先日秋田駒ヶ岳へ登山で向かった際に、バス乗り場の情報センターで地球の断面を描いた案内板が立っていました。玉ねぎのように層が重なった図で、いちばん外側の細い線のところに「地殻」と書いてあります。山の案内板なのに、絵の主役は山ではなく地球の中身でした。

よく見ると、この図はかなり欲張りに作られています。層の名前(地殻・上部マントル・下部マントル・外核・内核)が並んでいるだけでなく、外周には海嶺、海溝、弧状列島、ホットスポットが描き込まれ、マントルの中には矢印でぐるりと回る流れが示されています。つまり「地球の中身の層構造」と「その流れが地表に何を作るか」を1枚に詰め込んでいます。外核には「主として鉄・液体」、内核には「主として鉄・固体」と添えてあります。
山の成り立ちの話をするとき、私はたいてい地図を広げます。プレートがどちらへ動き、どの断層がどこを走っているか。全部、平面の話です。ところがこの案内板は、同じ話を縦方向、つまり深さで描いていました。
ただ、この図には数字がありません。地殻がどれくらい薄いのか、マグマはどの深さで生まれるのか、沈み込んだプレートはどこまで落ちるのか。そこが入ると、この絵の意味はずいぶん変わります。
この記事では、案内板の図に深さの目盛りを入れていきます。プレートがどこでマグマを作り、どこで足止めされ、最後にどこへ行き着くのか。平面の地図では見えない部分を、縦方向に追ってみます。
人が届く深さは、りんごの皮より薄い
地球の半径は約6,371kmです。まずこの数字を頭に置いて、人間が上下に動ける範囲を並べてみます。
いちばん高いところはエベレストの8,848m。いちばん深いところはマリアナ海溝の底で、約10,900mです。上下を足しても20km足らずで、登山者が自分の足で稼げる高さはそのうちのさらに一部です。掘るほうはどうかというと、いちばん深い穴は旧ソ連がコラ半島に掘った12,262m。1970年に掘りはじめて、1989年にこの深さへ達しました。当初は15,000mを目指していましたが、深くなるほど岩が熱くやわらかくなり、そこで止まっています。1992年に掘削は終わり、今もこれが人類の最深記録です。
海のほうでは、日本の地球深部探査船「ちきゅう」が紀伊半島沖で海底下3,262.5mまで掘り、科学掘削の世界記録を更新しました。水面から数えれば7,740mになります。それでも、地殻を抜けてその下へ到達した人はまだ誰もいません。

比率にすると、12kmは6,371kmの0.2%です。地球を直径1mの球に縮めたとすると、人類が掘った最深の穴は1mmに届きません。爪で引っかいた傷です。りんごの皮より薄いという比喩がよく使われますが、りんごに失礼なくらい薄いというのが正確なところだと思います。
掘っていないのに、なぜ中身が分かるのか
誰も行ったことがないのに、案内板の図は層の深さを何kmまで書いています。あれは推測ではなく、地震の揺れを世界中で測った結果です。
大きな地震が起きると、揺れは地球全体に広がります。その揺れが地球の中をどう通ってきたかは、通り道の性質で変わります。かたい岩の中では速く、やわらかいところでは遅く、境目があれば曲がります。世界中の地震計で到着時刻を比べると、途中に何があったかが逆算できます。スイカを叩いて中身を当てるのと原理は同じです。違うのは、地球は自分で叩けないので、地震が叩いてくれるのを待つしかない点です。
決定的だったのは、地震の揺れのうち「S波」と呼ばれる種類の振る舞いでした。この波は、物を横にずらすようにして進みます。水やあめのような液体は、横にずらしても元に戻ろうとする力が働かないので、この波は液体の中をまったく進めません。

観測してみると、震源から地球の中心を見込む角度で103度より遠い場所では、S波が一切届いていませんでした。途中に液体の層があり、そこで止まっているということです。この観測から、ドイツ生まれの地震学者ベノー・グーテンベルクは、深さおよそ2,900kmから先に液体の巨大な芯があると結論しました。1910年代の話で、それから100年たった今も、この深さの見積もりはほとんど変わっていません。
つまり案内板のあの図は、誰も見たことのない場所の見取り図でありながら、世界中の地震計が100年以上かけて描いた実測図でもあります。
深さ100km——山の火が生まれる場所
ここからは、登山者に関係が深い深さに絞っていきます。まず深さ100km前後。秋田駒ヶ岳や岩手山のような火山の材料が作られている場所です。

東北の下には、太平洋のプレートが東から斜めに沈み込んでいます。沈んでいく板は、海底で水をたっぷり吸い込んだ岩でできています。深くなるほど圧力と温度が上がり、深さ110kmあたりでその水が絞り出されます。絞り出された水が上にある熱い岩にしみ込むと、岩の溶ける温度が下がって、部分的に溶けはじめます。これがマグマです。くわしい仕組みはマグマは海の水から生まれるに書きました。
この理屈の面白いところは、火山ができる場所が地図の上で決まってしまうことです。沈み込んだ板が深さ100〜150kmに達する真上の地表に、火山が海溝と平行な列をつくって並びます。日本に111ある活火山の並び方が妙に整っているのは、地表の都合ではなく、地下100kmの深さの都合です。
火口のふちに立って中をのぞきこんでいるとき、その火のもとが作られた場所は、真下に100kmです。水平方向なら東京から静岡あたりまでの距離を、まっすぐ下に数えることになります。登ってきた標高差がだいたい1,000mだったことを考えると、桁が二つ違います。
沈んだプレートは、どこまで落ちるのか
ここで、案内板の図に描かれていた矢印の話に入ります。秋田駒ヶ岳の下へ潜っていった太平洋プレートは、そのあとどうなるのか。深さ100kmで水を絞り出したあとも、板は沈み続けます。どこまで行くのでしょうか。

まず深さ660kmで、いったん止まります。ここはマントルの岩の詰まり方が切り替わる境目で、沈んできた板は冷たくて切り替わりが遅れるぶん、周りより軽い状態のまま境目に達します。そのため下へ進めず、横倒しになって溜まります。日本海から中国東北部にかけての地下には、この横たわった板が広がっています。
ただし永久にそこにいるわけではありません。時間をかけて温まると密度が上がり、境目を突き抜けて下へ落ちていきます。しかも連続的にではなく、ちぎれた塊が間隔をあけて落ちていくことが、地震波で地球内部を透かして見る観測から分かっています。
そして終点は、深さ2,900km。核とマントルの境目です。ここから先へは進めません。理由は単純で、その下が液体の鉄だからです。岩は鉄より軽いので、鉄の海に石を落としても沈まない。プレートは核の表面に積もっていくことになります。
面白いのは、そこに過去の記録が残っている点です。東京大学の研究グループが約8万の地震波形を解析した結果、核とマントルの境目のあたりに、2億年前に沈み込んだプレートの痕跡が見つかっています。地表にはとっくに証拠が残っていない古い沈み込み帯の情報が、深さ2,900kmには保存されているということになります。
積もった板はそこで温められ、周囲のマントルを熱します。熱くなった部分はやがて浮力を得て、細い柱のように立ち上っていきます。それが地表に届いたところがホットスポットで、ハワイの火山列島がこのタイプです。案内板の図にも「ホットスポット」と書き込まれていました。
つまり、秋田駒ヶ岳の下に潜っていった板は、数億年かけて地球の中心近くまで落ち、そこで温められ、まったく別の場所から火山として出てくる可能性があるということになります。案内板に描かれたぐるりと回る矢印は、この一周を表していたわけです。矢印1本が数億年というのは、案内板の説明としてはなかなか思い切った省略だと思います。
深さ2,900km——液体の鉄と、コンパスの北
さらに下、深さ2,900kmから先が、S波を止めていた液体の層です。主成分は鉄で、温度は数千度。この鉄が対流しています。要するに、地球の内側では鉄の海が流れ続けているということになります。
ここで登山道具の話につながります。流れているのは電気を通す金属なので、その流れが地球全体を大きな電磁石にしています。地磁気です。私たちがコンパスで北を確かめられるのは、深さ2,900kmより下で鉄が流れているからです。
しかもこの流れは一様ではないので、コンパスが指す北は、地図の北とぴったり一致しません。日本ではコンパスの北が地図の北より西にずれていて、そのずれは北へ行くほど大きくなります。国土地理院の値では、北海道の敏音知(ぴんねしり)で約11度。日本で唯一ずれがないのは南鳥島です。しかも一定ではなく、全国平均で過去50年間に西へ約1.4度ずつ動いてきました。
地形図に磁北線を引くという地味な作業は、突き詰めると6,000km下を流れる鉄の向きに合わせて紙に線を引いているということになります。コンパスは装備の中でいちばん原始的な部類の道具ですが、地球の中心近くを直接のぞいている唯一の装備でもあります。GPSが見ているのが上空2万kmの衛星であることと並べると、方向としてはずいぶん対照的です。
いちばん深いところは、また固い
深さ5,150kmを超えると、同じ鉄でもまた固体に戻ります。中心の6,371kmまで続くこの部分が内核です。外側より熱いのに固まっているのは、圧力が桁違いに強いからで、熱よりも圧力が勝っている状態です。温度の見積もりには研究によって幅がありますが、数千度、太陽の表面と同じ程度とされています。
そしてこの内核は、外側の鉄が少しずつ冷えて固まることで、今も成長しているとされています。固まるときに軽い成分が吐き出され、それが上向きの流れを生んで、さきほどの鉄の対流を駆動している。つまりコンパスの北は、地球の中心が冷えていく過程の副産物ということになります。
もう少し話を広げると、この地磁気が太陽からの荷電粒子を受け流して、大気が剥ぎ取られるのを防いでいます。山頂で息ができるのも、遡れば深さ5,000kmの事情です。山の空気の薄さに文句を言いたくなることはありますが、そもそも空気がある理由がここにあるので、強くは言えません。
深さで見ると、山の見え方が変わる
最初に引用した案内板の図に戻ります。マントルの中にぐるりと回る矢印が描かれ、その先に海嶺・海溝・弧状列島・ホットスポットが並んでいました。岩でありながら、長い時間で見ればゆっくり流れている。その流れの上に薄い板が浮かんでいて、板同士がぶつかったり沈んだりしたところに山ができる。あの1枚は、ここまで書いてきた深さの話を全部ひとつの絵に詰め込んだものだったことになります。日本の山がなぜここにあるのかという話も、突き詰めればこの循環の末端で起きている出来事です。

標高3,000mの山に登ると、ずいぶん高いところまで来たという気になります。実際、その高さを稼ぐのに何時間もかかっています。ただ深さの目盛りで見ると、3,000mは6,371kmの0.05%です。山は地球の表面にできたごく浅いしわで、私たちはそのしわの上をせっせと移動していることになります。
プレートの動きを地図で追うと、矢印は地表を平らに移動していくように見えます。けれど縦に切ってみると、板は生まれた場所から数千kmを沈み、核の表面で止まり、温められてまた上がってくる。地図の矢印は、その循環を真上から見た影だったことになります。
それを知ったところで登りが楽になるわけではありませんが、火口をのぞきこんだときや、コンパスの針が落ち着くのを待っているときに、その下にある6,371kmを一瞬思い出せるくらいには、山の見え方が変わります。
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