南アルプス アーカイブ - 地球を感じる山登り 山の成り立ちを地質学から読み解く登山ブログ Thu, 17 Sep 2026 22:45:03 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=7.1.3 https://chikyu-yama.online/wp-content/uploads/2026/04/favicon_tozan-150x150.png 南アルプス アーカイブ - 地球を感じる山登り 32 32 南アルプスのシカの群に環境省が「衝撃」——柵ひとつで土砂流出が6分の1になった実験が示すもの https://chikyu-yama.online/minami-alps-deer-erosion/ https://chikyu-yama.online/minami-alps-deer-erosion/#respond Fri, 28 Aug 2026 13:54:13 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2296 環境省がヘリから撮影したシカの群の動画を公開し、関係者一同が衝撃を受けたと書きました。シカ問題は高山植物の話にとどまりません。仙丈ヶ岳の対照実験では、柵で囲うだけで土砂の流出が6分の1になりました。シカはいま、山を削る側に回っています。

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シカは、高山植物を食べる動物であると同時に、山を削る営力になっています。南アルプスの高山帯では、地面を覆う草が食べられ、蹄で踏み荒らされることで土がむき出しになり、雨のたびに流出しています。仙丈ヶ岳で行われた実測では、シカを柵で締め出した区画に対して、シカが入る区画の土砂流出量は夏で6.2倍でした。同じ斜面、同じ雨量、違いはシカがいるかどうかだけです。

この記事のポイントは3つあります。①環境省がヘリから撮影したシカの群の動画を公開し、専門家を含む関係者が想定を超えたと認めたこと。②シカの影響は植物だけでなく土壌の流出として測定されており、標高が高いほど差が大きく出ること。③その一方で、コケが地面を守っていた場所では差がほとんど出なかったこと。

環境省が「衝撃を受けました」と書いた

2026年8月27日、環境省の南アルプス国立公園公式アカウントが、ヘリコプターから撮影されたシカの群の動画を公開しました。撮影は東邦航空です。

投稿の書きぶりが、行政の発信としてはかなり異例でした。

一報をくれた山小屋の管理人さんも、南アルプス国立公園シカ担当も、シカを知り尽くしたハンターさんも、有識者の先生方も…関係者一同、衝撃を受けました。

山小屋の管理人、担当職員、ハンター、研究者。この山域を最もよく知っている四者が、そろって想定を超えたと表明しています。そのうえで「シカ対策をする上で様々な”壁”がありますが、関係機関で連携してより捕獲圧を強められるよう頑張っていきます」と続きます。対策が現状では追いついていない、と当局が自分で書いているわけです。

動画そのものは著作権の関係でここには載せられませんが、Instagramで「南アルプス国立公園」または @minamialps_nationalpark を検索すれば見られます。斜面が茶色い点で埋め尽くされている映像で、本当に驚きます。この記事でこれから数字を並べますが、あの数十秒を見るほうが早いかもしれません。

シカの話は「かわいそうな高山植物」という文脈で語られがちですが、地学の側から見ると別の顔があります。シカはいま、山を削る側に回っています。

シカはなぜ稜線まで上がってきたのか?

大きく3つの理由が重なりました。狩る人が減ったこと、暖冬と少雪で冬を越せる個体が増えたこと、そして数が増えた結果、里山や低山の下草だけでは養いきれなくなり、押し出されるように分布が上へ広がったことです。

環境省関東地方環境事務所の解説によると、南アルプスで稜線付近にシカが現れるようになったのは平成10年(1998年)頃からで、そこから急激に増えました。人がシカを捕らなくなったことで個体数が増え、生息域を里山から高山帯へ広げたという流れです。

そこに気候の変化が乗ります。冬が以前ほど寒くなくなり、積雪量も減ったことで、冬を越せずに死ぬ個体が減りました。シカにとって冬の雪は、餌を隠すと同時に体力を奪う最大の関門です。その関門が緩めば、単純に生き残る数が増えます。雪が減って喜んでいるのはスキー場だけではなかった、ということになります。

長野県の中央アルプスから南アルプスにかけては、1平方キロメートルあたり50頭を超える密度の場所がすでにあり、山肌が丸裸になった斜面も出ています。

標高が生き物の分布を決める話は、森林限界はなぜ2,500mなのかでも書きました。木が生きられる高さには物理的な上限がありますが、シカにはその上限がありません。木が育たない場所にも、草さえあれば行けてしまいます。

柵ひとつで、土砂の流出が6分の1になった

シカが土を流しているという因果関係は、仙丈ヶ岳(3,033m)で実際に測られています。信州大学と伊那市の研究グループ(吉村綾・北原曜・小野裕)が砂防学会で報告した実験です。

方法は素朴で、そのぶん説得力があります。斜面に長さ3.5m、幅1.2mの枠を2つ並べ、片方だけを高さ1.6mの柵で囲います。柵の中はシカが入れない「排除区」、囲わない方は「侵入区」です。枠の下端に土砂受け箱を置き、流れ出た土を月に2〜4回回収して、乾かしてから重さを量ります。同じ斜面に並べているので、雨も気温も傾斜も同じ。違いはシカが入るかどうかだけです。

標高を変えて4か所、さらにシカの少ない中央アルプスに比較用の1か所を設けました。夏の土砂流出量を、排除区に対する侵入区の倍率で並べるとこうなります。

シカを柵で締め出した区画と入る区画で、斜面から流れ出る土砂の量を比較した断面図
出典:吉村綾・北原曜・小野裕「南アルプス高山域におけるシカの個体数増加が土壌侵食に及ぼす影響」(砂防学会)の実測値をもとに作成
調査地標高侵入区は排除区の何倍か
小沢(中央アルプス・比較用)860m0.8倍
戸台1,020m4.1倍
白岩1,340m4.5倍
大平1,960m1.4倍
馬ノ背2,640m6.2倍

いちばん標高が高い馬ノ背で6.2倍。ここはかつてお花畑だった場所で、いまはシカが食べない植物ばかりが広がっています。逆にシカの少ない中央アルプスの小沢では0.8倍、つまり有意な差が出ていません。

柵を1枚立てるだけで、流れ出る土が6分の1になる。裏を返せば、柵がない場所では6倍の土が流れ続けているということです。

なぜ高山帯でいちばん効くのか?

雨が強いことと、そもそも植物が薄いことの2つが重なるからです。

高山帯は雨量も雨の強さも大きく、地面を叩く力が強い場所です。そこに、地面を覆う草が減るという条件が加わります。低い場所の森なら、落ち葉が積もった層がクッションになって雨粒の衝撃を受け止めますが、稜線近くにはその蓄えがありません。もともと薄い守りが少し剥がれるだけで、影響が一気に出ます。

面白いのは例外が出たことです。標高1,960mの大平だけは1.4倍にとどまりました。ここは林床をコケが覆っていて、コケが土を網のように締めつけて流出を抑えていたためです。研究チームは、コケが土壌を緊縛することでシカの踏み荒らしの影響も減らしていると考察しています。地味な見た目の割に、コケはかなり有能な土木作業員でした。

冬になると順番が入れ替わります。冬の流出量は、標高1,020mの戸台で24.0倍まで開く一方、高山帯の馬ノ背では1.3倍まで縮まりました。馬ノ背は雪が深く、雪に覆われている間は土が流れないからです。逆に戸台は、高いところにいたシカが冬に降りてくるうえ、雪がほとんど積もらないため、土が凍って緩む現象が繰り返し起きます。凍って持ち上がった土は、緩んだときに落ちます。それをシカが踏んで散らかす、という構図です。

雪が土を守っているという関係は、少し意外かもしれません。冬の高山帯では、雪は邪魔者ではなく蓋です。

日本の山は、もともと世界最速級に削られている

ここで一歩引くと、この6.2倍という数字の位置づけが見えてきます。

宇宙から降る放射線が岩に作る特殊な元素を測ると、その岩がどれだけ削られたかがわかります。この手法による研究では、日本の山地が削られる速さは年0.5〜3.5mm。同じ手法で世界中の流域を集計した研究では、世界の中央値は年0.054mmです。日本の山は、世界の標準の10倍から60倍の速さで削られています。

つまり日本の山は、シカが来る前からすでに世界有数の速さで削られていました。そこに、地面の草を刈って土をむき出しにする動物が新しく加わったことになります。急峻な地形、多い雨、そしてシカ。削る側の役者が1つ増えました。

ここは正確に書いておきます。6.2倍というのは、3.5m×1.2mという小さな枠で測った表面の土の流出量であって、山全体が6.2倍の速さで低くなっているという意味ではありません。 山を削る主役はいまも川と崩壊です。ただ、稜線付近の土壌という、いちど失われると回復に数百年かかる薄い層が、測定できる速さで減っているという事実は動きません。

高山帯の土は、氷期以降の1万年ほどかけて少しずつ溜まったものです。溜めるのに1万年、流すのに数十年。地球の収支としてはかなり分の悪い取引です。

鈴鹿でも、同じ光景を見た

南アルプスだけの話ではありません。

私が三重県と滋賀県の境にある竜ヶ岳(1,099.6m)に登ったのは初夏の早朝で、山頂の手前で笹原に出たときのことでした。斜面一面に、茶色い点が散らばっています。最初は岩か何かだと思ったのですが、双眼鏡を出すまでもなく、点が動いていました。数えたら49頭いました。朝の斜光を浴びて、笹の緑と体の茶色がくっきり分かれていました。

写真を撮って7分後には山頂に着いていたので、群れは登山道のすぐ脇にいたことになります。人を恐れる様子はありませんでした。手元にあったのはiPhoneだけで、デジタルズームを4.3倍まで引き伸ばして撮ったので、写真はかなり粗いです。どこにいるのか分かりにくいので、確認できた個体に赤丸を付けました。稜線近くだけでなく、手前の斜面にも同じだけいます。

鈴鹿・竜ヶ岳の笹原に散らばるニホンジカの群れ。確認できた49頭を赤丸で示している
鈴鹿・竜ヶ岳の笹原。初夏の早朝、斜面一面にシカが散らばっていた。iPhoneのデジタルズーム4.3倍で撮っているため画質は粗く、肉眼でも最初は岩か何かだと思った。赤丸は筆者が確認できた49頭。稜線近くだけでなく、手前の斜面にも同じだけいる

南アルプスの水がなぜ甲斐駒ヶ岳の花崗岩から生まれるのかは「南アルプスの天然水」はなぜ甲斐駒ヶ岳から生まれるのかに書きましたが、その水を溜める森と土壌もまた、いま削られる側にいます。

このときは「鹿がいる、めずらしい」で終わったのですが、南アルプスの数字を知ってから見返すと、写真の意味が変わります。この笹原がなぜ笹だけなのか、なぜ木が生えていないのか。答えの一部は、写っている当人たちが持っています。

動物の分布が地形や気候で決まる話は、ツキノワグマはなぜ東日本に多いのかでも扱いました。クマの分布は雪とブナ林が決めていますが、シカの分布はいま、その制約から外れつつあります。

登山者として、何が見えるか

現地で見分けられるサインがいくつかあります。

ひとつは、花の種類が妙に偏っている場所です。シカが食べない植物だけが残ると、一見すると緑は豊かなのに、花の顔ぶれが単調になります。「お花畑」と地図に書いてあるのに花が少ない場所は、たいていこれです。

もうひとつは、斜面を等高線に沿って走る細い道です。登山道ではないのに踏み固められた筋が何本も並んでいたら、シカ道の可能性があります。人間の登山道が尾根や谷に沿って上下方向に伸びるのに対し、シカ道は横方向に伸びるので見分けがつきます。

そして柵です。南アルプスの北岳周辺や荒川岳のお花畑には、防鹿柵が設置されて植生が回復しつつある場所があります。柵に出会ったら、中と外を見比べてみてください。数メートル離れているだけで植物の量が違うはずです。あの実験の6.2倍が、目の前にあります。

登山道から外れないでほしいという掲示も、同じ文脈にあります。北岳の山頂直下から北岳山荘、八本歯の頭にかけては、キタダケソウの保護のために毎年6月1日から11月30日まで立ち入りが制限されています。踏まれて薄くなった地面から土が流れるという点では、人間もシカと同じことをします。差があるとすれば、人間は掲示を読めるということくらいです。


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山を形づくる力と、そこに生きる動植物の関係については、山の地質カテゴリにまとめています。実際に歩いた記録は登山記録カテゴリからどうぞ。

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塩見岳の地質:山頂は深海の底だった——赤い天狗岩と、麓に湧く塩水の正体 https://chikyu-yama.online/shiomidake-geology/ https://chikyu-yama.online/shiomidake-geology/#respond Sat, 22 Aug 2026 15:12:12 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2023 塩見岳(3,052m)の山頂に立つ岩は、南の海の海底火山が噴き出した溶岩です。山頂直下の天狗岩が赤いのは、深海に降り積もったプランクトンの殻が固まったから。海の岩がなぜ3,000mにあるのか、麓に塩水が湧く理由まで、実際に登って撮った写真とともに解説します。

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塩見岳は、南の海の底でできた岩が、プレートに運ばれて日本列島に貼り付き、標高3,052mまで押し上げられてできた山です。山頂に立っている岩は海底火山が噴き出した溶岩で、その手前にそびえる天狗岩は、深海に降り積もったプランクトンの殻が固まったものです。

南アルプスの真ん中にある3,000m峰で、登山口から山頂まで往復すると長い一日になります。そこまで歩いてたどり着いた山頂が、もとは海の底だったという話です。標高差1,200mを登った先にあるのが深海の記録というのは、労力の使い方としてやや複雑な気持ちになります。

この山を地学的に読むポイントは3つです。①山頂の岩が海底火山の溶岩であること、②天狗岩の赤色が深海の堆積物の色であること、③麓に湧く塩水が、沈み込むプレートから絞り出された水だということ。山頂から麓まで、この山は上も下も海でできています。

ハイマツ帯から見上げた塩見岳の双耳峰
塩見小屋の手前から見上げた塩見岳。左が西峰(3,047m)、右が東峰(3,052m)の双耳峰です。手前はハイマツ帯で、この高さから上に背の高い木はありません

山頂に立つ岩は、海底火山の溶岩だった

塩見岳の山頂付近をつくっているのは緑色岩と呼ばれる岩です。もとは玄武岩の溶岩で、それが長い時間のなかで変質して緑がかった色になったものを指します。静岡市の資料によれば、塩見岳の緑色岩は大部分が塊状で、まれに不明瞭な枕状構造を持つとされています。

この「枕状」が重要です。溶岩が水中で噴き出すと、表面が海水で急に冷やされて殻をつくり、その内側にまだ熱い溶岩が入り込んで、丸い枕を積み重ねたような形に固まります。陸上で流れた溶岩ではこの形になりません。つまり枕状構造は、その岩が水の中で噴出したことを示す直接の証拠です。

山頂で足元の岩を見ると、たしかに黒でも白でもない、灰色から緑がかった色をしています。これが海底火山の名残だと知って改めて見ると、印象がかなり変わります。3,052mの一番高いところに、かつて海の底で煮えていた溶岩が転がっているわけです。

塩見岳東峰から西峰と雲海を望む
東峰から西峰を見たところ。手前に写っている灰緑色の岩が、海底火山の溶岩だった緑色岩です。雲海の高さは標高2,500mあたりでした

天狗岩はなぜ赤いのか?

山頂の直前に、天狗岩という岩場を越えます。ここが記事を書きたくなった理由です。この岩は赤いのですが、その赤はプランクトンの色です。

天狗岩は赤色チャートから赤色頁岩でできています(静岡市の資料)。チャートは、放散虫という小さなプランクトンの死骸が深い海の底に降り積もり、固まってできた岩です。放散虫の殻は二酸化ケイ素、つまりガラスと同じ成分でできています。陸から流れてくる砂や泥が届かないほど深い海の底では、この殻だけが延々と降り積もります。

降り積もる速さは、条件によりますが1,000年で数mmという桁です。天狗岩の岩壁の厚みを数十mとすれば、それだけで数百万年から一千万年ぶんの時間が積み上がっている計算になります。急な岩場を息を切らして登りながら、実際には数百万年ぶんの海底を垂直に横切っていることになります。

天狗岩付近の赤紫色のチャートと緑色岩の露頭
天狗岩付近(標高約2,930m)の登山道。赤紫色の岩が深海に積もったチャートで、右下や左下に見える緑がかった岩が海底火山の溶岩です。まったく成り立ちの違う2つの岩が隣り合っています

赤い色は、チャートに含まれる鉄分が酸化したものです。深い海の底で、酸素のある環境でゆっくり堆積すると、鉄が酸化して赤くなります。土に埋めた鉄が錆びるのと原理としては同じで、それが数百万年かけて岩の色になったものだと考えると、スケールの差だけが極端です。

写真をよく見ると、赤紫の岩に細かい縞が入っています。この1本1本が深海に積もった層で、しかも水平ではなく斜めに立っています。海底で水平に積もったものが、後から傾けられたということです。誰が傾けたのかという話が、次の章になります。

なぜ海の底の岩が3,052mにあるのか?

答えは、岩が動いたのではなく、岩を載せた海底そのものが移動してきたからです。

海洋プレートは、海嶺で生まれて年に数cmの速さで移動します。その表面には海底火山の溶岩があり、その上に深海の堆積物が積もっていきます。塩見岳の緑色岩とチャートは、この状態で長い時間をかけて日本列島の方へ運ばれてきました。

そして海溝までたどり着くと、海洋プレートは大陸プレートの下へ沈み込みます。このとき、プレートの上に載っていた軽い岩は一緒に沈み込めず、大陸側の縁に削り取られて貼り付きます。この貼り付いた岩の集まりが付加体です。日本列島の骨格はこの付加体でできており、南アルプスもその一部です。

塩見岳の岩ができるまでの4段階を示した図解
塩見岳の岩がたどった道。南の海で生まれ、プレートに乗って運ばれ、沈み込むときにはぎ取られて、いまは標高3,052mにあります

天狗岩の層が斜めに立っているのは、この貼り付けの現場で押しつぶされ、傾けられたためです。海底で静かに水平に積もった層が、いまは山の斜面で立ち上がっています。その変形の跡を、登山道の途中で手で触れる距離から見られます。

そのあと、この一帯は隆起を続けました。南アルプスは年に3〜4mmという速さで今も上がっており、日本の山のなかでも最速級です。年3mmは1万年で30m、100万年で3,000mになります。数字の上では、いまの標高は100万年ぶんの隆起でつくれてしまう計算です。もっとも同時に侵食も進むので、そのまま積み上がるわけではありません。日本列島の山がどのようにできたかという全体像は、日本の山はなぜここにある?にまとめています。

「赤石山脈」という名前も、この赤い岩に由来する

南アルプスの正式な名前は赤石山脈です。この「赤石」は、大井川上流の赤石沢に赤色チャートの岩盤が露出していることに由来し、その源頭にある赤石岳の名になり、さらに山脈全体の名前になったとされています。

つまり山脈の名前そのものが、深海のプランクトンの色を指しています。天狗岩の赤も同じ理由の赤で、塩見岳は赤石山脈の名の由来を、山頂直下でそのまま見せてくれる山ということになります。名前の由来が地質だという山脈は、それほど多くありません。

ちなみに同じ南アルプスでも、北部の甲斐駒ヶ岳や仙丈ヶ岳は白い花崗岩の山です。あちらは地下深くでマグマがゆっくり固まってできた岩で、成り立ちがまるで違います(甲斐駒ケ岳の地質)。同じ山脈を名乗っていながら、北と南で岩の履歴が違うというのは、南アルプスの分かりにくさであり面白さでもあります。

甲斐駒ヶ岳の白い花崗岩の岩峰
南アルプス北部・甲斐駒ヶ岳の白い岩峰。こちらは地下深くでマグマが固まった花崗岩です。同じ山脈でも、塩見岳の赤紫や緑とは色も成り立ちもまったく違います

麓に湧く塩水——地下35kmから来たもうひとつの海

塩見岳という名前の由来には、山頂から駿河湾(潮)が見えるからという説のほかに、山麓に塩の産地があったからという説があります。この「山の中の塩」が、地学的にはかなり面白い話です。

登山口のある長野県大鹿村には鹿塩温泉があり、標高約750mの山の中でありながら、湧いている水の塩分濃度は海水と同じおよそ4%あります。明治時代にはここに製塩施設が置かれ、各地に塩が出荷されていました。海から100km近く離れた3,000m級の山の懐で、海水と同じ濃さの水が湧いているわけです。

この水の正体について、大鹿村中央構造線博物館の解説によれば、1970年代からの同位体分析で「昔の海水が閉じ込められたもの(化石海水)ではなく、マグマに含まれる水と同じ性質の水」であることが分かっています。有力なのは、日本列島の下に沈み込んでいるフィリピン海プレートが持ち込んだ水が、地下約35kmの深さから放出され、中央構造線などの割れ目を通って上がってきているという説です。

沈み込むプレートは水を含んでおり、深くなるほど圧力と温度で水が絞り出されます。この水がマグマをつくる仕組みはマグマは海の水から生まれるで扱いましたが、鹿塩温泉の塩水はその「絞り出された水」が地表まで届いた例ということになります。通り道になっているのが日本最大級の断層である中央構造線で、大鹿村はその真上にあります(中央構造線とは何か)。

整理すると、塩見岳は山頂の岩が海底火山と深海の堆積物、麓に湧く水が沈み込んだプレートから絞り出された水、ということになります。上も下も海に由来していて、山の名前にもその「塩」が残っています。狙って名付けたわけではないはずですが、結果としてよくできています。

登って確かめる——ルートと地学のポイント

塩見岳周辺の地形図と主要地点
塩見岳周辺の地形図。赤い点は実際に歩いた地点です(出典:国土地理院)

長野県側の鳥倉ルートから入りました。登山道はまず樹林帯を延々と登り、標高2,580mの三伏峠に出ます。ここは日本一標高の高い峠とされている場所で、峠と聞いて想像する高さではありません。峠に着いた時点で、多くの山の山頂より高いところにいます。

標高2,500m付近のシラビソとダケカンバの樹林帯
標高2,500m付近の樹林帯。この山域では2,600m前後で木がなくなり、ハイマツ帯に変わります

峠から先は本谷山を越えて長い稜線歩きになります。標高2,600mあたりで樹林が終わってハイマツ帯に入り、そこから塩見岳の姿がようやく正面に見えます。塩見小屋(2,760m)の周辺には白色チャートがよく露出していて、天狗岩の赤色チャートと見比べられます。どちらも深海の堆積物ですが、鉄分の量と堆積した環境の違いで色が変わります。

塩見小屋からいったん下って、天狗岩の急な岩場に取り付きます。ここが赤色チャートの核心部で、手をかける岩がことごとく赤紫色です。落石を起こしやすい場所でもあるので、地質を眺めるのは足場を決めてからにしたほうがいい区間でもあります。

天狗岩を越えると西峰、そして最高点の東峰に着きます。この日は山頂に着いたときガスの中で、標識と足元の岩以外は何も見えませんでした。あきらめて休んでいたら6分ほどで雲が切れ、西峰の向こうに雲海が広がりました。長い樹林帯を登ってきた結論がこれなら悪くない、と思える程度には報われた形です。

ガスに包まれた塩見岳東峰の山頂標識
東峰の山頂標識。到着時はこの通りで、足元の岩以外は白一色でした。この岩が海底火山の溶岩です

登る順に見ていくと、樹林帯 → 白色チャート(塩見小屋)→ 赤色チャート(天狗岩)→ 緑色岩(山頂)と、深海の記録を下から順にたどる構成になっています。地質を意識して歩くと、単調に見える長いルートの後半が急に読み物になります。

塩見岳の地質のよくある質問

塩見岳の山頂はどんな岩でできていますか?

緑色岩です。もとは玄武岩の溶岩で、海底火山が噴き出したものが変質して緑がかった色になっています。まれに枕状構造が見られ、これは溶岩が水中で固まった証拠とされています。

天狗岩が赤いのはなぜですか?

赤色チャートと赤色頁岩でできているためです。チャートは放散虫という小さなプランクトンの殻が深海に積もって固まった岩で、含まれる鉄分が酸化することで赤くなります。

「赤石山脈」の名前の由来は何ですか?

大井川上流の赤石沢に赤色チャートの岩盤が露出していることに由来します。その源頭の赤石岳の名になり、明治以降に山脈全体の呼び名として使われるようになったとされています。

大鹿村の鹿塩温泉はなぜ塩水なのですか?

同位体分析から、昔の海水が閉じ込められたものではなく、マグマに含まれる水と同じ性質の水であることが分かっています。沈み込むフィリピン海プレートが持ち込んだ水が地下約35kmから放出され、中央構造線などの割れ目を通って上がってきているという説が有力です(大鹿村中央構造線博物館)。

まとめ——上も下も海でできた山

塩見岳の山頂に立つ岩は、南の海で噴き出した海底火山の溶岩です。その手前の天狗岩は、深海に降り積もったプランクトンの殻が固まった赤色チャートです。どちらも海洋プレートに載って日本列島まで運ばれ、沈み込むときに大陸の縁へはぎ取られて貼り付き、年3〜4mmの隆起で3,052mまで持ち上げられました。

そして麓に湧く塩水は、いま沈み込んでいるプレートが地下35kmで絞り出した水です。山頂の岩は終わった沈み込みの記録で、麓の塩水は進行中の沈み込みの証拠ということになります。同じ山で、過去と現在のプレート運動を両方見られます。

長い樹林帯を黙々と登る山という印象が強い塩見岳ですが、最後の天狗岩から山頂までの区間だけは、足元の岩の色が変わる理由を知っているかどうかで見え方が変わります。赤い岩に手をかけたら、それが数百万年ぶんの深海だと思い出してもらえればと思います。

参考資料


山の成り立ちをもっと読む

「山の地質」カテゴリでは、山がなぜその形をしているのかを、プレート運動・火山・氷河・大規模な地殻変動というスケールの大きな地学で読み解いています。南アルプスの山々は、北の花崗岩と南の付加体で成り立ちがはっきり分かれており、読み比べると面白い山域です。

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「南アルプスの天然水」はなぜ甲斐駒ヶ岳から生まれるのか——花崗岩が磨く水の地質学 https://chikyu-yama.online/minami-alps-natural-water/ https://chikyu-yama.online/minami-alps-natural-water/#respond Thu, 30 Jul 2026 11:24:02 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1867 コンビニで手に取るあのペットボトルの水は、甲斐駒ヶ岳の花崗岩を20年以上かけて旅した水でした。白州の軟水が生まれる地質的な理由を、黒戸尾根を実際に登った視点から解説します。

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「南アルプスの天然水」として知られる白州産のペットボトル水は、甲斐駒ヶ岳(2,967m)に降る雨と雪が、約1400万年前のマグマ活動で生まれた花崗岩(かこうがん)の地層を20年以上かけてくぐり抜けた先にできる地下水です。コンビニの棚に並ぶあの水の背後には、プレート運動による山の隆起と、岩石が水を磨くという地質的な仕組みが動いています。

この記事を地学的に読むポイントは3つあります。①甲斐駒ヶ岳がなぜ花崗岩の白い山なのか。②花崗岩が水を軟水に磨く仕組み。③南アルプスの南部とはまったく異なる岩石でできているという事実——この3点が「なぜ白州の水がおいしいのか」という問いへの地質学的な答えです。

採水地「白州」はどこにあるのか?

白州は山梨県北杜市にある町で、甲斐駒ヶ岳の東麓に広がる尾白川(おじらがわ)扇状地の上に位置しています。「扇状地」とは、川が山から平地に出たところで流速を失い、運んできた砂と礫(れき)を扇形に積み重ねた地形のことです。水はけが良く、川の水が地中に染み込みやすい構造になっており、雨水や雪解け水が地下に蓄えられる自然の条件が整っています。サントリーが採水工場を構えているのも、この白州の扇状地です。

一点補足しておくと、「南アルプスの天然水」という名称が指しているのは採水地の白州であって、南アルプス全域から水を取っているわけではありません。サントリーの天然水には南アルプス(白州)、北アルプス(長野県大町)、奥大山(鳥取)、阿蘇(熊本)の4つの採水地があり、ラベルの産地表記で区別できます。飲んでいる水がどの山の麓から来たのかをラベルで確認できる商品というのは、登山好きには都合のよい設計です。

甲斐駒ヶ岳・尾白川・白州の位置関係を示す地形図
甲斐駒ヶ岳から尾白川を経て白州へ。水の通り道(出典:国土地理院の地理院タイルを加工。採水地・流れは概略)

地図で見ると、白州に採水地がある理由は地形から読み取れます。甲斐駒ヶ岳に降った雨や雪は尾白川を伝って東へ流れ、山から平地に出たところで砂と礫を扇状に積み重ねます。この扇状地は透水性が高く、川の水が地中に染み込みやすい構造です。サントリーが水源周辺に広大な「天然水の森」を管理しているのも、この地下水涵養エリアを守るためです。地質と地形が組み合わさって初めて、あの水は生まれています。

甲斐駒ヶ岳はなぜ「白い山」なのか?

甲斐駒ヶ岳が白く見える理由は、山頂部が花崗岩の風化した白い砂(まさ土)に覆われているからです。南アルプスの他の山々と比べて際立って白く、天気が良ければ遠方からでも識別できます。

北杜市の資料によると、白州周辺の花崗岩は約1400万年前に地下深くで生まれました。花崗岩はマグマが地下でゆっくり時間をかけて冷えて固まった岩石で、結晶が粗く大きいのが特徴です。地表の火山岩と違い、深部でじっくり固まるため結晶が育ちます。この花崗岩体はその後の地殻変動によって現在の標高まで押し上げられ、甲斐駒ヶ岳という山の形をつくりました。

甲斐駒ヶ岳山頂部の白い花崗岩の岩峰
甲斐駒ヶ岳山頂部の白い花崗岩。9月中旬でも雪と見間違うほど白い

この隆起の背景にはフィリピン海プレートの動きがあります。フィリピン海プレートが北西方向に本州に押し込まれながら、プレート上の伊豆の火山列が本州に衝突する動きが南アルプス全体を東から圧縮しており、それが山脈を押し上げる力の一因になっています。プレート運動と日本の山の関係についてはフィリピン海プレートが作った日本の山でも解説しています。

9月中旬に北沢峠側から山頂に出たとき、あたりは白い砂と白い岩だらけでした。最初は「もう冠雪したのか」と焦りましたが、足元を確認すると雪ではなく地面そのものが白いのです。一握りすくうと粗くてサラサラした砂で、花崗岩が崩れたものだとすぐわかりました。その白い砂が20年かけて水になる、というのは下山後にしばらくしてから知ったことです。

甲斐駒ヶ岳の地質については甲斐駒ケ岳の地質でより詳しく解説しています。

花崗岩はなぜ水をおいしくするのか?

花崗岩が軟水を生む仕組みは、岩石の化学的な性質と、水が地下を通る経路の長さにあります。

花崗岩が天然水を磨く仕組みの断面図解
雨と雪が森の土・まさ土・花崗岩の割れ目を20年以上かけて浸透し、白州の地下水になる(イメージ図解)

甲斐駒ヶ岳の山頂付近に降った雨や雪は、まず森の腐葉土層でゆっくりと浸透し、次に「まさ土」の層を通り、さらに花崗岩の無数の割れ目を伝って地下深くへ沈んでいきます。まさ土とは花崗岩が長い年月をかけて風化してできた粗い砂のことで、水はけが良く通水性が高いのが特徴です。この三段階の自然フィルターを通る過程で、水は不純物が取り除かれ、ミネラルをほどよく含んだ状態になります。

「ほどよく」の理由は、花崗岩が石灰岩などと異なり水に溶けにくい岩石だからです。石灰岩の地下水はカルシウムを多量に溶かし込んで硬水になりますが、花崗岩ではそれが起きにくいため、白州の水は硬度約30mg/L という軟水になります。サントリーの資料によると、この水が山頂から白州の地下にたどり着くまでの時間は約20年です。

今日コンビニで売られているペットボトルに入っている水は、約20年前に甲斐駒ヶ岳に降った雨や雪です。気の長い話ですが、地下水とはそういう時間感覚で動いています。地表の川の水とはまったく別の時間軸で循環しており、だからこそ季節に左右されない安定した水質が保たれます。

名水百選「白州・尾白川」——源流は黒戸尾根の上にある

尾白川は甲斐駒ヶ岳を源流とする川で、1985年(昭和60年)に環境庁(現・環境省)の名水百選に「白州・尾白川」として選定されています。その源流は、甲斐駒の古典ルートである黒戸尾根の七丈小屋の上流部にあります。

厳冬期の甲斐駒ヶ岳山頂の祠が樹氷に覆われた様子
1月の甲斐駒ヶ岳山頂。祠が海老の尻尾に覆われる。この雪も20年後には誰かのペットボトルに入っているかもしれない

冬の1月に黒戸尾根を登ったとき、出発点は竹宇駒ヶ岳神社のある尾白川渓谷の駐車場でした。名水百選の川の起点から出発し、山頂まで水の通り道を逆方向にたどるルートです。出発時点では渓谷沿いの清流が見えていたのに、標高を上げるにつれて同じ水系が雪と氷に変わっていくのは、なかなか不思議な体験でした。

冬の黒戸尾根は、樹林帯の急登を雪の中でこなしたあと、稜線に出るとアイゼンとピッケルが必要な氷の世界に変わります。1月の山頂は風が強く体感温度は深刻なレベルで、山頂の祠は海老の尻尾(エビのしっぽ状に発達した樹氷)に完全に覆われており、本来の形がほぼ判別できない状態でした。

この山頂に積もる雪が、20年後には誰かのペットボトルに入っているかもしれない——そう考えると、厳冬の山頂で見る雪の意味が少し変わります。登山者はふつう、足元の雪が将来の地下水になると意識しながら歩いたりしません。地質を知るとそういう視点が生まれるのが、登山×地学の一つの醍醐味です。

同じ「南アルプス」でも、南部の水とは別物

「南アルプス」という山域は甲斐駒ヶ岳から南へ100km近く連なっていますが、甲斐駒ヶ岳の花崗岩と、南部の赤石岳・聖岳あたりの岩石はまったくの別物です。

甲斐駒ヶ岳山頂の標識と雲海
甲斐駒ヶ岳山頂(2,967m)。9月中旬、雲海の向こうにも山脈が見える。

南アルプスの主脈を形成する岩石の多くは、かつて海底に積もった砂や泥が、海洋プレートとともに大陸の縁に貼り付いていった地層です。南部の山々はこうした砂岩・泥岩主体の地層でできており、マグマ由来の花崗岩でできた甲斐駒ヶ岳とは根本的に出自が異なります。同じ「南アルプス」という名前でくくっても、地質図の上では北部と南部はまったく別の岩石で塗り分けられています。

岩石が異なれば、そこを通る水の性質も変わります。南部の山々を流れる大井川は、白州の水を育てた花崗岩とは異なる地層の上を流れており、水の成り立ちが別物です。リニア中央新幹線のトンネル工事との関係でよく話題になる大井川の地下水については、リニアと大井川の水問題でも解説しています。

甲斐駒ヶ岳が「南アルプスの天然水」の源になっているのは、花崗岩という岩石を持つ山が、ちょうど白州の扇状地に向かって水を流しているという地質と地形の偶然の一致です。同じ名前の山域でも、岩石が違えば水も違う——これが地質の正直なところです。

名水の裏には必ず地質がある

甲斐駒ヶ岳には複数回登っておきながら、「いつも飲んでいる水の正体が、いつも登っている山の砂だった」と気づいたのはずいぶん後のことでした。山頂の白い砂を踏みながら、それが20年かけて白州の地下水になるとは意識していませんでした。知っているつもりの山が、実は知らない顔を持っていることがあります。

名水と呼ばれる水には、必ずそれをそうした水にした地質があります。白州の場合、約1400万年前のマグマ活動で生まれた花崗岩と、20年をかけた地下の旅という仕組みが働いています。ペットボトルのラベルに「南アルプス」と書かれた水を飲むとき、その水が通ってきた地質の時間を少し想像してみると、飲み物の印象が変わるかもしれません。

参考資料

▷ 山の地質カテゴリの記事一覧:山の地質

投稿 「南アルプスの天然水」はなぜ甲斐駒ヶ岳から生まれるのか——花崗岩が磨く水の地質学 は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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リニアと大井川の水問題——毎秒2トンの水はどこへ行くのか、地質で読み解く https://chikyu-yama.online/linear-oigawa-water/ https://chikyu-yama.online/linear-oigawa-water/#respond Sun, 26 Jul 2026 15:31:49 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1851 リニア静岡工区が2026年7月に着工容認。9年間の争点だった「大井川の水」を、賛否ではなく地質のしくみとして解説します。なぜ山にトンネルを掘ると川の水が減るのか、毎秒2トンとはどれくらいの量か、図解つきで整理しました。

投稿 リニアと大井川の水問題——毎秒2トンの水はどこへ行くのか、地質で読み解く は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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リニア中央新幹線と大井川の水問題とは、南アルプスの山に蓄えられた地下水が、山を貫くトンネルに吸い寄せられて、大井川の水が減るのではないかという問題です。原因は工事の善し悪しではなく、この山の岩盤が水をどう溜め、どう流しているかという地質そのものにあります。

2026年7月7日、静岡県知事がリニア静岡工区の着工を容認し、9年間止まっていた工事がようやく動き出しました。争点の中心にあったのが、この「大井川の水」です。この記事では賛否には立ち入らず、「なぜ山にトンネルを掘ると川の水が減るのか」を地質のしくみとして読み解きます。

読みどころは3つです。①南アルプスは、水をたっぷり溜め込む「ひび割れだらけの山」であること。②その山を横切るトンネルが、地下水にとっての近道になってしまうこと。③そして実は、大井川の水は100年近く前からすでに一部が山梨県側へ流れていたこと。まず、これから話す内容を1枚の図にまとめておきます。

リニアトンネルの湧水が大井川へ戻るまでの流れを4段階で示した断面図解
水の流れを①→④の順に追うと、この記事の全体像になります。①山にしみ込んだ水が、②岩の割れ目を伝ってトンネルへ集まり(この分だけ川の水が減る)、③トンネルの中を流れて坑口へ出て、④導水路とポンプで大井川へ戻される(模式図)

大井川は「山という貯水タンク」から出てくる水

大井川は南アルプスの稜線あたりを源流とし、静岡県を南へ流れて駿河湾へ注ぐ川です。源流域の年間降水量は3,000mmを超えます。東京の年間降水量が約1,500mmですから、その倍が降る場所です。中下流では約60万人が生活用水・農業用水として使っており、静岡中部の生命線になっています。

ここで押さえておきたいのが、川の水は「降った雨がそのまま流れている」わけではない、という点です。雨や雪解け水は、まず山という巨大なスポンジに吸い込まれます。そして数週間から数十年という長い時間をかけて、じわじわと滲み出してくる。だから梅雨が明けて雨が降らない日が続いても、夏の川は涸れません。

つまり大井川の安定した水量は、南アルプスという山そのものが「貯水タンク」として働いた結果です。この前提を持っておくと、次の話がわかりやすくなります。問題は川で起きているのではなく、タンクの中で起きているからです。

南アルプスの稜線から見た深い谷と山並み
南アルプスの稜線から見下ろす谷。この山体そのものが巨大な貯水タンクとして働き、谷筋の沢を経て大井川になる

なぜトンネルを掘ると、川の水が減るのか

まず、リニアのトンネルがどれくらい深いところを通るのかを整理します。数字が2つ出てくるので、混同しないよう分けて書きます。

  • 山の下:地表から最大1,400m——静岡・長野県境付近が最も深く、日本のトンネル工事で例のない深さです(従来の記録は上越新幹線・大清水トンネルの1,300m)
  • 大井川の下:川底から約400m——トンネルは静岡県内で一度も地上に出ず、大井川の真下を横切ります

水問題に直結するのは後者です。東京タワーが333mですから、大井川の川底から東京タワーをまるごと1本沈めて、その先端よりさらに70m下を、リニアが横切っていくことになります。

この深さに横穴を掘ると何が起きるか。しくみ自体は拍子抜けするほど単純で、水は高いところから低いところへ流れる、それだけです。山に染み込んだ地下水は、岩の割れ目を通ってゆっくり下流へ移動しています。ところがその経路の途中に、もっと低いところへ抜ける穴が空いたらどうなるか。水はそちらへ向かいます。トンネルは、地下水にとって願ってもない近道なのです。

トンネルに流れ込んだ水(湧水といいます)は、放っておけば川には戻りません。その分だけ、川の水が減ります。冒頭の図でいう②、山の中を下ってトンネルへ向かう矢印がこれです。

南アルプスは「ひび割れだらけの山」だから読みにくい

この現象が南アルプスで特に厄介になる理由は、岩盤の生い立ちにあります。南アルプスをつくっているのは付加体と呼ばれる岩盤です。海底に降り積もった砂や泥が、プレートの動きで日本列島の縁に押し付けられ、数千万年かけて積み上がってできたものです。

この「押し付けられた」という成り立ちが効いてきます。強い力で圧縮され、断層に何度もずらされてきたため、岩盤の中には無数のひび割れと、岩が細かく砕けた帯が走っています。花崗岩のようにみっしり詰まった岩とは対照的で、水の通り道が複雑に絡み合っている。

結果として、どこから・どれだけの水が出てくるかを事前に正確に読むのが難しくなります。掘ってみないとわからない部分が残る——これが南アルプスという山の性格です。JR東海の事前予測では、大井川上流部の流量減少は最大で毎秒約2トンとされています。

夜明けの南アルプスの山体
夜明けの南アルプス。おだやかな見た目とは裏腹に、この山体の内部は断層と割れ目が縦横に走っている

「全量戻し」と、どうしても埋まらない10カ月

ではトンネルに集まった水をどうするか。JR東海が示している対策が「全量戻し」です。名前のとおり、トンネルに湧いた水を全部まとめて大井川に返す、という考え方です。

具体的には、水を流すための専用トンネル(約11.4km)を別に掘り、集めた湧水を自然に流し下ろします。それでも高低差で届かない分はポンプで汲み上げ、大井川上流の椹島(さわらじま)付近へ戻します。冒頭の図の④、ポンプ(P)を経由して大井川へ向かう矢印がこの部分です。国の有識者会議はこの対策を評価し、「中下流域の川の水量は維持される」との見解を示しました。

ところが、この方法でもどうしても埋められない期間があります。約10カ月です。

理由は掘る順番にあります。静岡・山梨の県境付近は断層が集まる難所で、静岡側から掘り進むのが難しい。そこで山梨県側から掘り進んで静岡側へ抜けるという手順が取られます。ところが山梨側から掘っている間、トンネルは山梨に向かって下り坂になっています。水は低い方へ流れますから、湧いた水は素直に山梨側——つまり富士川へ流れ出ていく。静岡側とつながるまでは、その水を大井川へ戻す経路が存在しないのです。

工事全体が10年規模であることを考えれば10カ月は短い期間ですが、この「10カ月の穴」が着工容認までの主要な検討事項の一つになりました。水の行き先を図にすると、こうなります。

南アルプスを挟んだ静岡県側と山梨県側の水の流れ。田代ダムの取水、リニアトンネルの湧水、導水路で大井川へ戻す経路を示した模式図
南アルプスを挟んだ水の行き先。工事中10カ月の流出は山梨側(富士川)へ向かう。左上にある田代ダムの矢印も同じ方向を向いているが、こちらはリニアとは無関係な100年前からの流れ——次の節で説明します(模式図)

田代ダムという、100年前の伏線

ここで、話の筋が少しねじれる事実が出てきます。

大井川の最上流部には田代ダムという発電用のダム(東京電力リニューアブルパワー所有)があります。このダム、大正時代から大井川の水を取水して、山を越えた山梨県側の富士川へ送り、水力発電に使ってきました。

つまり「大井川の水が山梨側へ流れる」という状況は、リニアの計画が持ち上がるより100年近く前から続いていたことになります。「リニアのせいで大井川の水が山梨へ行ってしまう」という話を追いかけていくと、「その件でしたら大正時代からです」という返しが出てくる。地質と歴史が絡むと、こういう肩透かしがときどき起こります。

そして、この100年前の伏線が対策として回収されます。田代ダム案と呼ばれるもので、ダムが山梨側へ送っている取水量を、リニアで県外へ流出する量と同じだけ減らす。そうすれば差し引きゼロで、大井川の水量は保たれるという考え方です。2026年7月の着工容認は、これを前提の一つとして成立しています。

先ほどの図をもう一度見てもらうと、左上のダムから山梨側へ伸びる矢印がそれです。図にしてしまうと単純な話で、問題の核心は「水が山梨へ行くこと」そのものではありません。大井川に流れる水の総量が変わるかどうかです。田代ダム案が対策として成立するのは、まさにここに理由があります。

実際に起きた例——岐阜県瑞浪市の水位低下

「深いトンネルが地下水を引き寄せる」というのは、机上の心配ではありません。すでに起きています。

2024年、岐阜県瑞浪市でリニア日吉トンネルを掘っていたところ、大湫(おおくて)町で共同水源・井戸・ため池あわせて14カ所の水位が下がり、うち共同水源1カ所が涸れました。JR東海は工事の影響である可能性が高いと認め、井戸の新設と上水道の工事を自社負担で行っています。

瑞浪市と南アルプスでは地質が違うので、そのまま同じことが起きるとは言えません。ただし方向としては、南アルプスの方が読みにくい地盤です。産総研の地質図が示すとおり、大井川源流域は前述の付加体でできていて、断層が入り組んでいます。瑞浪の一件が教えてくれるのは、「深く掘れば地下水が集まる」が現実に起きるという、ただそれだけの、しかし重い事実です。

工事期間中ずっと水位を測り続けること(モニタリング)が重視されるのは、この読みにくさがあるからです。

なお、地下水が岩の割れ目をたどって思わぬ場所へ出てくるという現象は、温泉のわき出るしくみとまったく同じ原理です。もっと深いスケールで見れば、プレートが沈み込むときに運び込む水の話——マグマは海の水から生まれる——とも根はつながっています。

登山者の視点——稜線から大井川の源流を見下ろす

南アルプスの稜線を歩いたことがある人なら、あの谷の深さは体で知っていると思います。標高3,000m近い稜線から大井川の源流部を見下ろすと、急な谷が何本も刻まれていて、底が見えません。風向きによっては、あそこまで下りていない沢の音が届きます。

7月中旬に南アルプス南部を歩いたときも、谷を覗くたびに緑の濃さが目に入りました。あれはそのまま水の豊かさです。登山道の脇からも、当たり前のように沢水が染み出している。その一滴一滴が集まって大井川になっていることは、地形図と実際の谷を見比べて、ようやく実感できます。

「この足の下、400m下をリニアが通る」と思いながら歩くと、同じ稜線が少し違って見えます。

南アルプス南部の深い緑の谷
南アルプス南部の深い谷。7月中旬、豊富な水が育てた緑に覆われる

まとめ——これは工事の問題である前に、地質の問題

整理します。

  • 南アルプスは海底の堆積物が押し付けられてできた、ひび割れの多い山。だから水をよく溜め、その通り道は複雑で読みにくい
  • その山を貫くトンネルは、地下水にとって「より低い出口」になる。だから水が引き寄せられ、川の水が減る(予測は最大で毎秒2トン)
  • 対策は、湧いた水を専用トンネルで大井川へ戻す「全量戻し」と、田代ダムの山梨側への取水を同量減らす「田代ダム案」の2本立て
  • ただし山梨側から掘り進む約10カ月間だけは、水が山梨へ流れ出る。この期間の扱いが最後まで争点になった

賛成か反対かという議論の手前に、こうした地質のしくみがあります。付加体という岩盤が水を溜め、その割れ目が水を運び、深い穴がその流れを変える。9年かかった議論の土台にあったのは、政治や経済である前に、数千万年かけて積み上がった岩の性質でした。

そして、地下水の動きには本質的に「掘ってみないとわからない」部分が残ります。静岡工区の掘削は約10年かかる見込みです。その10年をかけて、南アルプスの地下が実際にどうなっているのかが、少しずつ明らかになっていきます。人間の工程表とは無関係に、山の水は今日も割れ目の中を動いています。

光岳の山頂標識
光岳(2,591m)。南アルプス最南部、大井川と天竜川の分水嶺にあたる山域

参考資料


南アルプスの地質や日本列島の地下構造についてさらに読みたい方には、沈み込む水とマグマと温泉のメカニズムが関連します。リニアシリーズの他の記事——リニアはなぜ南アルプスを貫くのか・リニアが越える日本の3大地質構造——もあわせてどうぞ。いずれも「山の地質」カテゴリで、プレート運動から読み解く日本の山の成り立ちを扱っています。

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リニアが越える日本の3大地質構造——フォッサマグナ・糸静線・中央構造線 https://chikyu-yama.online/linear-three-tectonic-lines/ https://chikyu-yama.online/linear-three-tectonic-lines/#respond Fri, 24 Jul 2026 12:45:50 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1848 リニア品川〜名古屋間286kmは、フォッサマグナ・糸静線・中央構造線という日本列島の3大地質構造を横断します。難工事の理由は地学で読み解けます。

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リニア中央新幹線(品川〜名古屋間286km)は、フォッサマグナ・糸魚川-静岡構造線・中央構造線という、日本列島を形づくる3つの大地質構造を横断して走ります。時速500kmの乗り物が同時に、数千万〜数億年分の地球の「継ぎ目」を越えていく——この一点だけで、これは交通インフラのニュースであると同時に、地学的に相当興味深い話になっています。

この記事の地学的な読みどころは3つです。①山梨実験線(42.8km、うち82%がトンネル)はすでにフォッサマグナ地域を通り、走行試験が行われています。②糸魚川-静岡構造線を越える山梨県早川町付近には、断層の露頭が国の天然記念物として残っています。③中央構造線の断層破砕帯(長野県大鹿村)では、わずか180mの通過に調査掘削を含めて約1年半を要しました。

品川から名古屋へ——リニアが横断する3つの地質構造とは何か?

日本列島の下では複数のプレートが長い時間をかけて押し合い、その圧力と変形の痕跡が地表に「構造線」という形で残っています。構造線とは、性質の異なる地盤どうしの境界線です。日本にはいくつもありますが、リニアが横断するのは特に規模の大きい3本です。

フォッサマグナは本州の中央部を南北に走る大きな「割れ目」で、東北日本と西南日本の地質の性格を分ける境界地帯です。詳しくはフォッサマグナとは何かで解説していますが、ここを境に両側の地質がまるで別の大陸のように変わります。

糸魚川-静岡構造線(以下「糸静線」)はフォッサマグナの西縁を画する断層線で、糸魚川から諏訪を経て静岡まで約250kmを伸びます。地震本部が活断層として評価している断層帯で、詳しくは糸魚川静岡構造線とは何かをご覧ください。

中央構造線は九州から関東へ延びる日本最大級の断層で、西南日本を「内帯」と「外帯」に分ける境界線です。詳しくは中央構造線とは何かで解説しています。なお、糸静線と中央構造線は諏訪湖付近で交差しますが、まったく別々の断層です(大鹿村中央構造線博物館)。名前が似ているせいで同じものだと思われることがありますが、成り立ちも動きの方向も異なります。

リニアルートと3大構造(フォッサマグナ・糸静線・中央構造線)の位置図
リニアルートと3つの大構造の位置関係(出典:国土地理院の地理院タイルを加工。構造線・ルートは概略)

フォッサマグナ——山梨実験線はすでに走り抜けている

山梨実験線は笛吹市から上野原市までの42.8kmで、フォッサマグナ地域内の御坂山地などを通りながら走行試験が実施されています。山梨県立リニア見学センターによれば、この実験線は営業線への転用が予定されており、フォッサマグナ区間の技術的な難関はすでに通過済みです。

42.8kmのうち82%がトンネルというのは、地上に出る区間のほうが例外だという意味です。御坂山地の地下をリニアが走り抜けていても、地上からは何も起きていないように見えます。山梨県立リニア見学センターで実際の走行を確認できますが、見えるのはトンネルの出口付近からわずかに顔を出す車両だけです。地球の内部を貫く工事の大半は、地上からはまったく見えない場所で完結しています。

リニアをめぐる議論が各所で続いているあいだに、フォッサマグナ区間は実験線として技術的に先に越えていました。少なくともここは、結論が出ています。

糸静線越え——早川町に残る天然記念物の断層露頭

リニアは山梨県早川町付近で糸静線を横断します。早川町新倉には糸静線の断層露頭があり、国の天然記念物に指定されています(早川町観光協会・文化庁)。露頭では、西側の古い地層(黒色の粘板岩を含む瀬戸川層群)が、東側の新しい地層(凝灰岩類)の上に乗り上げた形で接しています。地層の新旧が入れ替わった状態で積み重なっており、プレートの圧縮力がいかに強いかを岩石がそのまま記録しています。

地震本部の評価によれば、糸静線断層帯はM8クラスの地震が懸念される活断層帯です。リニアのトンネルがこの断層帯の地下を横断する設計は、工学上の十分な検討を要します。ただし現実問題として、品川と名古屋を最短で結ぶルートで糸静線を完全に避ける方法は物理的に存在しないため、どこかで横断するほかありません。地質の制約と路線設計の折り合いをつけた結果が、早川町付近の横断ルートです。

糸静線と中央構造線が交差する諏訪付近は、地質地図上でも特異な場所です。2本の大断層の交差地帯を、リニアは大きく迂回することなく通過しています。

中央構造線の通過に、なぜ1年半かかったのか?

リニアは長野県大鹿村の伊那山地トンネル青木川工区(延長3.6km)で中央構造線を横断します。2025年12月下旬に貫通が確認されましたが(信濃毎日新聞)、構造線一帯の断層区間約180mの通過に、調査掘削を含めておよそ1年半を要しました。

180mは、平地なら徒歩で2分かかりません。それに1年半かかった理由が「断層破砕帯」です。断層破砕帯とは、断層の動きによって岩石が細かく砕かれた帯のことで、トンネル工事における最大の難所になります。砕けた岩は崩れやすく、高圧の地下水を含んでいることが多いです。掘り進むそばから壁が崩れ、地下水が噴き出す状況で、安定した岩盤がどこから始まるかも事前には正確にわかりません。

断層破砕帯をトンネルが横断する模式断面図
断層破砕帯の掘削イメージ。もろい岩と高圧の地下水がトンネル工事最大の難所になる(イメージ図解)

トンネル全長3.6kmの5%に満たない区間が、工期の大半を占めた計算です。大鹿村付近では中央構造線が伊那山地と赤石山脈の境界をなし、さらに東側には複数の地質境界(戸台構造線・仏像構造線など)が並走しています(大鹿村中央構造線博物館)。南アルプスの地盤がこれほど複雑な理由は、断層が重なって密集しているためで、その密集地帯をくぐり抜けるには相応の時間がかかります。

三伏峠から見える、中央構造線の谷

地質の話は地図の上だけでなく、実際に歩いて体感できる場所があります。南アルプスの三伏峠(標高約2,580m)は日本一高い峠とされ、鳥倉登山口から稜線へ上がる最初の通過点です。峠に立つと西側に深い谷が伸び、その先が大鹿村方面になっています。

この谷が、中央構造線に沿ってできた谷です。リニアが苦労して通り抜けようとしている断層帯と、同じ地質の軸線上にある地形が峠から目視できます。峠から西側を眺めると、谷の深さと切れ込みの急さが、断層の存在感をそのまま地形に写した感じで見えます。

三伏峠の標識と原生林
三伏峠(標高約2,580m・日本一高い峠とされる)。西側の谷は中央構造線に沿う大鹿村へ下る

鳥倉登山口から三伏峠への標高差は約1,200mで、樹林帯の登りが長く続きます。稜線に出るまでのあいだ足元の岩の変化を観察しようとするのですが、実際には息が上がっていてそれどころではありません。峠に着いたときの解放感と、そこから初めて見渡せる西の谷の深さのほうが、記憶にははっきり残っています。「ここが地質の境界の縁なのか」と理解できるのは、だいたい帰宅してからです。

40分で越える、数億年分の地質年表

リニアが全線開業すると、品川〜名古屋を約40分で結びます。その40分のあいだに列車は、フォッサマグナ(ユーラシアプレートと北アメリカプレートの境界地帯)を通り、糸静線(約250kmの活断層帯)を横断し、中央構造線(日本最大級の断層)を越えます。乗客にとってはシートに座っているだけの40分ですが、地学的には日本列島の主要な地質境界をすべて通り抜ける旅になっています。

南アルプスの稜線と遠くに富士山
南アルプス南部の稜線から富士山を望む。7月中旬の朝

フォッサマグナは数百万年前、糸静線は数百万〜数千万年前、中央構造線は1億年以上前から動いてきた構造です。それぞれ形成の時代も地盤の性質も異なる地帯を、1本のトンネルが横断していきます。2026年7月に静岡工区の着工が容認され、南アルプストンネルの全工区が本格的に動き出しました。これで3つの地質構造をすべて横断するルートの工事が揃いました。

180mに1年半かかったという数字を「遅延」と読むか「断層への正直な対応」と読むかは立場によって変わりますが、どちらも事実の範囲内です。難工事の報道は、地球が積み重ねてきた時間の長さに、工事が正面から向き合っている証拠でもあります。

参考資料

日本列島の地質をもっと読む

フォッサマグナ・糸静線・中央構造線それぞれの詳しい成り立ちと地学的な意味は、以下の記事で解説しています。

山の成り立ちをプレート運動から読み解く記事は、山の地質カテゴリにまとめています。

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リニアはなぜ南アルプスを貫くのか——土被り1,400m、日本最難関トンネルの地質学 https://chikyu-yama.online/linear-minami-alps-tunnel/ https://chikyu-yama.online/linear-minami-alps-tunnel/#respond Thu, 23 Jul 2026 14:52:38 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1845 2026年7月、静岡工区がついに動き出した。リニアがなぜ日本一の山脈を直進するのか。土被り1,400mの地底で何が起きているか、地質から読み解きます。

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南アルプストンネルは、海底に積もった地層が日本で最も速いペースで隆起し続ける山脈の真下を、最大土被り約1,400mで貫く、国内に前例のない深さのトンネルです。

2026年7月7日、静岡県知事が静岡工区の着工を容認しました。約9年間続いた議論がひとまず決着し、7月18日には自然環境保全協定も締結されています(時事通信・静岡新聞)。それはそれとして、素朴な疑問が残ります。なぜリニア中央新幹線は、わざわざ日本で最も険しい山脈の真下を通るのか。地図を見るかぎり、もう少し南か北に迂回できそうにも見えます。

この記事の地学的な核心は3点です。南アルプスは「かつての海底の地層が大陸に貼り付いて盛り上がった山脈」であること、今も年間約4mmという日本最速のペースで隆起が続いていること、そして深い土被りが工事に何をもたらすかです。ルートを決めたのはエンジニアですが、この地形を作ったのは数千万年分のプレートの動きです。

直線ルートである理由——なぜ迂回しないのか

リニアモーターカーが時速500km前後で走るためには、カーブを極力避ける必要があります。カーブが急になるほど遠心力が大きくなり、速度制限が必要になります。直線区間でこそ最高速度を維持できます。南アルプスを大きく迂回するルートにすると、距離が増えるだけでなく、曲線区間の速度制限も加わります。「品川〜名古屋を約40分」という前提を守るには、南アルプスを直進するしかなかった、ということです。迂回すると、そもそもリニアが何のためにあるのかという話になります。

全長約25kmの南アルプストンネルは、山梨県早川町から静岡市葵区を経て長野県大鹿村まで続きます。山梨工区約7.7km・静岡工区約8.9km・長野工区約8.4kmの3工区に分けて工事が進んでいます(JR東海資料)。トンネルは両側の坑口からそれぞれ中央に向かって登り勾配(最急40パーミル)で掘り進める線形になっており、稜線は標高が相対的に低い小河内岳の南側を通過するよう設計されています。できるだけ土被りを小さくするための工夫ですが、それでも最大土被りは約1,400mになります。

南アルプスはなぜこれほど険しい山脈なのか?

南アルプスの骨格を作っているのは、付加体(ふかたい)と呼ばれる地質体です。海洋プレートが陸側のプレートの下に沈み込む際、海底に積もっていた砂や泥が剥ぎ取られ、大陸の縁に貼り付いていきます。それが長い時間をかけて積み上がり、押し固められたものが付加体です。南アルプスの主体は四万十帯を中心とする付加体で、砂岩と泥岩が複雑に変形して急傾斜になっています(山口大資料)。かつては太平洋の海底だった地層が、今は標高3,000m超の山脈になっています。

この山脈を今も押し上げているのがフィリピン海プレートです。フィリピン海プレートは年間3〜5cmのペースで北上しており、その上に乗っている伊豆・小笠原の火山列が本州に衝突し続けています(大鹿村中央構造線博物館ほか)。この圧縮力が南アルプスを急激に隆起させており、国土地理院の約70年間の水準測量によると隆起速度は年間約4mmです。環境省も「年間3〜4mm、日本最速」と記載しています。フィリピン海プレートが日本列島の山々にどう関わっているかは、フィリピン海プレートが作った日本の山で広く整理しています。

年間4mmは人の爪がひと月に伸びる長さとだいたい同じです。1,000年で4m、1,000万年で40kmです。南アルプスは現在も、いわばじわじわと背伸びし続けています。トンネルを掘っている間も、その上の山は動いています。

南アルプスの地質断面図解:フィリピン海プレートの沈み込みと付加体の隆起、リニアトンネルの位置
南アルプスの成り立ちとリニアトンネルの位置関係(イメージ図解)

土被り1,400mとはどういう意味か?

土被り(どかぶり)とは、トンネルの天井から地表面までの岩盤の厚さのことです。南アルプストンネルは静岡・長野県境付近で最大約1,400mに達します(JR東海資料・中日新聞)。東京スカイツリーの高さが634mなので、その2本分以上の岩盤がトンネルの上に存在します。国内のトンネルでこれほどの深さは前例がありません。

土被りが大きいほど、山全体の重みが掘削面(切羽)に集中してかかります。岩盤の圧力が想定を超えると、トンネルの壁や天井がじわじわと変形し始め、支保工(坑内を支える構造体)を立てる作業が追いつかなくなるリスクが高まります。しかも地表から1,400m下の地質を事前に正確に把握することは、現実的に困難です。垂直に1,400m掘って調査するのはコスト・技術の両面で非現実的で、地表からの探査だけでは細かい断層や地質の変化を捉えきれません。

JR東海が採用したのが「先進坑」方式です。本坑(実際に列車が走るトンネル)を掘る前に、一回り小さい断面のトンネルをまず先行させ、実際の地質・湧水量・地圧を直接確認しながら前方の情報を収集していきます(JR東海資料)。計画段階では予測できなかった地盤の性状を、掘りながら把握していく方法です。

南アルプストンネルの縦断面図解:両側の坑口から中央へ登り勾配で掘り進み、斜坑と先進坑で工事を進める
南アルプストンネルの掘り方(縦断面のイメージ図解)。両側から中央の最深部へ向かって掘り進み、斜坑から作業拠点を増やし、先進坑で前方の地質を確かめながら進む

山梨・静岡県境付近の断層帯は特に慎重な対応が必要な区間です。先進坑は2025年4月、県境の手前61m地点でいったん掘削を止め、前方調査に移行しました(静岡朝日テレビ)。県境に向けた長尺ボーリング(ドリルで斜め前方を探査する手法)は、もろい地質で孔が詰まり、静岡県側10m地点で中断した事例もあります(日経クロステック)。付加体特有の複雑な地質が、調査そのものを難しくしています。

2021年10月には岐阜県の瀬戸トンネル工事区間で崩落事故が発生し、作業員2人が死傷しました(日経)。もろい地質を掘り進む現場では、地質の話と安全の話は切り離せません。

南アルプストンネルの位置を示す地形図
南アルプストンネルの位置関係(出典:国土地理院の地理院タイルを加工。ルートは概略)

稜線を歩くと、1,400m下が気になってくる

南アルプスの縦走路のひとつ、三伏峠から塩見岳へ向かうルートを歩くと、足元の地面がどんな素材でできているかが否応なく目に入ります。三伏峠は標高2,580mで日本最高所の峠とされており、長野県側の鳥倉林道終点から3時間ほど登り続けてようやくたどり着きます。稜線に出てから塩見岳(3,047m)に向けて歩くと、踏み跡を少し外れた場所では細かい砂が崩れるような岩が露出しています。手をつくと指先に白い砂粒が残ります。砂岩が風化して表面から崩れやすくなっているためで、南アルプスの縦走路はところどころでこういう脆い箇所があります。

これが付加体地質の特徴のひとつです。砂岩と泥岩が交互に積み重なり、場所によって硬さが全く異なります。稜線の硬い部分が残り、やわらかい部分が削られて谷になる——それが南アルプスの複雑な地形を作っています。地上からでも岩質の変化は目で確認できますが、その変化が1,400m下まで続いているとなると、確認する手段がほとんどありません。

塩見岳の山頂に立ったとき、南の荒川岳方面を見渡しながら「この足元の1,400m下を、将来時速500kmで列車が走る」と考えると、スケールがかみ合わない感覚があります。山頂の標高3,047mと、トンネルの深さ約1,400m。合計4,400m以上の空間の上端と下部に、同時に人間の営みが存在することになります。この日は6月下旬で、稜線に雲が次々と湧き上がり、写真を撮るたびに視界が変わりました。地上の変化は目で見えますが、地下の進捗は数字でしか届きません。

塩見岳付近の稜線に雲が湧く様子
塩見岳付近の稜線。6月下旬でも雲が次々に湧く。この稜線のはるか下をトンネルが通る

2026年7月以降の動きと開業見通し

2026年7月7日に静岡工区の着工が容認され、7月18日に自然環境保全協定が締結されました。地質的には、静岡工区はトンネル全体の中でも付加体の地質が特に複雑な区間に位置しており、掘削だけで約10年かかる見込みです(時事通信)。品川〜名古屋の開業は早くて2036年以降の見通しで、着工容認から開業まではまだ長い工程が残っています。

一方、山梨工区では2026年5月に本坑が早川町側まで到達し貫通しています(UTYテレビ山梨)。三工区のうち最初の到達点です。三工区の進捗はそれぞれ異なり、最も長い静岡工区の掘削がこれから本格化します。

南アルプスはトンネル完成後も年間4mm隆起し続けます。1,000年後には4m高くなっている計算ですが、荷重の変化としては設計マージンの範囲内です。地球の時間で見れば、トンネルはほぼ瞬間に完成し、山はその後も上昇を続けます。この山脈が動いている時間のスケールと、工事の時間スケールの差は、地質を意識し始めると妙に気になってくるものがあります。

南アルプスの雲海と遠くに富士山
南アルプス南部の朝の雲海。7月中旬の午前5時台、遠くに富士山が浮かぶ

南アルプスと同じ地域の山として、甲斐駒ケ岳の地質も読み比べると、この山域の地質構造がより立体的に見えてきます。また、日本の山がプレートの動きによってどのように配置されているかは、日本の山はなぜここにある?でまとめています。

参考資料

リニアが南アルプスの先で越えるフォッサマグナ・糸静線・中央構造線についてはリニアが越える日本の3大地質構造で解説しています。

▶ 山の地質カテゴリの記事一覧はこちら

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鋸岳登山記録——南アルプス最難関、ギザギザの岩稜を越えて第一高点へ https://chikyu-yama.online/nokogiridake-climbing-record/ https://chikyu-yama.online/nokogiridake-climbing-record/#respond Tue, 30 Jun 2026 12:54:49 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1476 南アルプスのグレーディングで唯一のE難易度に指定される鋸岳。鋸の歯のようにギザギザと連なる岩稜、垂直の鎖場、崩れやすいガレ場——標高2,685mの第一高点をめざした9月の登山記録です。花崗岩の山がなぜこれほど険しい姿になったのかにも触れます。

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南アルプスの山をいくつか登っていると、北端にひときわ異質な稜線が目に入ります。鋸の歯のようにギザギザと尖った、見るからに登りにくそうな岩の連なり。それが鋸岳(のこぎりだけ)です。名前からして穏やかではありません。実際、南アルプスの登山道を難易度で格付けしたグレーディング表で、鋸岳は唯一のE難易度——最難関に指定されています。

標高は2,685m。日本二百名山であり山梨百名山でもありますが、その看板の華やかさとは裏腹に、登るには岩登りの技術と度胸が要ります。9月のある日、この鋸の歯を越えて最高地点である第一高点をめざしてきました。その記録です。

鋸岳とはどんな山か

鋸岳は赤石山脈(南アルプス)の北端、甲斐駒ケ岳のすぐ隣に位置しています。登山口は長野県側の戸台川が一般的で、そこから角兵衛沢などの沢沿いを詰めて稜線に上がります。どのルートを選んでも一般登山道とは呼べない世界で、ガレ場の急登と岩場の通過が連続します。

「鋸」という名前は、稜線がのこぎりの刃のように小さなピークを連ねていることに由来します。地図上では一本の尾根に見えても、現地では登っては下り、また登るという上下動の繰り返しで、見た目以上に体力と時間を削られます。隣の甲斐駒ケ岳が白い花崗岩の堂々とした山だとすれば、鋸岳は同じ白い岩を、刃物のように尖らせた山だと言えます。

白い砂礫の稜線の先にそびえる鋸岳の岩峰
白い砂礫の稜線の先に、鋸岳の岩峰がそびえます。足元の白さは花崗岩が風化した砂で、踏むとザクザクと崩れます。

白い砂礫の稜線を行く

沢を詰めて稜線に出ると、足元が一気に白っぽくなります。花崗岩が風化してできた砂礫で、歩くたびにザクザクと音を立てて崩れます。見た目は明るく気持ちのいい稜線ですが、急斜面ではこの砂が滑り、思うように足が決まりません。明るい色に油断していると、足を取られてヒヤリとさせられます。

前方には、これから越えていく岩峰が見えています。緑の樹林の上に灰白色の岩がむき出しになった、いかにも手強そうな姿です。「あそこを登るのか」と思うと気が引き締まりますが、同時に、あの岩のてっぺんに立てるのだと思うと足が前に出ます。山があるから登るのか、登りたいから山に向かうのか——こういう山を前にすると、その問いはどうでもよくなって、ただ目の前の一歩に集中することになります。

鎖場とガレ場の連続

鋸岳の核心は、なんといっても岩場の通過です。垂直に近い岩には鎖がかけられ、上に登ったかと思えば今度は下り、岩の側面をへつるように進む区間もあります。事前に読んだ山行記録に「忍者もびっくり」という表現がありましたが、実際に取りついてみると、その言葉に大げさなところはありませんでした。

鎖場以上に神経を使ったのが、崩れやすいガレ場でした。斜面いっぱいに浮石が積もっていて、一歩踏み出すたびに岩が動きます。下を覗き込むとそのまま吸い込まれそうな高度感で、鎖を握る手につい力が入ります。こういう場所では、登っている最中はむしろ無心です。怖いと感じる余裕すらなく、ただ次の足場と手がかりを探し続けます。怖さがじわじわ込み上げてくるのは、たいてい難所を抜けて一息ついたあとです。

鋸岳の岩稜にかけられた鎖
岩稜にかけられた鎖。登っては下り、また登るという上下動が連続し、見た目の標高差以上に消耗します。

第一高点 2,685mへ

いくつもの岩場を越え、ようやく鋸岳の最高地点である第一高点に着きました。山頂は岩がごろごろと積み重なった狭い場所で、ガレた岩の間に「鋸岳 第一高点 2685m」と記された古い標識が斜めに立っていました。豪華な山頂標識ではありませんが、ここまでの道のりを思うと、その素っ気なさがかえって誇らしく見えます。

鋸岳 第一高点 2685m の山頂標識
第一高点の山頂標識。岩がごろごろと積み重なった狭い頂で、標高2,685mを示しています。ここに立つまでが鋸岳の核心です。

この日は雲が多く、展望は開けたり閉じたりを繰り返していました。雲の切れ間からは、隣の甲斐駒ケ岳へ続く稜線や、足元から湧き上がる雲海が見えます。苦労して登った山頂で雲海に出会うと、それまでの緊張がほどけて、思わず長居をしたくなります。雲が稜線を駆け上がってきては、また谷へ落ちていく。その動きをぼんやり眺めているだけで、ずいぶん時間が経っていました。

鋸岳の稜線から見る雲海と南アルプスの山並み
稜線から望む雲海。雲が谷から湧き上がっては落ちていく様子は、いつまで見ていても飽きません。9月の南アルプスらしい、しっとりとした空気でした。

なぜ鋸岳はこれほど険しいのか

下山しながら、ふと「なぜ同じ南アルプスでも、鋸岳だけがこんなにギザギザなのか」と考えました。その答えは、足元の白い岩——花崗岩にあります。

鋸岳や甲斐駒ケ岳をつくる花崗岩は、もともと地下深くでマグマがゆっくり冷えて固まった岩石です。それが南アルプス全体の激しい隆起によって地表に持ち上げられ、長い年月のあいだ侵食にさらされてきました。花崗岩は硬い部分ともろい部分が入り混じっていて、もろい部分から先に削られていきます。その結果、硬い岩だけが取り残されて、刃物のように尖った稜線ができあがりました。甲斐駒ケ岳の白い岩肌も同じ花崗岩ですが、鋸岳はその侵食がより極端に進んだ姿だと言えます。

鋸岳が険しいギザギザの稜線になる仕組みの図解
花崗岩の山がギザギザになる仕組み。隆起した花崗岩が侵食を受け、もろい部分が削られて硬い岩が尖って残ります。

南アルプスが今も年に数mmずつ隆起し続けていることを考えると、鋸岳の鋭さは「隆起する力」と「削る力」がせめぎ合った、いわば現在進行形の地形です。登っているあいだは岩と鎖のことしか頭にありませんでしたが、あのザクザクした白い砂も、尖った岩峰も、地球がこの山を削り続けている途中の姿だったわけです。難所だらけの山でしたが、足元の一つひとつが地形のでき方を語っていると思うと、苦労した記憶も少し違って見えてきます。


鋸岳は技術と経験を要する上級者向けの山です。挑む際は十分な装備と計画を。山の成り立ちに興味がわいたら、隣の甲斐駒ケ岳の地質や、日本の山とプレート運動の記事もあわせてどうぞ。ほかの登山記録は「登山記録カテゴリ」にまとめています。

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フィリピン海プレートが作った日本の山——年間6cmの沈み込みが富士山と南アルプスを生んだ https://chikyu-yama.online/philippine-sea-plate-japan-mountains/ https://chikyu-yama.online/philippine-sea-plate-japan-mountains/#respond Tue, 30 Jun 2026 04:37:40 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1410 フィリピン海プレートは年間約6cmで日本列島の下に沈み込んでいます。その動きが富士山を噴かせ、南アルプスを押し上げ、伊豆半島を本州に衝突させました。日本の山の成り立ちをプレートレベルで解説します。

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フィリピン海プレートとは何か

日本列島の山々の成り立ちを語るとき、必ず登場するプレートがあります。フィリピン海プレートです。名前にフィリピンがついていますが、このプレートが最も深く関与しているのはフィリピンよりも日本側の地形です。富士山が噴火を繰り返してきた理由も、南アルプスがあの位置に存在する理由も、根本をたどるとこのプレートの動きに行き着きます。

フィリピン海プレートは日本列島の南から東南にかけて広がる海洋プレートで、面積はおよそ550万km²です。主要なプレートの中では中程度の大きさです。移動速度は年間約4〜6cm、方向は北西〜北北西です。この速さで5000万年動き続けると、累計の移動距離は2000〜3000kmを超えます。現在のフィリピン海プレートはかつてずっと南方に位置しており、長い時間をかけて現在の場所に到達しました。

このプレートが日本列島にもたらした影響は、大きく二つに整理できます。ひとつは「沈み込みによるマグマ生成と火山活動」、もうひとつは「海底堆積物が剥ぎ取られて形成される付加体の隆起」です。富士山は前者の典型例で、南アルプスは後者の典型例です。そして伊豆半島は、プレートそのものが本州に衝突し続けているという、やや趣の異なる事例です。

フィリピン海プレートと周辺4プレート(ユーラシア・北米・太平洋)の配置図
フィリピン海プレートと周辺プレートの配置。南海トラフ・相模トラフ・伊豆小笠原海溝を境界として、北西方向へ年間約6cmで日本列島の下に沈み込む。
フィリピン海プレートの三つの働き。火山の形成・付加体の隆起・伊豆半島の衝突
フィリピン海プレートの三つの仕事。火山をつくり(富士山・箱根)、山を持ち上げ(四国山地・紀伊山地)、半島をぶつける(伊豆→南アルプス圧縮)。1枚のプレートの多才ぶりです。

フィリピン海プレートと地震——南海トラフ・東海地震との関係

フィリピン海プレートは、山を造るだけでなく地震も引き起こしています。このプレートがユーラシアプレートの下に沈み込むことで発生する海溝型地震が、東海地震・東南海地震・南海地震です。震源域は駿河湾から四国沖にかけての南海トラフに沿って連なっており、富士山や南アルプスを隆起させたのと同じ沈み込み運動が、その震源をつくっています。

1923年の関東大震災(大正関東地震)も、フィリピン海プレートが関東地方の下で北アメリカプレートに沈み込む運動に伴って発生した地震です。相模トラフ沿いのこの沈み込みは、丹沢山地や伊豆半島の衝突と地続きの現象であり、山地形成と地震はどちらも同じプレート境界で起きています。

登山道で目にする隆起した地層や断層地形は、遠い過去の出来事の痕跡ではなく、現在も進行しているプレート沈み込みの一部です。山を歩くことは、地震を起こしている境界そのものの上を歩くことでもあります。

沈み込みがマグマを作る仕組み

フィリピン海プレートは、東海・紀伊半島・四国の沖合にある南海トラフと、伊豆半島東方の相模トラフから、ユーラシアプレートおよび北米プレートの下へ沈み込んでいます。海洋プレートは大陸プレートより密度が高いため、境界では海洋側が必ず下に入り込みます。

沈み込みが深まると、プレート内に含まれていた水(含水鉱物として固定されていたもの)が高温高圧の環境下で放出されます。この水がマントルに供給されると、マントル岩石の融点が下がり、通常では溶けないはずの岩石が部分的に溶け始めます。これがマグマの起源です。沈み込んだプレートの上方に位置するマントル部分を「マントルウェッジ」と呼びます。ここで生成されたマグマは浮力を得て地殻を上昇し、地表に達すると火山として噴出します。

フィリピン海プレートが沈み込む南海トラフ・相模トラフの内陸側を見ると、富士山・箱根・伊豆大島などの火山が一定の間隔で並んでいます。「火山フロント」と呼ばれるこの配列は、沈み込むプレートが一定の深度(概ね100〜150km)に達した地点の真上に火山が形成されるという法則性を反映しています。火山の分布そのものが、地下のプレートの形状を示す指標になっています。

フィリピン海プレートの沈み込み断面図
フィリピン海プレートが沈み込む際にマグマが生成されるメカニズム。含水鉱物が分解した水がマントルウェッジに供給されて融点が下がる。

富士山の形成史——3776mは地質学的に「ほぼ今できた」山

富士山の標高は3776mで日本最高峰ですが、地質学的な年齢はかなり若い部類に入ります。現在の富士山(新富士火山)の主要な活動が始まったのは約1万年前で、前身の古富士火山を含めても形成の始まりはおおよそ10〜20万年前です。北アルプスや南アルプスが数百万年かけて現在の形に近づいてきたのと比べると、富士山は地質年代でいえばほぼ「現代」に作られた山です。日本で最も高い山が、最も若い山のひとつでもあります。

富士山は玄武岩質のマグマが繰り返し噴出して形成された成層火山です。流動性の高い玄武岩質溶岩が広範囲に流れ出したことで、緩やかな傾斜と広い裾野を持つ山容が形成されました。現在の山頂部は噴石や火山灰が積み重なった構造で、頂部ほど堆積物が脆弱です。富士山がこの3200年ほどで10回以上の大規模噴火を繰り返してきたことを考えると、現在の山体は「完成形」というより「今この時点の状態」に近い表現が実態に即しています。

七合目から上の斜面を歩くと、足元にはスコリアと呼ばれる多孔質の黒い火山礫が広がっています。踏み込むたびにざりざりと崩れ、足場が定まらないまま標高を稼ぐことになります。雨の直後でも砂が乾いたように滑る感触は、富士山がまだ堆積物を積み上げている途中の若い火山であることを、足裏から直接知らせてくれます。

トリプルジャンクション近傍という特殊な立地

富士山はフィリピン海プレート、ユーラシアプレート、北米プレートの三つが集まるトリプルジャンクションの近傍に位置しています。三つのプレートが交わる地点は応力場が複雑で、マグマの供給経路も単純ではありません。1707年の宝永大噴火は宝永地震(推定M8〜8.6)の約49日後に発生しており、大規模なプレート間地震が噴火のトリガーになった可能性が研究者の間で議論されています。プレートの動きが地震を起こし、その地震が噴火を誘発するという連鎖は、富士山周辺のプレート環境の複雑さを示しています。

富士山・伊豆半島周辺地形図
富士山・伊豆半島周辺の地形図(出典:国土地理院)

付加体が山に変わる:南アルプスの隆起

フィリピン海プレートが沈み込む際、プレート表面に堆積していた海底の堆積物は沈み込まずに削り取られ、プレートの縁に積み上げられます。この積み重なった堆積物を「付加体」と呼びます。

付加体を構成する岩石のひとつにチャートがあります。チャートはもともと深海底に堆積した放散虫(直径0.1mm程度のプランクトン)の殻が固まったものです。水深2000〜4000mの海底で形成された岩石が、プレートの動きで日本まで運ばれ、地殻の圧縮を受けて隆起し、現在では3000m級の稜線に顔を出しています。深海の堆積物が山頂近くに到達するまでの経路は、どう考えても遠回りです。

南アルプス(赤石山脈)の基盤の大部分は、このような付加体で構成されています。中生代から古第三紀にかけて形成された付加体が、フィリピン海プレートの押し込み力による水平圧縮を受けて数百万年かけて隆起し、現在の山脈を形成しました。北アルプスが花崗岩を主体とするマグマ起源の地質を持つのに対し、南アルプスは付加体という「拾い集められた海底の堆積物」を基盤とする、成り立ちの異なる山脈です。

南アルプスは現在も隆起を続けており、隆起速度は年間数mmのオーダーと推定されています。一方で、急峻な地形と日本有数の豊富な降水量により、侵食もきわめて速く進んでいます。隆起と侵食がほぼ釣り合っているため、山脈の高さはここ数百万年で大きくは変化していない可能性があります。フィリピン海プレートに押し上げられながら、同時に雨と川に削られ続けている山です。

関連記事:リニアはなぜ南アルプスを貫くのか——土被り1,400m、日本最難関トンネルの地質学

伊豆半島の衝突:プレートに乗った弧が本州に到達した

フィリピン海プレートの上には、伊豆・小笠原弧と呼ばれる海底火山の列があります。太平洋プレートがフィリピン海プレートの下に沈み込む際に形成された火山島弧で、伊豆諸島から小笠原諸島にかけて連なっています。

この弧がフィリピン海プレートに乗って北上を続け、約100万年前から現在にかけて本州(ユーラシアプレート)に衝突し続けているのが伊豆半島です。伊豆半島はもともと太平洋上に存在した海洋島弧であり、それが本州に付け加わったものです。伊豆の地質が周辺の関東・東海の地質と大きく異なるのは、もともと別の場所でできた地塊が運ばれてきたためです。

この衝突は現在も続いており、伊豆半島は今も少しずつ本州に押し込まれています。天城山(1406m)をはじめとする伊豆の山々は、この衝突による圧縮と隆起の産物です。現在進行中の衝突の上に乗っている山という意味では、伊豆の山は静止した地形として見るより、現在進行形の出来事の一部として見た方が実態に近いかもしれません。

この衝突はフォッサマグナの東縁とも深く関わっています。フォッサマグナ(大地溝帯)の東縁を構成する変形帯は、伊豆・小笠原弧の衝突による圧縮と変位の痕跡と一致しており、フィリピン海プレートの動きは日本列島の「継ぎ目」の形成にも直接関与しています。

関連記事:フォッサマグナと日本列島の継ぎ目——大地溝帯が生んだ地形の謎

登山ルートで地学を読む

富士山:溶岩流の跡を歩く

富士山の主要登山道(吉田・須走・御殿場・富士宮口)はいずれも、過去の噴火で流れ出た溶岩の上を歩くルートです。御殿場口ルートでは宝永山の火口壁を間近に見ることができます。火口壁の断面には複数回の噴火による堆積層が縞状に重なっており、富士山が単発の噴火ではなく、繰り返しの積み重ねで現在の形になってきた山であることが断面から読み取れます。1707年の宝永噴火から300年以上が経過した現在でも、火口の形状はほぼそのまま残っています。

南アルプス:稜線に出てきた深海の岩

南アルプスの稜線を歩くと、緑がかった灰色の岩が散在している区間があります。付加体を構成するチャートです。仙丈ヶ岳や赤石岳の登山道でも踏む機会があります。急登で息が上がっているときに足元を見ると、もとは深海2000〜4000mにあった岩が転がっています。体力の消耗と岩の来歴は完全に無関係ですが、岩の方のスケールはかなり上をいっています。

南アルプスには北アルプスのようなカールや氷河湖といった氷河地形は顕著ではありません。隆起速度と降水量がともに大きいため、氷河が地形を整える前に河川侵食が進んでしまったと考えられています。V字状に深く切れ込んだ谷と急峻な尾根は、侵食が卓越している山脈の典型的な地形です。

プレートの動きはまだ終わっていない

フィリピン海プレートの沈み込みは現在も進行中です。南海トラフではプレート間の固着と周期的な解放(巨大地震)が繰り返されており、過去の記録からは100〜200年に一度の間隔で大規模地震が発生してきたことが確認されています。地震そのものが、プレートが今も動き続けていることの証拠です。

富士山のマグマの供給は継続しており、次の噴火がいつ起きるかは現時点で特定できません。南アルプスも今日も数mmの単位で変動しています。登山者が歩くルートの標高は毎年わずかに変化している可能性があります。計算はできますが、登山靴のサイズ選びに反映させる人はおそらくいません。


日本の山の成り立ちをプレートレベルで掘り下げた記事は、山の地質カテゴリにまとめています。

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甲斐駒ケ岳の地質:伊豆半島の衝突が押し上げた白い花崗岩の山 https://chikyu-yama.online/kaikomagatake-geology/ https://chikyu-yama.online/kaikomagatake-geology/#respond Tue, 21 Apr 2026 02:58:08 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1097 南アルプス北端に白く輝く甲斐駒ケ岳。地下深くで生まれた花崗岩が8,000m以上隆起した背景には、伊豆半島の衝突があります。中央構造線とフォッサマグナが交わる場所で今も年間3〜4mm上昇を続ける山の成り立ちを読み解きます。

投稿 甲斐駒ケ岳の地質:伊豆半島の衝突が押し上げた白い花崗岩の山 は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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南アルプスの北端に、ひときわ白く輝く山があります。甲斐駒ケ岳(2,967m)。山頂一帯を覆う白い花崗岩は、晴れた日には雪と見間違えるほどの白さです。秋に登ったとき「あれ、もう冠雪?」と焦りましたが、ただの岩でした。

この花崗岩は約1,500万年前に地下深くで生まれ、その後8,000m以上も隆起して地表に姿を現しました。エベレストの山頂高度より深い場所から運ばれてきた計算ですが、地球のエレベーターは気が遠くなるほどゆっくりで、所要時間は1,500万年です。しかもこの山は今も年間3〜4mmというスピードで上昇を続けています。その駆動力は、はるか南からやってくるフィリピン海プレートと、その上に乗った伊豆半島の衝突です。

甲斐駒ケ岳山頂の花崗岩と雲海
甲斐駒ケ岳の山頂。白い花崗岩と眼下に広がる雲海

伊豆半島の衝突が南アルプスを押し上げる

南アルプスの隆起を駆動しているのは、フィリピン海プレートの運動です。約300万年前、フィリピン海プレートの移動方向が北向きから北西方向へ大きく転換しました。この方向転換により、プレート上に乗った伊豆半島が本州に衝突し、強烈な圧縮力が南アルプス一帯に加わるようになりました。

約1,500万年前から始まった衝突プロセスは現在も進行中で、東西方向からの水平圧縮が甲斐駒ケ岳を含む南アルプスを年間3〜4mm押し上げ続けています。この隆起速度は世界でもトップクラスで、100万年換算すると3,000〜4,000mもの上昇に相当します。侵食で削られながらも現在の高さを維持しているのは、それだけの速さで地殻が押し上げられているからです。

伊豆半島衝突と甲斐駒ケ岳の白い花崗岩
伊豆半島の衝突が甲斐駒ケ岳の白い花崗岩を生んだ。衝突帯でマグマが発生し、地下深部で固化した

地下10kmで生まれた花崗岩が山頂に

甲斐駒ケ岳の白い山頂を形づくる花崗岩は、約1,500万年前(中新世中期)に地下5〜10kmの深さでマグマがゆっくりと冷え固まってできたものです。地下深くで数百万年かけて冷却されたからこそ、結晶が大きく成長し、あの特徴的な白くざらざらした質感が生まれました。山頂付近の岩に触れると、サンドペーパーそのものの感触があります。岩場でうっかり転倒したら肌がえらいことになりそうで、手のつく場所は慎重に選ぶことになります。

その花崗岩体が、プレートの圧縮力により8,000m以上も隆起しました。上部にあった堆積岩は侵食で削り取られ、かつて地球の深部にあった岩体が山頂として姿を現しています。地下のマグマが山の頂に変わるまで、1,500万年の物語です。

甲斐駒ケ岳山頂の祠と花崗岩
山頂の祠も花崗岩の上に。足元の岩はすべて地下深くで生まれたもの

中央構造線:1億年前の大断層が走る場所

甲斐駒ケ岳のすぐ西側には、日本列島を東西に貫く大断層「中央構造線」が南北に走っています。この断層は約1億年前の白亜紀に、当時のイザナギプレートがユーラシアプレートに沿って横ずれ運動をした際に形成されたもので、日本最長の断層です。「中央構造線」という名前は字義通りすぎて逆に実感が持ちにくいですが、1億年前の大陸移動の痕跡が現在の地形を左右しているという話は、名前の地味さと内容のスケールが釣り合っていません。

中央構造線を境に地質がまったく異なり、西側(内帯)は領家変成帯(りょうけへんせいたい)、東側(外帯)は三波川変成帯(さんばがわへんせいたい)と呼ばれています。南アルプスの急速な隆起により、この大断層は深い谷として地表に露出しており、1億年前の大地の記憶を直接見ることができます。

フォッサマグナとの位置関係

甲斐駒ケ岳を含む南アルプスは、日本列島を分断するフォッサマグナの西縁「糸魚川-静岡構造線」のすぐ西側に位置しています。糸魚川から静岡まで約250km以上にわたって延びるこの大断層は、東北日本と西南日本の境界を画しています。

甲斐駒ケ岳はまさに、伊豆半島の衝突帯、中央構造線、フォッサマグナという日本列島を形づくった三つの大構造が交差する場所に立っています。地質学者にとっては夢のような立地ですが、登山者にとってはただただ急峻な山でしかありません。地球のプレート運動が日本列島にどのような力を及ぼしているか、この山ほど端的に示す場所はありません。

甲斐駒ケ岳 周辺地形図
甲斐駒ケ岳周辺の地形図(出典:国土地理院)

山頂から富士山を望む:二つのプレートの物語

秋の早朝、甲斐駒ケ岳の山頂からは雲海の向こうに富士山のシルエットが浮かび上がります。この瞬間のために前夜の小屋で隣の人のいびきに耐えた甲斐があったというものです。甲斐駒ケ岳がフィリピン海プレートの衝突で押し上げられた山なら、富士山はプレートの沈み込みで生まれたマグマが噴き出した山。同じプレートの力が、まったく異なる二つの名峰をつくり上げたのです。

甲斐駒ケ岳から望む富士山
甲斐駒ケ岳から望む富士山。手前の鳳凰山の向こうに完璧なシルエットが浮かぶ

花崗岩の白い稜線を歩きながら見渡せば、鳳凰山、北岳、仙丈ケ岳と南アルプスの名峰が連なります。そのすべてがプレートの衝突で今も押し上げられ続けている山々です。照り返しが強烈で、日焼け止めを塗り直す暇もなく歩いていたら、下山後に鏡を見て絶句しました。花崗岩の反射力、恐るべし。足元の岩の白さと、遠くに霞む富士山の青さ。この対比が、甲斐駒ケ岳の山頂でしか体験できない景色です。

甲斐駒ケ岳の花崗岩の稜線
花崗岩が白く輝く稜線。この岩は1,500万年前に地下深くで生まれた

冬の甲斐駒ケ岳:厳冬期の険しさ

1月の甲斐駒ケ岳は、雪と氷に覆われた厳しい世界です。花崗岩の白さは雪に埋もれ、夏なら「雪みたいな岩だな」と感心していたあの白さが、冬は本物の雪に完全に負けています。樹林帯から見上げる山容は威圧的ですらあります。年間3〜4mmの隆起がもたらす急峻な地形は、冬には雪崩や凍結のリスクとなって登山者に立ちはだかります。この険しさこそが、現在進行形の地殻変動の証でもあります。

冬の甲斐駒ケ岳
厳冬期の甲斐駒ケ岳。樹林帯から見上げる雪化粧の山容

三つの大構造が交差する場所

甲斐駒ケ岳は、フィリピン海プレートに乗った伊豆半島の衝突、東西圧縮による急速な隆起、地下深部の花崗岩の露出という連鎖の終着点に立つ山です。中央構造線とフォッサマグナという二つの大構造が交わるこの場所で、山頂は今も年間3〜4mmずつ高くなっています。地質学のスケールでは急速な隆起ですが、登山者の立場からすると実感できるものは何もなく、岩が白くて重くて急峻だという印象だけが残ります。

同じフィリピン海プレートの力が、まったく異なる形でつくり上げた山として、焼岳(プレートの沈み込みによるマグマの噴出)と瑞牆山(花崗岩の独特な侵食地形)の記事があります。同じ力が全く異なる山体をつくることが、並べて読むと際立ちます。

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