氷河期はなぜ来るのか——地球の3つの「ゆらぎ」が刻む10万年のリズム(ミランコビッチサイクル)

遠見尾根から見たカクネ里氷河と鹿島槍ヶ岳の残雪期の姿 山の地質
遠見尾根から望むカクネ里氷河(鹿島槍ヶ岳)

氷河期の「拍子」を刻んでいるのは、地球の軌道と自転に潜む3つのわずかな「ゆらぎ」です。この仕組みをミランコビッチサイクルと呼びます。ただし、ゆらぎがそのまま気候になるわけではありません。この記事では、深海の泥に残された本物のデータから出発して、「氷の時代はなぜ、あのタイミングで終わるのか」を刑事ドラマのように一歩ずつ絞り込んでいきます。最後に、この謎を戦争のさなかに手計算で解いた男の物語も紹介します。

証拠品:氷期の記録は「ノコギリ型」だった

まず証拠品を見てください。深海の底の泥には、微化石を通じて「地球にどれだけ氷があったか」が連続的に記録されています。過去80万年分を取り出したのが下の図です。

深海の泥から復元した過去80万年の氷の量の記録。ゆっくり寒くなり一気に暖かくなるノコギリ型を示す
深海の泥が記録した過去80万年の気候(データ:Lisiecki & Raymo 2005、NOAA公開データより作成)。

読み取れることが2つあります。ひとつ、寒い氷期と暖かい間氷期が約10万年周期で繰り返していること。もうひとつ、その形が左右非対称のノコギリ型であること。氷はおよそ10万年かけてじわじわ育つのに、終わるときは数千年で一気に融けます。散らかすのに10万年かけて、片付けは一瞬で終わらせる——人間とは逆のタイプです。最後の「一気」が約1万年前に起きて、私たちはその直後の暖かい合間に文明を築いて暮らしています。

ここで謎を一つに絞ります。氷がゆっくり育つのは、寒ければ雪がたまるという素直な話です。本当の謎は——「一気に融ける」の引き金を、誰が引いているのか。

容疑者の絞り込み:分かれ目は「北緯65度の夏」

氷床の運命を分けるのは、意外にも冬の寒さではありません。冬が寒いのは氷期でも間氷期でも同じで、雪はどのみち降る。勝負は夏に決まります。前の冬の雪が夏に融け切れば氷は育たず、融け残れば育つ。そしてこの攻防の主戦場が、雪をためられる広い大陸が並ぶ北緯65度あたり——カナダや北欧の緯度帯です。

夏の日射が弱まると雪が融け残り、白い雪が光を反射してさらに寒くなり氷床が成長する循環の図解
涼しい夏→雪が残る→白い雪が光をはね返す→さらに寒くなる。この雪だるま式のループが、わずかな日ざしの変化を巨大な氷床に増幅します。

白い雪は太陽光の大部分をはね返すので、融け残った雪は土地を冷やし、翌年さらに雪を残します。逆に夏の日ざしが強まれば、このループが逆回転して氷は崩れ始める。つまり犯人は「北緯65度の夏の日ざしを、数万年がかりで強めたり弱めたりしている何か」です。地球の運命がカナダの夏の天気に握られているというのは、なかなか愉快な話です。

犯人:地球の3つの「ゆらぎ」

その「何か」の正体が、地球の公転と自転に潜む3つの癖です。

地球の3つのゆらぎ(軌道のゆがみ・地軸の傾きの変化・首振り運動)を示す天文図解
地球の3つのゆらぎ。それぞれ別の周期で、夏の日ざしの強さを少しずつ変えます。
ゆらぎ何が変わる?周期
①軌道のゆがみ公転軌道が円⇄楕円に変形し、太陽との距離が変わる約10万年
②地軸の傾きの変化傾きが22.1°⇄24.5°の間で揺れ、季節のメリハリが変わる約4.1万年
③首振り運動回り終わりかけのコマのように自転軸の向きが一周する約2万年

①軌道のゆがみは、木星や土星といった巨大惑星の引力に引っ張られて、地球の通り道が「ほぼ円」と「少しつぶれた楕円」の間を行き来する現象です。②地軸の傾きは、そもそも季節を生んでいる張本人。傾きが大きい時代は夏がより暑く冬がより寒い「メリハリ型」になり、傾きが小さい時代は高緯度の夏が涼しくなって、雪が融け残りやすくなります。③首振り運動は、軸の向きがゆっくり一周することで「太陽に最も近づくのがどの季節か」を入れ替えます。現在は北半球の冬に最接近ですが、約1万年後には夏の最接近に入れ替わります。

過去80万年の離心率・地軸の傾き・歳差の実データグラフ
3つのゆらぎの実データ(データ:Berger & Loutre 1991、NOAA公開データより作成)。天体の運動なので、過去も未来も正確に計算できます。

大事な注意がひとつ。3つのゆらぎは、地球が受け取る太陽エネルギーの総量はほとんど変えません。変わるのは「どの緯度の、どの季節に」日ざしが当たるかという配分だけです。年収は同じで家計の配分が変わるだけ——なのに、その配分変更が氷の時代を呼ぶのです。

証拠合わせ:融けた「瞬間」は日ざしの「強い時期」か

それでは答え合わせです。3つのゆらぎから計算した「北緯65度・夏の日ざし」と、最初に見た氷の記録を並べます。ここで大事なのは、2つのグラフの形が似ているかではなく、「一気に融けた瞬間」が「日ざしの強い時期」に当たっているかを見ることです。

北緯65度の夏の日射量と氷の量の記録を並べ、日射の強い時期に急激な融解が起きることを示す照合図
氷が一気に融けた急上昇は、ほぼオレンジの帯(日ざしの強い時期)の中で起きています。ただし、帯が来るたびに融けるわけではありません(データ:Berger & Loutre 1991・Lisiecki & Raymo 2005、NOAA公開データより作成)。

結果は見ての通りで、融解の急上昇はほぼすべて帯の中で起きています。一方で、帯が来ても融けていない時期がたくさんあることにも気づくはずです。氷がまだ小さいうちは、強い日ざしが来ても少し痩せるだけで持ちこたえる。10万年近くかけて巨大に育ち、崩れる寸前まで来たところに強い日ざしが当たったときだけ、雪だるま式の逆回転が始まって一気に崩壊する——目覚ましが鳴るたびには起きず、限界まで寝てから数回に1回だけ起きる寝坊助と同じです。日ざしは気候の形を作るのではなく、引き金のタイミングを決めている。だからミランコビッチサイクルは、氷期の「原因」というより「拍子を刻むメトロノーム」なのです。

これを手計算で解いた男・ミランコビッチ

この理論を作ったミルティン・ミランコビッチ(1879-1958)は、気候学者でも天文学者でもなく、セルビアの土木技師でした。コンクリート構造の専門家として橋やダムを設計していた彼は、30代で「数学で氷河期の謎を解く」という誰も手を付けない問題に人生を賭けます。

運命が動いたのは1914年。新婚旅行中に第一次世界大戦が始まり、彼は敵国人として捕らえられます。収容所を経て、妻の奔走でブダペストに移された彼に与えられたのは、監視付きの生活と——ハンガリー科学アカデミー図書館への出入りでした。彼はそこで4年間、ひたすら計算を続けます。コンピュータのない時代に、過去数十万年分の緯度別・季節別の日射量を、紙と鉛筆で。戦争で足止めされた男の机の上で、氷河期のメトロノームが少しずつ姿を現していきました。主著『日射のカノン』全626ページが完成したのは1941年です。

しかし生前、理論はほとんど受け入れられませんでした。決着がついたのは死後18年の1976年。先ほどの「証拠合わせ」の下段で使ったのと同じ種類のデータ——深海の泥の記録を数学的に分析したところ、過去の気候変動の中に約10万年・約4.1万年・約2万年という3つの周期成分が、指紋のようにくっきり検出されたのです。彼が手計算で予言した3つのゆらぎの周期、そのままでした。地味な計算を数十年続けた人が、死後に採点されて満点を取った——科学史でも指折りの気持ちのいい逆転劇だと思います。

氷期の日本の山はどうなっていたか

約2万年前、氷期のピークの日本は、気温が今より10℃ほど低く、海面は約100m下がっていました。夏を越せる雪の下限(雪線)は今より1,000〜1,500mも低く、北アルプスや日高山脈には本物の氷河が流れていました。カールやU字谷などの氷河地形は、そのときの置き土産です。

ただし日本は、カナダや北欧のような厚さ数kmの氷床には覆われませんでした。周りを海に囲まれて夏が比較的暖かく、雪は大量に降っても「融け残りの雪だるま式」が大陸ほど回らなかったためです。氷期の日本の山は、山頂部だけに氷河をまとう、今のヨーロッパアルプスに近い姿だったと考えられています。

鹿島槍ヶ岳北面のカクネ里氷河
鹿島槍ヶ岳北面のカクネ里氷河。氷期に山を覆った氷の、現代まで生き延びた末裔です。日本に現存する9つの氷河は、いわば10万年のリズムの生き証人です。

メトロノームの外側——氷を持てる地球と、持てない地球

最後に、視点をもう2桁引いてみます。実は、氷期と間氷期の10万年リズムが刻まれるのは「地球が極地に氷床を持っている時代」だけです。そして地球の歴史を通して見ると、極地にすら氷がない「温室地球」の時代のほうがずっと長い。恐竜が栄えた時代がその典型で、当時は北極圏にワニの仲間が住めるほど暖かく、氷期も間氷期もありませんでした。

極地に氷がない温室地球と、極地に氷床を持つ氷室地球の比較図解
温室地球と氷室地球。ミランコビッチのメトロノームは、右の「氷室」の舞台の上でだけ、氷期・間氷期のリズムとして聞こえてきます。

この温室⇄氷室という一番大きなサイクルを切り替えているのは、軌道のゆらぎではなくプレート運動とCO2です。大陸同士の衝突で大山脈ができると岩石の風化がCO2を吸い取って地球は冷え、南極大陸が孤立して極点に居座ったことで氷床の置き場ができました。こうして約3400万年前に南極へ、約258万年前には北半球へ氷床が現れ、ようやくミランコビッチの拍子が氷期・間氷期として「聞こえる」ようになったのです。プレートが数千万年がかりで舞台を設営し、その舞台の上で軌道のゆらぎがメトロノームを振る——プレートの話と今回の話は、時間の桁違いの2階建てでつながっています。

ミランコビッチサイクルのよくある質問

いまは「氷河期」なの?

言葉の広さによります。極地に氷床がある時代全体を「氷河時代」と呼ぶ広い定義では、約258万年前から続く氷河時代に私たちは今もいます。その中の寒い波が「氷期」、暖かい波が「間氷期」で、現在は約1.17万年前に始まった間氷期です。「氷河期は終わった」も「今も氷河期」も定義次第で両方成り立ってしまうので、この記事では氷期・間氷期で統一しています。

次の氷期はいつ来る?

当分来ません。軌道計算によると、自然のままでも次の氷期は約5万年先で、今の間氷期は例外的に長持ちするタイミングにあたります。さらに2016年のNature誌の研究は、人間が出した二酸化炭素の影響で氷期入りが10万年以上遅れる可能性を示しました。「次の氷期の心配」は、人類のToDoリストのかなり下の方に置いて大丈夫です。

3つのゆらぎで全部説明できた?

実は、できていません。①軌道のゆがみが日射に与える影響は3つの中で最も弱いのに、なぜ約10万年周期が主役になるのかは「10万年問題」と呼ばれる未解決問題です。しかも約80万年前より昔の氷期は約4.1万年周期でした。拍子の存在は確定しましたが、氷やCO2がそれをどう増幅しているかは今も研究が続いています。教科書に載る大理論に、現役の謎が残っているのも地球科学の面白さです。

地球温暖化とはどういう関係?

時間の物差しが違います。ミランコビッチサイクルは数万年かけて進むゆっくりした変化、現在の温暖化は百年単位の急激な変化で、原因も別物です。「氷期が来るから温暖化は問題ない」とは言えません。時間スケールの感覚は地質の時間を「桁」で読む記事で整理しています。

まとめ——山で「氷期の種」を探す

氷期の記録はノコギリ型で、氷はゆっくり育ち、一気に融ける。その「一気」の引き金を引いているのが北緯65度の夏の日ざしで、日ざしを数万年がかりで揺らしているのが、軌道のゆがみ(約10万年)・地軸の傾き(約4.1万年)・首振り運動(約2万年)という地球の3つのゆらぎでした。夏山で雪渓に出会ったら、思い出してみてください。目の前の融け残りの雪は、かつて地球を氷の時代に引きずり込んだ「種」と同じものです。手計算でそこまで見通したセルビアの技師に敬意を込めて、雪渓の涼しい風を味わってもらえたらと思います。

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