塩見岳の地質:山頂は深海の底だった——赤い天狗岩と、麓に湧く塩水の正体

山の地質

塩見岳は、南の海の底でできた岩が、プレートに運ばれて日本列島に貼り付き、標高3,052mまで押し上げられてできた山です。山頂に立っている岩は海底火山が噴き出した溶岩で、その手前にそびえる天狗岩は、深海に降り積もったプランクトンの殻が固まったものです。

南アルプスの真ん中にある3,000m峰で、登山口から山頂まで往復すると長い一日になります。そこまで歩いてたどり着いた山頂が、もとは海の底だったという話です。標高差1,200mを登った先にあるのが深海の記録というのは、労力の使い方としてやや複雑な気持ちになります。

この山を地学的に読むポイントは3つです。①山頂の岩が海底火山の溶岩であること、②天狗岩の赤色が深海の堆積物の色であること、③麓に湧く塩水が、沈み込むプレートから絞り出された水だということ。山頂から麓まで、この山は上も下も海でできています。

ハイマツ帯から見上げた塩見岳の双耳峰
塩見小屋の手前から見上げた塩見岳。左が西峰(3,047m)、右が東峰(3,052m)の双耳峰です。手前はハイマツ帯で、この高さから上に背の高い木はありません

山頂に立つ岩は、海底火山の溶岩だった

塩見岳の山頂付近をつくっているのは緑色岩と呼ばれる岩です。もとは玄武岩の溶岩で、それが長い時間のなかで変質して緑がかった色になったものを指します。静岡市の資料によれば、塩見岳の緑色岩は大部分が塊状で、まれに不明瞭な枕状構造を持つとされています。

この「枕状」が重要です。溶岩が水中で噴き出すと、表面が海水で急に冷やされて殻をつくり、その内側にまだ熱い溶岩が入り込んで、丸い枕を積み重ねたような形に固まります。陸上で流れた溶岩ではこの形になりません。つまり枕状構造は、その岩が水の中で噴出したことを示す直接の証拠です。

山頂で足元の岩を見ると、たしかに黒でも白でもない、灰色から緑がかった色をしています。これが海底火山の名残だと知って改めて見ると、印象がかなり変わります。3,052mの一番高いところに、かつて海の底で煮えていた溶岩が転がっているわけです。

塩見岳東峰から西峰と雲海を望む
東峰から西峰を見たところ。手前に写っている灰緑色の岩が、海底火山の溶岩だった緑色岩です。雲海の高さは標高2,500mあたりでした

天狗岩はなぜ赤いのか?

山頂の直前に、天狗岩という岩場を越えます。ここが記事を書きたくなった理由です。この岩は赤いのですが、その赤はプランクトンの色です。

天狗岩は赤色チャートから赤色頁岩でできています(静岡市の資料)。チャートは、放散虫という小さなプランクトンの死骸が深い海の底に降り積もり、固まってできた岩です。放散虫の殻は二酸化ケイ素、つまりガラスと同じ成分でできています。陸から流れてくる砂や泥が届かないほど深い海の底では、この殻だけが延々と降り積もります。

降り積もる速さは、条件によりますが1,000年で数mmという桁です。天狗岩の岩壁の厚みを数十mとすれば、それだけで数百万年から一千万年ぶんの時間が積み上がっている計算になります。急な岩場を息を切らして登りながら、実際には数百万年ぶんの海底を垂直に横切っていることになります。

天狗岩付近の赤紫色のチャートと緑色岩の露頭
天狗岩付近(標高約2,930m)の登山道。赤紫色の岩が深海に積もったチャートで、右下や左下に見える緑がかった岩が海底火山の溶岩です。まったく成り立ちの違う2つの岩が隣り合っています

赤い色は、チャートに含まれる鉄分が酸化したものです。深い海の底で、酸素のある環境でゆっくり堆積すると、鉄が酸化して赤くなります。土に埋めた鉄が錆びるのと原理としては同じで、それが数百万年かけて岩の色になったものだと考えると、スケールの差だけが極端です。

写真をよく見ると、赤紫の岩に細かい縞が入っています。この1本1本が深海に積もった層で、しかも水平ではなく斜めに立っています。海底で水平に積もったものが、後から傾けられたということです。誰が傾けたのかという話が、次の章になります。

なぜ海の底の岩が3,052mにあるのか?

答えは、岩が動いたのではなく、岩を載せた海底そのものが移動してきたからです。

海洋プレートは、海嶺で生まれて年に数cmの速さで移動します。その表面には海底火山の溶岩があり、その上に深海の堆積物が積もっていきます。塩見岳の緑色岩とチャートは、この状態で長い時間をかけて日本列島の方へ運ばれてきました。

そして海溝までたどり着くと、海洋プレートは大陸プレートの下へ沈み込みます。このとき、プレートの上に載っていた軽い岩は一緒に沈み込めず、大陸側の縁に削り取られて貼り付きます。この貼り付いた岩の集まりが付加体です。日本列島の骨格はこの付加体でできており、南アルプスもその一部です。

塩見岳の岩ができるまでの4段階を示した図解
塩見岳の岩がたどった道。南の海で生まれ、プレートに乗って運ばれ、沈み込むときにはぎ取られて、いまは標高3,052mにあります

天狗岩の層が斜めに立っているのは、この貼り付けの現場で押しつぶされ、傾けられたためです。海底で静かに水平に積もった層が、いまは山の斜面で立ち上がっています。その変形の跡を、登山道の途中で手で触れる距離から見られます。

そのあと、この一帯は隆起を続けました。南アルプスは年に3〜4mmという速さで今も上がっており、日本の山のなかでも最速級です。年3mmは1万年で30m、100万年で3,000mになります。数字の上では、いまの標高は100万年ぶんの隆起でつくれてしまう計算です。もっとも同時に侵食も進むので、そのまま積み上がるわけではありません。日本列島の山がどのようにできたかという全体像は、日本の山はなぜここにある?にまとめています。

「赤石山脈」という名前も、この赤い岩に由来する

南アルプスの正式な名前は赤石山脈です。この「赤石」は、大井川上流の赤石沢に赤色チャートの岩盤が露出していることに由来し、その源頭にある赤石岳の名になり、さらに山脈全体の名前になったとされています。

つまり山脈の名前そのものが、深海のプランクトンの色を指しています。天狗岩の赤も同じ理由の赤で、塩見岳は赤石山脈の名の由来を、山頂直下でそのまま見せてくれる山ということになります。名前の由来が地質だという山脈は、それほど多くありません。

ちなみに同じ南アルプスでも、北部の甲斐駒ヶ岳や仙丈ヶ岳は白い花崗岩の山です。あちらは地下深くでマグマがゆっくり固まってできた岩で、成り立ちがまるで違います(甲斐駒ケ岳の地質)。同じ山脈を名乗っていながら、北と南で岩の履歴が違うというのは、南アルプスの分かりにくさであり面白さでもあります。

甲斐駒ヶ岳の白い花崗岩の岩峰
南アルプス北部・甲斐駒ヶ岳の白い岩峰。こちらは地下深くでマグマが固まった花崗岩です。同じ山脈でも、塩見岳の赤紫や緑とは色も成り立ちもまったく違います

麓に湧く塩水——地下35kmから来たもうひとつの海

塩見岳という名前の由来には、山頂から駿河湾(潮)が見えるからという説のほかに、山麓に塩の産地があったからという説があります。この「山の中の塩」が、地学的にはかなり面白い話です。

登山口のある長野県大鹿村には鹿塩温泉があり、標高約750mの山の中でありながら、湧いている水の塩分濃度は海水と同じおよそ4%あります。明治時代にはここに製塩施設が置かれ、各地に塩が出荷されていました。海から100km近く離れた3,000m級の山の懐で、海水と同じ濃さの水が湧いているわけです。

この水の正体について、大鹿村中央構造線博物館の解説によれば、1970年代からの同位体分析で「昔の海水が閉じ込められたもの(化石海水)ではなく、マグマに含まれる水と同じ性質の水」であることが分かっています。有力なのは、日本列島の下に沈み込んでいるフィリピン海プレートが持ち込んだ水が、地下約35kmの深さから放出され、中央構造線などの割れ目を通って上がってきているという説です。

沈み込むプレートは水を含んでおり、深くなるほど圧力と温度で水が絞り出されます。この水がマグマをつくる仕組みはマグマは海の水から生まれるで扱いましたが、鹿塩温泉の塩水はその「絞り出された水」が地表まで届いた例ということになります。通り道になっているのが日本最大級の断層である中央構造線で、大鹿村はその真上にあります(中央構造線とは何か)。

整理すると、塩見岳は山頂の岩が海底火山と深海の堆積物、麓に湧く水が沈み込んだプレートから絞り出された水、ということになります。上も下も海に由来していて、山の名前にもその「塩」が残っています。狙って名付けたわけではないはずですが、結果としてよくできています。

登って確かめる——ルートと地学のポイント

塩見岳周辺の地形図と主要地点
塩見岳周辺の地形図。赤い点は実際に歩いた地点です(出典:国土地理院)

長野県側の鳥倉ルートから入りました。登山道はまず樹林帯を延々と登り、標高2,580mの三伏峠に出ます。ここは日本一標高の高い峠とされている場所で、峠と聞いて想像する高さではありません。峠に着いた時点で、多くの山の山頂より高いところにいます。

標高2,500m付近のシラビソとダケカンバの樹林帯
標高2,500m付近の樹林帯。この山域では2,600m前後で木がなくなり、ハイマツ帯に変わります

峠から先は本谷山を越えて長い稜線歩きになります。標高2,600mあたりで樹林が終わってハイマツ帯に入り、そこから塩見岳の姿がようやく正面に見えます。塩見小屋(2,760m)の周辺には白色チャートがよく露出していて、天狗岩の赤色チャートと見比べられます。どちらも深海の堆積物ですが、鉄分の量と堆積した環境の違いで色が変わります。

塩見小屋からいったん下って、天狗岩の急な岩場に取り付きます。ここが赤色チャートの核心部で、手をかける岩がことごとく赤紫色です。落石を起こしやすい場所でもあるので、地質を眺めるのは足場を決めてからにしたほうがいい区間でもあります。

天狗岩を越えると西峰、そして最高点の東峰に着きます。この日は山頂に着いたときガスの中で、標識と足元の岩以外は何も見えませんでした。あきらめて休んでいたら6分ほどで雲が切れ、西峰の向こうに雲海が広がりました。長い樹林帯を登ってきた結論がこれなら悪くない、と思える程度には報われた形です。

ガスに包まれた塩見岳東峰の山頂標識
東峰の山頂標識。到着時はこの通りで、足元の岩以外は白一色でした。この岩が海底火山の溶岩です

登る順に見ていくと、樹林帯 → 白色チャート(塩見小屋)→ 赤色チャート(天狗岩)→ 緑色岩(山頂)と、深海の記録を下から順にたどる構成になっています。地質を意識して歩くと、単調に見える長いルートの後半が急に読み物になります。

塩見岳の地質のよくある質問

塩見岳の山頂はどんな岩でできていますか?

緑色岩です。もとは玄武岩の溶岩で、海底火山が噴き出したものが変質して緑がかった色になっています。まれに枕状構造が見られ、これは溶岩が水中で固まった証拠とされています。

天狗岩が赤いのはなぜですか?

赤色チャートと赤色頁岩でできているためです。チャートは放散虫という小さなプランクトンの殻が深海に積もって固まった岩で、含まれる鉄分が酸化することで赤くなります。

「赤石山脈」の名前の由来は何ですか?

大井川上流の赤石沢に赤色チャートの岩盤が露出していることに由来します。その源頭の赤石岳の名になり、明治以降に山脈全体の呼び名として使われるようになったとされています。

大鹿村の鹿塩温泉はなぜ塩水なのですか?

同位体分析から、昔の海水が閉じ込められたものではなく、マグマに含まれる水と同じ性質の水であることが分かっています。沈み込むフィリピン海プレートが持ち込んだ水が地下約35kmから放出され、中央構造線などの割れ目を通って上がってきているという説が有力です(大鹿村中央構造線博物館)。

まとめ——上も下も海でできた山

塩見岳の山頂に立つ岩は、南の海で噴き出した海底火山の溶岩です。その手前の天狗岩は、深海に降り積もったプランクトンの殻が固まった赤色チャートです。どちらも海洋プレートに載って日本列島まで運ばれ、沈み込むときに大陸の縁へはぎ取られて貼り付き、年3〜4mmの隆起で3,052mまで持ち上げられました。

そして麓に湧く塩水は、いま沈み込んでいるプレートが地下35kmで絞り出した水です。山頂の岩は終わった沈み込みの記録で、麓の塩水は進行中の沈み込みの証拠ということになります。同じ山で、過去と現在のプレート運動を両方見られます。

長い樹林帯を黙々と登る山という印象が強い塩見岳ですが、最後の天狗岩から山頂までの区間だけは、足元の岩の色が変わる理由を知っているかどうかで見え方が変わります。赤い岩に手をかけたら、それが数百万年ぶんの深海だと思い出してもらえればと思います。

参考資料


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