氷河 アーカイブ - 地球を感じる山登り 山の成り立ちを地質学から読み解く登山ブログ Wed, 21 Oct 2026 06:11:17 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=7.1.3 https://chikyu-yama.online/wp-content/uploads/2026/04/favicon_tozan-150x150.png 氷河 アーカイブ - 地球を感じる山登り 32 32 モンブラン登山記録——4,600mで引き返した。山頂は「厚さ20mの氷のドーム」の上にある https://chikyu-yama.online/mont-blanc-climbing-record/ https://chikyu-yama.online/mont-blanc-climbing-record/#respond Tue, 08 Sep 2026 08:52:46 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2123 西ヨーロッパ最高峰モンブラン(約4,806m)にグーテルートで挑んだ記録です。落石の名所・大クーロワールの通過、4,362mのヴァロ避難小屋、ボス稜の雪稜、そして4,600mでの撤退とヘリ下山まで。標高プロファイルと地質の見どころ付きで振り返ります。

投稿 モンブラン登山記録——4,600mで引き返した。山頂は「厚さ20mの氷のドーム」の上にある は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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モンブランは、フランスとイタリアの国境にそびえる西ヨーロッパ最高峰です。標高は「約4,806m」。歯切れの悪い書き方をするのには理由があって、山頂が岩ではなく氷のドームだからです。フランスの測量チームが隔年で公式測量をしており、2023年の値は4,805.59m。測量のたびに数m単位で変わります。夏休みにこの山へ、シャモニ側の定番であるグーテルートから向かいました。先に結果を書いておくと、山頂には届いていません。標高4,600m、残り200mほどのところで引き返しました。それでも、日本の山とはスケールがひとつ違う、氷と岩の4日間でした。

この記録のポイントは3つあります。①ルート前半は「強く砕かれた変成岩」の岩稜で、名物の落石地帯・グランクーロワール(大クロワール)を横切ること。②後半は氷河の上の雪稜歩きで、標高4,362mに緊急避難用の小屋(ヴァロ避難小屋)があること。③目指す山頂は岩ですらなく、厚さ15〜20mの氷の上だということ。

モンブラン・グーテルートの標高断面図。ニ・デーグルから山頂までの地形と主要地点、4,600mの撤退地点
グーテルートの断面。グーテ小屋までが岩の道、そこから先が雪と氷の稜線(地形断面:EU-DEM 25m)

順応日——標高3,800mのロープウェイ駅から氷の世界へ

いきなり4,800mに登ると高山病になるので、まずは高所順応です。シャモニの街(約1,000m)からロープウェイで一気にエギーユ・デュ・ミディ(3,842m)へ。20分で富士山より高い場所に運ばれるという、体に悪い乗り物です。展望台から雪の斜面に降り、ヴァレーブランシュ(白い谷)と呼ばれる氷河の上を半日歩いて、3,500m台の空気に体を慣らしました。

ヴァレーブランシュの雪原と針峰群
順応日のヴァレーブランシュ。足元は氷河の上で、周囲には花崗岩の針峰群が林立する

周囲に林立する尖塔群は「エギーユ(針)」と呼ばれます。モンブラン山塊の中心部は約3億年前——アルプスができるよりはるか前——にマグマが固まった花崗岩の塊で、その割れ目(節理)に沿って氷河と凍結融解が岩を剥ぎ取った結果、針の山になりました。花崗岩が絶景を作る理屈は日本の燕岳や甲斐駒ヶ岳と同じです。スケールは向こうが上ですが、理屈は輸入品ではなくどちらも地球製です。

なおこの遠征は家族同伴で、私が山に入っている間、家族はツェルマット観光やシャモニ谷のパラグライダー体験を満喫していました。下山後の報告会は、家族の「氷の宮殿がきれいだった」と私の「落石の音が怖かった」で、だいぶ温度差のある会になりました。

アタック日前半——「17分に1回」の落石地帯を朝イチで渡る

アタック前日は登山電車の終点ニ・デーグル(2,372m)から歩き出し、テートルース小屋(3,167m)に泊まりました。アタック日は未明に小屋を出発。ヘッドランプの灯りで岩稜を登り始めてすぐ、このルート最大の関門・グランクーロワールを横断します。

グランクーロワールは幅数十mの岩の溝で、上から絶え間なく石が落ちてきます。学術誌NHESSに掲載された観測研究によると、夏の68日間に記録された大規模落石は2,648件、1日平均39件。頻度が最も上がる夕方には17分に1回のペースになります。落石が少ない早朝に、一人ずつ、立ち止まらずに渡る——それがこの場所の作法です。私の横断中も、どこか上のほうでカラカラと乾いた音がしていました。心臓に良くない音です。

同じ研究グループの集計では、この一帯で夏1シーズンに平均3.7人が亡くなっています(1990年以降の平均)。一方、2019年夏の68日間に通過センサーが数えた横断は17,768回。単純に割ると、横断1回あたりの死亡率はおよそ0.02%、5,000回に1回です。登りと下りで2回渡るので、1回の登山では約0.04%、2,500人に1人。年間の交通事故死亡率(日本で約0.002%)の20倍を、数分の横断で引き受ける計算になります。数字にすると「たいしたことない」と「無視できない」のちょうど境目で、実際に渡ってみた感覚もそのあたりでした。

【閲覧注意】下の動画は、大クーロワールで登山者が岩の崩落に巻き込まれる瞬間の実際の映像です。かなり衝撃的な内容なので、苦手な方は再生せず読み飛ばしてください。落石の規模と速さを知りたい方だけ再生を。なお、巻き込まれた登山者は無事に救助されています。

大クーロワールで実際に起きた岩の崩落(2020年7月撮影、YouTube「Kate’s Climbing Stories」より)。落石の規模と速さは、文章より一度見たほうが早いです。巻き込まれた登山者はその後ヘリで救助されています
夜明けのグーテ岩稜。強く破砕された片麻岩のガレた斜面
夜明けのグーテ岩稜。岩はどれも角ばって砕けており、手で置いただけの積み木のような斜面が続く

なぜこんなに石が落ちるのか。理由は岩の素性にあります。意外なことに、このあたりはモンブランの代名詞である花崗岩ではありません。研究論文ではこの壁を「強く破砕された片麻岩と雲母片岩」と記載しています。花崗岩が貫入してくる前からあった古い変成岩の層で、もともと割れ目だらけのうえ、岩を凍りつかせて接着してきた永久凍土が温暖化で緩み、接着剤が剥がれるように崩れ続けているのです。実際に手をかける岩はどれも角ばって鋭く、グローブ越しでも「砕けた岩」だと伝わってきます。

アタック日後半——ボス稜、4,600mで引き返す

グーテ小屋(3,835m)を過ぎると岩は雪の下に消え、世界は白一色になります。ドーム・デュ・グーテ(4,304m)のだだっ広い雪原を越えると、稜線上にぽつんと銀色の箱が見えてきます。ヴァロ避難小屋、標高4,362m。ジュラルミン製の無人シェルターで、悪天候時の緊急避難専用です。中で泊まる計画は禁止ですが、この小屋の存在に何人の登山者が命を救われてきたかを思うと、見た目が物置なのは些細な問題です。

ドーム・デュ・グーテ付近から見上げるモンブラン山頂部とボス稜
山頂部の氷のドームとボス稜。稜線上の小さな構造物がヴァロ避難小屋(4,362m)

ヴァロ小屋から先が、ルートのハイライトであるボス稜です。「こぶ(ボス)」の名のとおり雪のこぶを2つ越えると、稜線は両側が切れ落ちた細い雪のナイフリッジになります。標高は4,500mを超え、空気は平地の6割弱。ロープを結び合い、3歩進んで1回深呼吸、のリズムでじりじり高度を上げます。不思議なもので、順応日に3,500mを歩いた体は確かに応えてくれていて、苦しいなりに足は前に出続けました。高所順応は筋トレと違って成果が見えませんが、確かに効いています。

この稜線では、進む向きに合わせて何度もピッケルを持ち替えます。そのとき周りの登山者もガイドも誰ひとり流れ止めを付けていないことが気になって、帰国してから調べ直しました。その顛末はモンブランで誰もピッケルにリーシュを付けていなかったに書いています。

ボス稜上部の細い雪稜と山頂方向
ボス稜上部。山頂から風に飛ばされた雪煙が旗のようにたなびいていた

ところが、そこから先が続きませんでした。標高4,600m付近、山頂までは残り200mほど。見上げた山頂部は雲に巻かれ、雪煙が真横に流れていました。山頂が嵐だったのです。ボス稜は両側が切れ落ちた細い雪稜で、ここで暴風につかまると逃げ場がありません。体調にも時間にも余裕はありましたが、割に合わない賭けだと判断して引き返しました。登山でいちばん難しいのは登ることではなく、あと200mを諦めることだと再確認した次第です。

踏めなかった山頂について、ひとつ書いておきたいことがあります。あそこにあるのは岩ではありません。岩の山頂(4,792m)は約40m西の氷の下に埋まっていて、登山者が立つのはその上に載った厚さ15〜20mの氷帽の頂点です。つまりモンブランの最高点は毎年少しずつ形を変える氷でできていて、公式標高が測量のたびに変わるのはこのためです。「何mの山に登ったか」が測った年によって違う。裏を返せば、次に来たときに立つ最高点は、今年の山頂とは別物ということになります。同じ山頂には二度登れない山だと思えば、持ち越しも悪くありません。

下山——山が閉鎖され、ヘリでクーロワールを越える

その日はグーテ小屋まで下って一泊。小屋の昼食はスパゲッティの山盛りでした。標高3,835mでは水は約87℃で沸騰するので、麺の茹で加減には多くを求めないのが大人というものです。行動後の体には何であれ塩気と炭水化物がごちそうでした。

ところが、この日の午後にルートそのものが閉鎖されました。猛暑で大クーロワールの落石が危険な水準に達したとして、サンジェルヴェ市がテートルース小屋とグーテ小屋の閉鎖を決めたのです。山頂の風で足を止められ、そのあとで山の入口を閉められた格好でした。

グーテ小屋の山盛りスパゲッティ
グーテ小屋のスパゲッティ。3,835mの食堂で出てくる炭水化物は無条件に正義
テートルース小屋と背後の岩壁、物資輸送のヘリコプター
下山日のテートルース小屋。物資輸送のヘリが行き交う。背後の岩壁が崩れやすい変成岩の正体

翌朝の下山は、歩きではありませんでした。閉鎖の理由が落石である以上、危険なクーロワールをもう一度歩いて渡るわけにはいきません。グーテ小屋の上からヘリコプターに乗り、クーロワールを空中で飛び越えて、テートルース小屋の上の氷河に降ろされました。危険区間だけを迂回する、という下山です。料金は一人およそ15,000円。安くはありませんが、飛行時間にして数分、グーテの岩壁の上を斜めに滑空していく間は、この山行でいちばんスリリングな時間でした。落石を避けるための搬送が、結果的にモンブランの一部を空から滑空する最高の遊覧飛行になったわけで、15,000円の使い道としては文句のない部類です。そこから先は自分の足で、ニ・デーグルを経てシャモニの街まで下りました。

次の便を迎えに飛び立つ山岳ヘリコプターと眼下の谷
次の登山者を迎えにグーテ小屋へ戻っていくヘリ。数分前まで自分もこの機体の中にいて、眼下にこの谷が広がっていた

谷を流れるアルヴ川は、氷河が岩盤を削った細かい岩の粉を含んで乳白色に濁っています。街のカフェから白い川と白い山頂を同時に眺めていると、氷河が今この瞬間も山を削っている音が、あの白さなのだと腑に落ちます。ついでに言えば、私を追い返した落石も同じ現象の一部です。山が削られる現場に、たまたま居合わせただけの話でした。

シャモニの街中を流れる乳白色に濁ったアルヴ川
シャモニの街中を流れるアルヴ川。氷河が岩盤を削った細かい岩の粉が溶け込み、乳白色に濁っている。この色は「氷河ミルク」と呼ばれる

帰ってから——アルプスと日本の山は「親戚」だった

最終日はイタリア側のプンタ・ヘルブロンネル(3,466m)へロープウェイで渡り、モンブラン山塊を反対側から眺めました。アルプスはアフリカ側のプレートとユーラシアプレートの衝突で盛り上がった山脈で、観測では今も年2mm前後隆起を続けています。大陸同士の衝突が山を作る構図はエベレストの山頂が海底だった話と同じで、氷河が山を削って絶景を作る構図は日本アルプスのカールやモレーンと同じ。そして日本にも、小さいながら本物の氷河が現存します。地球の仕組みに国境はなく、モンブランで見た風景の部品は、実は日本の山にもひと通り揃っています。

ヨーロッパアルプスとモンブランができるまでの3段階の断面図解。テチス海が開き、海底がアフリカ側の下へ沈み込んで海が閉じ、大陸衝突で3億年前の花崗岩が持ち上がった
アルプスとモンブランができるまで(断面模式図)。①海が開き ②海底が沈み込んで海が閉じ ③大陸どうしが衝突して、ヨーロッパ側の地下に眠っていた3億年前の花崗岩が持ち上がった。針峰群もボス稜も、この花崗岩体の上にある
プンタ・ヘルブロンネルから望むモンブラン山塊の針峰群と氷河
イタリア側から見たモンブラン山塊。花崗岩の針峰群の間を氷河が流れ下る

山行の記録は、カテゴリ「登山記録」でほかにも書いています。

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雨が降っていないのに川があふれる——氷河湖決壊洪水(GLOF)とは何か https://chikyu-yama.online/glof-glacial-lake-outburst-flood/ https://chikyu-yama.online/glof-glacial-lake-outburst-flood/#respond Wed, 26 Aug 2026 13:55:00 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2257 2026年8月26日、ネパール北部のラスワ郡で大規模な鉄砲水が発生しました。前日まで雨は降っていません。原因はまだ確定していませんが、疑われているのが氷河湖決壊洪水(GLOF)です。氷河の上に水がたまる仕組みから、なぜ天然のダムが一気に抜けるのかまで、自分が歩いたゴジュンバ氷河の写真とあわせて解説します。

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2026年8月26日の朝、ネパール北部のラスワ郡で大規模な鉄砲水が発生しました。中国・チベット自治区との国境に接する谷が濁流に飲まれ、村や橋、水力発電所が流されています。26日時点の発表で死者8人、観光客384人が行方不明。国内の発電設備の8分の1にあたる約430メガワット分が被害を受けたと報じられています。

不思議なのは、この谷では前の24時間に雨がほとんど降っていなかったことです。台風でも豪雨でもないのに、午前9時ごろ、川が突然ふくれあがりました。原因はまだ確定していません。ネパールと中国の当局が衛星データを突き合わせて発生源を探している最中です。ただ、専門家が真っ先に疑ったのが氷河湖決壊洪水でした。英語では Glacial Lake Outburst Flood といい、その頭文字をとってGLOF(グロフ)と呼ばれます。直訳すれば「氷河湖が破裂する洪水」です。

山の上にたまった水が、ある日いきなり抜ける。それだけの話なのですが、規模が人間の感覚から完全に外れています。この記事では、その仕組みを順番に見ていきます。

ゴジュンバ氷河の岩くずに覆われた表面と、氷河上にたまった水色の池
ネパール・ゴジュンバ氷河。灰色に見える一面が全部、氷河の上に載った岩くずです。中央の水色は、その岩くずの上にたまった池。この池がこの記事の主役になります

雨が降っていないのに、川が3倍にふくれる

今回の現場は、カトマンズから北へ車で6〜9時間ほど走った国境の谷です。ボテコシ川という川が、チベット側からネパール側へ流れ下っています。この川が氾濫するのは、実は1年ちょっとで2度目です。前回は2025年7月8日、このときはチベット側の氷河湖が決壊したとみられ、両国を結ぶ「友好橋」が流失しました。

今回の原因については、いまのところ二つの見方が出ています。一つは前回と同じくチベット側の氷河湖が決壊したという説。もう一つは、ネパール側の氷河から氷と岩の崩落が起き、それが支流のレンデ・コラをせき止め、たまった水が一気に抜けたという説です。地震が引き金になった可能性も指摘されています。

どの説になっても、共通しているのは「雨は関係ない」という点です。日本の水害の感覚だと、川が増水するのは雨が降ったからです。上流のダムの放流量を見て、雨雲レーダーを見て、身構える時間があります。ところが山の上に水をためている犯人が氷河だと、その予告編がありません。

ネパールの位置図。ラスワガディ、ゴーキョ、ターメなど氷河湖決壊が起きた地点
今回の現場(ラスワガディ)と、ヒマラヤの主な氷河湖の位置関係。国境沿いに8,000m峰が並び、その南側の谷筋に湖と集落が点在しています(地形は標高データ Terrain Tiles/NASA SRTMほかから作成)

氷河湖決壊洪水(GLOF)とは何か

GLOFを一言でいえば、山の上の湖をせき止めていた天然のダムが壊れて、たまっていた水が一気に流れ下る現象です。ポイントは、このダムがコンクリートでも岩盤でもないところにあります。

氷河は流れながら岩を削り、削ったかけらを下流へ運びます。氷河の末端まで来ると氷は解け、運ばれてきた岩と砂だけがその場に残ります。これが何百年、何千年と積み重なると、谷を横切る堤防のような高まりができます。モレーンと呼ばれる地形です。日本の山でも氷河が削った跡は残っていて、その読み方はカール・U字谷・モレーンとはでまとめています。

問題は、温暖化で氷河が痩せていくと、退いた氷のあとに水がたまり、この砂利の堤防が湖のダムとして働きはじめることです。しかもこの堤防は、人が突き固めたものではありません。ただ積み上がっただけの砂と礫で、内部には解け残った氷まで含まれています。ダムの中に氷が入っているという時点で、耐久性の話としてはかなり危ういわけです。

氷河湖決壊洪水が起きるまでの3段階の断面図
GLOFが起きるまでの3段階。①氷河が縮んで湖ができ、②氷や岩の崩落が波を起こし、③その波が天然ダムを削って一気に抜ける

湖をせき止めるものは2種類ある

氷河湖決壊洪水は、湖をせき止めている堤が何でできているかで大きく2つに分けられます。1つは、氷河が運んだ岩や土砂が積み上がったモレーンの堤です。ヒマラヤの氷河湖の多くはこの型で、ここまで説明してきた決壊はこちらにあたります。

もう1つは、氷河そのものが水をせき止める型です。雨や融けた水が氷の堤の背後にたまり、水圧が堤を押し切る強さになると、一気に流れ出します。モレーン堤型では、氷や岩の崩落が波を起こして堤を越えたり削ったりすることが主な引き金です。氷の堤型は、水位の上昇そのものが決壊につながるという違いがあります。

氷の堤型の例として、2023年8月にアラスカ州の州都ジュノーで、氷河湖からの放水による記録的な洪水が報じられています。ヒマラヤだけの現象ではなく、氷河のある地域で起こりうる現象です。

引き金は「水が増えること」ではない

ここが直感に反するところなのですが、湖が決壊する引き金は、たいてい水位がじわじわ上がることではありません。上の斜面から氷や岩が湖に落ちることです。

巨大な質量が湖に飛び込むと、押し出された水が波になります。数十メートルの高さになることもあります。その波が砂利の堤防を乗り越えると、乗り越えた水が堤防の表面を削りはじめます。削れて溝ができると、そこに水が集中してさらに削れる。この暴走が始まると、数十分で堤防に大穴が開きます。あとは湖の水が全部そこから抜けていくだけです。

実例を挙げます。1985年8月4日、エベレスト街道のディグ・ツォという湖で、上流の氷河から氷の塊が崩れ落ちました。押し出された波がモレーンを乗り越えて堤を切り裂き、数百万〜1千万立方メートルと見積もられる水と土砂が数時間で流出。下流で完成間近だった水力発電所が跡形もなく消え、橋やトレイル、農地の被害は数十km下流にまで及びました。この一件がきっかけで、ヒマラヤの氷河湖は本格的な研究対象になりました。

もっと近い例では、2023年10月にインド・シッキム州のサウス・ロナク湖で起きた決壊があります。凍りついた側面の堆積物が約1,470万立方メートルまとめて崩れ、高さ20mの波が発生。約5,000万立方メートルの水が抜け、下流にあった高さ60mの発電用ダムが破壊されました。このときのピーク流量は毎秒48,500立方メートルと推定され、下流を含めて178人が犠牲になりました。

引き金は落ちてくるものだけではありません。地震の揺れで堤が緩むこともあれば、堤の中に残っていた氷が解けて内部に水みちができ、そこから崩れることもあります。ヒマラヤはインド大陸が衝突を続けている場所で、地震そのものが多い土地です。揺れが斜面を崩し、崩れたものが湖に落ちる、という連鎖も起こりえます。今回のラスワの鉄砲水でも、地震が最初の引き金になった可能性が指摘されています。

この数字にピンとこないので、日本の川と並べてみます。

シッキムの氷河湖決壊のピーク流量と、利根川・木曽川の計画流量の比較グラフ
利根川は日本最大級の治水対象河川ですが、その洪水想定の2倍以上の水が、山あいの谷を一気に流れ下ったことになります

利根川で洪水対策の基準になっている流量が毎秒22,000立方メートル、木曽川で毎秒9,700立方メートルです。国が何十年もかけてダムと堤防を積み上げて備えている量の、2倍以上の水が山の谷を走ったことになります。しかも堤防も遊水地もない、幅数十メートルの谷をです。

氷河の上には、いつも水がたまっている

ここからは自分が歩いた場所の写真で説明します。ネパール東部、エベレストの西隣にあるゴジュンバ氷河です。全長36km、ネパール最長の氷河で、標高5,360mのゴーキョ・リという丘に登ると全体を見下ろせます(そのときの記録はゴーキョ・リから見た氷河の世界に書きました)。

下の写真が、その氷河の表面です。白くありません。灰色の砂利が一面に広がっているだけで、氷河だと言われなければ河原にしか見えません。表面が厚いところで1〜2mの岩くずに覆われていて、その下に数十メートルの氷が隠れています。実際にこの上を歩いていると、足元が氷だという実感はまったくありません。ひたすら歩きにくい砂利道です。

ゴジュンバ氷河の側方モレーンの尾根と、氷河上の池
氷河の脇に盛り上がっているのが、氷河が運んだ岩と砂でできた堤防(モレーン)です。トレイルはこの上を通ります

そして、この岩くずだらけの氷河の上には、あちこちに池があります。氷が解けた水が窪みにたまったものです。5月初旬の昼過ぎに歩いたときも、標高4,800m前後の氷河の上に、大小の池が点々と光っていました。

ゴジュンバ氷河の上に広がる大きな氷河上湖
こちらは同じ氷河でもかなり大きな池。周囲の岩くずの壁が崩れながら、水面が広がっていきます

この池が曲者です。氷河の表面を覆う岩くずは断熱材として働き、その下の氷を守ります。ところが池ができると話が変わります。水は太陽の熱をため込み、その熱を接した氷に直接渡すので、池の底や縁だけが周囲より速く解けていきます。池は広がり、隣の池とつながり、また広がる。こうして氷河の上の水たまりが合体を繰り返し、最終的に末端部に大きな湖ができあがります。

ゴジュンバ氷河の末端にも、すでにそれなりの大きさの湖ができています。翌朝の下山中に見たのが下の写真です。左右の砂利の斜面はすべて氷河が運んだ堆積物で、崩れて湖に落ちれば波が立ちます。

ゴジュンバ氷河末端付近の湖と、それをせき止める砂利の堤防
氷河の末端付近にたまった水。左右の斜面はすべて氷河が運んだ砂と礫で、コンクリートのような強度はありません

歩いているときは「きれいな池だな」で終わっていました。同じ池を、下流の村の人は違う目で見ているはずです。

危険な湖は47。しかも小さな湖でも村は消える

2020年に国際総合山岳開発センター(ICIMOD、本部カトマンズ)と国連開発計画がまとめた調査では、ネパール中東部を流れる3つの大河川の流域に、決壊の危険がある氷河湖が47あるとされました。内訳はネパール側に21、中国側に25、インド側に1です。そのうち42はコシ川の流域に集中しています。エベレスト街道もゴジュンバ氷河も、このコシ川流域です。

世界全体では、氷河湖の決壊で被害を受けうる場所に約1,500万人が暮らしていると見積もられています(2023年のNature Communications誌の研究)。半数以上がインド、パキスタン、ペルー、中国の4か国に集中しています。

そして厄介なことに、「小さい湖なら大丈夫」とは言えません。2024年8月16日、エベレスト街道のターメという村が、上流の湖の決壊で半分ほど流されました。このとき決壊した湖の面積は、わずか0.05平方キロメートル。200m四方の池です。学校も診療所もホテルも流されました。

200m四方の池が村を流すというのは、ちょっと受け入れがたい話です。ただ、標高5,000m近い湖から村まで、水は1,000mを超える落差を落ちてきます。落ちながら谷底の土砂を巻き込んで、泥と岩の混じった重い流れに変わります。到達したときにはもう水ではなく、動く土砂の塊になっているわけです。

チョ・オユー方面の白い氷河と急峻な氷の斜面
ゴジュンバ氷河の上流部。この急な氷の斜面から氷が崩れ落ち、下の湖に飛び込むことが決壊の引き金になります

対策は「湖の水位を下げる」しかない

ではどうするか。堤防を補強するという発想は、標高5,000mの現場では現実的ではありません。重機も資材も上げられません。実際に行われている対策は、身も蓋もないですが湖の水を減らすことです。

ネパール最大級の氷河湖ツォロルパでは、1998年から2000年にかけて長さ70mの水路を掘り、水位を3m下げる工事が行われました。標高4,500mを超える現場での土木工事です。あわせて下流の村に警報装置も設置されましたが、こちらはその後、維持されずに使えなくなりました。エベレスト街道のイムジャ湖でも2016年、ネパール軍が中心になって水位を3.4m下げています。こちらは標高5,000m。湖の水位を数メートル下げるためだけに軍が動員される世界です。

もう一つの柱が早期警報です。ただし今回のラスワの鉄砲水では、発生から集落到達まで1時間もありませんでした。上流が国境の向こう側だと、そもそも観測データが即座に共有される保証もありません。「警報が鳴ってから逃げる」には、逃げる先が高台にあることが前提になります。

日本の山で同じことは起きるのか

結論から言えば、日本でGLOFは起きません。日本にも氷河は現存していて、北アルプス北部に10カ所が確認されていますが(日本に氷河はいくつある?)、いずれも長さ数百メートル規模で、末端に湖をつくるほどの水を出しません。ヒマラヤの36kmの氷河とは桁が違います。

ただし、「山の上でせき止められた水が、天然のダムを壊して一気に流れ下る」という現象そのものは、日本でも起きます。犯人が氷ではなく土砂だというだけです。2011年の紀伊半島の豪雨では、深層崩壊で崩れた土砂が川をせき止め、17か所で河道がふさがれました。決壊すれば下流は同じことになるため、国が排水路の掘削などの緊急対策に入っています。やっていることは、標高5,000mのイムジャ湖とほぼ同じです。

登山者の実感に近いところまで落とすと、こういう話になります。晴れているのに沢が濁って増えたら、上流で何かが起きています。雨が降っていないことは安全の保証になりません。日本の沢で言えば上流の崩壊や、堰き止めの決壊です。渡渉のタイミングでこれに当たると、判断の時間はほとんどありません。

ヒマラヤの氷河湖の話は、遠い国の災害に見えます。ただ仕組みだけを取り出せば、「山の中に不安定な形で水がたまっている」というだけの、どこにでもある条件です。規模がけた違いなだけで。

氷河の山をもっと読む

氷河が削った地形の読み方はカール・U字谷・モレーンとはへ。ゴジュンバ氷河を見下ろした日の記録はゴーキョ・リから見た氷河の世界にあります。「山の地質」カテゴリでは、山の成り立ちを地球規模で読み解く記事を揃えています。

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白馬大雪渓から不帰キレットへ——雪の上を4時間歩いた翌日、岩だけの世界にいた縦走記録 https://chikyu-yama.online/hakuba-kaerazu-traverse/ https://chikyu-yama.online/hakuba-kaerazu-traverse/#respond Mon, 27 Jul 2026 06:54:05 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1798 日本最大の雪渓を登り、稜線でテントを張り、翌朝は日本三大キレットの岩場へ。夏の白馬岳〜不帰キレット〜唐松岳縦走の記録です。大雪渓の割れ目が教えてくれる雪渓と氷河の違い、この稜線の東側に隠れている「本物の氷河」の話とあわせてどうぞ。

投稿 白馬大雪渓から不帰キレットへ——雪の上を4時間歩いた翌日、岩だけの世界にいた縦走記録 は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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1日目は雪の上を4時間、2日目は岩だけの世界。白馬岳から唐松岳への縦走は、日本の山の「両極端」を2日で味わえるルートです。登りは日本最大の雪渓・白馬大雪渓、下りの核心は日本三大キレットの一つ・不帰(かえらず)キレット。7月末、テントを担いで歩いてきました。

そしてこのルート、当ブログ的に見逃せないのは「雪と氷の博物館」でもあることです。足元の大雪渓は実は氷河ではないのに、稜線を挟んだすぐ隣の谷には本物の氷河が3つも隠れている——歩いた記録とあわせて、その話も書きます。

白馬岳から唐松岳への縦走ルート地形図。猿倉・白馬大雪渓・天狗山荘・不帰ノ嶮・八方池
今回のルート。猿倉から大雪渓を登り、稜線を南下して八方尾根へ下りました。出典:国土地理院
白馬岳〜不帰キレット〜唐松岳縦走ルートの標高プロファイル
標高プロファイル。前半は雪渓の大登り、後半は不帰ノ嶮のアップダウンが核心です。

1日目——日本最大の雪渓を登る

白馬尻の「おつかれさん! ようこそ大雪渓」と書かれた岩
白馬尻の名物岩。ここから雪の世界が始まります。

猿倉から1時間ほど樹林を歩くと白馬尻に着き、名物の「ようこそ大雪渓」の岩が迎えてくれます。ここで軽アイゼンを装着していよいよ雪の上へ。白馬大雪渓は全長約3.5km・標高差約600m、日本三大雪渓の中でも最大規模です。真夏なのに視界の端から端まで雪。冷気が雪面を滑り降りてくるので、7月末でも体感は初冬でした。下界が猛暑日でもここだけは天然のクーラーです。

白馬大雪渓の大きな割れ目。雪の断面が幾重にも見える
雪渓の割れ目。断面には冬の間に積もった雪の層が見えます。登山道は割れ目を避けて付け替えられます。

途中、雪渓のあちこちに巨大な割れ目が口を開けていました。氷河のクレバスを思わせる迫力ですが、ここで一つ整理を。大雪渓は「雪渓」であって「氷河」ではありません。氷河と呼ばれるには、雪が圧縮されてできた厚い氷の塊が、自分の重さで年単位で流れ続けている必要があります。大雪渓の雪は毎年ほぼ入れ替わる「使い切りの雪」。一方、この条件を満たす本物の氷河が、実は日本に9つ存在します。詳しくは日本の氷河は9つあるの記事で書いたとおりです。

そして面白いのはここからで、その9つのうち3つ(唐松沢・杓子沢・不帰沢)が、今回歩く稜線のすぐ東側の谷に集中しています。これから2日間歩くルートは、いわば「日本一氷河に近い縦走路」です。足元の雪渓は氷河ではないのに、尾根の向こう側には本物がいる。この対比を知ってから歩くと、雪の見え方が変わります。

白馬岳上部の霧に包まれたお花畑。黄色い高山植物が斜面一面に咲く
雪渓を登り切ると、霧の中に黄色いお花畑が広がっていました。雪解け水が育てる庭です。

大雪渓で本当に警戒すべきは、滑落よりも落石です。両岸の岩壁から剥がれた石が雪面を転がってくるのですが、雪の上を転がる石はほぼ無音です。つまり「音がしたら逃げる」が通用しません。定期的に顔を上げて上方を確認しながら、立ち止まらずに登り切るのが大雪渓の作法です。実際、雪面のあちこちに、上から転がってきたであろう岩が黒い点として散らばっていました。あれが全部「音もなく降ってきたもの」だと思うと、休憩場所は自然と慎重に選ぶようになります。

雪渓を登り切ると一転、斜面いっぱいのお花畑になります。雪解け水が絶えず供給される斜面は高山植物の楽園で、白馬岳が「花の百名山」と呼ばれる理由がここに詰まっています。白馬岳山頂(2,932m)を踏んだあとは、稜線を南下。杓子岳・白馬鑓ヶ岳を越えて、この日の宿泊地・天狗山荘のテント場に入りました。

2日目——天狗の大下りから不帰ノ嶮へ

夜明け前の「ここより天狗の大下り 足元注意」の黄色い標識
夜明け前、ヘッドライトの灯りに浮かんだ標識。「ここより天狗の大下り 足元注意」。良い緊張感をいただきました。

2日目は暗いうちに出発。天狗ノ頭を越えると、ヘッドライトの光の中に「ここより天狗の大下り」の標識が浮かび上がります。ここから標高差約300mを一気に下って、ルートの最低鞍部・不帰キレットへ。「キレット」とは稜線が深く切れ落ちた場所のことで、下りきった鞍部から見上げる不帰ノ嶮(かえらずのけん)の岩壁は、名前の圧も相まってなかなかの威圧感です。ちなみに「不帰」の由来には諸説ありますが、初見の登山者を黙らせる効果は間違いなくあります。

ガスに包まれた不帰ノ嶮の岩壁と雪渓の残る谷
ガスの中の不帰ノ嶮。左下の谷には雪が残ります。岩と雲と雪だけの世界。

不帰ノ嶮の核心はII峰の北峰への登り返しです。鎖場と岩場が連続し、高度感のあるトラバースもありますが、鎖・足場ともよく整備されていて、三点支持を守って落ち着いて進めば見た目ほどの悪場ではありません。むしろ怖いのは浮石と、すれ違い待ちの間に体が冷えることでした。この日はガスで展望こそ乏しかったものの、時折雲が切れて岩壁と雪渓が現れる景色は、水墨画の中を歩いているようでした。

不帰2峰南峰の山頂標識と石積み
不帰II峰南峰。核心部を越えた安堵で、この標識がやけに愛おしく見えました。

II峰南峰まで来れば危険地帯は終了。あとは唐松岳(2,696m)までの快適な稜線歩きです。そして唐松岳の北東斜面の谷こそ、後に「日本で7番目の氷河」と認定された唐松沢氷河の在り処。カクネ里氷河を見に行った記録でも書いたとおり、私は氷河と聞くと通いたくなる性分ですが、このときはまだ唐松沢が氷河だと確認される前。知らずに本物の氷河の縁を歩いていたわけです。あの日すれ違った登山者の誰一人、隣の谷に氷河がいると知らなかったと思うと、少し得した気分になります。

下山は八方尾根へ。八方池まで下りてくると観光の人々と行き交うようになり、雪と岩の2日間が急速に日常へ巻き戻されていきました。カールやモレーンなど、このルートで見られる氷河の彫刻については氷河地形の記事にまとめています。

縦走メモ——注意点と装備

時期7月末。大雪渓は軽アイゼン必携。雪渓の状態は年によって大きく変わるため直前に要確認
核心部天狗の大下り(浮石)と不帰ノ嶮II峰(鎖場・高度感)。岩場経験を積んでから
幕営天狗山荘テント場。稜線上のため強風時は覚悟が必要
逃げ道悪天時は天狗山荘から白馬鑓温泉ルートへの下山も検討(要最新情報)

雪の大登りと岩の核心部、お花畑と氷河。2日間でこれだけの要素を詰め込める縦走路はそう多くありません。次にこのルートを歩く方は、唐松岳に着いたら北東の谷をのぞき込んでみてください。そこにいるのは、氷期の生き残りです。

ほかの山行記は「登山記録」カテゴリ、山の成り立ちの解説は「山の地質」カテゴリにまとめています。

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娘と登る立山・雄山3,003m——半日で「3つの地球の力」に出会える最高の初アルプス https://chikyu-yama.online/tateyama-oyama-family/ https://chikyu-yama.online/tateyama-oyama-family/#respond Thu, 23 Jul 2026 08:26:28 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1796 小学生の娘と、紅葉最盛期の立山・雄山(3,003m)に登った記録です。室堂から半日で3,000m峰に立てるだけでなく、噴気を上げる地獄谷、氷河が削った山崎カール、みくりが池と、火山・氷河・隆起という3つの地球の力を一度に体験できる、初めてのアルプスに最高の山でした。

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立山・雄山(おやま、3,003m)は、子どもの「初めての3,000m峰」に日本でいちばん向いている山だと思います。ケーブルカーとバスを乗り継げば標高2,450mの室堂まで運んでもらえて、そこから山頂までの標高差はわずか550m。それでいて頂上に立てば、視界いっぱいに北アルプスの大パノラマが広がります。9月末の紅葉最盛期、小学生の娘と登ってきました。

そしてこの山のもう一つの顔が、「地球の力の見本市」であることです。歩き出しから下山まで、火山・氷河・隆起という山をつくる3つの力の証拠が次々に現れます。親子登山の記録とあわせて、その見どころを紹介します。

草紅葉に染まる室堂平の全景。みくりが池と地獄谷の噴気、雷鳥沢方面の山々
一ノ越への登りから振り返った室堂平。草紅葉の絨毯の中に、みくりが池と地獄谷の白い噴気が見えます。

ルート概要——室堂から一ノ越経由で往復約4〜5時間

ルートは王道の室堂(2,450m)→一ノ越(2,700m)→雄山(3,003m)の往復です。室堂から一ノ越までは石畳が敷かれた遊歩道のような道で、傾斜も穏やか。問題はその先で、一ノ越から山頂までは岩がゴロゴロした急斜面になります。標高差300mの岩場は、下から見上げると娘が一瞬黙るくらいの迫力がありますが、登り下りのルートが分けられていて、三点支持を教えながら登ればコースタイムどおりに小学生でも登り切れました。本人いわく「アスレチックみたいで楽しい」。子どもは岩場のほうが燃えるようです。

立山周辺の地形図。室堂・一ノ越・雄山の位置関係
室堂周辺の地形図。出典:国土地理院
一ノ越へ続く石畳の道を歩く子どもの後ろ姿。周囲は紅葉の始まった立山の山肌
一ノ越へ続く石畳の道。険しさゼロで始まるのに、周りはもう3,000m級の景色です。子どもの足でも歩きやすい道が続きます。

9月末の立山は紅葉の最盛期で、室堂平は草紅葉の黄金色、斜面はナナカマドの赤と、どこを切り取っても絵になります。そのぶん人も多く、雄山直下の岩場は渋滞気味でした。子連れの場合、朝いちばんのバスで入って昼過ぎに下りてくる計画にすると、渋滞も午後の天候悪化も避けやすいです。

歩きながら出会う「3つの地球の力」

立山のすごさは、ルート上の見どころがそのまま地学の教材になっていることです。図にまとめるとこうなります。

室堂から雄山への断面図。みくりが池・地獄谷・一ノ越・山崎カールの位置と、火山・氷河・隆起の3つの力
室堂〜雄山ルートの断面。半日の行程に火山・氷河・隆起の証拠が全部詰まっています。

①火山の力。室堂平自体が、かつての噴火で流れ出た溶岩がつくった台地です。みくりが池は水蒸気爆発の火口跡に水が溜まった池で、その隣の地獄谷からは今も轟々と噴気が上がっています。立山(弥陀ヶ原火山)は気象庁が常時観測する活火山で、「3,000m峰に登ったら火山ガスの匂いがした」という体験は、考えてみればかなり貴重です。

②氷河の力。雄山の山頂直下、西斜面には椀のようにえぐれた地形があります。これが山崎カール。氷期に氷河がスプーンのように山肌を削った跡(カール)で、1905年に地理学者の山崎直方がここを調査して「日本にも氷河時代があった」ことを初めて示した、日本の氷河研究発祥の地です。国の天然記念物にも指定されています。カールという地形の仕組みは氷河地形の記事で解説しています。そして立山連峰には、現在も動いている本物の氷河(御前沢氷河・内蔵助氷河など)が残っています。詳しくは日本の氷河は9つあるの記事をどうぞ。

③隆起の力。そもそもこの一帯が3,000mの高さにあること自体が、プレートに押されて山脈が持ち上がり続けている証拠です。娘には「この山、今もちょっとずつ背が伸びてるんだよ」と伝えたところ、「私と一緒だ」と返されました。うまい。

雄山山頂——3,003mの上の神社

雄山から北へ続く立山の主稜線。岩の峰と青空
雄山から北へ続く主稜線。この稜線の東側に、いまも動く氷河が隠れています。

山頂には雄山神社の峰本社が建っていて、最高点の岩の上でお祓いを受けられます。3,003mの頂で神主さんの太鼓の音を聞くのは、なかなか他では味わえない体験です。晴れていれば剱岳や薬師岳、遠く槍ヶ岳まで見渡せます。娘の感想は「山の上に神社があるのすごい。だれが木を運んだの?」——正直、私も同じことを考えていました。信仰の力おそるべし。

立山の下山路から室堂平を見下ろす。みくりが池と紅葉の山肌、歩く子どもの後ろ姿
下山路からは室堂平を一望。みくりが池の青、草紅葉の金色、遠くには富山平野まで見えます。この景色を見ながら下れるので、子どもの足取りも軽くなります。

下山は同じ道を戻り、余力があったのでみくりが池を一周してから帰りました。火口跡の池に立山の稜線が映る様子は、火山と氷河と隆起の合作を1枚の鏡で見るようで、この山のまとめとして完璧な締めくくりです。

室堂までの道のりも「本編」です

立山黒部アルペンルートで室堂に入ること自体が、子どもにとっては一大イベントです。私たちは富山側の立山駅から入り、ケーブルカーと高原バスを乗り継ぎました。バスの車窓では、標高が上がるにつれて森が低くなり、やがて森林限界を越えて草原に変わる——教科書で習う「植生の垂直分布」が、50分の乗車で早送り再生されます。娘への地学教育のつもりが、本人は「バスの運転手さんすごい」に夢中でした。まあ、それも正しい。

室堂ターミナルには売店も食堂もあり、水は「立山玉殿の湧水」が汲み放題。3,000m級の登山口としては日本一整った環境なので、親子登山のハードルを大きく下げてくれます。運が良ければハイマツ帯で雷鳥に会えることもあります。天気が下り坂の日ほど出やすい鳥なので、曇り空でもがっかりする必要はありません。

なお紅葉最盛期の週末はアルペンルートの乗り物が大行列になります。私たちは始発近くの便で入りましたが、それでも立山駅のケーブルカーは整理券方式でした。子連れなら前泊か、平日を強くおすすめします。行列で子どもの体力ゲージを削ってしまうのがいちばんもったいないので。

親子登山メモ

コースタイム室堂→一ノ越 約1時間/一ノ越→雄山 約1時間(子連れは1.5倍を想定)
核心部一ノ越から上の岩場。三点支持ができれば小学生でも可
注意点3,000mなので天候急変と高山病に注意。無理なら一ノ越までで十分絶景
楽しみ雄山神社のお祓い、みくりが池、下山後のソフトクリーム

立山の成り立ちをもっと深く知りたい方は立山の地質解説の記事を、ほかの山行記は「登山記録」カテゴリをどうぞ。

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日本に氷河はいくつある?——北アルプスに現存する氷河をすべて解説 https://chikyu-yama.online/japan-glaciers/ https://chikyu-yama.online/japan-glaciers/#respond Mon, 13 Jul 2026 22:53:30 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1564 日本に現存する氷河は、2026年時点で10。すべて北アルプス北部に集中しています。氷河と雪渓の違い、10の氷河の一覧と規模、なぜ低緯度の日本に氷河が残れるのかを、現地に通った体験とともに解説します。

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日本に現存する氷河は、2026年時点で10です。すべて北アルプス北部(立山・剱岳・後立山連峰〜白馬連峰)に集中しています。「日本に氷河はない」が地学の常識だった時代は2012年に終わり、その後も確認が相次ぎました。「日本の氷河は7つ」と書かれた記事がまだ多く残っていますが、白馬村の杓子沢・不帰沢に続いて2026年7月に白馬岳の白馬沢が確認され、現在の正解は10です。

この記事のポイントは3つです。氷河と雪渓の違いは「流れているかどうか」の一点であること。10の氷河の場所と規模。そして、ヨーロッパアルプスより1,000m以上低い日本の山に、なぜ氷河が残れるのかという理屈です。最後に、そのうちの一つに三度通った個人的な話も書きます。

遠見尾根から見たカクネ里氷河と鹿島槍ヶ岳
遠見尾根から望むカクネ里氷河(鹿島槍ヶ岳)。谷を白く埋める雪の下に、厚さ30m以上の流れる氷体が隠れています。

氷河と雪渓は何が違うのか?

違いは一点だけ、「氷の塊が重力で常に流動しているかどうか」です。夏を越して残る雪渓(多年性雪渓)は飛騨山脈だけで400以上ありますが、その多くは「動かない氷」で、氷河ではありません。氷の厚さがおよそ30mを超えると、氷自身の重さで内部が変形し、ゆっくり流れ始めます。実際、日本で氷河と確認された雪渓はすべて氷厚25m以上という共通点があります。

問題は「流れている」ことの証明でした。日本の雪渓は氷体の上に毎年20m級の雪が積もり、観測用のポールを立てても雪ごと倒れてしまいます。長年誰も流動を実証できなかったのは、観測者の努力不足ではなく、雪が多すぎたせいです。突破口は測量用GPSと地中レーダーでした。立山カルデラ砂防博物館の福井幸太郎氏らは、融雪末期の氷体に直接ポールを固定し、誤差1〜2cmの精度で位置を測る方法で、2012年に御前沢・三ノ窓・小窓の3つが「1ヶ月で最大30cm動いている」ことを実証しました(『雪氷』74巻)。ちなみに氷河を「認定」する公的機関はどこにもなく、査読論文と学会の合意がすべてです。世界遺産のような認定式はありません。論文が通って、誰も反論しなかったら氷河です。

夏の槍沢に残る雪渓
夏の槍沢の雪渓。日本アルプスにはこうした多年性雪渓が数百ありますが、「流れる氷体」を持つものだけが氷河と呼ばれます。
盛夏の後立山・天狗山荘のテント場と雪渓
7月末、後立山縦走の途中で幕営した天狗山荘のテント場。テントのすぐ裏まで雪渓が残っています。真夏に雪の隣で眠れるのが、世界有数の豪雪地帯・北アルプス北部です。

日本の氷河10・全リスト

10の氷河の位置は、地形図で見ると驚くほど偏っています。全部が北アルプス北部、それも日本海からの季節風が直撃する山域の、東向きの谷にほぼ集中しています。

日本の10の氷河の位置図(立山・剱岳・鹿島槍ヶ岳・唐松岳・白馬連峰)
日本に現存する10の氷河の位置。すべて北アルプス北部に集中しています(出典:国土地理院)。
氷河名山域確認年長さ特徴
御前沢氷河立山・雄山東面2012年約780m日本初の現存氷河の一つ
三ノ窓氷河剱岳東面2012年約1,200m氷厚48m以上・国内最大級
小窓氷河剱岳東面2012年約900〜1,200m流動速度 年約3.8mで国内最速
カクネ里氷河鹿島槍ヶ岳北東面2018年約790m長野県初・末端1,795mは国内最低所
池ノ谷氷河剱岳西面2018年約950m国内で唯一の西向き
内蔵助氷河立山・富士ノ折立直下2018年約350m国内最高所・約1,000年以上前の氷を含む
唐松沢氷河唐松岳(白馬村)2019年約1,100m白馬エリア初
杓子沢氷河杓子岳(白馬村)2025年—氷厚約43m
不帰沢氷河不帰ノ嶮(白馬村)2025年—氷厚を確認
白馬沢氷河白馬岳(白馬村)2026年約360m国内10例目・2年間で最大約2m流動

数値は『雪氷』『地理学評論』の各論文と新潟大学・白馬村の公表値によります。白馬沢は2026年7月に論文が受理され、実際に10例目となりました。前回この記事では「確認されれば10例目」と書いていたので、リストの伸びる速さに記事の更新が追いかけられている格好です。今後も新たな確認が続く可能性があります。

立山と剱岳——5つの氷河が集まる核心部

富山県側の立山・剱岳には5つの氷河が集まります。中でも面白いのは内蔵助氷河です。長さ350mと最小ながら、内部の氷は約1,000〜1,700年前のものを含む「国内最古の氷」で、いわば平安時代の雪が固まって生き残っています。しかも室堂から歩ける一般登山道のすぐ下にあり、10の中で唯一、普通の登山者が近くまで行ける氷河です。流動速度は年約3cmと国内最遅で、氷河と呼ぶには少し申し訳なくなる歩幅ですが、それでも千年動き続けてきました。昨年の秋、6歳の娘を連れて雄山に登ったときも、一般ルートから氷河そのものは見えませんでした。それでも「この稜線の東側に平安時代の氷が埋まっている」と思いながら歩くと、ただの岩の登りに千年の奥行きが出ます。娘には「雪のかたまり」としか説明できませんでしたが、概ね正しい説明です。

剱岳の険しい岩稜
剱岳の岩稜。この山の東面(三ノ窓・小窓)と西面(池ノ谷)に、日本の氷河10のうち3つが張り付いています。

剱岳は3つの氷河を抱える「日本一の氷河の山」です。氷厚48m以上の三ノ窓氷河、国内最速・年約3.8mで流れる小窓氷河。最速といっても1日あたり約1cmで、時速に直すと議論する気も失せる数字ですが、氷の塊が確かに山を削りながら動いています。剱岳があれほど険しい理由も、氷河の侵食と切り離せません。

後立山と白馬——新しく見つかり続けるエリア

長野県側では2018年にカクネ里氷河(鹿島槍ヶ岳)が県内初の氷河となり、2019年に唐松沢、2025年に杓子沢・不帰沢、そして2026年7月に白馬沢と、白馬村周辺で確認が続いています。白馬村内だけで4つの氷河を抱える計算です。唐松沢以降の調査は白馬村へのふるさと納税も財源になっていて、氷河が地域の資産として調べられ始めているのが近年の変化です。

ガスに包まれた不帰2峰南峰の山頂標識
縦走中に越えた不帰2峰南峰。この日は濃いガスで、撮った写真の大半が「白い画面に標識」でした。この稜線の下の谷が、後に氷河と確認される不帰沢です。

実は私は、7月末の後立山縦走で白馬岳から唐松岳まで歩き、不帰ノ嶮も越えたことがあります。当時はガスの中の岩場を必死に通過しただけで、足元の谷のことなど考えもしませんでした。その谷が何年も経ってから「氷河でした」と発表されたわけです。知らずに氷河の縁の上を歩いていたことになります。日本の氷河は、登山者が気づかないまま通り過ぎるほど、稜線のすぐ下で静かに流れています。

なぜ低緯度・低標高の日本に氷河が残れるのか?

答えは「世界有数の豪雪と、雪を一点に集める地形の合わせ技」です。氷河が存続する条件は、夏に融ける量より冬に積もる量が多いこと。日本アルプスの標高では本来、気候だけを見れば氷河は維持できません。それを覆すのが降雪量です。立山室堂の年降水量は5,000mm超と推定され、これは世界の氷河地帯と比べても桁外れの多雪です。

さらに地形が効きます。10の氷河はすべて、急峻な岩壁に囲まれた谷底にあります。稜線を越えた雪は風下側の谷に吹き溜まり、岩壁の雪は雪崩となって谷底へ集まる。『地理学評論』のカクネ里の研究によると、冬の涵養量(雪の供給)は降雪だけの場合の2倍以上に達します。谷が深いので夏の日射も遮られます。新潟大学の2025年の研究は、こうした地形効果によって気候的な雪線よりはるかに低い標高約2,200mに局所的な涵養域ができていることを示しました。要するに日本の氷河は、山がつくる「雪の貯金箱」の中でだけ生きられる存在です。

なぜ日本アルプスに氷河が残るのか:季節風による降雪・雪崩による涵養・日射を遮る谷地形の図解
日本に氷河が残れる3条件。季節風の豪雪、雪崩による雪の集積、日射を遮る深い谷。この3つが揃う場所が北アルプス北部にしかありません。

カール(圏谷)やU字谷など、氷河が地形に残した痕跡については氷河地形とは何かで詳しく解説しています。

日本の氷河は消えてしまうのか?

世界的には悲観的な予測が主流です。日本の10すべてが含まれる「面積0.5km²以下の小規模氷河」は、気温上昇が1.5℃に抑えられても2100年までにほとんどが消えるとする予測があります(Rounce et al. 2023)。ところが実測データを見ると、日本の氷河は妙にしぶといのです。カクネ里氷河の面積は61年間でわずか12%減。同じ期間にケニア山の氷河が74%減ったのと比べると、縮小速度は桁違いに遅い。年間の質量収支がほぼ「冬の降雪量」で決まる日本型の氷河は、夏の気温上昇の影響を受けにくいためです。ただし例外もあり、内蔵助氷河は氷厚があと3m減ると流動が止まり、「元・氷河」に戻ると予測されています。10という数字は、増える可能性と減る可能性の両方を抱えています。

氷河に三度通ってわかったこと

私はこのリストの中のカクネ里氷河に、真冬の遠見尾根から三度会いに行っています。登山道の整備された尾根からでも、厳冬期のテント泊装備で丸一日かけてようやく展望地に着きます。初回は視界ゼロで敗退同然、見えたのは自分の吐く息だけでした。それでも通ったのは、「日本に氷河がある」という事実を頭で知っているのと、雪の谷が朝日で染まる瞬間に「あの下で氷が動いている」と実感するのとでは、まったく別の体験だったからです。

厳冬期の遠見尾根でのテント泊。背後に後立山の峰々
厳冬期の遠見尾根での幕営。この尾根の先に、カクネ里氷河を見下ろす展望地があります。氷河を「見るだけ」のためにここまで来る人間は、そう多くありません。

三度の顛末はカクネ里雪渓に恋して——三度の冬、氷河をひと目見るために遠見尾根へに書きました。氷河の理屈はこの記事で足りますが、氷河に通う人間の理屈はあちらをどうぞ。

なぜこの低さで氷河が残れるのかは、動画でもまとめています。北アルプスで撮った写真と動く図で、9分ほどです。

山なぜラボ【ずんだもん解説】「なぜヨーロッパより1000m低い日本の山に氷河があるのか?」

氷河の山をもっと読む

氷河を抱く山そのものの成り立ちは、立山の地質と剱岳の地質で解説しています。氷河が削った地形の読み方は氷河地形とは何かへ。「山の地質」カテゴリでは、山の成り立ちを地球規模で読み解く記事を揃えています。

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カクネ里雪渓に恋して——三度の冬、氷河をひと目見るために遠見尾根へ https://chikyu-yama.online/kakunezato-glacier-record/ https://chikyu-yama.online/kakunezato-glacier-record/#respond Fri, 03 Jul 2026 04:28:12 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1531 カクネ里雪渓は、鹿島槍ヶ岳の北東に横たわる、長野県内で初めて氷河と認められた雪渓です。登山道もない谷の奥で静かに光る氷を、ひと目見るためだけに真冬の遠見尾根へ三度通った個人的な記録。なぜ氷河がここに残るのか、なぜ何度も通ってしまうのかを綴ります。

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カクネ里雪渓(かくねさとせっけい)は、鹿島槍ヶ岳の北東にひっそりと横たわる、長野県内で初めて「氷河」と認められた雪渓です。標高1,795〜2,160mの深い谷に、長さ約700m・幅約250m・厚さ約40mの氷の塊が眠っています。登山道はなく、その谷に立つことすら簡単ではありません。それでも私は、この雪渓をひと目見るためだけに、真冬の遠見尾根へ三度通いました。

正直に打ち明けると、私はカクネ里雪渓が好きすぎます。展望のいい百名山でも、登頂の達成感でもなく、ただ谷の奥で静かに白く光っている氷の塊に、心を掴まれてしまいました。この記事は地質の解説というより、ひとつの雪渓に通い続けている個人的な記録です。それでも「なぜここに氷河があるのか」という理系的な問いは、通うほどに深まっていきました。

遠見尾根から見たカクネ里雪渓と鹿島槍ヶ岳
遠見尾根から望むカクネ里雪渓。V字に切れ込む谷を白く埋めるのが、いまも動く氷を抱えた雪渓。この眺めを見るために冬の尾根で幕営します。

カクネ里雪渓とは何か

カクネ里は、鹿島槍ヶ岳の北峰から南東に延びる東尾根、そこから北東に分かれる天狗尾根、その北側に深くえぐれたU字形の谷です。氷河地形でいう圏谷(カール)にあたります。長らくここは「万年雪(多年性雪渓)」だと思われていましたが、2018年、雪の下に長さ約700mの氷体があり、それがゆっくり流動していることが確認され、長野県内で初めての氷河として認められました(環境省・長野県山岳総合センターの調査による)。

「カクネ里」という名前も独特です。人里離れた秘境を意味する「隠れ里(かくれさと)」が転じた地名とされ、実際に平家の落武者が隠れ住んだという伝説も残っています。鹿島槍ヶ岳の登山口・大谷原から大川沢を遡った、北壁の下に広がる秘境です。名前の由来も、そこにある氷河も、どこか浮世離れしています。氷河という言葉と落武者伝説が同じ谷に同居しているのは、なかなかの取り合わせです。

なぜカクネ里に氷河が残るのか?

答えは、この谷が「雪が積もりやすく、融けにくい」条件を極端なまでに満たしているからです。氷河は、夏に融ける量より冬に積もる量が多い場所にしか残れません。カクネ里は、その収支が奇跡的に釣り合う数少ない場所です。

まず、日本海からの北西季節風が、冬のあいだ大量の雪をこの谷に運び込みます。後立山連峰は日本有数の豪雪地帯です。そして谷の上には鹿島槍ヶ岳の切り立った北壁がそびえ、太陽の光をさえぎります。北向きの深い谷は一日じゅう日陰になり、夏でも雪が融けきりません。積もった雪は自らの重みで押し固められて氷になり、わずかずつ流動しはじめます。これが氷河の正体です。

カクネ里に氷河が残る仕組みの図解
カクネ里に氷河が残る仕組み。日本海からの豪雪が谷を埋め、鹿島槍北壁の日陰が雪を融けさせず、厚い氷体として残る。

氷河地形そのものについては氷河地形とは何かの記事にまとめていますが、カクネ里はその教科書的な条件が、いまなお現在進行形で成立している稀有な現場です。日本アルプスの多くのカールが「かつて氷河があった跡」なのに対し、カクネ里には「いまも氷河がある」。この違いが、私にとっては決定的でした。

遠見尾根をたどる——雪をまとった尾根の先へ

カクネ里雪渓に登山道はありません。谷に降りるには沢を遡るか尾根を下降するしかなく、いずれも一般登山の範囲を超えます。ですが、遠見尾根の小遠見山や大遠見あたりまで上がれば、谷を挟んで正面にカクネ里を望むことができます。私が毎回めざすのは、この展望地です。

カクネ里雪渓と鹿島槍ヶ岳、遠見尾根の位置関係の地形図
鹿島槍ヶ岳の北東の谷がカクネ里雪渓。遠見尾根の展望地から、谷を挟んで正面に望む位置関係(出典:国土地理院)。

白馬五竜のゴンドラとリフトを乗り継ぎ、地蔵ノ頭から遠見尾根に取り付きます。夏道のある尾根ですが、冬は一面の雪。ラッセルで足を取られながら、雪庇を避けて痩せ尾根をたどります。展望地までの標高差はさほどでもないのに、雪の尾根は時間も体力も容赦なく削ってきます。それでも、樹林を抜けて視界が開けた瞬間に対岸の白い谷が目に飛び込んでくると、それまでの疲れがどこかへ行ってしまいます。

展望地に着いたら、雪を掘って整地し、テントを張ります。氷点下の尾根での幕営は、正直に言えば快適とは程遠いものです。夜は冷え込み、朝は結露が凍り、湯を沸かすにも時間がかかります。それでも、目の前にカクネ里が横たわっているという一点だけで、この不便のすべてに納得がいってしまうから不思議です。

遠見尾根での雪山テント泊
遠見尾根の展望地での幕営。雪を掘り込んでテントを張る。この一夜のために重い冬装備を担ぎ上げる。

三度の冬、それぞれのカクネ里

私がカクネ里に通ったのは、5月の残雪期、2月の真冬、そして3月の晩冬——三度、いずれも雪の季節でした。同じ谷を見ているのに、季節と光でまるで表情が違います。

残雪期の5月は、谷が最も白く豊かに雪をたたえ、氷河の全容が堂々と見えました。真冬の2月は、空気が張りつめ、対岸の後立山が凍てついて青白く沈んでいました。そして最も心を奪われたのが、明け方の光です。日の出の直前、鹿島槍から後立山の稜線が、下から順にピンク色に染まっていきます。アルペングローと呼ばれるこの現象は、雪面が朝焼けの赤い光を反射して起こります。テントから顔を出した瞬間、山肌が薔薇色に燃えているのを見て、思わず声が漏れました。寒さで指がかじかむのも忘れて、シャッターを切り続けました。

夜明けにピンク色に染まる後立山連峰
夜明け前、アルペングローに染まる後立山連峰。この光を浴びるために、凍える尾根で一夜を明かす。

写真では何度見てもいいものですが、現地で体感するそれは別物です。氷点下の空気の匂い、雪を踏む音、静寂、そして音もなく色が変わっていく山肌。この一連の体験は、家の画面ではどうやっても再現できません。三度目に訪れたときも、初めてのように見入ってしまいました。

なぜ三度も通うのか?

合理的に説明するのは難しい、というのが正直な答えです。カクネ里は展望のよい人気の頂ではありませんし、谷に降りて氷河に触れられるわけでもありません。ただ対岸から静かに眺めるだけです。それでも私は、また行きたくなってしまいます。

理由を強いて言葉にするなら、あの谷には「時間の深さ」があるからだと思います。日本に氷河はもう存在しない、と長く信じられてきた場所に、実は氷が生き残っていた。最終氷期の記憶が、二万年の時を越えて、いまも動き続けている。その事実を、対岸の尾根に立って自分の目で確かめる——理屈で知っているだけの氷河が、目の前で現実の質量を持って横たわっている瞬間は、何度味わっても新鮮です。落武者が隠れ住んだという伝説も、氷河という科学的事実も、両方まるごと呑み込んで、あの谷は静かに白く光っています。

四度目も、たぶん行きます。次はどんな光でカクネ里が迎えてくれるのか、それを確かめるためだけに、また重い冬装備を担いで遠見尾根を登るのだと思います。


カクネ里のような氷河がつくる地形については氷河地形とは何かで、氷河が現役で山を削る世界の姿はゴジュンバ氷河(ヒマラヤ)で解説しています。氷河が刻んだ日本の名峰では剱岳や立山もどうぞ。同じ後立山でも、夏に白馬大雪渓から不帰キレットへ抜けた縦走では、雪の上を4時間歩いた翌日に岩だけの世界へ出ました。ほかの登山記録は「登山記録カテゴリ」にまとめています。

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カール・U字谷・モレーンとは——日本アルプスのどこで見られる?氷河の痕跡の見つけ方【写真と図解】 https://chikyu-yama.online/glacial-landform-geology/ https://chikyu-yama.online/glacial-landform-geology/#respond Fri, 03 Jul 2026 03:45:10 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1523 氷河地形(カール・U字谷・モレーン)のでき方と見分け方を図解で解説。なぜ日本アルプスに残るのか、涸沢や千畳敷などどこで実物を見られるのかまで、登山者目線でまとめました。

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氷河地形とは、氷河が地表を削ったり、削り取った土砂を運んで積もらせたりしてできた地形のことです。日本アルプスの険しく美しい山容の多くは、いまから約2万年前の最終氷期に、山を覆っていた氷河が刻んだ姿です。氷そのものはとうに消えても、削られた地形だけが証拠として残っています。

氷河地形を読むポイントは3つあります。ひとつ目は、山をスプーンでえぐったようなカール(圏谷)。ふたつ目は、氷が谷を削って断面をU字にしたU字谷。三つ目は、氷が運んだ土砂が積もったモレーン(氷堆石)です。この3つを知っていると、日本アルプスの稜線の見え方が変わります。そして意外なことに、日本にはいまも動いている氷河が残っています。

氷河地形とは何か — 削る氷、運ぶ氷

氷河は「ゆっくり流れる氷の川」です。山の斜面のくぼみに雪が積もり、自分の重みで押し固められて氷になり、重力でじわじわと斜面を下りはじめます。この動く氷が、岩盤を削る巨大なやすりの役割を果たします。氷河がつくる地形は、大きく「削る地形」と「積もらせる地形」に分かれます。

カール(圏谷):山をえぐった半円のくぼみ

カール(日本語では圏谷〈けんこく〉)は、山の斜面をスプーンでえぐったように、半球状・馬蹄形にへこんだ地形です。山頂近くのくぼみにたまった氷河が、後ろの壁と底を削りながら下方へ動くことで、すり鉢状のくぼ地ができあがります。日本で「カール」と呼ばれる圏谷は、この最終氷期の氷河が残した傑作です。国土地理院も、氷河や周氷河作用による地形の代表例としてカールを挙げています。

U字谷とモレーン:削って、運んで、積もらせる

氷河が谷を流れ下ると、谷底と両側の壁を同時に削り、断面がアルファベットのU字のような谷になります。川がつくるV字谷が鋭く切れ込むのに対し、氷河のU字谷は底が広く平らなのが特徴です。そして氷河が削り取った岩や砂は、氷とともに運ばれ、氷河の末端や側面に積もってモレーン(氷堆石)という堤防のような高まりをつくります。モレーンが谷をせき止めると、そこに氷河湖ができることもあります。カールの底に水がたまった小さな池は、この仕組みの名残です。

さらに、複数のカールが山体を別々の方向から削っていくと、カールとカールの間に取り残された尾根が刃物のように鋭くなります。これがアレート(鋭い岩稜)で、複数のカールに囲まれて残った尖った峰がホーンです。槍ヶ岳のとがった穂先や、剱岳の荒々しい岩稜は、この氷河彫刻の産物として理解できます。

氷河地形の形成(カール・U字谷・モレーン・アレート)の模式図
氷河がつくる地形の模式図。山頂近くのカール(圏谷)から氷河が流れ下り、U字谷を削り、末端にモレーンを堆積する。カールに削り残された鋭い稜線がアレート。

モレーンとは何か——できる場所で種類が分かれる

モレーン(堆石、氷堆石)は、氷河が谷を削りながら流れるときに、削り取られた岩石や岩屑、土砂が土手のように堆積してできた地形です。氷そのものが残っていなくても、この堆積物が残っていれば、かつてそこに氷河があったことを示す証拠になります。

モレーンは、氷河のどの位置に堆積したかで呼び分けられます。谷氷河の縁にできる岩石の堆積が側堆石、氷河の底に形成された石や土砂が底堆石です。このほかに、氷河の末端にできる終堆石(英語では end moraine)や、中堆石という区分があります。

見分けるときは、まず「氷河のどこで積もったものか」を考えると整理しやすくなります。谷の両側に沿って延びる高まりなら側堆石、谷を横切るように盛り上がっていれば終堆石、というように、形の向きから位置を推定できます。なお、前の節で触れたとおり、モレーンが谷をせき止めると氷河湖ができることがあります。

なぜ日本アルプスに氷河地形があるのか?

答えは、最終氷期に日本アルプスの標高の高い場所が氷河に覆われていたからです。氷期のピークは約2万年前で、このころ地球全体が寒冷化し、日本アルプスの高山帯にも氷河が発達しました。氷河は約1万年前の温暖化で大部分が消えましたが、削られた地形はそのまま残りました。

氷河地形が残っているのは、南アルプスの赤石岳・荒川岳・仙丈ヶ岳、中央アルプスの木曽駒ヶ岳や三ノ沢岳・南駒ヶ岳、北アルプスの槍・穂高連峰や立山・剱連峰、薬師岳、双六岳、野口五郎岳、白馬岳など、標高2,500mを超える山域に集中しています。逆にいえば、これらの山が険しく登りごたえがあるのは、氷河がわざわざ削り込んだ結果でもあります。登山者としては、地球に整地されたおかげで急登を強いられているわけで、感謝すべきか恨むべきか判断に迷うところです。

日本最大級のカール — 涸沢と千畳敷

日本のカールの代表格が、北アルプス・穂高連峰の涸沢カール(長野県松本市)です。奥穂高岳・北穂高岳・前穂高岳に三方を囲まれた、国内最大規模といわれる圏谷で、秋には斜面がナナカマドの紅葉で真っ赤に染まります。実際に涸沢に立つと、背後の岩壁がぐるりと半円形に立ち上がり、自分がすり鉢の底にいることがはっきりわかります。ここが氷で満たされていた時代を想像すると、足元の広々とした平らな底がU字谷の名残なのだと腑に落ちます。テント場の地面がやけに平坦なのも、氷河が丁寧に均していった跡だと思うと、少し見方が変わります。

もうひとつの名所が、中央アルプスの千畳敷カールです。ロープウェイで標高2,600mまで一気に上がれるため、登山をしない人でもカールの中に立てる希少な場所です。カール壁を見上げると、氷河が削った半円の輪郭がそのまま残っていて、「これを氷が削ったのか」と足を止める人が多いのもうなずけます。氷河地形を体感する入門地としては、これ以上ない立地です。

涸沢カールと穂高連峰の地形図
涸沢カール周辺の地形図。北穂高岳・奥穂高岳・前穂高岳に三方を囲まれた半円形のくぼ地が涸沢カール(出典:国土地理院)。

日本にも氷河は残っているのか?

残っています。しかも、つい最近までそのことは知られていませんでした。長らく「日本に氷河はなく、あるのは万年雪(多年性雪渓)だけ」というのが常識でしたが、2012年、立山の御前沢雪渓と、剱岳の三ノ窓雪渓・小窓雪渓の3つが、氷が実際に流動していることを確認され、日本雪氷学会に現存する氷河として認められました。日本で初めて「現役の氷河」が確認された瞬間です。その後も確認は相次ぎ、現在は10の氷河が認められています。

その後も調査は続き、2018年には鹿島槍ヶ岳のカクネ里雪渓、立山の内蔵助雪渓、剱岳の池ノ谷雪渓が、2019年には唐松岳の唐松沢雪渓が氷河と認められました。カクネ里雪渓については、現地調査をまとめた論文が学会誌『地理学評論』に掲載されて確定しています。日本の現存氷河がいずれも飛騨山脈(北アルプス北部)に集中しているのは、日本海からの豪雪が大量の積雪をもたらし、標高の高い北向きの谷に氷が維持されやすいためです。氷河は遠い過去の話だと思って登っていた足元に、いまも動いている氷があるというのは、なかなか背筋の伸びる事実です。

遠見尾根から見たカクネ里氷河と鹿島槍ヶ岳
遠見尾根から望むカクネ里氷河(鹿島槍ヶ岳の東面)。谷を白く埋める雪の下に、いまも動く氷が残っています。2018年に氷河と認められました。

氷河地形を実際に見るには

もっとも手軽なのは、ロープウェイで入れる千畳敷カールです。本格的に氷河地形の只中を歩くなら、涸沢カールや、氷河が削った圏谷とモレーン湖が点在する立山周辺が向いています。剱岳の荒々しい岩稜は、複数のカールに削り残されたアレートそのものです。谷を刻む氷河の力という点では、上越国境で東面だけが極端に険しくなった谷川岳も、最終氷期の氷河侵食が地形を決めた好例です。

スケールをさらに広げれば、ヒマラヤは氷河地形の教科書です。エベレスト街道で対面する巨大なゴジュンバ氷河は、いまなお現役で谷を削り続けており、日本のカールがつくられた時代の光景がそのまま現在進行形で見られます。そもそもヒマラヤという山脈自体が、大陸どうしの衝突で押し上げられたうえに氷河で刻まれた、隆起と侵食の合作です。日本アルプスのカールを見てからヒマラヤに行くと、規模は違っても同じ原理が働いていることに気づきます。


氷河地形は、いまはもう存在しない氷が残した「地球の下書き線」のようなものです。カール・U字谷・モレーンという視点を持って稜線を眺めると、険しさの理由が一段深く読めてきます。個別の山の成り立ちは日本の山はなぜここにある?の総覧記事や、「山の地質カテゴリ」にまとめています。

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