森林限界は、高い木が育たなくなる標高の境界線です。本州中部の山ではおよそ2,500m、東北では約1,600m、北海道の大雪山や日高山脈では1,000〜1,500m、北の利尻島では約500mと、北へ行くほど低くなります。
日本アルプスを登っていると、ある高さで木が消えて視界が一気に開けます。登山者が「稜線に出た」と感じるあの瞬間は、植物の側から見れば生存の限界を越えた場所です。眺めがいい理由は単純で、そこから上では木が生きられないからです。
ところが世界を見渡すと、この線は2,500mどころではありません。チベット南部では標高4,900mに高さ3mほどのビャクシンの木が確認されており、北半球で最も高い森林限界として報告されています(Mountain Research and Development誌、2007年)。富士山の山頂より1,000m以上高いところに、森があるということです。
この記事を地学的に読むポイントは3つです。①森林限界の高さは何が決めているのか、②なぜ日本の森林限界は世界と比べて低いのか(答えは気温ではなく雪です)、③この線は過去に1,500mも下がっていて、いままた上がりつつあるということ。

森林限界とは何か——木が「立てなくなる」線
森林限界とは、高い木が育たず、森林の形を保てなくなる限界のことです。決定的な要因は低温とされ、そこに乾燥・強風・多すぎる雪が加わって位置が決まります。気温との関係では、いちばん暖かい月の平均気温が10℃になる線とほぼ重なるという見方が古くから知られています(ケッペンの指摘。南半球ではずれが大きいとされています)。
見ているのは要するに「夏がどれだけ暖かいか」です。木は夏のあいだに枝を伸ばし、冬までにその枝を硬く仕上げなければなりません。夏が短すぎると仕上げが間に合わず、伸ばしたばかりの柔らかい枝が凍結で傷んで枯れます。伸ばした分だけ確実に殺される場所では、背を高くするという戦略そのものが成り立ちません。
日本の森林限界はどこにあるのか?
結論から言えば、北へ行くほど低くなります。本州中部で約2,500〜2,800m、東北で約1,600m、北海道の大雪山・日高山脈で1,000〜1,500m、利尻島では約500m、さらに北の千島列島では300m程度とされています。九州・四国には、そもそも森林限界に届く高さの山がほとんどありません。
この並びは、標高と緯度が同じ「気温」という物差しでつながっていることを示しています。標高が100m上がると気温はおよそ0.65℃下がり、緯度が1度(約111km)北へ動くと年平均気温は0.5〜0.7℃ほど下がります。北へ100km進むことは、標高を100m登ることとだいたい同じ意味を持つわけです。北アルプスと利尻島の森林限界の差は約2,000m、両者の距離は約1,000km。北海道の高山植物が「低い山なのに本格的」と言われるのはこのためで、登る労力を緯度が肩代わりしてくれている格好です。

なぜ日本の森林限界は世界より低いのか?
答えは雪です。気温だけで決まるはずの線が、日本では雪と風によって下へ押し下げられています。
比べてみると差は歴然としています。低緯度の山では森林限界は標高3,000m前後にあり、条件がよければ3,600〜3,800mに達する場所もあります。ネパールのクンブ地方(エベレスト街道)では、本来の森林限界は4,400m付近にあると推定されています(ボン大学の植生図研究)。実際に歩くと、標高4,000mを超えた谷にも地を這うビャクシンの低木が点々と生えています。富士山の山頂より高い場所に植物がいるわけですが、こちらは呼吸のほうが苦しく、そのたくましさに感心する余裕はあまりありませんでした。

日本の線が低い原因は冬の季節風です。大陸から吹き出す冷たい風が日本海の上で大量の水蒸気を拾い、日本の山にぶつかって雪として落とします。積もった雪は木の幹を曲げ、枝を折り、雪崩となってなぎ倒します。さらに春遅くまで残って、ただでさえ短い生育期間を削り取ります。気温の条件だけなら木が育てる高さでも、雪が毎年リセットをかけてくるため、森林は成立しません。
その極端な例が東北地方の日本海側で、標高1,200mほどで森林が消えてしまう山があります。本州中部の2,500mと比べて1,300mも低い位置です。気温から予想される高さより明らかに低いところに高山のような草原が広がるため、こうした場所は「偽高山帯」と呼ばれます。にせもの扱いされていますが、歩く側からすれば、低い標高で森林限界の上に出られるのはありがたい話です。
そしてハイマツです。地面を這うように広がるこの松は北東アジアだけに分布する樹木で、冬は雪の下に潜り込んで風雪をやり過ごします。世界の多くの山では樹木がだんだん低くまばらになりながら移り変わるため、境界は幅の広いぼんやりした帯になります。日本の稜線で線がくっきり見えるのは、雪に潜って生き延びる戦略をとったハイマツが境界を埋めているからです。立って冬を越すのをやめた木が、日本の稜線の景色をつくっています。

森林限界は動く線——氷期には1,500m下がっていた
ここまで「2,500m」と書いてきましたが、これは現在の値にすぎません。森林限界は気温で決まる線なので、気候が変われば上下します。最終氷期のいちばん寒かった約2万年前、日本列島の年平均気温は今より7〜8℃低かったと推定されており、このとき本州中部から西部では森林限界がおよそ1,500m低下していたことが花粉の化石などから示されています。いまの2,500mが、当時は1,000m付近まで下がっていた計算です。

この1,500mを現在の地図に当てはめると、風景の見え方が変わります。上高地は標高約1,500m、乗鞍高原や志賀高原も1,500m前後です。氷期には、いま観光バスが入っていくあのあたりが、すでに木のない世界でした。カラマツに囲まれた河童橋の景色は、地球の歴史のなかではかなり新しいものです。そして森林限界より上には氷河がありました。涸沢や千畳敷のようなスプーンでえぐったようなくぼ地は、この時代の氷河が削った跡です(カール・U字谷・モレーンとは)。北アルプスには現在も9つの氷河が生き残っています(日本に氷河はいくつある?)。
しかも氷期は一度きりの出来事ではありません。地球の公転や地軸のわずかな揺らぎによって、寒い時期と暖かい時期はおよそ10万年の周期で入れ替わってきました(氷河期はなぜ来るのか)。森林限界は、その周期に合わせて斜面を1,000m以上も上下してきた線です。地図に書き込める固定された境界ではなく、いまたまたまその高さで止まっている波打ち際のようなものだと考えたほうが実態に近いです。
高山植物はなぜ山頂に取り残されたのか?
森林限界が上下する線だとわかると、高山植物の由来も見えてきます。氷期に低いところまで広がっていた寒冷地の植物が、温暖化とともに上へ逃げ、逃げ切れた場所が現在の山頂付近だからです。気温が上がると生きられる場所は北か高い方へ移りますが、日本列島の場合、北へ逃げるには海があります。残された道は上へ登ることでした。
結果として、日本の高山帯は海に浮かぶ島のような状態になっています。白馬岳の高山植物と大雪山の高山植物のあいだには、両者にとって暑すぎる低地が横たわっていて、行き来ができません。だから山ごとに固有の種が生まれます。大雪山国立公園には365種の高山植物が分布し、うち27種はここにしかない固有種です(環境省・自然環境研究センターの調査資料)。

ここで効いてくるのが、山の高さそのものです。日本アルプスが3,000m級まで押し上げられていなければ、逃げ場となる標高が存在せず、多くの高山植物は氷期の終わりとともに日本列島から消えていたはずです。この高さがあるのはプレートどうしが押し合ってきた結果で、日本列島の山はいまも年に数mmずつ隆起を続けています(日本の山はなぜここにある?)。花を見に登っているつもりが、実際に見ているのはプレート運動と氷期サイクルの引き分けの結果です。
いま、線は上がっている
森林限界が気温で決まる以上、現在進行中の温暖化でも線は動きます。そして今度は上へ動きます。エベレスト周辺で行われた年輪をもとにした調査では、森林限界をつくっているモミやカンバの仲間が、過去200年のあいだに年あたり0.42〜0.93mの速さで上へ移動してきたと報告されています。年に1m弱と聞くと遅く感じますが、200年で100m以上、木が斜面を登ってきた計算になります。
国立環境研究所が2022年に公表した大雪山国立公園の予測は、さらに厳しい内容です。排出が現在のペースで続く高排出シナリオ(RCP8.5、2100年に世界平均で4.1〜4.8℃上昇)では、雪が遅くまで残る場所にできる雪田草原と、風の強い尾根の風衝草原・荒原は、2050年にはほぼ生育に適した場所が消え、2100年にはそのほとんどが亜高山帯の森林に適した環境へ置き換わると予測されています。排出を最大限に削減したシナリオ(RCP2.6)でも、面積は大きく減ります。
この予測で最も効いていたのは、夏の気温と積雪期間の2つでした。日本の森林限界を押し下げてきた張本人が雪だったことを考えると、筋が通っています。雪が減れば木をなぎ倒す力が弱まり、線は上がります。氷期の終わりには、植物は上へ逃げるという手が使えました。いま同じことが起きても、山頂の上には土地がありません。
森林限界はどこで越えられるか
いちばん手軽なのは立山・室堂で、標高2,450mまでバスで入れるため、降りた時点ですでに森林限界の上です。秋に訪れたとき、ハイマツの緑と草紅葉の赤褐色が斜面を塗り分けていて、そのなかに背の高い木が一本もないことに気づくまで少し時間がかかりました。ないものには気づきにくいものです。
自分の足で越えたいなら、燕岳の合戦尾根がわかりやすい山のひとつです。樹林帯の急登をひたすら登り、合戦小屋を過ぎたあたりから木が低くなって、稜線に出ると白い花崗岩とハイマツだけの世界に変わります。ただ、歩いていて「ここが森林限界だ」という一線はまず見つかりません。木がだんだん低くなり、ふと振り返ったときに、さっきまでいた樹林が眼下に沈んでいることに気づく、という順序になります。

日本海側の雪の多い山を選べば、より低い標高で同じ体験ができます。火打山では2,000mを少し超えたあたりからハイマツ帯に入りますし、東北の山ではさらに低い位置で森が終わります。同じ「森林限界の上」でも、2,500mで越えるのと1,200mで越えるのとでは、越えた理由がまったく違います。片方は気温が足りず、片方は雪が多すぎるからです。
森林限界のよくある質問
森林限界とは何ですか?
高い木が育たず、森林の形を保てなくなる標高の境界線です。本州中部の山では約2,500〜2,800m、北海道の大雪山では1,000〜1,500m、利尻島では約500mにあります。決定的な要因は気温とされ、日本ではこれに雪と風が加わって位置が決まります。
日本でいちばん低い森林限界はどこですか?
北へ行くほど低くなり、利尻島では約500m、さらに北の千島列島では300m程度とされています。本州でも東北の日本海側には、標高1,200mほどで森が終わる山があります。こちらは寒さではなく雪の多さによるもので、「偽高山帯」と呼ばれます。
森林限界の上に広がるハイマツは木ではないのですか?
マツ科の立派な樹木です。ただし立って育つのをやめ、地面を這って伸びる形をとっているため、背丈は1.5m程度にしかなりません。冬は雪の下に潜って風雪をやり過ごします。北東アジアだけに分布する植物で、日本の稜線で森林限界がくっきり見えるのは、この植物が境界を埋めているからです。
森林限界の高さは変わるのですか?
変わります。約2万年前の最終氷期には、本州中部から西部で現在よりおよそ1,500m低い位置にありました。現在は温暖化にともなって上昇する方向にあり、エベレスト周辺では過去200年に年0.42〜0.93mの速さで上へ移動したという報告があります。
まとめ——森林限界は地球の気候が引いた等高線
森林限界は、夏の暖かさがどこまで届くかを示した等高線です。標高でも緯度でも同じ物差しが効くため、北へ1,000km進むことと1,000m登ることが、木にとってはほぼ同じ意味を持ちます。ただし日本の線を押し下げているのは寒さではなく雪です。世界の山と比べて日本の森林限界が低いのも、東北の日本海側で標高1,200mから上に木がないのも、原因は同じところにあります。そして雪が減れば、線は上がります。
この線は動きます。氷期には1,500m下がり、いまは上がりつつあります。稜線で見る高山植物は、気温が上がるたびに上へ逃げ続けてきた植物の子孫で、その逃げ場を用意したのは、プレートが3,000mまで押し上げた日本の山でした。森林限界の上を歩くというのは、氷期の生き残りが最後に立てこもった場所を歩くということです。眺めがいいのは、そこが植物にとって最前線だからです。
参考資料
- 国立環境研究所「高山植物のお花畑、消失の危機 〜大雪山国立公園における気候変動影響予測〜」(2022年) https://www.nies.go.jp/whatsnew/20221213-1/20221213-1.html
- 環境省 自然環境局 生物多様性センター/自然環境研究センター「モニタリングサイト1000 高山帯調査」 https://www.env.go.jp/content/000245523.pdf
- Miehe et al., “Highest Treeline in the Northern Hemisphere Found in Southern Tibet”, Mountain Research and Development(2007年) https://bioone.org/journals/mountain-research-and-development/
- “Treeline Dynamics in Nepal Himalaya in a Response to Complexity of Factors”, Springer https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-981-19-4476-5_22
- 森林限界(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/森林限界
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