地球科学 アーカイブ - 地球を感じる山登り 山の成り立ちを地質学から読み解く登山ブログ Mon, 05 Oct 2026 01:54:40 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=7.1.3 https://chikyu-yama.online/wp-content/uploads/2026/04/favicon_tozan-150x150.png 地球科学 アーカイブ - 地球を感じる山登り 32 32 プレートテクトニクスを深さで見る——地表から核まで6,371kmの断面 https://chikyu-yama.online/plate-tectonics-by-depth/ https://chikyu-yama.online/plate-tectonics-by-depth/#respond Mon, 14 Sep 2026 07:42:05 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2499 プレートの話はたいてい地図の上、つまり平面で進みます。けれど沈み込んだプレートの行方を知るには、縦方向の目盛りが要ります。マグマが生まれる深さ100km、プレートが滞留する660km、そして落ちた先の2,900km。掘っていないのになぜ中身が分かるのかも含めて、地表から核までを深さで追います。

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先日秋田駒ヶ岳へ登山で向かった際に、バス乗り場の情報センターで地球の断面を描いた案内板が立っていました。玉ねぎのように層が重なった図で、いちばん外側の細い線のところに「地殻」と書いてあります。山の案内板なのに、絵の主役は山ではなく地球の中身でした。

秋田駒ヶ岳の麓に立つ案内板の「地球の構造」の図。地殻・上部マントル・下部マントル・外核・内核の層と、海嶺・海溝・ホットスポットが描かれている
秋田駒ヶ岳の麓に立つ案内板より引用(筆者撮影)。この図をもとに、以下で深さの数字を当てはめていきます

よく見ると、この図はかなり欲張りに作られています。層の名前(地殻・上部マントル・下部マントル・外核・内核)が並んでいるだけでなく、外周には海嶺、海溝、弧状列島、ホットスポットが描き込まれ、マントルの中には矢印でぐるりと回る流れが示されています。つまり「地球の中身の層構造」と「その流れが地表に何を作るか」を1枚に詰め込んでいます。外核には「主として鉄・液体」、内核には「主として鉄・固体」と添えてあります。

山の成り立ちの話をするとき、私はたいてい地図を広げます。プレートがどちらへ動き、どの断層がどこを走っているか。全部、平面の話です。ところがこの案内板は、同じ話を縦方向、つまり深さで描いていました。

ただ、この図には数字がありません。地殻がどれくらい薄いのか、マグマはどの深さで生まれるのか、沈み込んだプレートはどこまで落ちるのか。そこが入ると、この絵の意味はずいぶん変わります。

この記事では、案内板の図に深さの目盛りを入れていきます。プレートがどこでマグマを作り、どこで足止めされ、最後にどこへ行き着くのか。平面の地図では見えない部分を、縦方向に追ってみます。

人が届く深さは、りんごの皮より薄い

地球の半径は約6,371kmです。まずこの数字を頭に置いて、人間が上下に動ける範囲を並べてみます。

いちばん高いところはエベレストの8,848m。いちばん深いところはマリアナ海溝の底で、約10,900mです。上下を足しても20km足らずで、登山者が自分の足で稼げる高さはそのうちのさらに一部です。掘るほうはどうかというと、いちばん深い穴は旧ソ連がコラ半島に掘った12,262m。1970年に掘りはじめて、1989年にこの深さへ達しました。当初は15,000mを目指していましたが、深くなるほど岩が熱くやわらかくなり、そこで止まっています。1992年に掘削は終わり、今もこれが人類の最深記録です。

海のほうでは、日本の地球深部探査船「ちきゅう」が紀伊半島沖で海底下3,262.5mまで掘り、科学掘削の世界記録を更新しました。水面から数えれば7,740mになります。それでも、地殻を抜けてその下へ到達した人はまだ誰もいません。

地球の層構造に深さの数値を入れた図。左が地表から中心6,371kmまでの断面、右が深さ150kmまでの拡大で、エベレスト・人類最深の掘削・地殻の底・マグマが生まれる深さの位置を示す
案内板の図に深さの目盛りを入れたもの。右はいちばん上の150kmだけを引き伸ばした拡大図で、エベレストも人類最深の穴も、この細長い帯のさらに上のほうに収まってしまいます

比率にすると、12kmは6,371kmの0.2%です。地球を直径1mの球に縮めたとすると、人類が掘った最深の穴は1mmに届きません。爪で引っかいた傷です。りんごの皮より薄いという比喩がよく使われますが、りんごに失礼なくらい薄いというのが正確なところだと思います。

掘っていないのに、なぜ中身が分かるのか

誰も行ったことがないのに、案内板の図は層の深さを何kmまで書いています。あれは推測ではなく、地震の揺れを世界中で測った結果です。

大きな地震が起きると、揺れは地球全体に広がります。その揺れが地球の中をどう通ってきたかは、通り道の性質で変わります。かたい岩の中では速く、やわらかいところでは遅く、境目があれば曲がります。世界中の地震計で到着時刻を比べると、途中に何があったかが逆算できます。スイカを叩いて中身を当てるのと原理は同じです。違うのは、地球は自分で叩けないので、地震が叩いてくれるのを待つしかない点です。

決定的だったのは、地震の揺れのうち「S波」と呼ばれる種類の振る舞いでした。この波は、物を横にずらすようにして進みます。水やあめのような液体は、横にずらしても元に戻ろうとする力が働かないので、この波は液体の中をまったく進めません。

地球の断面図。震源から出たS波はマントルを通って地表に届くが、外核に当たると止まり、震源から103度より遠い範囲には届かないことを示す
震源から角度で103度より遠い場所には、S波がまったく届きません。途中に液体があって、そこで止められていることになります

観測してみると、震源から地球の中心を見込む角度で103度より遠い場所では、S波が一切届いていませんでした。途中に液体の層があり、そこで止まっているということです。この観測から、ドイツ生まれの地震学者ベノー・グーテンベルクは、深さおよそ2,900kmから先に液体の巨大な芯があると結論しました。1910年代の話で、それから100年たった今も、この深さの見積もりはほとんど変わっていません。

つまり案内板のあの図は、誰も見たことのない場所の見取り図でありながら、世界中の地震計が100年以上かけて描いた実測図でもあります。

深さ100km——山の火が生まれる場所

ここからは、登山者に関係が深い深さに絞っていきます。まず深さ100km前後。秋田駒ヶ岳や岩手山のような火山の材料が作られている場所です。

岩手山の山頂火口。すり鉢状のくぼみの中に中央火口丘が盛り上がっている
岩手山の山頂火口。9月中旬の朝でも、火口のまわりだけは草がほとんどなく、地面の色がそのまま出ています

東北の下には、太平洋のプレートが東から斜めに沈み込んでいます。沈んでいく板は、海底で水をたっぷり吸い込んだ岩でできています。深くなるほど圧力と温度が上がり、深さ110kmあたりでその水が絞り出されます。絞り出された水が上にある熱い岩にしみ込むと、岩の溶ける温度が下がって、部分的に溶けはじめます。これがマグマです。くわしい仕組みはマグマは海の水から生まれるに書きました。

この理屈の面白いところは、火山ができる場所が地図の上で決まってしまうことです。沈み込んだ板が深さ100〜150kmに達する真上の地表に、火山が海溝と平行な列をつくって並びます。日本に111ある活火山の並び方が妙に整っているのは、地表の都合ではなく、地下100kmの深さの都合です。

火口のふちに立って中をのぞきこんでいるとき、その火のもとが作られた場所は、真下に100kmです。水平方向なら東京から静岡あたりまでの距離を、まっすぐ下に数えることになります。登ってきた標高差がだいたい1,000mだったことを考えると、桁が二つ違います。

沈んだプレートは、どこまで落ちるのか

ここで、案内板の図に描かれていた矢印の話に入ります。秋田駒ヶ岳の下へ潜っていった太平洋プレートは、そのあとどうなるのか。深さ100kmで水を絞り出したあとも、板は沈み続けます。どこまで行くのでしょうか。

沈み込んだプレートが深さ660kmで滞留し、やがて落下して核とマントルの境目に積もり、そこから上昇流が立ち上るまでを示した地球断面図
沈み込んだプレートの行き先。660kmでいったん止まり、時間をかけて落ち、核の表面で止まります。その上に積もったものが温められて、別の場所で上昇流になります

まず深さ660kmで、いったん止まります。ここはマントルの岩の詰まり方が切り替わる境目で、沈んできた板は冷たくて切り替わりが遅れるぶん、周りより軽い状態のまま境目に達します。そのため下へ進めず、横倒しになって溜まります。日本海から中国東北部にかけての地下には、この横たわった板が広がっています。

ただし永久にそこにいるわけではありません。時間をかけて温まると密度が上がり、境目を突き抜けて下へ落ちていきます。しかも連続的にではなく、ちぎれた塊が間隔をあけて落ちていくことが、地震波で地球内部を透かして見る観測から分かっています。

そして終点は、深さ2,900km。核とマントルの境目です。ここから先へは進めません。理由は単純で、その下が液体の鉄だからです。岩は鉄より軽いので、鉄の海に石を落としても沈まない。プレートは核の表面に積もっていくことになります。

面白いのは、そこに過去の記録が残っている点です。東京大学の研究グループが約8万の地震波形を解析した結果、核とマントルの境目のあたりに、2億年前に沈み込んだプレートの痕跡が見つかっています。地表にはとっくに証拠が残っていない古い沈み込み帯の情報が、深さ2,900kmには保存されているということになります。

積もった板はそこで温められ、周囲のマントルを熱します。熱くなった部分はやがて浮力を得て、細い柱のように立ち上っていきます。それが地表に届いたところがホットスポットで、ハワイの火山列島がこのタイプです。案内板の図にも「ホットスポット」と書き込まれていました。

つまり、秋田駒ヶ岳の下に潜っていった板は、数億年かけて地球の中心近くまで落ち、そこで温められ、まったく別の場所から火山として出てくる可能性があるということになります。案内板に描かれたぐるりと回る矢印は、この一周を表していたわけです。矢印1本が数億年というのは、案内板の説明としてはなかなか思い切った省略だと思います。

深さ2,900km——液体の鉄と、コンパスの北

さらに下、深さ2,900kmから先が、S波を止めていた液体の層です。主成分は鉄で、温度は数千度。この鉄が対流しています。要するに、地球の内側では鉄の海が流れ続けているということになります。

ここで登山道具の話につながります。流れているのは電気を通す金属なので、その流れが地球全体を大きな電磁石にしています。地磁気です。私たちがコンパスで北を確かめられるのは、深さ2,900kmより下で鉄が流れているからです。

しかもこの流れは一様ではないので、コンパスが指す北は、地図の北とぴったり一致しません。日本ではコンパスの北が地図の北より西にずれていて、そのずれは北へ行くほど大きくなります。国土地理院の値では、北海道の敏音知(ぴんねしり)で約11度。日本で唯一ずれがないのは南鳥島です。しかも一定ではなく、全国平均で過去50年間に西へ約1.4度ずつ動いてきました。

地形図に磁北線を引くという地味な作業は、突き詰めると6,000km下を流れる鉄の向きに合わせて紙に線を引いているということになります。コンパスは装備の中でいちばん原始的な部類の道具ですが、地球の中心近くを直接のぞいている唯一の装備でもあります。GPSが見ているのが上空2万kmの衛星であることと並べると、方向としてはずいぶん対照的です。

いちばん深いところは、また固い

深さ5,150kmを超えると、同じ鉄でもまた固体に戻ります。中心の6,371kmまで続くこの部分が内核です。外側より熱いのに固まっているのは、圧力が桁違いに強いからで、熱よりも圧力が勝っている状態です。温度の見積もりには研究によって幅がありますが、数千度、太陽の表面と同じ程度とされています。

そしてこの内核は、外側の鉄が少しずつ冷えて固まることで、今も成長しているとされています。固まるときに軽い成分が吐き出され、それが上向きの流れを生んで、さきほどの鉄の対流を駆動している。つまりコンパスの北は、地球の中心が冷えていく過程の副産物ということになります。

もう少し話を広げると、この地磁気が太陽からの荷電粒子を受け流して、大気が剥ぎ取られるのを防いでいます。山頂で息ができるのも、遡れば深さ5,000kmの事情です。山の空気の薄さに文句を言いたくなることはありますが、そもそも空気がある理由がここにあるので、強くは言えません。

深さで見ると、山の見え方が変わる

最初に引用した案内板の図に戻ります。マントルの中にぐるりと回る矢印が描かれ、その先に海嶺・海溝・弧状列島・ホットスポットが並んでいました。岩でありながら、長い時間で見ればゆっくり流れている。その流れの上に薄い板が浮かんでいて、板同士がぶつかったり沈んだりしたところに山ができる。あの1枚は、ここまで書いてきた深さの話を全部ひとつの絵に詰め込んだものだったことになります。日本の山がなぜここにあるのかという話も、突き詰めればこの循環の末端で起きている出来事です。

秋田駒ヶ岳のカルデラのふちから見下ろした火口丘と谷、遠くに田沢湖
くぼ地のふちから見下ろしたところ。地表から見えるのはここまでですが、この景色を作った仕組みは全部、見えない深さの側にあります

標高3,000mの山に登ると、ずいぶん高いところまで来たという気になります。実際、その高さを稼ぐのに何時間もかかっています。ただ深さの目盛りで見ると、3,000mは6,371kmの0.05%です。山は地球の表面にできたごく浅いしわで、私たちはそのしわの上をせっせと移動していることになります。

プレートの動きを地図で追うと、矢印は地表を平らに移動していくように見えます。けれど縦に切ってみると、板は生まれた場所から数千kmを沈み、核の表面で止まり、温められてまた上がってくる。地図の矢印は、その循環を真上から見た影だったことになります。

それを知ったところで登りが楽になるわけではありませんが、火口をのぞきこんだときや、コンパスの針が落ち着くのを待っているときに、その下にある6,371kmを一瞬思い出せるくらいには、山の見え方が変わります。

地球の仕組みをもっと読む

マグマが生まれる仕組みはマグマは海の水から生まれる、日本の火山の並び方は活火山とは何か、プレートと日本列島の関係は日本の山はなぜここにある?にまとめています。地球の時間の桁に慣れておきたい場合は山の時間は「桁」で読むもどうぞ。「山の地質」カテゴリでは、山の成り立ちを地球規模で読み解く記事を揃えています。

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氷河期はなぜ来るのか——地球の3つの「ゆらぎ」が刻む10万年のリズム(ミランコビッチサイクル) https://chikyu-yama.online/milankovitch-cycles/ https://chikyu-yama.online/milankovitch-cycles/#respond Sat, 18 Jul 2026 21:56:16 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1641 氷河期の拍子を刻んでいるのは、地球の軌道のゆがみ・地軸の傾き・首振り運動という3つの「ゆらぎ」です。深海の泥に残された実データから謎解きの順番で、ミランコビッチサイクルをわかりやすく解説します。

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氷河期の「拍子」を刻んでいるのは、地球の軌道と自転に潜む3つのわずかな「ゆらぎ」です。この仕組みをミランコビッチサイクルと呼びます。ただし、ゆらぎがそのまま気候になるわけではありません。この記事では、深海の泥に残された本物のデータから出発して、「氷の時代はなぜ、あのタイミングで終わるのか」を刑事ドラマのように一歩ずつ絞り込んでいきます。最後に、この謎を戦争のさなかに手計算で解いた男の物語も紹介します。

証拠品:氷期の記録は「ノコギリ型」だった

まず証拠品を見てください。深海の底の泥には、微化石を通じて「地球にどれだけ氷があったか」が連続的に記録されています。過去80万年分を取り出したのが下の図です。

深海の泥から復元した過去80万年の氷の量の記録。ゆっくり寒くなり一気に暖かくなるノコギリ型を示す
深海の泥が記録した過去80万年の気候(データ:Lisiecki & Raymo 2005、NOAA公開データより作成)。

読み取れることが2つあります。ひとつ、寒い氷期と暖かい間氷期が約10万年周期で繰り返していること。もうひとつ、その形が左右非対称のノコギリ型であること。氷はおよそ10万年かけてじわじわ育つのに、終わるときは数千年で一気に融けます。散らかすのに10万年かけて、片付けは一瞬で終わらせる——人間とは逆のタイプです。最後の「一気」が約1万年前に起きて、私たちはその直後の暖かい合間に文明を築いて暮らしています。

ここで謎を一つに絞ります。氷がゆっくり育つのは、寒ければ雪がたまるという素直な話です。本当の謎は——「一気に融ける」の引き金を、誰が引いているのか。

容疑者の絞り込み:分かれ目は「北緯65度の夏」

氷床の運命を分けるのは、意外にも冬の寒さではありません。冬が寒いのは氷期でも間氷期でも同じで、雪はどのみち降る。勝負は夏に決まります。前の冬の雪が夏に融け切れば氷は育たず、融け残れば育つ。そしてこの攻防の主戦場が、雪をためられる広い大陸が並ぶ北緯65度あたり——カナダや北欧の緯度帯です。

夏の日射が弱まると雪が融け残り、白い雪が光を反射してさらに寒くなり氷床が成長する循環の図解
涼しい夏→雪が残る→白い雪が光をはね返す→さらに寒くなる。この雪だるま式のループが、わずかな日ざしの変化を巨大な氷床に増幅します。

白い雪は太陽光の大部分をはね返すので、融け残った雪は土地を冷やし、翌年さらに雪を残します。逆に夏の日ざしが強まれば、このループが逆回転して氷は崩れ始める。つまり犯人は「北緯65度の夏の日ざしを、数万年がかりで強めたり弱めたりしている何か」です。地球の運命がカナダの夏の天気に握られているというのは、なかなか愉快な話です。

犯人:地球の3つの「ゆらぎ」

その「何か」の正体が、地球の公転と自転に潜む3つの癖です。

地球の3つのゆらぎ(軌道のゆがみ・地軸の傾きの変化・首振り運動)を示す天文図解
地球の3つのゆらぎ。それぞれ別の周期で、夏の日ざしの強さを少しずつ変えます。
ゆらぎ何が変わる?周期
①軌道のゆがみ公転軌道が円⇄楕円に変形し、太陽との距離が変わる約10万年
②地軸の傾きの変化傾きが22.1°⇄24.5°の間で揺れ、季節のメリハリが変わる約4.1万年
③首振り運動回り終わりかけのコマのように自転軸の向きが一周する約2万年

①軌道のゆがみは、木星や土星といった巨大惑星の引力に引っ張られて、地球の通り道が「ほぼ円」と「少しつぶれた楕円」の間を行き来する現象です。②地軸の傾きは、そもそも季節を生んでいる張本人。傾きが大きい時代は夏がより暑く冬がより寒い「メリハリ型」になり、傾きが小さい時代は高緯度の夏が涼しくなって、雪が融け残りやすくなります。③首振り運動は、軸の向きがゆっくり一周することで「太陽に最も近づくのがどの季節か」を入れ替えます。現在は北半球の冬に最接近ですが、約1万年後には夏の最接近に入れ替わります。

過去80万年の離心率・地軸の傾き・歳差の実データグラフ
3つのゆらぎの実データ(データ:Berger & Loutre 1991、NOAA公開データより作成)。天体の運動なので、過去も未来も正確に計算できます。

大事な注意がひとつ。3つのゆらぎは、地球が受け取る太陽エネルギーの総量はほとんど変えません。変わるのは「どの緯度の、どの季節に」日ざしが当たるかという配分だけです。年収は同じで家計の配分が変わるだけ——なのに、その配分変更が氷の時代を呼ぶのです。

証拠合わせ:融けた「瞬間」は日ざしの「強い時期」か

それでは答え合わせです。3つのゆらぎから計算した「北緯65度・夏の日ざし」と、最初に見た氷の記録を並べます。ここで大事なのは、2つのグラフの形が似ているかではなく、「一気に融けた瞬間」が「日ざしの強い時期」に当たっているかを見ることです。

北緯65度の夏の日射量と氷の量の記録を並べ、日射の強い時期に急激な融解が起きることを示す照合図
氷が一気に融けた急上昇は、ほぼオレンジの帯(日ざしの強い時期)の中で起きています。ただし、帯が来るたびに融けるわけではありません(データ:Berger & Loutre 1991・Lisiecki & Raymo 2005、NOAA公開データより作成)。

結果は見ての通りで、融解の急上昇はほぼすべて帯の中で起きています。一方で、帯が来ても融けていない時期がたくさんあることにも気づくはずです。氷がまだ小さいうちは、強い日ざしが来ても少し痩せるだけで持ちこたえる。10万年近くかけて巨大に育ち、崩れる寸前まで来たところに強い日ざしが当たったときだけ、雪だるま式の逆回転が始まって一気に崩壊する——目覚ましが鳴るたびには起きず、限界まで寝てから数回に1回だけ起きる寝坊助と同じです。日ざしは気候の形を作るのではなく、引き金のタイミングを決めている。だからミランコビッチサイクルは、氷期の「原因」というより「拍子を刻むメトロノーム」なのです。

これを手計算で解いた男・ミランコビッチ

この理論を作ったミルティン・ミランコビッチ(1879-1958)は、気候学者でも天文学者でもなく、セルビアの土木技師でした。コンクリート構造の専門家として橋やダムを設計していた彼は、30代で「数学で氷河期の謎を解く」という誰も手を付けない問題に人生を賭けます。

運命が動いたのは1914年。新婚旅行中に第一次世界大戦が始まり、彼は敵国人として捕らえられます。収容所を経て、妻の奔走でブダペストに移された彼に与えられたのは、監視付きの生活と——ハンガリー科学アカデミー図書館への出入りでした。彼はそこで4年間、ひたすら計算を続けます。コンピュータのない時代に、過去数十万年分の緯度別・季節別の日射量を、紙と鉛筆で。戦争で足止めされた男の机の上で、氷河期のメトロノームが少しずつ姿を現していきました。主著『日射のカノン』全626ページが完成したのは1941年です。

しかし生前、理論はほとんど受け入れられませんでした。決着がついたのは死後18年の1976年。先ほどの「証拠合わせ」の下段で使ったのと同じ種類のデータ——深海の泥の記録を数学的に分析したところ、過去の気候変動の中に約10万年・約4.1万年・約2万年という3つの周期成分が、指紋のようにくっきり検出されたのです。彼が手計算で予言した3つのゆらぎの周期、そのままでした。地味な計算を数十年続けた人が、死後に採点されて満点を取った——科学史でも指折りの気持ちのいい逆転劇だと思います。

氷期が終わった「瞬間」は日本にも残っている

福井県若狭町の年縞博物館には、水月湖の湖底から掘り出した7万年分の泥の縞(年縞)が、長さ45mにわたって並んでいます。年縞は1年に1枚ずつ積もるので、数えれば何年前の層かが分かります。展示を歩いていくと、途中に「1万1653±99年前 暖かい時代の始まり」という小さな表示が出てきます。最後の氷期が終わり、今の暖かい時代が始まった位置です。ミランコビッチのリズムが刻んだ「一気に融ける瞬間」を、物差しの目盛りとして指させる場所は、世界でもそう多くありません。

私はこの博物館に3回通っています。氷期と今の時代の境目が、展示ケースの中の1枚の縞として、手の届きそうな距離で示されています。年縞の詳しい話は水月湖の年縞の記事にまとめています。

福井県年縞博物館に45mにわたって並ぶ水月湖の年縞の展示
長さ45mにわたって並ぶ水月湖の年縞(福井県年縞博物館)

氷期の日本の山はどうなっていたか

約2万年前、氷期のピークの日本は、気温が今より10℃ほど低く、海面は約100m下がっていました。夏を越せる雪の下限(雪線)は今より1,000〜1,500mも低く、北アルプスや日高山脈には本物の氷河が流れていました。カールやU字谷などの氷河地形は、そのときの置き土産です。

ただし日本は、カナダや北欧のような厚さ数kmの氷床には覆われませんでした。周りを海に囲まれて夏が比較的暖かく、雪は大量に降っても「融け残りの雪だるま式」が大陸ほど回らなかったためです。氷期の日本の山は、山頂部だけに氷河をまとう、今のヨーロッパアルプスに近い姿だったと考えられています。

鹿島槍ヶ岳北面のカクネ里氷河
鹿島槍ヶ岳北面のカクネ里氷河。氷期に山を覆った氷の、現代まで生き延びた末裔です。日本に現存する10の氷河は、いわば10万年のリズムの生き証人です。

メトロノームの外側——氷を持てる地球と、持てない地球

最後に、視点をもう2桁引いてみます。実は、氷期と間氷期の10万年リズムが刻まれるのは「地球が極地に氷床を持っている時代」だけです。そして地球の歴史を通して見ると、極地にすら氷がない「温室地球」の時代のほうがずっと長い。恐竜が栄えた時代がその典型で、当時は北極圏にワニの仲間が住めるほど暖かく、氷期も間氷期もありませんでした。

極地に氷がない温室地球と、極地に氷床を持つ氷室地球の比較図解
温室地球と氷室地球。ミランコビッチのメトロノームは、右の「氷室」の舞台の上でだけ、氷期・間氷期のリズムとして聞こえてきます。

この温室⇄氷室という一番大きなサイクルを切り替えているのは、軌道のゆらぎではなくプレート運動とCO2です。大陸同士の衝突で大山脈ができると岩石の風化がCO2を吸い取って地球は冷え、南極大陸が孤立して極点に居座ったことで氷床の置き場ができました。こうして約3400万年前に南極へ、約258万年前には北半球へ氷床が現れ、ようやくミランコビッチの拍子が氷期・間氷期として「聞こえる」ようになったのです。プレートが数千万年がかりで舞台を設営し、その舞台の上で軌道のゆらぎがメトロノームを振る——プレートの話と今回の話は、時間の桁違いの2階建てでつながっています。

ミランコビッチサイクルのよくある質問

いまは「氷河期」なの?

言葉の広さによります。極地に氷床がある時代全体を「氷河時代」と呼ぶ広い定義では、約258万年前から続く氷河時代に私たちは今もいます。その中の寒い波が「氷期」、暖かい波が「間氷期」で、現在は約1.17万年前に始まった間氷期です。「氷河期は終わった」も「今も氷河期」も定義次第で両方成り立ってしまうので、この記事では氷期・間氷期で統一しています。

次の氷期はいつ来る?

当分来ません。軌道計算によると、自然のままでも次の氷期は約5万年先で、今の間氷期は例外的に長持ちするタイミングにあたります。さらに2016年のNature誌の研究は、人間が出した二酸化炭素の影響で氷期入りが10万年以上遅れる可能性を示しました。「次の氷期の心配」は、人類のToDoリストのかなり下の方に置いて大丈夫です。

3つのゆらぎで全部説明できた?

実は、できていません。①軌道のゆがみが日射に与える影響は3つの中で最も弱いのに、なぜ約10万年周期が主役になるのかは「10万年問題」と呼ばれる未解決問題です。しかも約80万年前より昔の氷期は約4.1万年周期でした。拍子の存在は確定しましたが、氷やCO2がそれをどう増幅しているかは今も研究が続いています。教科書に載る大理論に、現役の謎が残っているのも地球科学の面白さです。

地球温暖化とはどういう関係?

時間の物差しが違います。ミランコビッチサイクルは数万年かけて進むゆっくりした変化、現在の温暖化は百年単位の急激な変化で、原因も別物です。「氷期が来るから温暖化は問題ない」とは言えません。時間スケールの感覚は地質の時間を「桁」で読む記事で整理しています。

まとめ——山で「氷期の種」を探す

氷期の記録はノコギリ型で、氷はゆっくり育ち、一気に融ける。その「一気」の引き金を引いているのが北緯65度の夏の日ざしで、日ざしを数万年がかりで揺らしているのが、軌道のゆがみ(約10万年)・地軸の傾き(約4.1万年)・首振り運動(約2万年)という地球の3つのゆらぎでした。夏山で雪渓に出会ったら、思い出してみてください。目の前の融け残りの雪は、かつて地球を氷の時代に引きずり込んだ「種」と同じものです。手計算でそこまで見通したセルビアの技師に敬意を込めて、雪渓の涼しい風を味わってもらえたらと思います。

地球の寒冷化が極限まで振り切れ、赤道まで凍りついた時代の話はスノーボールアース(全球凍結)へ。氷期の気候を1年刻みで数えられる「地層のものさし」は水月湖の年縞で、氷期の海面低下が生き物の分布に引いた境界線はなぜ北海道はヒグマ、本州はツキノワグマなのかで読めます。

山の成り立ちをもっと知りたい方は、「山の地質」カテゴリの記事一覧もどうぞ。

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