燕岳の地質学――白い花崗岩の山体はどうやって生まれたか

山の地質

北アルプスで最も白い山

燕岳(標高2,763m)は、遠目に見てもすぐわかる山です。周辺の稜線が概ね灰色や褐色であるのに対して、燕岳だけが明らかに白い。合戦小屋を過ぎて樹林帯を抜けた瞬間、その白さが正面から飛び込んできます。9月上旬でも「もう冠雪が始まったのか」と一瞬思いましたが、それは岩の色でした。

この白さの正体は「燕花崗岩(つばくろかこうがん)」と呼ばれる白色花崗岩です。石英・長石の比率が高く、特に白みが強い。この岩が山頂で露出するまでには、約7,000万年分の工程が必要でした。白いのはそういう理由か、とひとことで納得するには少し時間のかかる話です。

4枚のプレートが交差する場所

日本列島は地球上でも特異な場所に位置しています。ユーラシアプレート、北米プレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートという4枚のプレートがほぼ一点に集まっています。太平洋プレートは日本海溝から西へ、フィリピン海プレートは南海トラフから北へ、それぞれ沈み込んでいます。この二方向からの沈み込みが日本列島に絶え間ない圧縮力を与えており、逃げ場を失った地殻が上方に押し出されることで山脈が形成されます。北アルプス(飛騨山脈)はこの仕組みで生まれた山脈です。

隆起のペースは年間数mm、人の爪が伸びる速さと同程度です。これは地質学的には相当速い部類に入ります。登山道はじわじわ長くなっていますが、登山者はそれに気づく前に山頂に着いてしまいます。

フォッサマグナ西縁と飛騨山脈

北アルプスを地質的に理解するうえで「糸魚川静岡構造線」は外せません。この構造線はフォッサマグナ(大地溝帯)の西縁にあたり、日本列島を地質的に東西に分断する巨大な断層帯です。燕岳はこの構造線の西側、西南日本の地質ブロックに属しています。

糸魚川静岡構造線沿いには大規模な逆断層が連続しており、西南日本の地塊が圧縮によって東北日本の地塊の上に乗り上げるように隆起してきた歴史があります。北アルプスの山並みがほぼ南北に連なり、この構造線と平行に走っているのはそのためです。地図の上でフォッサマグナと北アルプスを並べてみると、なぜここに山脈があるのかが視覚的に理解できます。

関連記事:フォッサマグナとは何か――日本列島を二分する地溝帯の正体

7,000万年前のマグマが現在の山頂になるまで

燕花崗岩は白亜紀後期(約7,000万〜6,500万年前)に形成されたと考えられています。この時期、プレートの沈み込みに伴い大量のマグマが発生し、地下深部で花崗岩質のマグマ溜まりが形成されました。花崗岩は地下でゆっくり冷え固まった岩石であり、現在山頂で露出しているものはかつて地下数kmの位置にあったはずです。

それが地表に出てくるためには、上に乗っていた岩石が削り取られる必要があります。プレートの圧縮による隆起と、雨・風・氷河による侵食が長期間繰り返された結果、より深い場所にあった花崗岩が地表に顔を出しています。山頂付近の白い岩に触れると、表面は粗いやすりのような感触です。粒子が粗い花崗岩特有の手触りで、雨に濡れていてもグリップが利きすぎるくらい利きます。

燕岳周辺には「飛騨変成帯」と呼ばれる変成岩の地帯も分布しています。花崗岩が貫入する以前から存在していた古い岩石が、高温・高圧によって変性したものです。その起源は古生代まで遡ります。北アルプスの地下にある岩石の一部は、燕花崗岩よりさらに古い時代の大陸衝突の記録を保持しています。

氷河が稜線を彫り上げた

燕岳を現在の形に仕上げた最後の主役は氷河です。最終氷期(約2万年前)、北アルプスの標高2,000m以上の地帯には氷河が発達していました。氷河は岩石を削り取りながら流動する地形形成装置で、全方向から山体を侵食し続けます。最終的に削れなかった部分が山頂として残ります。燕岳の山頂は、地球規模の削り作業が最後まで手をつけられなかった場所です。

カール地形の痕跡を読む

氷河が山体を侵食すると、斜面に「カール(圏谷)」と呼ばれるお椀型の窪みが形成されます。燕山荘付近から北燕岳にかけての稜線周辺には、このカール地形の痕跡が残っています。稜線を歩いていると、片側がなだらかに広がり、もう片側が急に落ちていることに気づきます。なだらかな側はかつてのカール底面にあたる部分で、急峻な側は氷河に垂直に削られた壁の名残です。

この氷河は約12,000年前の温暖化で消えています。燕岳を現在の形に彫り上げた彫刻家が、完成後にそのまま消えたような話です。現地には地形だけが残っています。

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奇岩群の正体――節理とタフォニ

燕岳の景観を特徴づけるもう一つの要素が、山頂付近に点在する奇岩群です。「イルカ岩」「めがね岩」など形に由来する名前がついた岩塔がいくつも並んでいます。これらは花崗岩に特有の二つの風化プロセスが組み合わさって形成されています。

一つ目は節理(せつり)です。花崗岩は冷却・固化する過程で、規則的な割れ目が格子状に入ります。この割れ目に水が浸入し、凍結融解を繰り返すことで岩塊が分割されます。柱状・ブロック状の岩塔が生まれるのはこのためです。二つ目は「タフォニ」と呼ばれる風化構造です。鉱物粒子の間に浸透した水分が蒸発するとき、塩類の結晶化や圧力変化によって岩の表面が粒子単位で剥落していきます。この過程が繰り返されると、岩の表面に蜂の巣状の穴が無数に開きます。

燕岳の岩を近くで観察すると、この穴がはっきり確認できます。地球が数万年かけてこの穴を開けたと思うと工程としてはかなり地味ですが、結果として「なぜかここだけ蜂の巣のような岩がある」という景観が生まれています。節理による大きな分割とタフォニによる表面侵食が組み合わさることで、燕岳特有の丸みを帯びた白い岩塔が完成します。

合戦尾根から地球史を読む

燕岳の標準的な登山ルートは、中房温泉を起点とする合戦尾根です。「北アルプス三大急登」のひとつとされており、標高差は約1,300mあります。急登の理由の一端は地質にあります。この尾根はフォッサマグナ西縁に沿って断層運動で持ち上がってきた地塊の縁にあたり、地形的に傾斜がきつくなりやすい条件が揃っています。「なぜこんなに急なのか」を突き詰めると最終的に「プレートが押しているから」にたどり着きますが、それを知っても体の負担は変わりません。

第一ベンチから合戦小屋にかけては広葉樹と針葉樹の混交林の中を登ります。合戦小屋(標高2,370m付近)を過ぎると植生が低くなり始め、稜線が近づいてきます。稜線に出ると視界が一気に開き、槍ヶ岳から大天井岳への縦走路と、眼下に安曇野の平野が広がります。稜線上の天候は地形図の記述からは読み取れない変数を含んでいます。この日は雲の動きが速く、燕山荘付近は視界が出ては消えを繰り返していました。山頂に着いたときだけ一瞬ガスが切れて、北燕岳への稜線が数秒見えました。

燕山荘から山頂への区間に入ると、地面の色が変わります。これが燕花崗岩の露出域です。白い岩の間を縫うように進み、奇岩群を横目に歩くと山頂に着きます。山頂標識の横にも白い岩の塊があります。7,000万年前に地下で固まり、長い時間をかけて地表に出てきたものが今ここにあります。この山に登るという行為が地球史のどの位置に置かれているかを考えると、ロケーションとしては相当なものです。

関連記事:北アルプスの地質概論――飛騨山脈はどのようにして形成されたか

変わり続ける山体

燕岳の山体は現在も変化しています。北アルプスは年間数mmの隆起を続けており、一方で侵食も同程度かそれ以上のペースで進んでいます。両者がほぼ釣り合っているため、現在の標高は大きく変わらずに維持されています。タフォニの拡大、節理に沿った岩塊の崩落、凍結融解による風化――これらは現在も続いているプロセスです。イルカ岩の形は数百年後には現在と少し違っているかもしれません。ただし変化の速度は人間の時間感覚と大きくかけ離れているため、次に訪れたとき差異を確認することはできません。

7,000万年前のマグマ、2万年前の氷河、現在進行中の風化と侵食。異なるスケールの出来事が折り重なった地点に燕山荘という山小屋があり、コーヒーが飲めます。地球史を眺める立地としては、それほど悪い環境ではありません。

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