富士山は、約5,600年の間に少なくとも180回以上噴火してきた、まぎれもない活火山です。最後の噴火は318年前の宝永噴火(1707年)で、江戸の市中にも火山灰が積もりました。「次の噴火」は起きるかどうかではなく、いつ起きるかの問題であり、そのための想定が2021年改定の富士山ハザードマップにまとめられています。
この記事のポイントは3つあります。①宝永噴火の実測記録から、噴火の影響範囲が具体的に分かること。②2021年のハザードマップ改定で、溶岩流の想定が神奈川県まで広がったこと。③富士山が噴火を続ける理由は、3枚のプレートが出会う場所に立っているという地質構造そのものにあること。
318年前に実際に起きたこと——宝永噴火の記録
1707年12月16日、富士山の南東斜面が裂け、黒い噴煙が立ちのぼりました。内閣府の災害教訓報告書によると、噴火はその日のうちに約100km離れた江戸に灰を降らせ、昼でも暗くなったと記録されています。噴火は断続的に約2週間続きました。
降った灰の量は場所によって桁違いです。火口から約10kmの小山町(静岡県)で約300cm、約50kmの伊勢原(神奈川県)で約30cm、約100kmの江戸(現在の文京区)でも約2cm、房総半島の市原まで飛んで約8cm。3mの火山灰は家を押し潰す量で、実際に火口周辺の村は埋没しました。さらに深刻だったのは後始末で、山に積もった灰が雨のたびに土石流となって川を埋め、下流の水害は数十年続いたと記録されています。噴火の被害は「2週間」では終わりませんでした。

この噴火にはもうひとつ重要な前段があります。噴火の49日前、南海トラフで宝永地震(推定マグニチュード8.6級)が起きていたことです。巨大地震が地下のマグマだまりを刺激した可能性が指摘されており、南海トラフ地震と富士山噴火をセットで考える研究が現在も続けられています。南海トラフの仕組みは南海トラフとは何かで解説しています。
次の噴火では何が想定されているのか?
2021年3月、静岡・山梨・神奈川3県などで作る富士山火山防災対策協議会がハザードマップを17年ぶりに改定しました。過去5,600年分の噴火実績を調べ直した結果、想定される溶岩の量は最大で約13億立方メートル(864年の貞観噴火クラス)に引き上げられ、溶岩流の到達範囲は従来想定より大きく広がりました。新たに相模原市や小田原市など神奈川県の7市町にも溶岩流が達する可能性が示されています。
ただし、ここで数字の読み方に注意が要ります。溶岩流は歩くより遅いことも多く、避難する時間はあります。改定マップで神奈川県境への到達は33時間後と試算されています。本当に早くて怖いのは、火口近くの火砕流や噴石、そして広域では火山灰です。灰は電力・交通・水道・物流を面的に止めます。宝永クラスの噴火が現代に起きた場合、首都圏の都市機能への影響が最大の課題とされているのは、このためです。
登山者にとって直接関わるのは噴火警戒レベルです。富士山は常時観測火山で、レベル3以上で入山規制がかかります。火山と登山規制の全国の仕組みは火山で登れなくなる百名山にまとめています。
なぜ富士山は噴火し続けるのか?
富士山が「たまたま」噴火する山なのではありません。あの場所は、フィリピン海プレートが本州の下に沈み込み、さらに太平洋プレートも絡む、3枚のプレートがせめぎ合う特異点です。沈み込むプレートが地下で水を放出し、その水がマントルを溶かしてマグマを作る——この製造ラインが動き続ける限り、富士山への燃料供給は止まりません(マグマは海の水から生まれる)。

実際、いま見えている富士山は「4代目」です。山体の内部には先小御岳・小御岳・古富士という古い火山が埋まっており、新富士火山がその上に噴出物を重ねて現在の美しい円錐を作りました。つまりあの左右対称の姿は、噴火の繰り返しそのものが彫り上げた造形です。美しさの製造工程と災害の製造工程が同じという、火山の本質がよく出ています。詳しい成り立ちは富士山の地質をどうぞ。
宝永噴火の現場は、いま登って見られる
宝永噴火の火口は、富士登山のルートから実際に歩いて見に行けます。富士宮口五合目や御殿場ルートから宝永山(2,693m)方面へ回り込むと、山腹にぽっかり開いた直径1km級の宝永火口を火口縁から見下ろせます。整った円錐の山体に、南東側だけ大きくえぐれた傷跡。318年前の噴火が「どこで・どの規模で」起きたのかを、体で測れる場所です。
火口の周囲は今も植生がまばらな砂礫の斜面で、一歩ごとに足が沈む火山灰の登りが続きます。300年経ってもまだ植物が戻りきらないという事実そのものが、噴火のダメージの大きさを語っています。夏山シーズンなら難所のないコースなので、「防災を足で学ぶ」場所として個人的に一番おすすめできる火山地形です。
山頂で見た「静かな火山」
夏に富士山へ登ると、この山が火山であることを忘れそうになります。しかし山頂の火口の縁に立つと、直径約780m・深さ約240mの巨大なすり鉢が口を開けていて、観光の山の顔が一変します。私が登った時に印象的だったのは、火口の内壁の赤黒い焼けた岩肌でした。300年静かにしているだけで、構造は現役の火山そのものです。

現代社会にとっての急所は、灰が「電気で動くもの全般」と相性が最悪なことです。数cmの降灰でも、鉄道は運行を止め、道路はスリップと視界不良で麻痺し、送電設備は絶縁不良を起こし、浄水場やエアコン・精密機器のフィルターは目詰まりします。政府の中央防災会議も、富士山の大規模噴火時には首都圏の交通・電力・物流への影響が長期化するとの想定を公表しています。江戸時代の宝永噴火では「灰かき」が最大の労働でしたが、現代版の宝永噴火では「インフラの目詰まり」が最大の敵になります。
備えについては、住んでいる地域の降灰想定を一度見ておくだけでも価値があります。ハザードマップは静岡・山梨・神奈川各県のサイトで公開されており、富士山から100km圏の方なら「灰が数cm積もった週」を想像しておくのが、もっとも現実的な防災です。


