十勝岳の噴火警戒レベルが、9月12日9時30分に2から3へ引き上げられました。噴火警戒レベルは1から5の5段階で、3は「入山規制」にあたります。62-2火口から概ね3kmの範囲に立ち入れなくなりました。十勝岳で噴火警戒レベルの運用が始まったのは2008年12月で、それ以降3に達したのははじめてです。
この記事で書くことは3つです。①引き上げの根拠は、8月17日以降に増えた「揺れの大きな火山性地震」であること。②規制されているのは火口から3kmですが、十勝岳はちょうど100年前に、25km先まで泥流を届かせた山であること。③そして判定基準表のレベル4の欄には、火山の活動ではなく「季節」が条件として書かれていること。3つ目が、これからの季節にいちばん効いてきます。

いま十勝岳で何が起きているのか?
気象庁の報道発表(2026年9月12日、札幌管区気象台)には、引き上げの理由がこう書かれています。「十勝岳では、熱活動が高まった状態が続く中で、8月17日以降、山体付近を震源とする振幅の大きな火山性地震が増加しています」。振幅とは揺れの大きさのことです。
同じ資料から、変化は3つに整理できます。山頂近くの62-2火口と振子沢噴気孔群のあたりで、地面から出る熱や噴気が強まっていること。今年4月以降、二酸化硫黄の放出量が増えていること。これはマグマに溶けていたガスで、量が増えるのはマグマが浅いところまで上がってきたときの目安になります。そして8月17日以降、山体付近の地震が増えていること。
ただし気象庁は、噴火が近いとも、噴かないとも書いていません。レベルを上げた理由を説明しているだけです。火山活動が高まってから、噴火せずに静かに収まることもあります。
レベルは数値の基準で決まっている
噴火警戒レベルは、担当者の印象で上げ下げされるものではありません。火山ごとに数値の基準が公表されていて、十勝岳のレベル3は、まず「噴煙・噴気の高さの増大や火口温度の明瞭な上昇、またはそのいずれかの高い状態が認められている中で」という前提があり、そのうえで「硫黄沢観測点で最大振幅2μm以上の火山性地震が増加(30日積算で5回以上)」と書かれています。あるいは、その地震が起きている中で山が膨らむような地面の動きを観測した場合です。熱の高まりが前提で、そこに地震が加わって初めて条件を満たします。
2μmは、地面が1000分の2ミリ揺れるという意味です。人には感じられません。その揺れが30日間で5回に達したかどうかで、3km圏内に人が入れるかどうかが決まります。
ひとつ下のレベル2の基準は「火口直下で火山性地震が150回/24時間を超える」です。回数だけ見ると2のほうが厳しく見えますが、こちらは揺れの大きさを問わない小さな地震の数え方で、レベル3は「2μm以上」という大きさの条件が付きます。小さな地震がたくさん起きるより、大きな地震が少し起きるほうが重く見られている、ということです。
「3km」の中には何があるのか
気象庁が3kmの範囲で警戒を呼びかけているのは、噴火に伴って弾道を描いて飛ぶ大きな噴石です。火山灰のように風に流されるものではなく、砲弾のようにまっすぐ飛んでくるので、風向きに関係なく円形に設定されます。
この3kmの中に、人の住む場所はありません。気象庁が示した火口の位置から直線距離を測ると、十勝岳温泉で約4km、主要な登山口の望岳台で約5.5km、白金温泉で約5kmです。いずれも規制の外側にあります。ふもとの市街地はさらに遠く、上富良野で約18km、富良野と美瑛で約26kmです。
つまり今回の規制は、山に登る人に向けたものです。ふもとで生活する人や、旅行で富良野・美瑛を訪れる人が、いま何かを変える必要がある段階ではありません。
ではなぜ100年前は25km先で144人が亡くなったのか
ここで話が変わります。1926年5月24日、十勝岳の噴火で亡くなった人は144人でした。犠牲が出たのは、火口から25km離れた上富良野の原野です。さきほどの3kmとは桁が違います。
この日の午後4時18分ごろ、火口の中にあった中央火口丘の北西部が壊れ、高温の岩なだれが斜面を流れ下りました。5月の十勝岳にはまだ雪が残っています。熱い岩なだれが残雪の上を通ったことで雪が一気に溶け、水と土砂が混ざった泥流に変わりました。これを融雪型火山泥流と呼びます。

泥流が速くなるのは、水と土砂が混ざると流れやすい重いものに変わるからです。土砂だけなら斜面の途中で止まりますが、水が入ると粒どうしがすべりやすくなり、遠くまで流れます。かといって水ほど軽くはないので、勢いがついたまま建物を押し倒す力を持ちます。雪は、その水を山の上に大量に貯めておくものにあたります。
内閣府の災害報告によれば、泥流は爆発から25〜26分で火口から25km離れた上富良野の原野に達しました。時速にすると60km近くになります。上富良野と美瑛の2村が埋まり、建物372棟が失われ、負傷者も約200人にのぼりました。噴火の規模そのものよりも、そこに雪があったことが被害を大きくしたのだと読めます。
噴石は3km、泥流は25km。同じ噴火でも、雪があるかないかで危険の届く範囲がまったく変わります。ここが十勝岳という山の性格です。
判定基準に「積雪期」と書かれている意味
そのことは、気象庁の判定基準表にもはっきり出ています。十勝岳の基準表(令和3年3月26日現在)のレベル4の欄には、こう書かれています。
【居住地域に被害を及ぼす噴火の可能性】
積雪期に噴火警戒レベル3の判定基準を満たした場合
レベル4は「高齢者等避難」にあたる段階です。引き上げの条件として書かれているのが、火山活動そのものの変化ではなく「季節」だという点に目が留まります。十勝岳の判定基準表を、レベルごとに一行ずつ要約するとこうなります。
| レベル | とるべき行動 | 十勝岳で引き上げの条件になるもの |
|---|---|---|
| 5 | 避難 | 泥流や火砕流が発生、または切迫している |
| 4 | 高齢者等避難 | 積雪期にレベル3の条件を満たした場合 |
| 3 | 入山規制 | 熱活動が高い中で、2μm以上の地震が30日で5回以上(今ここ) |
| 2 | 火口周辺規制 | 火口直下の地震が24時間で150回を超える、など |
| 1 | 活火山であることに留意 | — |
これは基準表の読み方の問題ではありません。地元の自治体と気象台などでつくる十勝岳火山防災協議会の「十勝岳火山避難計画」(令和6年6月改定)には、こう明記されています。
積雪時には、居住地域に重大な被害を及ぼす融雪型火山泥流の切迫性を考慮し、迅速な防災対応を可能とするため、噴火警戒レベル3の判定基準を満たした段階で、噴火警戒レベル4に引き上げる。
同じ計画は、通常の段階の踏み方についてもこう書いています。「非積雪期には噴火警戒レベル3から噴火警戒レベル5に引き上げられること、積雪期には噴火警戒レベル2から噴火警戒レベル4に引き上げられることが基本となる」。雪のある時期は、レベル3を飛ばして2から4へ上がるのが基本だ、ということです。
つまり、いま起きていることが雪の季節まで続いた場合にどう扱うかは、すでに計画として決めてあります。ただし計画には「火山の活動状況によって、妥当と評価できる場合は、非積雪期に噴火警戒レベル4を積雪期に噴火警戒レベル3を発表することはあり得る」とも書かれていて、自動的に決まるわけではありません。
ふもとで暮らす人、旅行する人はどうすればいいか
いまの段階で生活を変える必要はありません。規制は3km圏内だけで、市街地はそこから15km以上離れています。富良野・美瑛の観光も通常どおりです。
ただ、雪が積もる前に一度だけしておくと違うことがあります。住んでいる市町村が出している火山防災マップを見て、泥流が流れる想定の谷がどこか、自分の家や職場がその外にあるかを確かめておくことです。1926年に被害が出たのは、火口から遠い平地でした。距離ではなく、谷筋の内か外かで話が変わります。
この100年で、砂防設備の整備や監視体制は当時とは比べものにならないほど進んでいます。避難の呼びかけも、当時はなかった仕組みです。100年前と同じことが同じように起きる、という話ではありません。
登山者はどう受け止めればいいか
3kmの範囲には入れません。望岳台から山頂へ向かう道も、新得町側の登山口から先も規制の中に入りました。十勝岳は日本百名山なので、この秋に登る計画を立てていた人は少なくないはずです。私も百名山を70座ほど登ってきて、十勝岳はまだ残っている一座でした。登れない山の判定基準表をわざわざ読んだのは、そういう事情もあります。
読んでみて、ひとつ実用的だと思ったことがあります。雪のある時期に活火山へ登るときは、レベルの数字だけでなく、その山の判定基準表を一度見ておくと景色が変わります。どの現象を警戒しているかが火山ごとに違うからです。十勝岳の場合は、それが泥流でした。
火山の山は、こちらの都合とは無関係に閉じたり開いたりします。噴火警戒レベルがどう決まり、山がどう「還ってくる」のかは火山で登れなくなる百名山にまとめました。活火山という区分そのものについては活火山とは何かに書いています。
この記事は9月16日時点の発表に基づいています。状況は変わるので、気象庁と地元自治体の最新の発表を必ず確認してください。
山ごとの成り立ちは、カテゴリ「山の地質」でも一座ずつ書いています。


