登山記録 アーカイブ - 地球を感じる山登り 山の成り立ちを地質学から読み解く登山ブログ Mon, 05 Oct 2026 01:50:01 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=7.1.3 https://chikyu-yama.online/wp-content/uploads/2026/04/favicon_tozan-150x150.png 登山記録 アーカイブ - 地球を感じる山登り 32 32 モンブランで誰もピッケルにリーシュを付けていなかった——調べたら、日本と欧州は違うものを議論していた https://chikyu-yama.online/ice-axe-leash-japan-europe/ https://chikyu-yama.online/ice-axe-leash-japan-europe/#respond Wed, 16 Sep 2026 09:02:19 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2229 モンブランで見たのは、リーシュを付けずにピッケルを持つ登山者ばかりでした。日本では「必ず付ける」が常識です。この差を出典をたどって調べたところ、スイス山岳会が2014年に「外せ」と公式に書いていた一方で、日本の公的団体には着用の規定がなく、しかも両者が指している「リーシュ」が別物である可能性が見えてきました。

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この夏モンブランに登って、ずっと引っかかっていたことがあります。まわりの登山者もガイドも、ピッケルにリーシュ(流れ止め)を付けていませんでした。素手で持ち、休むときはザックに挿す。それだけです。日本の雪山では、リーシュを付けるのがほぼ暗黙の了解になっています。私も付けています。同じ道具の同じ使い方で、なぜここまで扱いが違うのか。帰国してから出典をたどって調べたところ、思っていたのと違う結論に行き着きました。

ピッケルのヘッドと、取り付けられた黄色いウェビングのリーシュ
筆者のピッケル(Grivel Monte Rosa)。右に伸びる黄色いテープがリーシュで、この端を手首か体につなぐ

先に結論を3つ書きます。①スイス山岳会は2014年に「ハンドループは外せ」と公式に表明していました。②一方で日本の公的な指導団体には、リーシュ着用を義務づけた規定が見当たりませんでした。③そして最も意外だったのは、日本と欧州が「リーシュ」という言葉で別のものを指している可能性が高いことです。

夜明けのグーテ稜を登る登山者
夜明けのグーテ稜。ここから山頂まで、リーシュを付けた人をほとんど見なかった

日本の「必ず付ける」は、どこから来ているのか

まず自分の側を疑うところから始めました。日本でリーシュ着用が常識になっているなら、どこかに根拠があるはずです。

探した範囲では、公的な指導団体にリーシュ着用を義務づけた規定は見つかりませんでした。 日本山岳・スポーツクライミング協会の公認山岳コーチの検定基準を全文検索してみると、「リーシュ」「流れ止め」という語は一度も出てきません。出てくるのは「バンド(ショルダー、リスト)」で、これはピッケルの各部名称の一部として、ピック・アッズ・シャフト・スパイクと並べて挙げられているだけです。カッティングの実技評価に「シャフトの握りとバンドの調整」という項目はありますが、着用そのものを求める文言ではありません。

では何が「常識」を作っているのか。メーカーと小売と入門メディアでした。モンベルは「登はん中の落下や万が一の紛失を防ぐためにピッケルリーシュは必ず使用しましょう」と書いています。好日山荘は「雪山でピッケルを無くすと命に関わるので、必ず用意してください」。国際山岳ガイドが監修した記事にも「必ずリーシュコードをつけましょう」とあります。

つまり日本の暗黙の了解は、規則ではなく、道具を売る側と教える側の一致した推奨によって形づくられているということになります。これは悪いことではありません。ただ「決まりだから」ではなく「そう勧められているから」だと知っておくと、次の話が理解しやすくなります。

スイス山岳会は「外せ」と書いていた

欧州側には、驚くほどはっきりした文書がありました。スイス山岳会の機関誌『Die Alpen』2014年8月号、タイトルは「Handschlaufe weg vom Pickel」——ピッケルからハンドループを外せ、です。

リード文はこうです。「山岳ガイドと指導者の見解は一致している。ピッケルのハンドループは表面的な安全感しか与えず、実際には邪魔で、時に危険である。ゆえに使用は推奨されない」。同会の教育部門責任者は「店頭でほぼすべてのピッケルにハンドループが付いているのは、主に販売上の理由だ」とまで言い、記事はこう締めくくられます。「ピッケルにハンドループを付けた山岳ガイドを見たことがある人がいるだろうか?」

理由は主に3つ挙げられていました。ジグザグに登るたびに左右の手を持ち替える必要があり、最もバランスの悪い瞬間に両手を使う作業を強いられること。滑落したときに振り回されるピッケルが体を傷つけること。そして、雪にピッケルを埋めて支点を作るときに邪魔になること。

抽象論ではなく、実際の受傷事例も公表されています。スイスの山岳事故報告のプラットフォームに載った例では、4,000m峰の最終登高で両手が必要な岩場を、ピッケルをハンドループにぶら下げたまま通過した登山者が、足を滑らせた際に顔の前で揺れていたピッケルが当たり、上顎の前歯を2本折っています。

モンブランのボス稜
ボス稜。両側が切れ落ちた雪稜では、進む向きに合わせてピッケルを持ち替える場面が続く

モンブランのガイド会社の装備リストを何社か確認しましたが、リーシュを要求しているものは一つもありませんでした。英国のある会社にいたっては、ピッケルの項に「すべてのリーシュとストラップを外すこと。邪魔になる」と明記しています。私が現地で見た光景は、個人の好みではなく、そういう指導の結果だったわけです。

リストループ式・袈裟懸け式・リーシュなしの3種類を比較した図解
ピッケルのリーシュは3種類ある。欧州が「外せ」と言っているのは①で、日本のガイドが勧めるのは②(模式図)

ここで話が噛み合っていないことに気づいた

ここまで調べて、「やはり日本が遅れているのか」と思いかけました。ところが、決定的な行き違いがありました。

欧州が否定しているのは、手首に通すリストループです。 ドイツ語のHandschlaufe、フランス語のdragonne。いずれも「手首の輪」を指す語で、スイス山岳会の記事も、事故事例も、専門誌の議論も、すべてこのタイプを前提にしています。

一方、日本のガイドが勧めているものを読み直すと、多くが袈裟懸け式(ボディリーシュ)です。肩からたすき掛けにして体とピッケルをつなぐタイプで、手首は自由なままなので持ち替えができます。ヤマケイオンラインの記事も「袈裟懸けで体と連結するボディーリーシュがピッケルの持ち替えをしやすくおすすめ」と、まさに欧州が問題にした持ち替えの不便さを回避する形を勧めています。

上の図が、この記事でいちばん伝えたいところです。①と②は、手首につなぐか体につなぐかという違いだけでなく、持ち替えができるかどうかという決定的な差があります。つまり「欧州はリーシュを使わない、日本は使う」という対立は、正確には「欧州はリストループを否定した、日本は袈裟懸け式を選んだ」という話だった可能性があります。実際、日本のあるガイドは、欧州でリーシュを使わないという話について「あれはリストループを使わないという意味だ」と明確に解釈していました。同じ言葉で違うものを指したまま、比べていたことになります。

この視点で自分の装備を見直すと、確認すべきは「付けているかどうか」ではなく「どのタイプを付けているか」でした。手首に固定するタイプなら、欧州の批判はそのまま当てはまります。体につなぐタイプなら、批判の主要部分である持ち替えの問題は最初から起きません。

どちらの言い分にも、統計的な裏づけはなかった

調べていて最も意外だったのはここです。「リーシュのせいで負傷した」「リーシュのおかげで助かった」を数字で示した研究や遭難統計を、日欧どちらにも見つけられませんでした。

象徴的なやりとりがあります。ドイツ語圏の山岳安全専門誌で、読者が「スイス山岳会などがハンドループを外せと書いているが、どんな根拠で? もっと詳しい調査はあるのか」と質問しました。答えたのは同誌の編集者で山岳ガイドでもある人物ですが、返ってきたのは個別の事例と経験則でした。統計は出てきません。回答はこう締められています。「利点と欠点をすべて知ったうえで、自分で決めてください。ただし、もし転倒してピッケルで顔を負傷したとしても、驚かないでください」。

国際的な安全規格を作るUIAAのアイスツールの規格を読んでも、リーシュに関する記述は一語もありませんでした。規格として推奨も禁止もしていないということです(競技のアイスクライミングではリーシュ禁止と明記されていますが、これは登山ではなく競技の話です)。

つまりこれは、データで決着がついた問題ではなく、現場の判断が分かれたまま続いている問題です。そう理解すると、日本のメーカーが「必ず付けましょう」と書くことも、スイス山岳会が「外せ」と書くことも、どちらも誠実な立場表明として読めるようになります。

日本にも「いらない」と言うガイドがいる

「日本は全員リーシュ」も、実は正確ではありませんでした。国際山岳ガイドの近藤謙司氏は2015年の記事で、はっきり「ピッケルのバンドはいらない」と書いています。理由は欧州側とほぼ同じで、滑落したとき「バンドにつながったピッケルが凶器となって降り注いでくる」こと。そして「バンド類を付けずに手に一体化させて、つねに握っている感覚を覚え込ませるべき」だと述べています。

逆方向の例もあります。フランスのペツルは、氷河歩行用のピッケルについて、リーシュなしのモデルと、リーシュを同梱した別モデルの両方を売っています。ドイツの大手小売のガイド記事には「ピッケルは通常つねにハンドループ付きで使う」と、スイス山岳会と真逆のことが書かれています。

結局、国境で綺麗に分かれているわけではありませんでした。分かれているのは「ガイドや安全機関の実務判断」と「道具を売る側・教える側の標準案内」で、その力関係がたまたま日欧で逆になっている。私が現地で感じた違和感の正体は、これだったのだと思います。

で、自分はどうするか

この記事で「外すべきだ」と書くつもりはありません。安全に直結する話で、しかも統計的な根拠が存在しない以上、他人の装備を断定的に否定できる材料を私は持っていません。

そのうえで、調べた結果として自分の中で整理がついたことを3つ書きます。

ひとつめ。論点は「付ける/付けない」ではなく「どのタイプか」でした。リストループと袈裟懸け式は、利点も欠点もまったく別物です。両者を「リーシュ」とひとくくりにしたまま議論しても噛み合いません。

ふたつめ。欧州の議論は氷河とクレバスを前提にしている、という点です。持ち替えの頻度、支点を掘る作業、クレバスに落ちたときに絡む危険。これらは氷河を歩く前提の話で、氷河の少ない日本の厳冬期の稜線にそのまま持ち込めるとは限りません。ただし、この条件差とリーシュ慣行を結びつけて論じた公的な資料は見つけられなかったので、ここは私の推測です。

みっつめ。モンブランのような持ち替えが連続する雪稜では、リーシュレスに理があると、現場で歩いていて実感しました。ボス稜では稜線の向きに合わせて何度も持ち替えます。あそこで毎回手首の輪を外して付け替えていたら、確かに面倒だし、面倒だからこそ横着をして、そちらのほうが危なかったと思います。

そのうえで自分の話をすると、国内でもリーシュなしでいくことにしました。ヨーロピアンスタイルです。……と言うと格好がつくのですが、決め手は「モンブランで誰も付けていなかったから」で、要するに周りに流されただけです。流された後で出典をたどったら、流された方向にも一応の理屈はありました。順番が完全に逆なのは認めます。

もっとも、これを人に勧める気はありません。氷河のない日本の稜線に欧州の結論をそのまま持ち込めるとは限らない、と数段落前に自分で書いたばかりです。

ただ、これだけ食い違っている日欧の議論にも、はっきり一致している点がひとつだけありました。行動中にピッケルを失うと命に関わる、というところです。「外せ」と言っているスイス山岳会も、外した先でなくしてもいいとは一言も書いていません。手首の輪を否定する文章の中ですら、ピッケルは常に手にあるものとして話が進んでいます。

では、その「なくすと命に関わる」をどう埋めるか。私の答えは、本当に緊張する冬山にはピッケルを2本持っていくことです。実際にそうしています。リーシュは付けません。この形なら、滑落したときに紐の先で刃物が自分を追いかけてくることはありませんし、1本を落としても、もう1本が手元に残ります。リーシュが引き受けていた役割を、道具の数のほうに肩代わりさせているだけとも言えます。

難点は重さですが、最近の短めのピッケルは意外と軽いですし、雪山では「ピッケル2本あれば」と思う場面も割とあります。それを踏まえると、2本目のピッケルの重さは払う価値があると考えています。

そう考えると、本当の分かれ目はリーシュの有無ではないのだと思います。付けていてもいなくても、休憩でも、写真を撮るときでも、ピッケルを手から離さない。落としても止まるとは限らない斜面では、その習慣そのものが効きます。リーシュはあくまで、その習慣が破れたときの保険にすぎません。保険の是非を論じる前に、保険を使わずに済む持ち方を体に入れておく。私が調べた範囲でいちばん確かだったのは、たぶんここでした。

この夏のモンブランの山行そのものは、モンブラン登山記録——4,600mで引き返したに書きました。ほかの山の記録は、カテゴリ「登山記録」にまとめています。

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モンブラン登山記録——4,600mで引き返した。山頂は「厚さ20mの氷のドーム」の上にある https://chikyu-yama.online/mont-blanc-climbing-record/ https://chikyu-yama.online/mont-blanc-climbing-record/#respond Tue, 08 Sep 2026 08:52:46 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2123 西ヨーロッパ最高峰モンブラン(約4,806m)にグーテルートで挑んだ記録です。落石の名所・大クーロワールの通過、4,362mのヴァロ避難小屋、ボス稜の雪稜、そして4,600mでの撤退とヘリ下山まで。標高プロファイルと地質の見どころ付きで振り返ります。

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モンブランは、フランスとイタリアの国境にそびえる西ヨーロッパ最高峰です。標高は「約4,806m」。歯切れの悪い書き方をするのには理由があって、山頂が岩ではなく氷のドームだからです。フランスの測量チームが隔年で公式測量をしており、2023年の値は4,805.59m。測量のたびに数m単位で変わります。夏休みにこの山へ、シャモニ側の定番であるグーテルートから向かいました。先に結果を書いておくと、山頂には届いていません。標高4,600m、残り200mほどのところで引き返しました。それでも、日本の山とはスケールがひとつ違う、氷と岩の4日間でした。

この記録のポイントは3つあります。①ルート前半は「強く砕かれた変成岩」の岩稜で、名物の落石地帯・グランクーロワール(大クロワール)を横切ること。②後半は氷河の上の雪稜歩きで、標高4,362mに緊急避難用の小屋(ヴァロ避難小屋)があること。③目指す山頂は岩ですらなく、厚さ15〜20mの氷の上だということ。

モンブラン・グーテルートの標高断面図。ニ・デーグルから山頂までの地形と主要地点、4,600mの撤退地点
グーテルートの断面。グーテ小屋までが岩の道、そこから先が雪と氷の稜線(地形断面:EU-DEM 25m)

順応日——標高3,800mのロープウェイ駅から氷の世界へ

いきなり4,800mに登ると高山病になるので、まずは高所順応です。シャモニの街(約1,000m)からロープウェイで一気にエギーユ・デュ・ミディ(3,842m)へ。20分で富士山より高い場所に運ばれるという、体に悪い乗り物です。展望台から雪の斜面に降り、ヴァレーブランシュ(白い谷)と呼ばれる氷河の上を半日歩いて、3,500m台の空気に体を慣らしました。

ヴァレーブランシュの雪原と針峰群
順応日のヴァレーブランシュ。足元は氷河の上で、周囲には花崗岩の針峰群が林立する

周囲に林立する尖塔群は「エギーユ(針)」と呼ばれます。モンブラン山塊の中心部は約3億年前——アルプスができるよりはるか前——にマグマが固まった花崗岩の塊で、その割れ目(節理)に沿って氷河と凍結融解が岩を剥ぎ取った結果、針の山になりました。花崗岩が絶景を作る理屈は日本の燕岳や甲斐駒ヶ岳と同じです。スケールは向こうが上ですが、理屈は輸入品ではなくどちらも地球製です。

なおこの遠征は家族同伴で、私が山に入っている間、家族はツェルマット観光やシャモニ谷のパラグライダー体験を満喫していました。下山後の報告会は、家族の「氷の宮殿がきれいだった」と私の「落石の音が怖かった」で、だいぶ温度差のある会になりました。

アタック日前半——「17分に1回」の落石地帯を朝イチで渡る

アタック前日は登山電車の終点ニ・デーグル(2,372m)から歩き出し、テートルース小屋(3,167m)に泊まりました。アタック日は未明に小屋を出発。ヘッドランプの灯りで岩稜を登り始めてすぐ、このルート最大の関門・グランクーロワールを横断します。

グランクーロワールは幅数十mの岩の溝で、上から絶え間なく石が落ちてきます。学術誌NHESSに掲載された観測研究によると、夏の68日間に記録された大規模落石は2,648件、1日平均39件。頻度が最も上がる夕方には17分に1回のペースになります。落石が少ない早朝に、一人ずつ、立ち止まらずに渡る——それがこの場所の作法です。私の横断中も、どこか上のほうでカラカラと乾いた音がしていました。心臓に良くない音です。

同じ研究グループの集計では、この一帯で夏1シーズンに平均3.7人が亡くなっています(1990年以降の平均)。一方、2019年夏の68日間に通過センサーが数えた横断は17,768回。単純に割ると、横断1回あたりの死亡率はおよそ0.02%、5,000回に1回です。登りと下りで2回渡るので、1回の登山では約0.04%、2,500人に1人。年間の交通事故死亡率(日本で約0.002%)の20倍を、数分の横断で引き受ける計算になります。数字にすると「たいしたことない」と「無視できない」のちょうど境目で、実際に渡ってみた感覚もそのあたりでした。

【閲覧注意】下の動画は、大クーロワールで登山者が岩の崩落に巻き込まれる瞬間の実際の映像です。かなり衝撃的な内容なので、苦手な方は再生せず読み飛ばしてください。落石の規模と速さを知りたい方だけ再生を。なお、巻き込まれた登山者は無事に救助されています。

大クーロワールで実際に起きた岩の崩落(2020年7月撮影、YouTube「Kate’s Climbing Stories」より)。落石の規模と速さは、文章より一度見たほうが早いです。巻き込まれた登山者はその後ヘリで救助されています
夜明けのグーテ岩稜。強く破砕された片麻岩のガレた斜面
夜明けのグーテ岩稜。岩はどれも角ばって砕けており、手で置いただけの積み木のような斜面が続く

なぜこんなに石が落ちるのか。理由は岩の素性にあります。意外なことに、このあたりはモンブランの代名詞である花崗岩ではありません。研究論文ではこの壁を「強く破砕された片麻岩と雲母片岩」と記載しています。花崗岩が貫入してくる前からあった古い変成岩の層で、もともと割れ目だらけのうえ、岩を凍りつかせて接着してきた永久凍土が温暖化で緩み、接着剤が剥がれるように崩れ続けているのです。実際に手をかける岩はどれも角ばって鋭く、グローブ越しでも「砕けた岩」だと伝わってきます。

アタック日後半——ボス稜、4,600mで引き返す

グーテ小屋(3,835m)を過ぎると岩は雪の下に消え、世界は白一色になります。ドーム・デュ・グーテ(4,304m)のだだっ広い雪原を越えると、稜線上にぽつんと銀色の箱が見えてきます。ヴァロ避難小屋、標高4,362m。ジュラルミン製の無人シェルターで、悪天候時の緊急避難専用です。中で泊まる計画は禁止ですが、この小屋の存在に何人の登山者が命を救われてきたかを思うと、見た目が物置なのは些細な問題です。

ドーム・デュ・グーテ付近から見上げるモンブラン山頂部とボス稜
山頂部の氷のドームとボス稜。稜線上の小さな構造物がヴァロ避難小屋(4,362m)

ヴァロ小屋から先が、ルートのハイライトであるボス稜です。「こぶ(ボス)」の名のとおり雪のこぶを2つ越えると、稜線は両側が切れ落ちた細い雪のナイフリッジになります。標高は4,500mを超え、空気は平地の6割弱。ロープを結び合い、3歩進んで1回深呼吸、のリズムでじりじり高度を上げます。不思議なもので、順応日に3,500mを歩いた体は確かに応えてくれていて、苦しいなりに足は前に出続けました。高所順応は筋トレと違って成果が見えませんが、確かに効いています。

この稜線では、進む向きに合わせて何度もピッケルを持ち替えます。そのとき周りの登山者もガイドも誰ひとり流れ止めを付けていないことが気になって、帰国してから調べ直しました。その顛末はモンブランで誰もピッケルにリーシュを付けていなかったに書いています。

ボス稜上部の細い雪稜と山頂方向
ボス稜上部。山頂から風に飛ばされた雪煙が旗のようにたなびいていた

ところが、そこから先が続きませんでした。標高4,600m付近、山頂までは残り200mほど。見上げた山頂部は雲に巻かれ、雪煙が真横に流れていました。山頂が嵐だったのです。ボス稜は両側が切れ落ちた細い雪稜で、ここで暴風につかまると逃げ場がありません。体調にも時間にも余裕はありましたが、割に合わない賭けだと判断して引き返しました。登山でいちばん難しいのは登ることではなく、あと200mを諦めることだと再確認した次第です。

踏めなかった山頂について、ひとつ書いておきたいことがあります。あそこにあるのは岩ではありません。岩の山頂(4,792m)は約40m西の氷の下に埋まっていて、登山者が立つのはその上に載った厚さ15〜20mの氷帽の頂点です。つまりモンブランの最高点は毎年少しずつ形を変える氷でできていて、公式標高が測量のたびに変わるのはこのためです。「何mの山に登ったか」が測った年によって違う。裏を返せば、次に来たときに立つ最高点は、今年の山頂とは別物ということになります。同じ山頂には二度登れない山だと思えば、持ち越しも悪くありません。

下山——山が閉鎖され、ヘリでクーロワールを越える

その日はグーテ小屋まで下って一泊。小屋の昼食はスパゲッティの山盛りでした。標高3,835mでは水は約87℃で沸騰するので、麺の茹で加減には多くを求めないのが大人というものです。行動後の体には何であれ塩気と炭水化物がごちそうでした。

ところが、この日の午後にルートそのものが閉鎖されました。猛暑で大クーロワールの落石が危険な水準に達したとして、サンジェルヴェ市がテートルース小屋とグーテ小屋の閉鎖を決めたのです。山頂の風で足を止められ、そのあとで山の入口を閉められた格好でした。

グーテ小屋の山盛りスパゲッティ
グーテ小屋のスパゲッティ。3,835mの食堂で出てくる炭水化物は無条件に正義
テートルース小屋と背後の岩壁、物資輸送のヘリコプター
下山日のテートルース小屋。物資輸送のヘリが行き交う。背後の岩壁が崩れやすい変成岩の正体

翌朝の下山は、歩きではありませんでした。閉鎖の理由が落石である以上、危険なクーロワールをもう一度歩いて渡るわけにはいきません。グーテ小屋の上からヘリコプターに乗り、クーロワールを空中で飛び越えて、テートルース小屋の上の氷河に降ろされました。危険区間だけを迂回する、という下山です。料金は一人およそ15,000円。安くはありませんが、飛行時間にして数分、グーテの岩壁の上を斜めに滑空していく間は、この山行でいちばんスリリングな時間でした。落石を避けるための搬送が、結果的にモンブランの一部を空から滑空する最高の遊覧飛行になったわけで、15,000円の使い道としては文句のない部類です。そこから先は自分の足で、ニ・デーグルを経てシャモニの街まで下りました。

次の便を迎えに飛び立つ山岳ヘリコプターと眼下の谷
次の登山者を迎えにグーテ小屋へ戻っていくヘリ。数分前まで自分もこの機体の中にいて、眼下にこの谷が広がっていた

谷を流れるアルヴ川は、氷河が岩盤を削った細かい岩の粉を含んで乳白色に濁っています。街のカフェから白い川と白い山頂を同時に眺めていると、氷河が今この瞬間も山を削っている音が、あの白さなのだと腑に落ちます。ついでに言えば、私を追い返した落石も同じ現象の一部です。山が削られる現場に、たまたま居合わせただけの話でした。

シャモニの街中を流れる乳白色に濁ったアルヴ川
シャモニの街中を流れるアルヴ川。氷河が岩盤を削った細かい岩の粉が溶け込み、乳白色に濁っている。この色は「氷河ミルク」と呼ばれる

帰ってから——アルプスと日本の山は「親戚」だった

最終日はイタリア側のプンタ・ヘルブロンネル(3,466m)へロープウェイで渡り、モンブラン山塊を反対側から眺めました。アルプスはアフリカ側のプレートとユーラシアプレートの衝突で盛り上がった山脈で、観測では今も年2mm前後隆起を続けています。大陸同士の衝突が山を作る構図はエベレストの山頂が海底だった話と同じで、氷河が山を削って絶景を作る構図は日本アルプスのカールやモレーンと同じ。そして日本にも、小さいながら本物の氷河が現存します。地球の仕組みに国境はなく、モンブランで見た風景の部品は、実は日本の山にもひと通り揃っています。

ヨーロッパアルプスとモンブランができるまでの3段階の断面図解。テチス海が開き、海底がアフリカ側の下へ沈み込んで海が閉じ、大陸衝突で3億年前の花崗岩が持ち上がった
アルプスとモンブランができるまで(断面模式図)。①海が開き ②海底が沈み込んで海が閉じ ③大陸どうしが衝突して、ヨーロッパ側の地下に眠っていた3億年前の花崗岩が持ち上がった。針峰群もボス稜も、この花崗岩体の上にある
プンタ・ヘルブロンネルから望むモンブラン山塊の針峰群と氷河
イタリア側から見たモンブラン山塊。花崗岩の針峰群の間を氷河が流れ下る

山行の記録は、カテゴリ「登山記録」でほかにも書いています。

投稿 モンブラン登山記録——4,600mで引き返した。山頂は「厚さ20mの氷のドーム」の上にある は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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歩いた軌跡を「立体の山」に描く無料ツールを作りました——GPXを置くだけ、登録不要の「ルートレリーフ」 https://chikyu-yama.online/route-relief-tool/ https://chikyu-yama.online/route-relief-tool/#respond Tue, 08 Sep 2026 05:49:13 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2331 ヤマレコやYAMAPから書き出したGPSログ(GPX)をブラウザに置くだけで、歩いた軌跡を国土地理院の標高データから起こした立体の山に描く無料ツール「ルートレリーフ」を作りました。山名・距離・獲得標高入りの1枚として保存できます。使い方と、各アプリからGPXを書き出す手順をまとめました。

投稿 歩いた軌跡を「立体の山」に描く無料ツールを作りました——GPXを置くだけ、登録不要の「ルートレリーフ」 は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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山に登ると、歩いた軌跡がGPSログとして手元に残ります。ヤマレコやYAMAPの地図で見返すと確かに線は引かれているのですが、平面の地図だと「あの登りのツラさ」がどうにも伝わりません。稜線のどちら側を歩いたのか、山頂までどれだけ高度を稼いだのか、線を見ても思い出せないことがあります。

そこで、GPSログを置くだけで歩いた軌跡を立体の山に描くツールを作りました。名前は「ルートレリーフ」。レリーフには地形の起伏という意味と、浮き彫りという意味があって、どちらもこのツールがやっていることそのものです。

至仏山のGPSログから生成した立体地形図。歩いた軌跡が山頂まで描かれ、左に山名・日付・距離・獲得標高の記録票が入っている
尾瀬・至仏山のログから生成した1枚。周囲の山名、歩いた距離、獲得標高は自動で入ります(地形:国土地理院 標高タイル/山名:OpenStreetMap)

ツールはこちらです。無料で、会員登録もアプリのインストールもいりません。

やることは1つ、GPSログを置くだけ

使い方は本当にこれだけです。山行アプリから書き出したGPSログのファイル(拡張子が .gpx のもの)を、ページの枠にドラッグするか、ボタンから選びます。すると軌跡を囲む範囲の標高データを国土地理院から集めてきて、地形を立体に起こし、その上に軌跡を描いて、山名と数値を載せた記録票を組み立てます。ここまで全部自動で、設定するものはありません。

できあがった画像は「画像を保存」で高解像度のPNGとして手元に落とせます。時間帯(夜明け前・朝・日中・夕方・日没後)で光の当たり方を変えたり、表示する山名の数を変えたりもできますが、初期設定のままでも十分に見られる絵になるように調整してあります。

ひとつ知っておいてほしいのは、ファイルがどこにも送信されないことです。処理はすべてあなたのブラウザの中で完結します。軌跡の座標も、山名も、生成した画像も、端末の外には出ません。自宅の近くから歩き始めたログでも気にせず使えます。

山行アプリからGPSログを書き出す手順

ツール自体は簡単なのですが、「GPXファイルってどこにあるの?」で止まる方が多いと思うので、主な3つのアプリについて書き出し方をまとめておきます。いずれも自分の記録であれば無料で書き出せます。

ヤマレコ

アプリなら、山行記録を開いて右上のメニューから「GPXファイルをダウンロード」を選びます。パソコンのブラウザなら、山行記録のページにある「地図出力/その他の機能」から「GPXファイル」を選ぶとダウンロードされます。詳しい手順はヤマレコの使い方ガイドにあります。

YAMAP

アプリなら、活動日記を開いて右上の編集メニュー、または日記の中段にある「GPXデータ」からエクスポートできます。パソコンのブラウザでは活動日記のページで「エクスポート」を押します。自分の活動日記なら無料ですが、他の人の日記からの書き出しはプレミアム会員限定です。YAMAPヘルプセンターに公式の案内があります。

Strava

Stravaはアプリからは書き出せないので、スマホでもパソコンでもブラウザで strava.com を開きます。アクティビティのページで「…」メニューを開き、「GPXをエクスポート」を選ぶとダウンロードされます。iPhoneの場合は「ファイル」アプリの「ダウンロード」に入ります。

書き出したファイルは、パソコンならそのままツールの枠にドラッグ、スマホなら「ファイルを選ぶ」から選択します。1回の山行が1ファイルになっているものが、いちばんきれいに描けます。

こんな絵になります

山の形と季節によって、まったく違う表情になります。3つ並べてみます。

由布岳のGPSログから生成した立体地形図。新緑の独立峰に登山道の軌跡が描かれている
大分・由布岳(5月)。独立峰なので山体の形がそのまま出ます。新緑の季節の色になっています

由布岳は周囲に遮るものがない独立峰なので、山の形がそのまま絵になります。ログの日付が5月だったので、山肌は新緑の色で描かれています。これは手動で選んだのではなく、日付から季節を推定して色を決めています。

白馬岳・旭岳のGPSログから生成した立体地形図。秋の稜線に縦走の軌跡と周囲5座の山名が入っている
白馬岳・旭岳(10月)。周囲の山名を5つまで表示した例。稜線のどこを歩いたかが一目で分かります

白馬岳は山名を5つ表示する設定にしました。杓子岳、裏旭岳といった周囲のピークが標高付きで入るので、稜線のどこを歩いたのかが後から見ても分かります。白馬大雪渓から不帰キレットへ抜けた縦走記録のような長いルートでも、1枚に収まります。

天狗岳のGPSログから生成した立体地形図。2月の雪山として白く描かれ、夕方の光で陰影がついている
八ヶ岳・天狗岳(2月)。冬のログなので雪山として描かれます。時間帯を「夕方」にした例

天狗岳は2月のログです。日付から雪線を推定して、山全体が雪の色になりました。時間帯を「夕方」にすると太陽が低くなり、斜面の陰影が長く伸びます。同じログでも時間帯を変えるだけで印象がかなり変わるので、いくつか試してみてください。

使えないケース

対応しているのは日本国内の山行だけです。国土地理院の標高データが国内にしかないためで、海外のログを入れると「日本国内の山行に対応しています」と表示されて止まります。また、複数日の縦走ログや、GPSが大きく飛んでいるログは、軌跡の範囲が広がりすぎて山が小さく写ることがあります。1日分ずつに分けると見やすくなります。

スマートフォンでも動きますが、計算量が大きいので古い機種では時間がかかるか、途中で止まることがあります。確実なのはパソコンのブラウザです。

生成した画像の扱いについて

生成した画像は自由に使ってもらって構いません。SNSに載せる、自分のブログの山行記録に貼る、印刷して飾る、どれも問題ありません。画像には出典として国土地理院の標高タイルとOpenStreetMapを使っていることが小さく入っていますが、これは元データの利用規約上必要なものなので、そのまま残しておいてください。

もし使ってみて「この山だとうまく描けない」「ここが見にくい」といったことがあれば、コメントかXで教えてもらえると助かります。地形の描き方はまだ改良の余地があって、実際のログで試してもらうのがいちばんの検証になります。

このブログの登山記録にも、順次このツールで作った1枚を添えていく予定です。

投稿 歩いた軌跡を「立体の山」に描く無料ツールを作りました——GPXを置くだけ、登録不要の「ルートレリーフ」 は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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樽前山登山記録——1時間で「生きている火山」の縁に立てる、支笏湖ブルーと溶岩ドームの山 https://chikyu-yama.online/tarumae-climbing-record/ https://chikyu-yama.online/tarumae-climbing-record/#respond Mon, 27 Jul 2026 06:50:56 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1794 北海道の樽前山は、7合目から1時間ほどで「今も噴気を上げる溶岩ドーム」を目の前にできる世界的にも珍しい三重式火山です。支笏湖ブルーを背に外輪山を歩いた9月下旬の記録を、カルデラ・外輪山・ドームという三重構造の解説とあわせて紹介します。

投稿 樽前山登山記録——1時間で「生きている火山」の縁に立てる、支笏湖ブルーと溶岩ドームの山 は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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樽前山(たるまえさん)は、登り始めて約1時間で「生きている火山」の縁に立てる山です。北海道・支笏湖の南岸にそびえる標高1,041mの活火山で、山頂の火口原には今も噴気を上げる溶岩ドームが鎮座しています。しかも背後に広がるのは支笏湖の青。火山の迫力と湖の絶景が、往復2〜3時間のハイキングでまとめて手に入る——コストパフォーマンスという言葉を山に使うのは気が引けますが、この山に関しては使わせてください。破格です。

9月下旬、家族での北海道旅行の初日にこの山を歩きました。登山記録とあわせて、樽前山が「世界的に珍しい火山」と呼ばれる理由を解説します。

樽前山の登山道から支笏湖を望む。「樽前山から支笏湖を望む」の標柱と紅葉し始めた低木
登り始めてすぐ、背後に支笏湖が広がります。9月下旬、木々は色づき始めでした。

ルート概要——7合目から東山へ、約1時間

登山口は樽前山7合目ヒュッテ(約660m)。すでに樹林帯の上部なので、歩き出して15分もすると視界が開け、振り返れば支笏湖の全景が見えます。道はよく整備された階段と砂礫の道で、危険箇所はありません。外輪山の縁までは約40分。そこから最高地点側の溶岩ドームは立入禁止のため、一般の登頂点である東山(1,022m)までさらに15分ほど歩きます。

樽前山と支笏湖の位置図。溶岩ドーム・東山・風不死岳・支笏カルデラ
樽前山は支笏カルデラの南縁に立つ火山。湖と山がセットで一つの火山地形です。出典:国土地理院

特筆すべきは道の足ざわりです。登山道の砂礫はよく見ると軽石だらけで、踏むたびにザクザクと乾いた音がします。これは過去の噴火で降り積もった軽石や火山灰。つまりこの山では、登山道そのものが噴火の堆積物でできています。序盤のハイマツと紅葉の道を抜けると植生はどんどん薄くなり、外輪山に近づく頃には月面のような砂礫の斜面になります。1時間で「森林→紅葉の低木→火星」と風景が切り替わるので、子ども連れでも飽きる暇がありません。

外輪山に出た瞬間、目の前に「あれ」が現れる

この山のクライマックスは山頂ではありません。外輪山の縁に立った瞬間です。それまで支笏湖を背にひたすら登ってきて、縁を越えた途端——視界の中央に、巨大な岩の塊がぬっと現れます。溶岩ドームです。周囲は植物のない平坦な火口原で、ドームの岩の隙間からは白い噴気がいくつも立ち上っています。初見の感想は「うわ、思ってたより生きてる」でした。

樽前山の溶岩ドームと噴気。外輪山から望む火口原
火口原の中央に座る溶岩ドーム。岩の隙間から絶えず噴気が上がっています。

このドームは1909年(明治42年)の噴火で、わずか数日のうちに地面から盛り上がって誕生したものです。高さは約134m。粘り気の強い溶岩が火口から押し出され、流れずにその場で固まってできました。誕生から100年以上たった今も内部は熱く、だから噴気が絶えないわけです。ドーム自体は火山ガスの危険があるため立入禁止ですが、外輪山の登山道からは安全な距離を保ちつつ、これ以上ないほどよく見えます。溶岩ドームを「外側からぐるりと観察できる」山は、日本ではかなり貴重です。

樽前山東山山頂の標識と火口原。遠景に支笏湖と羊蹄山
東山山頂から。火口原の向こうに支笏湖、さらに遠くには羊蹄山のシルエットまで見えました。

なぜ「世界的に珍しい」のか——三重式火山という構造

樽前山は「三重式火山」と呼ばれます。3つの火山地形が入れ子になっているという意味で、世界でも数例しかない構造です。

樽前山の三重式火山の構造図。支笏カルデラ・外輪山・溶岩ドームの三重構造
三重構造の断面。①カルデラ→②成層火山→③溶岩ドームと、親・子・孫のような関係です。

1段目は支笏カルデラ。約4万年前の巨大噴火で地面が丸ごと陥没してできた、直径十数kmのくぼ地です。そこに水が溜まったのが支笏湖。つまり登山中ずっと見えていたあの青い湖は、「先代の火山が吹き飛んだ跡」です。カルデラという地形の仕組みはカルデラ入門の記事で詳しく解説しています。

2段目はそのカルデラの縁に約9,000年前から成長した成層火山——いま私たちが登っている山体そのものです。そして3段目が、その山頂火口の中に1909年に生まれた溶岩ドーム。カルデラの中に火山、火山の中にドーム。約4万年・約9,000年・約100年という3世代の火山活動が、1枚の風景に同居しているわけです。東山からの眺めは、いわば地球の家族写真です。

下山は「親の顔」を見ながら

下山路は登ってきた道をそのまま戻ります。下りは終始、支笏湖に向かって歩く格好になるので、行きとは景色の主役が入れ替わります。正面に支笏カルデラ、その縁に風不死岳、湖の対岸には恵庭岳。実はこの風景に写っている山はぜんぶ、支笏カルデラができたあとにその縁に生えてきた「きょうだい火山」です。約4万年前の巨大噴火でぽっかり空いた穴の周りに、樽前山・風不死岳・恵庭岳が順番に育った。下りの40分は、その家族構成を眺めながらの復習タイムになります。

そして下山後のお楽しみが支笏湖畔の温泉です。火山に登って、カルデラ湖を眺めて、火山の熱で温まった湯に浸かる。地学的に完璧な導線と言うほかありません。湖畔でヒメマスの塩焼きでも食べれば、支笏カルデラをフルコースで味わったことになります。

アクセスとコースタイム

アクセス新千歳空港から車で約50分。支笏湖畔から樽前山7合目駐車場へ(林道区間あり・冬季閉鎖)
コースタイム7合目ヒュッテ→外輪山 約40分/外輪山→東山 約15分(往復2〜3時間)
駐車場7合目駐車場は好天の週末は早朝に満車になることが多い
装備日帰りハイキング装備+防風着。外輪山上は遮るものがない

登る前に知っておきたいこと

樽前山は気象庁が常時観測する活火山です。溶岩ドーム周辺は火山ガスのため立入禁止が続いており、登れるのは外輪山の東山まで。また噴火警戒レベルによっては入山自体が規制されるので、出発前に気象庁の火山情報を必ず確認してください。私たちが登った日も、風向きによってはドームの噴気が外輪山側に流れてきて、うっすら硫黄の匂いがしました。あの匂いの正体が「はるか昔に海だった水」だという話は、マグマは海の水から生まれるの記事で書いたとおりです。

装備は通常の日帰りハイキング装備で十分ですが、外輪山上は遮るものがなく風が強い日が多いので、防風着は必携です。トイレは7合目ヒュッテのみ。火口原側に下りる道もありますが、規制状況により通行の可否が変わります。

まとめ——「火山を学ぶ最初の一座」に最適

往復3時間弱で、カルデラ湖・成層火山・溶岩ドーム・噴気と、火山の教科書に出てくる要素をほぼ全部、実物で確認できる。しかも危険箇所なし、絶景つき。樽前山は「火山って面白いかも」と思うきっかけとして、これ以上ない一座だと思います。北海道旅行の行程に半日の余白があるなら、ぜひ組み込んでみてください。支笏湖畔の温泉とセットにすれば、火山の恵みをまるごと味わう一日になります。

山の成り立ちを地学の視点から解説した記事は「山の地質」カテゴリに、ほかの山行記録は「登山記録」カテゴリにまとめています。

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娘と登る立山・雄山3,003m——半日で「3つの地球の力」に出会える最高の初アルプス https://chikyu-yama.online/tateyama-oyama-family/ https://chikyu-yama.online/tateyama-oyama-family/#respond Thu, 23 Jul 2026 08:26:28 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1796 小学生の娘と、紅葉最盛期の立山・雄山(3,003m)に登った記録です。室堂から半日で3,000m峰に立てるだけでなく、噴気を上げる地獄谷、氷河が削った山崎カール、みくりが池と、火山・氷河・隆起という3つの地球の力を一度に体験できる、初めてのアルプスに最高の山でした。

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立山・雄山(おやま、3,003m)は、子どもの「初めての3,000m峰」に日本でいちばん向いている山だと思います。ケーブルカーとバスを乗り継げば標高2,450mの室堂まで運んでもらえて、そこから山頂までの標高差はわずか550m。それでいて頂上に立てば、視界いっぱいに北アルプスの大パノラマが広がります。9月末の紅葉最盛期、小学生の娘と登ってきました。

そしてこの山のもう一つの顔が、「地球の力の見本市」であることです。歩き出しから下山まで、火山・氷河・隆起という山をつくる3つの力の証拠が次々に現れます。親子登山の記録とあわせて、その見どころを紹介します。

草紅葉に染まる室堂平の全景。みくりが池と地獄谷の噴気、雷鳥沢方面の山々
一ノ越への登りから振り返った室堂平。草紅葉の絨毯の中に、みくりが池と地獄谷の白い噴気が見えます。

ルート概要——室堂から一ノ越経由で往復約4〜5時間

ルートは王道の室堂(2,450m)→一ノ越(2,700m)→雄山(3,003m)の往復です。室堂から一ノ越までは石畳が敷かれた遊歩道のような道で、傾斜も穏やか。問題はその先で、一ノ越から山頂までは岩がゴロゴロした急斜面になります。標高差300mの岩場は、下から見上げると娘が一瞬黙るくらいの迫力がありますが、登り下りのルートが分けられていて、三点支持を教えながら登ればコースタイムどおりに小学生でも登り切れました。本人いわく「アスレチックみたいで楽しい」。子どもは岩場のほうが燃えるようです。

立山周辺の地形図。室堂・一ノ越・雄山の位置関係
室堂周辺の地形図。出典:国土地理院
一ノ越へ続く石畳の道を歩く子どもの後ろ姿。周囲は紅葉の始まった立山の山肌
一ノ越へ続く石畳の道。険しさゼロで始まるのに、周りはもう3,000m級の景色です。子どもの足でも歩きやすい道が続きます。

9月末の立山は紅葉の最盛期で、室堂平は草紅葉の黄金色、斜面はナナカマドの赤と、どこを切り取っても絵になります。そのぶん人も多く、雄山直下の岩場は渋滞気味でした。子連れの場合、朝いちばんのバスで入って昼過ぎに下りてくる計画にすると、渋滞も午後の天候悪化も避けやすいです。

歩きながら出会う「3つの地球の力」

立山のすごさは、ルート上の見どころがそのまま地学の教材になっていることです。図にまとめるとこうなります。

室堂から雄山への断面図。みくりが池・地獄谷・一ノ越・山崎カールの位置と、火山・氷河・隆起の3つの力
室堂〜雄山ルートの断面。半日の行程に火山・氷河・隆起の証拠が全部詰まっています。

①火山の力。室堂平自体が、かつての噴火で流れ出た溶岩がつくった台地です。みくりが池は水蒸気爆発の火口跡に水が溜まった池で、その隣の地獄谷からは今も轟々と噴気が上がっています。立山(弥陀ヶ原火山)は気象庁が常時観測する活火山で、「3,000m峰に登ったら火山ガスの匂いがした」という体験は、考えてみればかなり貴重です。

②氷河の力。雄山の山頂直下、西斜面には椀のようにえぐれた地形があります。これが山崎カール。氷期に氷河がスプーンのように山肌を削った跡(カール)で、1905年に地理学者の山崎直方がここを調査して「日本にも氷河時代があった」ことを初めて示した、日本の氷河研究発祥の地です。国の天然記念物にも指定されています。カールという地形の仕組みは氷河地形の記事で解説しています。そして立山連峰には、現在も動いている本物の氷河(御前沢氷河・内蔵助氷河など)が残っています。詳しくは日本の氷河は9つあるの記事をどうぞ。

③隆起の力。そもそもこの一帯が3,000mの高さにあること自体が、プレートに押されて山脈が持ち上がり続けている証拠です。娘には「この山、今もちょっとずつ背が伸びてるんだよ」と伝えたところ、「私と一緒だ」と返されました。うまい。

雄山山頂——3,003mの上の神社

雄山から北へ続く立山の主稜線。岩の峰と青空
雄山から北へ続く主稜線。この稜線の東側に、いまも動く氷河が隠れています。

山頂には雄山神社の峰本社が建っていて、最高点の岩の上でお祓いを受けられます。3,003mの頂で神主さんの太鼓の音を聞くのは、なかなか他では味わえない体験です。晴れていれば剱岳や薬師岳、遠く槍ヶ岳まで見渡せます。娘の感想は「山の上に神社があるのすごい。だれが木を運んだの?」——正直、私も同じことを考えていました。信仰の力おそるべし。

立山の下山路から室堂平を見下ろす。みくりが池と紅葉の山肌、歩く子どもの後ろ姿
下山路からは室堂平を一望。みくりが池の青、草紅葉の金色、遠くには富山平野まで見えます。この景色を見ながら下れるので、子どもの足取りも軽くなります。

下山は同じ道を戻り、余力があったのでみくりが池を一周してから帰りました。火口跡の池に立山の稜線が映る様子は、火山と氷河と隆起の合作を1枚の鏡で見るようで、この山のまとめとして完璧な締めくくりです。

室堂までの道のりも「本編」です

立山黒部アルペンルートで室堂に入ること自体が、子どもにとっては一大イベントです。私たちは富山側の立山駅から入り、ケーブルカーと高原バスを乗り継ぎました。バスの車窓では、標高が上がるにつれて森が低くなり、やがて森林限界を越えて草原に変わる——教科書で習う「植生の垂直分布」が、50分の乗車で早送り再生されます。娘への地学教育のつもりが、本人は「バスの運転手さんすごい」に夢中でした。まあ、それも正しい。

室堂ターミナルには売店も食堂もあり、水は「立山玉殿の湧水」が汲み放題。3,000m級の登山口としては日本一整った環境なので、親子登山のハードルを大きく下げてくれます。運が良ければハイマツ帯で雷鳥に会えることもあります。天気が下り坂の日ほど出やすい鳥なので、曇り空でもがっかりする必要はありません。

なお紅葉最盛期の週末はアルペンルートの乗り物が大行列になります。私たちは始発近くの便で入りましたが、それでも立山駅のケーブルカーは整理券方式でした。子連れなら前泊か、平日を強くおすすめします。行列で子どもの体力ゲージを削ってしまうのがいちばんもったいないので。

親子登山メモ

コースタイム室堂→一ノ越 約1時間/一ノ越→雄山 約1時間(子連れは1.5倍を想定)
核心部一ノ越から上の岩場。三点支持ができれば小学生でも可
注意点3,000mなので天候急変と高山病に注意。無理なら一ノ越までで十分絶景
楽しみ雄山神社のお祓い、みくりが池、下山後のソフトクリーム

立山の成り立ちをもっと深く知りたい方は立山の地質解説の記事を、ほかの山行記は「登山記録」カテゴリをどうぞ。

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安達太良山 登山記録——ロープウェイで登る火山、「ほんとの空」と月面の沼ノ平 https://chikyu-yama.online/adatarayama-climbing-record/ https://chikyu-yama.online/adatarayama-climbing-record/#respond Wed, 08 Jul 2026 11:24:15 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1497 福島県の安達太良山は、ロープウェイで八合目まで一気に上がれる親しみやすい火山です。高村光太郎が詠んだ「ほんとの空」、乳首のような山頂、そして月面のような沼ノ平の爆裂火口——子ども連れでも楽しめる活火山の登山記録です。なぜあの巨大な火口ができたのかにも触れます。

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険しい岩稜の山が続いたので、今回はぐっと親しみやすい山です。福島県の安達太良山(あだたらやま)。標高1,700mの活火山で、日本百名山のひとつですが、なんといってもロープウェイで八合目まで一気に上がれるのが魅力です。子ども連れの家族でも、無理なく山頂をめざせます。

それでいて、見どころは本格的です。詩人・高村光太郎が『智恵子抄』で詠んだ「ほんとの空」、乳首のような独特の山頂、そして月面のクレーターのような沼ノ平の爆裂火口。手軽さと火山らしいダイナミックさが同居した、お得な山です。

安達太良山 奥岳登山口の標識
奥岳登山口。ここからロープウェイに乗れば、八合目まで一気に上がれます。背後になだらかな安達太良の山体が見えています。

ロープウェイで八合目・薬師岳へ

奥岳登山口からロープウェイに乗ると、わずか数分で標高1,350mの薬師岳まで運んでくれます。下から歩けば数時間かかる道のりを、座っているだけで上がってしまうのですから、文明の力はありがたいものです。登山というより空中散歩から始まる山、というのは子ども連れには心強いスタートです。

薬師岳の展望台には、「この上の空がほんとの空です」と刻まれた智恵子抄の記念碑が立っています。智恵子が「東京には空がない」と嘆き、ふるさと安達太良の空を「ほんとの空」と呼んだ——その一節で知られる場所です。実際に見上げると、確かに広く澄んだ空が広がっていました。詩の一節を知っていると、ただの青空が少し特別に見えてくるから不思議です。

乳首山と呼ばれる山頂へ

薬師岳から山頂までは、なだらかな稜線を1時間20分ほど。森林限界を超えると、低い灌木と岩礫の開けた道になり、火山らしい景色に変わっていきます。風が抜けて気持ちのいい稜線歩きです。

安達太良山の山頂は、遠くから見ると小さな突起がぽこんと飛び出した独特の形をしていて、「乳首山(ちちくびやま)」という親しみのある別名で呼ばれています。この突起は、火山活動でマグマが盛り上がって固まった溶岩ドームです。山頂直下には岩場もありますが、慎重に行けば子どもでも越えられる程度で、最後にひと登りすると1,700mの頂に立てます。

安達太良山の山頂標識と乳首山の溶岩ドーム
安達太良山の山頂。背後にぽこんと盛り上がっているのが「乳首山」と呼ばれる溶岩ドームです。火山活動でマグマが盛り上がって固まった証拠です。

月面のような沼ノ平の爆裂火口

安達太良山の最大の見どころは、山頂の先に広がる沼ノ平の爆裂火口です。稜線をたどって火口の縁に立つと、それまでの緑の景色が一変します。赤褐色の大地に白い岩盤がむき出しになった、直径約1.2km・深さ約150mの巨大なくぼ地。草木はほとんどなく、本当に月面のクレーターを覗き込んでいるようです。

安達太良山の火山地形が広がる稜線の展望
山頂周辺に広がる火山地形。緑の灌木の先に、赤茶けた火山の地肌と火口壁が見えています。同じ山とは思えないほど景色が切り替わります。

この穏やかでない景色には、痛ましい歴史があります。1900年(明治33年)7月、この沼ノ平で水蒸気爆発が起こり、火口内にあった硫黄の採掘所が壊滅して、72名もの命が失われました。今ものどかな観光地に見えて、安達太良山は気象庁が常時観測を続ける活火山です。火口周辺には立ち入りが規制されている区域もあり、ロープウェイで気軽に登れる山が、れっきとした生きている火山であることを思い出させてくれます。

なぜ巨大な爆裂火口ができたのか

沼ノ平のような爆裂火口は、水蒸気爆発によってつくられます。火山の地下にはマグマの熱があり、その熱で地下水が熱せられます。閉じ込められた水が一気に水蒸気へと膨張すると、その圧力で山体の一部を吹き飛ばしてしまう——これが水蒸気爆発です。マグマそのものが噴き出すというより、温められた水が爆発の主役になります。

水蒸気爆発で爆裂火口ができる仕組みの図解
水蒸気爆発で爆裂火口ができる仕組み。マグマの熱で地下水が熱せられ、水蒸気となって膨張し、山体を吹き飛ばして巨大なくぼ地を残します。

大量の岩石を吹き飛ばした跡には、すり鉢状の巨大なくぼ地が残ります。これが沼ノ平の正体です。同じ水蒸気爆発は、御嶽山でも起きており、火山の身近でありながら侮れない一面を物語っています。その12年前の1888年には、すぐ西の磐梯山で起きた水蒸気爆発が、北側の峰をひとつ崩しています。安達太良山を歩くと、ロープウェイの手軽さと、足元に広がる火口の迫力という両極端を、半日で味わうことができます。親しみやすい山の懐に、地球のエネルギーがしっかり潜んでいる——そんなことを実感できる火山です。


安達太良山はロープウェイを使えば子ども連れでも楽しめる、入門にうってつけの火山です。火山の成り立ちに興味がわいたら、御嶽山の地質や焼岳の地質の記事もどうぞ。ほかの登山記録は「登山記録カテゴリ」にまとめています。

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鋸岳登山記録——南アルプス最難関、ギザギザの岩稜を越えて第一高点へ https://chikyu-yama.online/nokogiridake-climbing-record/ https://chikyu-yama.online/nokogiridake-climbing-record/#respond Tue, 30 Jun 2026 12:54:49 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1476 南アルプスのグレーディングで唯一のE難易度に指定される鋸岳。鋸の歯のようにギザギザと連なる岩稜、垂直の鎖場、崩れやすいガレ場——標高2,685mの第一高点をめざした9月の登山記録です。花崗岩の山がなぜこれほど険しい姿になったのかにも触れます。

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南アルプスの山をいくつか登っていると、北端にひときわ異質な稜線が目に入ります。鋸の歯のようにギザギザと尖った、見るからに登りにくそうな岩の連なり。それが鋸岳(のこぎりだけ)です。名前からして穏やかではありません。実際、南アルプスの登山道を難易度で格付けしたグレーディング表で、鋸岳は唯一のE難易度——最難関に指定されています。

標高は2,685m。日本二百名山であり山梨百名山でもありますが、その看板の華やかさとは裏腹に、登るには岩登りの技術と度胸が要ります。9月のある日、この鋸の歯を越えて最高地点である第一高点をめざしてきました。その記録です。

鋸岳とはどんな山か

鋸岳は赤石山脈(南アルプス)の北端、甲斐駒ケ岳のすぐ隣に位置しています。登山口は長野県側の戸台川が一般的で、そこから角兵衛沢などの沢沿いを詰めて稜線に上がります。どのルートを選んでも一般登山道とは呼べない世界で、ガレ場の急登と岩場の通過が連続します。

「鋸」という名前は、稜線がのこぎりの刃のように小さなピークを連ねていることに由来します。地図上では一本の尾根に見えても、現地では登っては下り、また登るという上下動の繰り返しで、見た目以上に体力と時間を削られます。隣の甲斐駒ケ岳が白い花崗岩の堂々とした山だとすれば、鋸岳は同じ白い岩を、刃物のように尖らせた山だと言えます。

白い砂礫の稜線の先にそびえる鋸岳の岩峰
白い砂礫の稜線の先に、鋸岳の岩峰がそびえます。足元の白さは花崗岩が風化した砂で、踏むとザクザクと崩れます。

白い砂礫の稜線を行く

沢を詰めて稜線に出ると、足元が一気に白っぽくなります。花崗岩が風化してできた砂礫で、歩くたびにザクザクと音を立てて崩れます。見た目は明るく気持ちのいい稜線ですが、急斜面ではこの砂が滑り、思うように足が決まりません。明るい色に油断していると、足を取られてヒヤリとさせられます。

前方には、これから越えていく岩峰が見えています。緑の樹林の上に灰白色の岩がむき出しになった、いかにも手強そうな姿です。「あそこを登るのか」と思うと気が引き締まりますが、同時に、あの岩のてっぺんに立てるのだと思うと足が前に出ます。山があるから登るのか、登りたいから山に向かうのか——こういう山を前にすると、その問いはどうでもよくなって、ただ目の前の一歩に集中することになります。

鎖場とガレ場の連続

鋸岳の核心は、なんといっても岩場の通過です。垂直に近い岩には鎖がかけられ、上に登ったかと思えば今度は下り、岩の側面をへつるように進む区間もあります。事前に読んだ山行記録に「忍者もびっくり」という表現がありましたが、実際に取りついてみると、その言葉に大げさなところはありませんでした。

鎖場以上に神経を使ったのが、崩れやすいガレ場でした。斜面いっぱいに浮石が積もっていて、一歩踏み出すたびに岩が動きます。下を覗き込むとそのまま吸い込まれそうな高度感で、鎖を握る手につい力が入ります。こういう場所では、登っている最中はむしろ無心です。怖いと感じる余裕すらなく、ただ次の足場と手がかりを探し続けます。怖さがじわじわ込み上げてくるのは、たいてい難所を抜けて一息ついたあとです。

鋸岳の岩稜にかけられた鎖
岩稜にかけられた鎖。登っては下り、また登るという上下動が連続し、見た目の標高差以上に消耗します。

第一高点 2,685mへ

いくつもの岩場を越え、ようやく鋸岳の最高地点である第一高点に着きました。山頂は岩がごろごろと積み重なった狭い場所で、ガレた岩の間に「鋸岳 第一高点 2685m」と記された古い標識が斜めに立っていました。豪華な山頂標識ではありませんが、ここまでの道のりを思うと、その素っ気なさがかえって誇らしく見えます。

鋸岳 第一高点 2685m の山頂標識
第一高点の山頂標識。岩がごろごろと積み重なった狭い頂で、標高2,685mを示しています。ここに立つまでが鋸岳の核心です。

この日は雲が多く、展望は開けたり閉じたりを繰り返していました。雲の切れ間からは、隣の甲斐駒ケ岳へ続く稜線や、足元から湧き上がる雲海が見えます。苦労して登った山頂で雲海に出会うと、それまでの緊張がほどけて、思わず長居をしたくなります。雲が稜線を駆け上がってきては、また谷へ落ちていく。その動きをぼんやり眺めているだけで、ずいぶん時間が経っていました。

鋸岳の稜線から見る雲海と南アルプスの山並み
稜線から望む雲海。雲が谷から湧き上がっては落ちていく様子は、いつまで見ていても飽きません。9月の南アルプスらしい、しっとりとした空気でした。

なぜ鋸岳はこれほど険しいのか

下山しながら、ふと「なぜ同じ南アルプスでも、鋸岳だけがこんなにギザギザなのか」と考えました。その答えは、足元の白い岩——花崗岩にあります。

鋸岳や甲斐駒ケ岳をつくる花崗岩は、もともと地下深くでマグマがゆっくり冷えて固まった岩石です。それが南アルプス全体の激しい隆起によって地表に持ち上げられ、長い年月のあいだ侵食にさらされてきました。花崗岩は硬い部分ともろい部分が入り混じっていて、もろい部分から先に削られていきます。その結果、硬い岩だけが取り残されて、刃物のように尖った稜線ができあがりました。甲斐駒ケ岳の白い岩肌も同じ花崗岩ですが、鋸岳はその侵食がより極端に進んだ姿だと言えます。

鋸岳が険しいギザギザの稜線になる仕組みの図解
花崗岩の山がギザギザになる仕組み。隆起した花崗岩が侵食を受け、もろい部分が削られて硬い岩が尖って残ります。

南アルプスが今も年に数mmずつ隆起し続けていることを考えると、鋸岳の鋭さは「隆起する力」と「削る力」がせめぎ合った、いわば現在進行形の地形です。登っているあいだは岩と鎖のことしか頭にありませんでしたが、あのザクザクした白い砂も、尖った岩峰も、地球がこの山を削り続けている途中の姿だったわけです。難所だらけの山でしたが、足元の一つひとつが地形のでき方を語っていると思うと、苦労した記憶も少し違って見えてきます。


鋸岳は技術と経験を要する上級者向けの山です。挑む際は十分な装備と計画を。山の成り立ちに興味がわいたら、隣の甲斐駒ケ岳の地質や、日本の山とプレート運動の記事もあわせてどうぞ。ほかの登山記録は「登山記録カテゴリ」にまとめています。

投稿 鋸岳登山記録——南アルプス最難関、ギザギザの岩稜を越えて第一高点へ は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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