります。

天狗岩を越えると西峰、そして最高点の東峰に着きます。この日は山頂に着いたときガスの中で、標識と足元の岩以外は何も見えませんでした。あきらめて休んでいたら6分ほどで雲が切れ、西峰の向こうに雲海が広がりました。長い樹林帯を登ってきた結論がこれなら悪くない、と思える程度には報われた形です。

ガスに包まれた塩見岳東峰の山頂標識
東峰の山頂標識。到着時はこの通りで、足元の岩以外は白一色でした。この岩が海底火山の溶岩です

登る順に見ていくと、樹林帯 → 白色チャート(塩見小屋)→ 赤色チャート(天狗岩)→ 緑色岩(山頂)と、深海の記録を下から順にたどる構成になっています。地質を意識して歩くと、単調に見える長いルートの後半が急に読み物になります。

塩見岳の地質のよくある質問

塩見岳の山頂はどんな岩でできていますか?

緑色岩です。もとは玄武岩の溶岩で、海底火山が噴き出したものが変質して緑がかった色になっています。まれに枕状構造が見られ、これは溶岩が水中で固まった証拠とされています。

天狗岩が赤いのはなぜですか?

赤色チャートと赤色頁岩でできているためです。チャートは放散虫という小さなプランクトンの殻が深海に積もって固まった岩で、含まれる鉄分が酸化することで赤くなります。

「赤石山脈」の名前の由来は何ですか?

大井川上流の赤石沢に赤色チャートの岩盤が露出していることに由来します。その源頭の赤石岳の名になり、明治以降に山脈全体の呼び名として使われるようになったとされています。

大鹿村の鹿塩温泉はなぜ塩水なのですか?

同位体分析から、昔の海水が閉じ込められたものではなく、マグマに含まれる水と同じ性質の水であることが分かっています。沈み込むフィリピン海プレートが持ち込んだ水が地下約35kmから放出され、中央構造線などの割れ目を通って上がってきているという説が有力です(大鹿村中央構造線博物館)。

まとめ——上も下も海でできた山

塩見岳の山頂に立つ岩は、南の海で噴き出した海底火山の溶岩です。その手前の天狗岩は、深海に降り積もったプランクトンの殻が固まった赤色チャートです。どちらも海洋プレートに載って日本列島まで運ばれ、沈み込むときに大陸の縁へはぎ取られて貼り付き、年3〜4mmの隆起で3,052mまで持ち上げられました。

そして麓に湧く塩水は、いま沈み込んでいるプレートが地下35kmで絞り出した水です。山頂の岩は終わった沈み込みの記録で、麓の塩水は進行中の沈み込みの証拠ということになります。同じ山で、過去と現在のプレート運動を両方見られます。

長い樹林帯を黙々と登る山という印象が強い塩見岳ですが、最後の天狗岩から山頂までの区間だけは、足元の岩の色が変わる理由を知っているかどうかで見え方が変わります。赤い岩に手をかけたら、それが数百万年ぶんの深海だと思い出してもらえればと思います。

参考資料


山の成り立ちをもっと読む

「山の地質」カテゴリでは、山がなぜその形をしているのかを、プレート運動・火山・氷河・大規模な地殻変動というスケールの大きな地学で読み解いています。南アルプスの山々は、北の花崗岩と南の付加体で成り立ちがはっきり分かれており、読み比べると面白い山域です。

→ 山の地質カテゴリの記事一覧を読む

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リニアはなぜ南アルプスを貫くのか——土被り1,400m、日本最難関トンネルの地質学 https://chikyu-yama.online/linear-minami-alps-tunnel/ https://chikyu-yama.online/linear-minami-alps-tunnel/#respond Thu, 23 Jul 2026 14:52:38 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1845 2026年7月、静岡工区がついに動き出した。リニアがなぜ日本一の山脈を直進するのか。土被り1,400mの地底で何が起きているか、地質から読み解きます。

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南アルプストンネルは、海底に積もった地層が日本で最も速いペースで隆起し続ける山脈の真下を、最大土被り約1,400mで貫く、国内に前例のない深さのトンネルです。

2026年7月7日、静岡県知事が静岡工区の着工を容認しました。約9年間続いた議論がひとまず決着し、7月18日には自然環境保全協定も締結されています(時事通信・静岡新聞)。それはそれとして、素朴な疑問が残ります。なぜリニア中央新幹線は、わざわざ日本で最も険しい山脈の真下を通るのか。地図を見るかぎり、もう少し南か北に迂回できそうにも見えます。

この記事の地学的な核心は3点です。南アルプスは「かつての海底の地層が大陸に貼り付いて盛り上がった山脈」であること、今も年間約4mmという日本最速のペースで隆起が続いていること、そして深い土被りが工事に何をもたらすかです。ルートを決めたのはエンジニアですが、この地形を作ったのは数千万年分のプレートの動きです。

直線ルートである理由——なぜ迂回しないのか

リニアモーターカーが時速500km前後で走るためには、カーブを極力避ける必要があります。カーブが急になるほど遠心力が大きくなり、速度制限が必要になります。直線区間でこそ最高速度を維持できます。南アルプスを大きく迂回するルートにすると、距離が増えるだけでなく、曲線区間の速度制限も加わります。「品川〜名古屋を約40分」という前提を守るには、南アルプスを直進するしかなかった、ということです。迂回すると、そもそもリニアが何のためにあるのかという話になります。

全長約25kmの南アルプストンネルは、山梨県早川町から静岡市葵区を経て長野県大鹿村まで続きます。山梨工区約7.7km・静岡工区約8.9km・長野工区約8.4kmの3工区に分けて工事が進んでいます(JR東海資料)。トンネルは両側の坑口からそれぞれ中央に向かって登り勾配(最急40パーミル)で掘り進める線形になっており、稜線は標高が相対的に低い小河内岳の南側を通過するよう設計されています。できるだけ土被りを小さくするための工夫ですが、それでも最大土被りは約1,400mになります。

南アルプスはなぜこれほど険しい山脈なのか?

南アルプスの骨格を作っているのは、付加体(ふかたい)と呼ばれる地質体です。海洋プレートが陸側のプレートの下に沈み込む際、海底に積もっていた砂や泥が剥ぎ取られ、大陸の縁に貼り付いていきます。それが長い時間をかけて積み上がり、押し固められたものが付加体です。南アルプスの主体は四万十帯を中心とする付加体で、砂岩と泥岩が複雑に変形して急傾斜になっています(山口大資料)。かつては太平洋の海底だった地層が、今は標高3,000m超の山脈になっています。

この山脈を今も押し上げているのがフィリピン海プレートです。フィリピン海プレートは年間3〜5cmのペースで北上しており、その上に乗っている伊豆・小笠原の火山列が本州に衝突し続けています(大鹿村中央構造線博物館ほか)。この圧縮力が南アルプスを急激に隆起させており、国土地理院の約70年間の水準測量によると隆起速度は年間約4mmです。環境省も「年間3〜4mm、日本最速」と記載しています。フィリピン海プレートが日本列島の山々にどう関わっているかは、フィリピン海プレートが作った日本の山で広く整理しています。

年間4mmは人の爪がひと月に伸びる長さとだいたい同じです。1,000年で4m、1,000万年で40kmです。南アルプスは現在も、いわばじわじわと背伸びし続けています。トンネルを掘っている間も、その上の山は動いています。

南アルプスの地質断面図解:フィリピン海プレートの沈み込みと付加体の隆起、リニアトンネルの位置
南アルプスの成り立ちとリニアトンネルの位置関係(イメージ図解)

土被り1,400mとはどういう意味か?

土被り(どかぶり)とは、トンネルの天井から地表面までの岩盤の厚さのことです。南アルプストンネルは静岡・長野県境付近で最大約1,400mに達します(JR東海資料・中日新聞)。東京スカイツリーの高さが634mなので、その2本分以上の岩盤がトンネルの上に存在します。国内のトンネルでこれほどの深さは前例がありません。

土被りが大きいほど、山全体の重みが掘削面(切羽)に集中してかかります。岩盤の圧力が想定を超えると、トンネルの壁や天井がじわじわと変形し始め、支保工(坑内を支える構造体)を立てる作業が追いつかなくなるリスクが高まります。しかも地表から1,400m下の地質を事前に正確に把握することは、現実的に困難です。垂直に1,400m掘って調査するのはコスト・技術の両面で非現実的で、地表からの探査だけでは細かい断層や地質の変化を捉えきれません。

JR東海が採用したのが「先進坑」方式です。本坑(実際に列車が走るトンネル)を掘る前に、一回り小さい断面のトンネルをまず先行させ、実際の地質・湧水量・地圧を直接確認しながら前方の情報を収集していきます(JR東海資料)。計画段階では予測できなかった地盤の性状を、掘りながら把握していく方法です。

南アルプストンネルの縦断面図解:両側の坑口から中央へ登り勾配で掘り進み、斜坑と先進坑で工事を進める
南アルプストンネルの掘り方(縦断面のイメージ図解)。両側から中央の最深部へ向かって掘り進み、斜坑から作業拠点を増やし、先進坑で前方の地質を確かめながら進む

山梨・静岡県境付近の断層帯は特に慎重な対応が必要な区間です。先進坑は2025年4月、県境の手前61m地点でいったん掘削を止め、前方調査に移行しました(静岡朝日テレビ)。県境に向けた長尺ボーリング(ドリルで斜め前方を探査する手法)は、もろい地質で孔が詰まり、静岡県側10m地点で中断した事例もあります(日経クロステック)。付加体特有の複雑な地質が、調査そのものを難しくしています。

2021年10月には岐阜県の瀬戸トンネル工事区間で崩落事故が発生し、作業員2人が死傷しました(日経)。もろい地質を掘り進む現場では、地質の話と安全の話は切り離せません。

南アルプストンネルの位置を示す地形図
南アルプストンネルの位置関係(出典:国土地理院の地理院タイルを加工。ルートは概略)

稜線を歩くと、1,400m下が気になってくる

南アルプスの縦走路のひとつ、三伏峠から塩見岳へ向かうルートを歩くと、足元の地面がどんな素材でできているかが否応なく目に入ります。三伏峠は標高2,580mで日本最高所の峠とされており、長野県側の鳥倉林道終点から3時間ほど登り続けてようやくたどり着きます。稜線に出てから塩見岳(3,047m)に向けて歩くと、踏み跡を少し外れた場所では細かい砂が崩れるような岩が露出しています。手をつくと指先に白い砂粒が残ります。砂岩が風化して表面から崩れやすくなっているためで、南アルプスの縦走路はところどころでこういう脆い箇所があります。

これが付加体地質の特徴のひとつです。砂岩と泥岩が交互に積み重なり、場所によって硬さが全く異なります。稜線の硬い部分が残り、やわらかい部分が削られて谷になる——それが南アルプスの複雑な地形を作っています。地上からでも岩質の変化は目で確認できますが、その変化が1,400m下まで続いているとなると、確認する手段がほとんどありません。

塩見岳の山頂に立ったとき、南の荒川岳方面を見渡しながら「この足元の1,400m下を、将来時速500kmで列車が走る」と考えると、スケールがかみ合わない感覚があります。山頂の標高3,047mと、トンネルの深さ約1,400m。合計4,400m以上の空間の上端と下部に、同時に人間の営みが存在することになります。この日は6月下旬で、稜線に雲が次々と湧き上がり、写真を撮るたびに視界が変わりました。地上の変化は目で見えますが、地下の進捗は数字でしか届きません。

塩見岳付近の稜線に雲が湧く様子
塩見岳付近の稜線。6月下旬でも雲が次々に湧く。この稜線のはるか下をトンネルが通る

2026年7月以降の動きと開業見通し

2026年7月7日に静岡工区の着工が容認され、7月18日に自然環境保全協定が締結されました。地質的には、静岡工区はトンネル全体の中でも付加体の地質が特に複雑な区間に位置しており、掘削だけで約10年かかる見込みです(時事通信)。品川〜名古屋の開業は早くて2036年以降の見通しで、着工容認から開業まではまだ長い工程が残っています。

一方、山梨工区では2026年5月に本坑が早川町側まで到達し貫通しています(UTYテレビ山梨)。三工区のうち最初の到達点です。三工区の進捗はそれぞれ異なり、最も長い静岡工区の掘削がこれから本格化します。

南アルプスはトンネル完成後も年間4mm隆起し続けます。1,000年後には4m高くなっている計算ですが、荷重の変化としては設計マージンの範囲内です。地球の時間で見れば、トンネルはほぼ瞬間に完成し、山はその後も上昇を続けます。この山脈が動いている時間のスケールと、工事の時間スケールの差は、地質を意識し始めると妙に気になってくるものがあります。

南アルプスの雲海と遠くに富士山
南アルプス南部の朝の雲海。7月中旬の午前5時台、遠くに富士山が浮かぶ

南アルプスと同じ地域の山として、甲斐駒ケ岳の地質も読み比べると、この山域の地質構造がより立体的に見えてきます。また、日本の山がプレートの動きによってどのように配置されているかは、日本の山はなぜここにある?でまとめています。

参考資料

リニアが南アルプスの先で越えるフォッサマグナ・糸静線・中央構造線についてはリニアが越える日本の3大地質構造で解説しています。

▶ 山の地質カテゴリの記事一覧はこちら

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フィリピン海プレートが作った日本の山——年間6cmの沈み込みが富士山と南アルプスを生んだ https://chikyu-yama.online/philippine-sea-plate-japan-mountains/ https://chikyu-yama.online/philippine-sea-plate-japan-mountains/#respond Tue, 30 Jun 2026 04:37:40 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1410 フィリピン海プレートは年間約6cmで日本列島の下に沈み込んでいます。その動きが富士山を噴かせ、南アルプスを押し上げ、伊豆半島を本州に衝突させました。日本の山の成り立ちをプレートレベルで解説します。

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フィリピン海プレートとは何か

日本列島の山々の成り立ちを語るとき、必ず登場するプレートがあります。フィリピン海プレートです。名前にフィリピンがついていますが、このプレートが最も深く関与しているのはフィリピンよりも日本側の地形です。富士山が噴火を繰り返してきた理由も、南アルプスがあの位置に存在する理由も、根本をたどるとこのプレートの動きに行き着きます。

フィリピン海プレートは日本列島の南から東南にかけて広がる海洋プレートで、面積はおよそ550万km²です。主要なプレートの中では中程度の大きさです。移動速度は年間約4〜6cm、方向は北西〜北北西です。この速さで5000万年動き続けると、累計の移動距離は2000〜3000kmを超えます。現在のフィリピン海プレートはかつてずっと南方に位置しており、長い時間をかけて現在の場所に到達しました。

このプレートが日本列島にもたらした影響は、大きく二つに整理できます。ひとつは「沈み込みによるマグマ生成と火山活動」、もうひとつは「海底堆積物が剥ぎ取られて形成される付加体の隆起」です。富士山は前者の典型例で、南アルプスは後者の典型例です。そして伊豆半島は、プレートそのものが本州に衝突し続けているという、やや趣の異なる事例です。

フィリピン海プレートと周辺4プレート(ユーラシア・北米・太平洋)の配置図
フィリピン海プレートと周辺プレートの配置。南海トラフ・相模トラフ・伊豆小笠原海溝を境界として、北西方向へ年間約6cmで日本列島の下に沈み込む。
フィリピン海プレートの三つの働き。火山の形成・付加体の隆起・伊豆半島の衝突
フィリピン海プレートの三つの仕事。火山をつくり(富士山・箱根)、山を持ち上げ(四国山地・紀伊山地)、半島をぶつける(伊豆→南アルプス圧縮)。1枚のプレートの多才ぶりです。

フィリピン海プレートと地震——南海トラフ・東海地震との関係

フィリピン海プレートは、山を造るだけでなく地震も引き起こしています。このプレートがユーラシアプレートの下に沈み込むことで発生する海溝型地震が、東海地震・東南海地震・南海地震です。震源域は駿河湾から四国沖にかけての南海トラフに沿って連なっており、富士山や南アルプスを隆起させたのと同じ沈み込み運動が、その震源をつくっています。

1923年の関東大震災(大正関東地震)も、フィリピン海プレートが関東地方の下で北アメリカプレートに沈み込む運動に伴って発生した地震です。相模トラフ沿いのこの沈み込みは、丹沢山地や伊豆半島の衝突と地続きの現象であり、山地形成と地震はどちらも同じプレート境界で起きています。

登山道で目にする隆起した地層や断層地形は、遠い過去の出来事の痕跡ではなく、現在も進行しているプレート沈み込みの一部です。山を歩くことは、地震を起こしている境界そのものの上を歩くことでもあります。

沈み込みがマグマを作る仕組み

フィリピン海プレートは、東海・紀伊半島・四国の沖合にある南海トラフと、伊豆半島東方の相模トラフから、ユーラシアプレートおよび北米プレートの下へ沈み込んでいます。海洋プレートは大陸プレートより密度が高いため、境界では海洋側が必ず下に入り込みます。

沈み込みが深まると、プレート内に含まれていた水(含水鉱物として固定されていたもの)が高温高圧の環境下で放出されます。この水がマントルに供給されると、マントル岩石の融点が下がり、通常では溶けないはずの岩石が部分的に溶け始めます。これがマグマの起源です。沈み込んだプレートの上方に位置するマントル部分を「マントルウェッジ」と呼びます。ここで生成されたマグマは浮力を得て地殻を上昇し、地表に達すると火山として噴出します。

フィリピン海プレートが沈み込む南海トラフ・相模トラフの内陸側を見ると、富士山・箱根・伊豆大島などの火山が一定の間隔で並んでいます。「火山フロント」と呼ばれるこの配列は、沈み込むプレートが一定の深度(概ね100〜150km)に達した地点の真上に火山が形成されるという法則性を反映しています。火山の分布そのものが、地下のプレートの形状を示す指標になっています。

フィリピン海プレートの沈み込み断面図
フィリピン海プレートが沈み込む際にマグマが生成されるメカニズム。含水鉱物が分解した水がマントルウェッジに供給されて融点が下がる。

富士山の形成史——3776mは地質学的に「ほぼ今できた」山

富士山の標高は3776mで日本最高峰ですが、地質学的な年齢はかなり若い部類に入ります。現在の富士山(新富士火山)の主要な活動が始まったのは約1万年前で、前身の古富士火山を含めても形成の始まりはおおよそ10〜20万年前です。北アルプスや南アルプスが数百万年かけて現在の形に近づいてきたのと比べると、富士山は地質年代でいえばほぼ「現代」に作られた山です。日本で最も高い山が、最も若い山のひとつでもあります。

富士山は玄武岩質のマグマが繰り返し噴出して形成された成層火山です。流動性の高い玄武岩質溶岩が広範囲に流れ出したことで、緩やかな傾斜と広い裾野を持つ山容が形成されました。現在の山頂部は噴石や火山灰が積み重なった構造で、頂部ほど堆積物が脆弱です。富士山がこの3200年ほどで10回以上の大規模噴火を繰り返してきたことを考えると、現在の山体は「完成形」というより「今この時点の状態」に近い表現が実態に即しています。

七合目から上の斜面を歩くと、足元にはスコリアと呼ばれる多孔質の黒い火山礫が広がっています。踏み込むたびにざりざりと崩れ、足場が定まらないまま標高を稼ぐことになります。雨の直後でも砂が乾いたように滑る感触は、富士山がまだ堆積物を積み上げている途中の若い火山であることを、足裏から直接知らせてくれます。

トリプルジャンクション近傍という特殊な立地

富士山はフィリピン海プレート、ユーラシアプレート、北米プレートの三つが集まるトリプルジャンクションの近傍に位置しています。三つのプレートが交わる地点は応力場が複雑で、マグマの供給経路も単純ではありません。1707年の宝永大噴火は宝永地震(推定M8〜8.6)の約49日後に発生しており、大規模なプレート間地震が噴火のトリガーになった可能性が研究者の間で議論されています。プレートの動きが地震を起こし、その地震が噴火を誘発するという連鎖は、富士山周辺のプレート環境の複雑さを示しています。

富士山・伊豆半島周辺地形図
富士山・伊豆半島周辺の地形図(出典:国土地理院)

付加体が山に変わる:南アルプスの隆起

フィリピン海プレートが沈み込む際、プレート表面に堆積していた海底の堆積物は沈み込まずに削り取られ、プレートの縁に積み上げられます。この積み重なった堆積物を「付加体」と呼びます。

付加体を構成する岩石のひとつにチャートがあります。チャートはもともと深海底に堆積した放散虫(直径0.1mm程度のプランクトン)の殻が固まったものです。水深2000〜4000mの海底で形成された岩石が、プレートの動きで日本まで運ばれ、地殻の圧縮を受けて隆起し、現在では3000m級の稜線に顔を出しています。深海の堆積物が山頂近くに到達するまでの経路は、どう考えても遠回りです。

南アルプス(赤石山脈)の基盤の大部分は、このような付加体で構成されています。中生代から古第三紀にかけて形成された付加体が、フィリピン海プレートの押し込み力による水平圧縮を受けて数百万年かけて隆起し、現在の山脈を形成しました。北アルプスが花崗岩を主体とするマグマ起源の地質を持つのに対し、南アルプスは付加体という「拾い集められた海底の堆積物」を基盤とする、成り立ちの異なる山脈です。

南アルプスは現在も隆起を続けており、隆起速度は年間数mmのオーダーと推定されています。一方で、急峻な地形と日本有数の豊富な降水量により、侵食もきわめて速く進んでいます。隆起と侵食がほぼ釣り合っているため、山脈の高さはここ数百万年で大きくは変化していない可能性があります。フィリピン海プレートに押し上げられながら、同時に雨と川に削られ続けている山です。

関連記事:リニアはなぜ南アルプスを貫くのか——土被り1,400m、日本最難関トンネルの地質学

伊豆半島の衝突:プレートに乗った弧が本州に到達した

フィリピン海プレートの上には、伊豆・小笠原弧と呼ばれる海底火山の列があります。太平洋プレートがフィリピン海プレートの下に沈み込む際に形成された火山島弧で、伊豆諸島から小笠原諸島にかけて連なっています。

この弧がフィリピン海プレートに乗って北上を続け、約100万年前から現在にかけて本州(ユーラシアプレート)に衝突し続けているのが伊豆半島です。伊豆半島はもともと太平洋上に存在した海洋島弧であり、それが本州に付け加わったものです。伊豆の地質が周辺の関東・東海の地質と大きく異なるのは、もともと別の場所でできた地塊が運ばれてきたためです。

この衝突は現在も続いており、伊豆半島は今も少しずつ本州に押し込まれています。天城山(1406m)をはじめとする伊豆の山々は、この衝突による圧縮と隆起の産物です。現在進行中の衝突の上に乗っている山という意味では、伊豆の山は静止した地形として見るより、現在進行形の出来事の一部として見た方が実態に近いかもしれません。

この衝突はフォッサマグナの東縁とも深く関わっています。フォッサマグナ(大地溝帯)の東縁を構成する変形帯は、伊豆・小笠原弧の衝突による圧縮と変位の痕跡と一致しており、フィリピン海プレートの動きは日本列島の「継ぎ目」の形成にも直接関与しています。

関連記事:フォッサマグナと日本列島の継ぎ目——大地溝帯が生んだ地形の謎

登山ルートで地学を読む

富士山:溶岩流の跡を歩く

富士山の主要登山道(吉田・須走・御殿場・富士宮口)はいずれも、過去の噴火で流れ出た溶岩の上を歩くルートです。御殿場口ルートでは宝永山の火口壁を間近に見ることができます。火口壁の断面には複数回の噴火による堆積層が縞状に重なっており、富士山が単発の噴火ではなく、繰り返しの積み重ねで現在の形になってきた山であることが断面から読み取れます。1707年の宝永噴火から300年以上が経過した現在でも、火口の形状はほぼそのまま残っています。

南アルプス:稜線に出てきた深海の岩

南アルプスの稜線を歩くと、緑がかった灰色の岩が散在している区間があります。付加体を構成するチャートです。仙丈ヶ岳や赤石岳の登山道でも踏む機会があります。急登で息が上がっているときに足元を見ると、もとは深海2000〜4000mにあった岩が転がっています。体力の消耗と岩の来歴は完全に無関係ですが、岩の方のスケールはかなり上をいっています。

南アルプスには北アルプスのようなカールや氷河湖といった氷河地形は顕著ではありません。隆起速度と降水量がともに大きいため、氷河が地形を整える前に河川侵食が進んでしまったと考えられています。V字状に深く切れ込んだ谷と急峻な尾根は、侵食が卓越している山脈の典型的な地形です。

プレートの動きはまだ終わっていない

フィリピン海プレートの沈み込みは現在も進行中です。南海トラフではプレート間の固着と周期的な解放(巨大地震)が繰り返されており、過去の記録からは100〜200年に一度の間隔で大規模地震が発生してきたことが確認されています。地震そのものが、プレートが今も動き続けていることの証拠です。

富士山のマグマの供給は継続しており、次の噴火がいつ起きるかは現時点で特定できません。南アルプスも今日も数mmの単位で変動しています。登山者が歩くルートの標高は毎年わずかに変化している可能性があります。計算はできますが、登山靴のサイズ選びに反映させる人はおそらくいません。


日本の山の成り立ちをプレートレベルで掘り下げた記事は、山の地質カテゴリにまとめています。

投稿 フィリピン海プレートが作った日本の山——年間6cmの沈み込みが富士山と南アルプスを生んだ は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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南海トラフとは何か — フィリピン海プレートの沈み込みが四国山地を育て、巨大地震を繰り返す理由 https://chikyu-yama.online/nankai-trough-geology/ https://chikyu-yama.online/nankai-trough-geology/#respond Tue, 30 Jun 2026 04:04:58 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1420 南海トラフは「次に来る巨大地震」として語られがちですが、地質の視点で見ると四国山地や紀伊山地をまるごと作り出した主役でもあります。フィリピン海プレートの沈み込みが、山と地震という二つの顔をどう生み出してきたのかを地球規模のスケールで読み解きます。

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南海トラフという言葉は、ほぼ「次に来る巨大地震」とセットで耳に入ってきます。テレビでも防災訓練でも、語られるのは決まって被害想定の話です。ところが地質の視点から見ると、南海トラフはもうひとつ別の顔を持っています。四国山地や紀伊山地——剣山も大峰山脈も大台ヶ原も、すべてこの海溝の働きで生まれた山だという顔です。

登山者からすると、足元の山を作った張本人が「災害の代名詞」として恐れられているわけで、なんとも複雑な気分になります。この記事では、防災の文脈をいったん脇に置いて、南海トラフが日本の山をどう作ってきたのかを地球規模のスケールで読み解きます。

南海トラフとはどこにあるのか

南海トラフは、静岡県の駿河湾沖から、紀伊半島・四国の南側を通り、九州・日向灘の沖まで延びる、東西約700kmの海底の溝です。水深は深いところで4,000mを超えます。

「トラフ(trough)」とは舟底のような細長い盆地のことで、水深6,000mを超える「海溝(trench)」よりやや浅いものを指します。名前は違っても、地球の構造としての役割は海溝と同じです。深さで呼び名が変わるだけで、海のプレートが陸のプレートの下に沈み込んでいく場所、という本質は変わりません。

ここで起きているのは、フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下へ沈み込むという運動です。海側のフィリピン海プレートが、年間4〜6cmという速度で、陸側の日本列島の下へもぐり込んでいます。年間数cmと言われてもピンときませんが、爪が伸びる速度とだいたい同じです。その爪が伸びるくらいのペースで、海の岩盤がまるごと日本の下に押し込まれ続けている、と考えるとなかなかの迫力です。

南海トラフの位置とフィリピン海プレートの沈み込み方向を示す日本列島南部の地図
南海トラフは駿河湾沖から四国沖を経て日向灘沖まで、東西約700kmにわたって延びています。フィリピン海プレートが内陸へ向かって沈み込んでいます。
南海トラフの断面図。フィリピン海プレートの沈み込みと付加体、四国山地の隆起
南海トラフの断面。沈み込むプレートが海底の地層をはぎ取って付加体をつくり、その付加体が隆起して四国山地・紀伊山地になりました。ひずみの解放が100〜150年周期の巨大地震です。

なぜ「溝」ができるのか — プレートの沈み込みを読む

海のプレートと陸のプレートがぶつかると、密度の高い海のプレートのほうが下に沈み込みます。フィリピン海プレートは海洋プレートで、ユーラシアプレートという大陸プレートよりも重い。重いほうが負けて沈むという、地球規模で見れば極めて素直な力学です。

沈み込む場所は、プレートが引きずり込まれて地表が一段低くなります。これが「溝」、すなわちトラフの正体です。南海トラフは地形の偶然でできた谷ではなく、プレートが沈み込んでいるという事実がそのまま海底の地形に現れたものです。

南海トラフの沈み込みには、ひとつ特徴があります。沈み込む角度がとても緩いのです。四国沖ではおよそ5度、紀伊半島沖でも10度ほどしかありません。プレートはほとんど水平に近い角度で日本の下へすべり込んでいきます。この「浅い角度で沈む」という性質が、次に説明する付加体の発達と、四国山地・紀伊山地の成り立ちに決定的に効いてきます。

南海トラフでのフィリピン海プレートの沈み込みと付加体形成の断面図
フィリピン海プレートが緩い角度で沈み込み、削り取られた堆積物が付加体として陸側に積み重なる。四国山地・紀伊山地はこの付加体が隆起したものです。

付加体が四国山地と紀伊山地を作った

南海トラフを理解するうえで最も重要な概念が付加体(ふかたい)です。英語ではアクリーショナリープリズム(accretionary prism)と呼ばれます。

仕組みはこうです。海のプレートの上には、長い年月をかけて海底に積もった砂や泥が乗っています。プレートが沈み込むとき、その上に乗った柔らかい堆積物は一緒には沈みきれません。陸のプレートの先端が、まるでブルドーザーの排土板のように堆積物をこそげ取り、陸側へ押しつけていきます。こうして削り取られた堆積物が、何百万年もかけて陸側にどんどん積み重なってできた地質体が付加体です。

つまり付加体とは、海の底だったものが陸にくっついて山になった地層です。四国山地も紀伊山地も、この付加体が隆起してできた山地です。剣山(つるぎさん)も、大峰山脈も、大台ヶ原も、もとをたどれば海の底に積もった砂や泥が、プレートに削り取られて陸に貼りつけられたものなのです。標高1,900mの剣山の山頂に立っているとき、その足元は元・海底だと考えると、地球のスケールの大きさにくらくらします。山に登っているつもりが、実は持ち上げられた海の底に登っている、というのはなかなか含蓄のある話です。

下の写真は、冬に剣山へ登ったときに撮ったものです。正面に見えるのが次郎笈(じろうぎゅう)、その奥へと四国山地が幾重にも連なっています。この山並みがまるごと、かつて海の底に積もった地層だと思って眺めると、見慣れた稜線も少し違って見えてきます。

剣山の山頂付近から次郎笈へ続く稜線と、幾重にも連なる四国山地
剣山から次郎笈へと続く稜線。奥に連なる四国山地の山々は、いずれも海底堆積物が削り取られて積み上がった付加体が隆起したものです。

この付加の歴史は、四国の地質図を見るとそのまま縞模様として刻まれています。北から南へ、地質帯が東西に延びる帯となって積み重なっており、しかも南へ行くほど地質が若くなります。海溝で削り取られた地層が次々と南側(海溝側)に付け加わり、古いものが順に北へ押し上げられてきたためです。四国の縞模様は、付加体が南へ南へと成長してきた年輪のようなものです。そして一番南の地質帯のさらに南、海の中に現在の南海トラフがあります。

四国の地質図。地質帯が東西に帯状に並び、南へ行くほど新しい付加体になる
四国の地質図。北(上)から南(下)へ地質帯が帯状に並び、南へ行くほど新しい付加体になります。付加体が南へ成長してきた歴史が、そのまま地図上の縞模様として読み取れます。出典:産総研 20万分の1日本シームレス地質図

なお、いちばん北のピンク色の領域と、その南側との境界は中央構造線という別起源の大断層です。これは沈み込みでできた付加体の帯とは成り立ちが異なるので、分けて見ると地質図がより読み解けます。中央構造線についてはフォッサマグナの記事でも「面」と「線」の違いとして触れています。

南海トラフの沈み込み角度が緩いことが、ここで効いてきます。浅い角度でプレートが入り込むほど、堆積物をこそげ取る「排土板」の作用範囲が広くなり、付加体が大きく発達します。西南日本の太平洋側に、赤石山脈・紀伊山地・四国山地と高い山地が帯状に連なっているのは偶然ではありません。南海トラフに平行して、削り取られた地層が次々と積み上げられてきた結果です。

四国山地は今も隆起している

付加体の積み重ねは過去の話ではありません。四国山地は現在も隆起を続けています。推定される隆起量は、剣山地の中央部でおよそ年2.5mm、石鎚山地付近で年2.0mmほどです。

年2.5mmと聞くと地味ですが、これを100万年続ければ2,500mになります。実際には侵食で削られる分があるので単純計算どおりにはなりませんが、押し上げる力が今も働き続けていることは確かです。フィリピン海プレートが沈み込みをやめない限り、四国の山は伸び続けます。登るたびにわずかに高くなっている山に挑んでいる、と考えると、なかなか手強い相手です。

100〜150年に一度、プレートが跳ね上がる

同じ沈み込み運動が、山を作る一方で巨大地震も生み出します。「次に来る地震」として南海トラフが語られるのは、このメカニズムが原因です。

フィリピン海プレートが沈み込むとき、陸側のプレートとの境界が強く固着している場所があります。固着したまま海のプレートが沈み込み続けると、陸側のプレートの先端が一緒に地下へ引きずり込まれ、ぐっと押し下げられていきます。バネを少しずつ縮めているような状態で、地下にはひずみが蓄積されていきます。

そして陸側のプレートが引きずり込みに耐えられなくなった瞬間、一気に跳ね上がります。この跳ね返りが巨大地震であり、海底が急激に持ち上がることで津波が発生します。縮めていたバネが限界で弾けるイメージです。

このひずみの蓄積と解放のサイクルが、南海トラフでは概ね100〜150年の間隔で繰り返されてきました。過去1,400年の記録を広く見れば、約90〜270年という幅で大地震が起きています。歴史に残る主な地震を並べると、その周期性がよくわかります。

  • 1707年 宝永地震(M8.6) — 東海・南海が同時に動いた連動型。わずか49日後に富士山が噴火(宝永噴火)しました
  • 1854年 安政東海地震・安政南海地震(M8.4級) — 東側が動いた約31時間後に西側が動く、時間差連動でした
  • 1944年 昭和東南海地震(M7.9)/1946年 昭和南海地震(M8.0) — 約2年の間隔をあけて連続発生しました
南海トラフ巨大地震のメカニズム。固着・ひずみ蓄積から跳ね上がり・津波発生までを3コマで示す図
固着によってひずみが蓄積し(左)、限界に達すると(中)、陸側プレートが一気に跳ね上がって海底が隆起し津波が発生します(右)。この繰り返しが巨大地震です。

注目すべきは、毎回まったく同じ起き方をするわけではないという点です。一度に全体が動くこともあれば、東と西が時間差で動くこともある。同じ場所で繰り返しているのに発生の仕方が毎回違うので、予測が難しい相手として知られています。前回の昭和の地震からすでに約80年が経過しており、地下では次のひずみが着実に溜まり続けています。

南海トラフ・フォッサマグナ・伊豆衝突 — 一枚のプレートの三つの仕事

ここで視野を少し広げると、面白い構図が見えてきます。四国の南で沈み込んでいるフィリピン海プレートは、別の場所ではまったく違う仕事もしているのです。

同じフィリピン海プレートは、伊豆半島を乗せたまま北へ進み、本州に正面から衝突しています。南海トラフでは「下に沈み込む」のに対し、伊豆のあたりでは「ぶつかって押し込む」。一枚のプレートが、場所によって沈み込みと衝突という二つの異なる働きをしているわけです。

そしてこの伊豆の衝突こそが、日本列島中央部のフォッサマグナを強く圧縮し、南アルプスを押し上げた原動力でもあります。つまりフィリピン海プレートは、四国・紀伊では付加体として山を作り、伊豆では衝突によって南アルプスを持ち上げている。日本の太平洋側の山々の多くが、結局はこの一枚のプレートの動きに行き着きます。日本の山がなぜここにあるのかを考えていくと、プレートというたった数枚の岩盤の振る舞いに、これほど多くの山が支配されていることに驚かされます。

登山で「見える」南海トラフの痕跡

南海トラフは海の底にあるので、その溝そのものを登山中に見ることはできません。しかし、その働きの結果は地上のあちこちに刻まれています。

四国山地や紀伊山地を歩いていると、層状に重なった硬い堆積岩の露頭に出会うことがあります。これが付加体の地層で、もとは海底に積もった砂泥が、プレートに削り取られて陸に押しつけられたものです。地層が大きく傾いていたり、複雑に折れ曲がっていたりするのは、付加体が形成されるときに強い力で押し込まれた証拠です。きれいに水平に積もったはずの地層がぐにゃりと曲がっているのを見ると、「これだけ曲げる力が働いたのか」と素直に感心します。

紀伊半島や四国の山が全体的に急峻で、深い谷が刻まれているのも、隆起が今も続いていることと関係しています。山が持ち上がるスピードに対して、川が懸命に削り込む。その綱引きの結果が、あの急な谷地形です。四国の山を歩いて「やけに谷が深いな」と感じたら、それは南海トラフが今も山を押し上げ続けているサインだと考えてよいでしょう。

防災のニュースで南海トラフという言葉を聞くと身構えてしまいますが、同じ力が四国山地や紀伊山地という登山フィールドを作り、今も育て続けています。地震を起こす力と、山を生み出す力は、まったく同じひとつの運動の表と裏です。次に西日本の山に登るとき、足元の地層が「持ち上げられた海の底」だと思い出すと、その山の見え方が少し変わるはずです。


プレート運動と山の成り立ちをテーマにした記事は「山の地質カテゴリ」にまとめています。フォッサマグナや日本の山とプレート運動の記事とあわせて読むと、日本列島の山がどのようにして生まれたのか、その全体像が見えてきます。

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