モンブランで誰もピッケルにリーシュを付けていなかった——調べたら、日本と欧州は違うものを議論していた

装備・ギア

この夏モンブランに登って、ずっと引っかかっていたことがあります。まわりの登山者もガイドも、ピッケルにリーシュ(流れ止め)を付けていませんでした。素手で持ち、休むときはザックに挿す。それだけです。日本の雪山では、リーシュを付けるのがほぼ暗黙の了解になっています。私も付けています。同じ道具の同じ使い方で、なぜここまで扱いが違うのか。帰国してから出典をたどって調べたところ、思っていたのと違う結論に行き着きました。

ピッケルのヘッドと、取り付けられた黄色いウェビングのリーシュ
筆者のピッケル(Grivel Monte Rosa)。右に伸びる黄色いテープがリーシュで、この端を手首か体につなぐ

先に結論を3つ書きます。①スイス山岳会は2014年に「ハンドループは外せ」と公式に表明していました。②一方で日本の公的な指導団体には、リーシュ着用を義務づけた規定が見当たりませんでした。③そして最も意外だったのは、日本と欧州が「リーシュ」という言葉で別のものを指している可能性が高いことです。

夜明けのグーテ稜を登る登山者
夜明けのグーテ稜。ここから山頂まで、リーシュを付けた人をほとんど見なかった

日本の「必ず付ける」は、どこから来ているのか

まず自分の側を疑うところから始めました。日本でリーシュ着用が常識になっているなら、どこかに根拠があるはずです。

探した範囲では、公的な指導団体にリーシュ着用を義務づけた規定は見つかりませんでした。 日本山岳・スポーツクライミング協会の公認山岳コーチの検定基準を全文検索してみると、「リーシュ」「流れ止め」という語は一度も出てきません。出てくるのは「バンド(ショルダー、リスト)」で、これはピッケルの各部名称の一部として、ピック・アッズ・シャフト・スパイクと並べて挙げられているだけです。カッティングの実技評価に「シャフトの握りとバンドの調整」という項目はありますが、着用そのものを求める文言ではありません。

では何が「常識」を作っているのか。メーカーと小売と入門メディアでした。モンベルは「登はん中の落下や万が一の紛失を防ぐためにピッケルリーシュは必ず使用しましょう」と書いています。好日山荘は「雪山でピッケルを無くすと命に関わるので、必ず用意してください」。国際山岳ガイドが監修した記事にも「必ずリーシュコードをつけましょう」とあります。

つまり日本の暗黙の了解は、規則ではなく、道具を売る側と教える側の一致した推奨によって形づくられているということになります。これは悪いことではありません。ただ「決まりだから」ではなく「そう勧められているから」だと知っておくと、次の話が理解しやすくなります。

スイス山岳会は「外せ」と書いていた

欧州側には、驚くほどはっきりした文書がありました。スイス山岳会の機関誌『Die Alpen』2014年8月号、タイトルは「Handschlaufe weg vom Pickel」——ピッケルからハンドループを外せ、です。

リード文はこうです。「山岳ガイドと指導者の見解は一致している。ピッケルのハンドループは表面的な安全感しか与えず、実際には邪魔で、時に危険である。ゆえに使用は推奨されない」。同会の教育部門責任者は「店頭でほぼすべてのピッケルにハンドループが付いているのは、主に販売上の理由だ」とまで言い、記事はこう締めくくられます。「ピッケルにハンドループを付けた山岳ガイドを見たことがある人がいるだろうか?」

理由は主に3つ挙げられていました。ジグザグに登るたびに左右の手を持ち替える必要があり、最もバランスの悪い瞬間に両手を使う作業を強いられること。滑落したときに振り回されるピッケルが体を傷つけること。そして、雪にピッケルを埋めて支点を作るときに邪魔になること。

抽象論ではなく、実際の受傷事例も公表されています。スイスの山岳事故報告のプラットフォームに載った例では、4,000m峰の最終登高で両手が必要な岩場を、ピッケルをハンドループにぶら下げたまま通過した登山者が、足を滑らせた際に顔の前で揺れていたピッケルが当たり、上顎の前歯を2本折っています。

モンブランのボス稜
ボス稜。両側が切れ落ちた雪稜では、進む向きに合わせてピッケルを持ち替える場面が続く

モンブランのガイド会社の装備リストを何社か確認しましたが、リーシュを要求しているものは一つもありませんでした。英国のある会社にいたっては、ピッケルの項に「すべてのリーシュとストラップを外すこと。邪魔になる」と明記しています。私が現地で見た光景は、個人の好みではなく、そういう指導の結果だったわけです。

リストループ式・袈裟懸け式・リーシュなしの3種類を比較した図解
ピッケルのリーシュは3種類ある。欧州が「外せ」と言っているのは①で、日本のガイドが勧めるのは②(模式図)

ここで話が噛み合っていないことに気づいた

ここまで調べて、「やはり日本が遅れているのか」と思いかけました。ところが、決定的な行き違いがありました。

欧州が否定しているのは、手首に通すリストループです。 ドイツ語のHandschlaufe、フランス語のdragonne。いずれも「手首の輪」を指す語で、スイス山岳会の記事も、事故事例も、専門誌の議論も、すべてこのタイプを前提にしています。

一方、日本のガイドが勧めているものを読み直すと、多くが袈裟懸け式(ボディリーシュ)です。肩からたすき掛けにして体とピッケルをつなぐタイプで、手首は自由なままなので持ち替えができます。ヤマケイオンラインの記事も「袈裟懸けで体と連結するボディーリーシュがピッケルの持ち替えをしやすくおすすめ」と、まさに欧州が問題にした持ち替えの不便さを回避する形を勧めています。

上の図が、この記事でいちばん伝えたいところです。①と②は、手首につなぐか体につなぐかという違いだけでなく、持ち替えができるかどうかという決定的な差があります。つまり「欧州はリーシュを使わない、日本は使う」という対立は、正確には「欧州はリストループを否定した、日本は袈裟懸け式を選んだ」という話だった可能性があります。実際、日本のあるガイドは、欧州でリーシュを使わないという話について「あれはリストループを使わないという意味だ」と明確に解釈していました。同じ言葉で違うものを指したまま、比べていたことになります。

この視点で自分の装備を見直すと、確認すべきは「付けているかどうか」ではなく「どのタイプを付けているか」でした。手首に固定するタイプなら、欧州の批判はそのまま当てはまります。体につなぐタイプなら、批判の主要部分である持ち替えの問題は最初から起きません。

どちらの言い分にも、統計的な裏づけはなかった

調べていて最も意外だったのはここです。「リーシュのせいで負傷した」「リーシュのおかげで助かった」を数字で示した研究や遭難統計を、日欧どちらにも見つけられませんでした。

象徴的なやりとりがあります。ドイツ語圏の山岳安全専門誌で、読者が「スイス山岳会などがハンドループを外せと書いているが、どんな根拠で? もっと詳しい調査はあるのか」と質問しました。答えたのは同誌の編集者で山岳ガイドでもある人物ですが、返ってきたのは個別の事例と経験則でした。統計は出てきません。回答はこう締められています。「利点と欠点をすべて知ったうえで、自分で決めてください。ただし、もし転倒してピッケルで顔を負傷したとしても、驚かないでください」。

国際的な安全規格を作るUIAAのアイスツールの規格を読んでも、リーシュに関する記述は一語もありませんでした。規格として推奨も禁止もしていないということです(競技のアイスクライミングではリーシュ禁止と明記されていますが、これは登山ではなく競技の話です)。

つまりこれは、データで決着がついた問題ではなく、現場の判断が分かれたまま続いている問題です。そう理解すると、日本のメーカーが「必ず付けましょう」と書くことも、スイス山岳会が「外せ」と書くことも、どちらも誠実な立場表明として読めるようになります。

日本にも「いらない」と言うガイドがいる

「日本は全員リーシュ」も、実は正確ではありませんでした。国際山岳ガイドの近藤謙司氏は2015年の記事で、はっきり「ピッケルのバンドはいらない」と書いています。理由は欧州側とほぼ同じで、滑落したとき「バンドにつながったピッケルが凶器となって降り注いでくる」こと。そして「バンド類を付けずに手に一体化させて、つねに握っている感覚を覚え込ませるべき」だと述べています。

逆方向の例もあります。フランスのペツルは、氷河歩行用のピッケルについて、リーシュなしのモデルと、リーシュを同梱した別モデルの両方を売っています。ドイツの大手小売のガイド記事には「ピッケルは通常つねにハンドループ付きで使う」と、スイス山岳会と真逆のことが書かれています。

結局、国境で綺麗に分かれているわけではありませんでした。分かれているのは「ガイドや安全機関の実務判断」と「道具を売る側・教える側の標準案内」で、その力関係がたまたま日欧で逆になっている。私が現地で感じた違和感の正体は、これだったのだと思います。

で、自分はどうするか

この記事で「外すべきだ」と書くつもりはありません。安全に直結する話で、しかも統計的な根拠が存在しない以上、他人の装備を断定的に否定できる材料を私は持っていません。

そのうえで、調べた結果として自分の中で整理がついたことを3つ書きます。

ひとつめ。論点は「付ける/付けない」ではなく「どのタイプか」でした。リストループと袈裟懸け式は、利点も欠点もまったく別物です。両者を「リーシュ」とひとくくりにしたまま議論しても噛み合いません。

ふたつめ。欧州の議論は氷河とクレバスを前提にしている、という点です。持ち替えの頻度、支点を掘る作業、クレバスに落ちたときに絡む危険。これらは氷河を歩く前提の話で、氷河の少ない日本の厳冬期の稜線にそのまま持ち込めるとは限りません。ただし、この条件差とリーシュ慣行を結びつけて論じた公的な資料は見つけられなかったので、ここは私の推測です。

みっつめ。モンブランのような持ち替えが連続する雪稜では、リーシュレスに理があると、現場で歩いていて実感しました。ボス稜では稜線の向きに合わせて何度も持ち替えます。あそこで毎回手首の輪を外して付け替えていたら、確かに面倒だし、面倒だからこそ横着をして、そちらのほうが危なかったと思います。

そのうえで自分の話をすると、国内でもリーシュなしでいくことにしました。ヨーロピアンスタイルです。……と言うと格好がつくのですが、決め手は「モンブランで誰も付けていなかったから」で、要するに周りに流されただけです。流された後で出典をたどったら、流された方向にも一応の理屈はありました。順番が完全に逆なのは認めます。

もっとも、これを人に勧める気はありません。氷河のない日本の稜線に欧州の結論をそのまま持ち込めるとは限らない、と数段落前に自分で書いたばかりです。

ただ、これだけ食い違っている日欧の議論にも、はっきり一致している点がひとつだけありました。行動中にピッケルを失うと命に関わる、というところです。「外せ」と言っているスイス山岳会も、外した先でなくしてもいいとは一言も書いていません。手首の輪を否定する文章の中ですら、ピッケルは常に手にあるものとして話が進んでいます。

では、その「なくすと命に関わる」をどう埋めるか。私の答えは、本当に緊張する冬山にはピッケルを2本持っていくことです。実際にそうしています。リーシュは付けません。この形なら、滑落したときに紐の先で刃物が自分を追いかけてくることはありませんし、1本を落としても、もう1本が手元に残ります。リーシュが引き受けていた役割を、道具の数のほうに肩代わりさせているだけとも言えます。

難点は重さですが、最近の短めのピッケルは意外と軽いですし、雪山では「ピッケル2本あれば」と思う場面も割とあります。それを踏まえると、2本目のピッケルの重さは払う価値があると考えています。

そう考えると、本当の分かれ目はリーシュの有無ではないのだと思います。付けていてもいなくても、休憩でも、写真を撮るときでも、ピッケルを手から離さない。落としても止まるとは限らない斜面では、その習慣そのものが効きます。リーシュはあくまで、その習慣が破れたときの保険にすぎません。保険の是非を論じる前に、保険を使わずに済む持ち方を体に入れておく。私が調べた範囲でいちばん確かだったのは、たぶんここでした。

この夏のモンブランの山行そのものは、モンブラン登山記録——4,600mで引き返したに書きました。ほかの山の記録は、カテゴリ「登山記録」にまとめています。

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