北海道・雌阿寒岳の麓にあるオンネトー湯の滝は、ただの温泉の滝ではありません。滝の岩肌では今このときも、微生物がマンガンの鉱石をつくり続けています。ふつう海の底でしかできないはずのマンガン鉱床が、陸上で目の前で成長していく——世界的にも珍しいこの「生きた鉱床」は、国の天然記念物に指定されています。この記事では、実際に訪ねた写真とともに、この不思議な滝の地学的な意味を解説します。

まず場所——雌阿寒岳の懐、原生林の奥
オンネトー湯の滝は、日本百名山の雌阿寒岳(1,499m)の西麓、神秘の湖として知られるオンネトーから原生林を1.5kmほど歩いた先にあります。雌阿寒岳は今も活発な活火山で、その火山の熱が温泉となってこの滝に流れ込んでいます。まさに「生きている火山」の恵みが生んだ滝です。

ちなみに、雌阿寒岳は火山ランキングの記事でも触れた、気象庁の常時観測対象の活火山です。近年は火山活動がやや活発で噴火警戒レベルが上がることもあるので、訪れる際は気象庁の最新情報を必ず確認してください(湯の滝は登山道とは別ですが、火山地帯であることに変わりはありません)。
なぜ特別なのか——微生物が鉱石をつくっている
この滝の主役は、水量でも落差でもなく、岩肌にこびりついた黒い沈殿物です。これはマンガンという金属が酸化してできた二酸化マンガンで、鉱石そのもの。しかもこの鉱石を作っているのが、岩の表面に暮らす微生物なのです。

仕組みはこうです。温泉水には、溶けたマンガン(マンガンイオン)が含まれています。滝の岩には、光合成をする藍藻(シアノバクテリア)と、マンガンを酸化させるマンガン酸化細菌が暮らしています。藍藻が光合成で出した酸素と、温泉のマンガンを、細菌が結びつける。すると黒い二酸化マンガンが岩に沈着していきます。この滝では年間1トン以上(!)のマンガンが、こうして生物の力で積もっているのです。
何がすごいのか。マンガンのような金属鉱床は、ふつう深い海の底で気の遠くなる時間をかけてできるもので、人間が形成の現場を目にすることはまずありません。ところが湯の滝では、本来なら海底でしか起きない鉱床づくりが、陸上で、しかも微生物の働きでリアルタイムに進行している。これは世界的にも極めて珍しく、「天然の実験室」として国の天然記念物(正式名称は「オンネトー湯の滝マンガン酸化物生成地」)に指定されています。実際、昭和20年代にはここでマンガンが採掘されていた歴史もあります。

原始地球の海を、いま目の前で見ている
この滝が地学好きの心を掴むのは、もう一段深い理由があります。それは、大昔の地球の海で起きていたことを、現代の陸上で追体験できるという点です。
地球の歴史をさかのぼると、まだ酸素の少なかった原始の海で、微生物(藍藻の祖先)が光合成を始めて酸素を出し、その酸素が海に溶けた金属を酸化させて、海底に膨大な鉱床を沈殿させた時代がありました。鉄の巨大鉱床(縞状鉄鉱層)はこうして生まれたと考えられています(この酸素が地球を作り変えた歴史は地球の大きな仕組みとも地続きです)。湯の滝で今まさに起きている「微生物が酸素で金属を沈める」営みは、その原始地球のドラマの縮小再現版なのです。滝壺のオレンジや黒の被膜を眺めていると、数十億年前の地球の海を覗き込んでいるような気分になります。
正直に言えば、湯の滝は派手な観光地ではありません。原生林を歩いた先にひっそりとあり、滝そのものより「岩の汚れ」に注目しろという渋い名所です。でも、目の前の黒い沈殿が「生き物がつくる鉱石であり、原始地球の再現」だと知ると、風景が一変します。私はこの滝の前で、しばらく動けなくなりました。
オンネトー湯の滝のよくある質問
滝に触ったり入ったりできる?
天然記念物なので、沈殿物や岩に触れるのは避けましょう。かつては湯の滝に浸かれた時代もありましたが、貴重なマンガン生成の現場を守るため、現在は観察するにとどめるのがマナーです。温泉として楽しむなら、近くの温泉施設をどうぞ。
オンネトー(湖)も見る価値ある?
是非。オンネトーは雌阿寒岳の噴火で川がせき止められてできた堰止湖で、見る角度や天気で湖面の色が変わることから「五色沼」とも呼ばれます。湯の滝とセットで、火山がつくった水辺の風景を楽しめます。
火山の温泉となぜ関係が深いの?
湯の滝の水は雌阿寒岳の火山活動が生んだ温泉水だからです。火山があるからマンガンを溶かした温泉が湧き、その温泉が滝になって微生物に金属を供給する。火山あってのマンガンの滝、というわけです。
まとめ——地味な滝が、地球史の教室だった
オンネトー湯の滝は、雌阿寒岳の火山が生んだ温泉水と微生物が協力して、マンガン鉱石を陸上でつくり続けている世界的にも珍しい場所です。海底でしか起きないはずの鉱床形成を目の前で見られ、しかもそれは原始地球で酸素と生命が地球を作り変えた出来事の再現でもある。派手さはありませんが、「地球はこうやって鉱物を作り、生命が地球を変えてきた」という物語を、これほど間近に感じられる場所はそうありません。阿寒の森を訪れる機会があれば、ぜひこの地味で偉大な滝に足を運んでみてください。
山の成り立ちをもっと知りたい方は、「山の地質」カテゴリの記事一覧もどうぞ。



コメント