白馬大雪渓から不帰キレットへ——雪の上を4時間歩いた翌日、岩だけの世界にいた縦走記録

登山記録

1日目は雪の上を4時間、2日目は岩だけの世界。白馬岳から唐松岳への縦走は、日本の山の「両極端」を2日で味わえるルートです。登りは日本最大の雪渓・白馬大雪渓、下りの核心は日本三大キレットの一つ・不帰(かえらず)キレット。7月末、テントを担いで歩いてきました。

そしてこのルート、当ブログ的に見逃せないのは「雪と氷の博物館」でもあることです。足元の大雪渓は実は氷河ではないのに、稜線を挟んだすぐ隣の谷には本物の氷河が3つも隠れている——歩いた記録とあわせて、その話も書きます。

白馬岳から唐松岳への縦走ルート地形図。猿倉・白馬大雪渓・天狗山荘・不帰ノ嶮・八方池
今回のルート。猿倉から大雪渓を登り、稜線を南下して八方尾根へ下りました。出典:国土地理院
白馬岳〜不帰キレット〜唐松岳縦走ルートの標高プロファイル
標高プロファイル。前半は雪渓の大登り、後半は不帰ノ嶮のアップダウンが核心です。

1日目——日本最大の雪渓を登る

白馬尻の「おつかれさん! ようこそ大雪渓」と書かれた岩
白馬尻の名物岩。ここから雪の世界が始まります。

猿倉から1時間ほど樹林を歩くと白馬尻に着き、名物の「ようこそ大雪渓」の岩が迎えてくれます。ここで軽アイゼンを装着していよいよ雪の上へ。白馬大雪渓は全長約3.5km・標高差約600m、日本三大雪渓の中でも最大規模です。真夏なのに視界の端から端まで雪。冷気が雪面を滑り降りてくるので、7月末でも体感は初冬でした。下界が猛暑日でもここだけは天然のクーラーです。

白馬大雪渓の大きな割れ目。雪の断面が幾重にも見える
雪渓の割れ目。断面には冬の間に積もった雪の層が見えます。登山道は割れ目を避けて付け替えられます。

途中、雪渓のあちこちに巨大な割れ目が口を開けていました。氷河のクレバスを思わせる迫力ですが、ここで一つ整理を。大雪渓は「雪渓」であって「氷河」ではありません。氷河と呼ばれるには、雪が圧縮されてできた厚い氷の塊が、自分の重さで年単位で流れ続けている必要があります。大雪渓の雪は毎年ほぼ入れ替わる「使い切りの雪」。一方、この条件を満たす本物の氷河が、実は日本に9つ存在します。詳しくは日本の氷河は9つあるの記事で書いたとおりです。

そして面白いのはここからで、その9つのうち3つ(唐松沢・杓子沢・不帰沢)が、今回歩く稜線のすぐ東側の谷に集中しています。これから2日間歩くルートは、いわば「日本一氷河に近い縦走路」です。足元の雪渓は氷河ではないのに、尾根の向こう側には本物がいる。この対比を知ってから歩くと、雪の見え方が変わります。

白馬岳上部の霧に包まれたお花畑。黄色い高山植物が斜面一面に咲く
雪渓を登り切ると、霧の中に黄色いお花畑が広がっていました。雪解け水が育てる庭です。

大雪渓で本当に警戒すべきは、滑落よりも落石です。両岸の岩壁から剥がれた石が雪面を転がってくるのですが、雪の上を転がる石はほぼ無音です。つまり「音がしたら逃げる」が通用しません。定期的に顔を上げて上方を確認しながら、立ち止まらずに登り切るのが大雪渓の作法です。実際、雪面のあちこちに、上から転がってきたであろう岩が黒い点として散らばっていました。あれが全部「音もなく降ってきたもの」だと思うと、休憩場所は自然と慎重に選ぶようになります。

雪渓を登り切ると一転、斜面いっぱいのお花畑になります。雪解け水が絶えず供給される斜面は高山植物の楽園で、白馬岳が「花の百名山」と呼ばれる理由がここに詰まっています。白馬岳山頂(2,932m)を踏んだあとは、稜線を南下。杓子岳・白馬鑓ヶ岳を越えて、この日の宿泊地・天狗山荘のテント場に入りました。

2日目——天狗の大下りから不帰ノ嶮へ

夜明け前の「ここより天狗の大下り 足元注意」の黄色い標識
夜明け前、ヘッドライトの灯りに浮かんだ標識。「ここより天狗の大下り 足元注意」。良い緊張感をいただきました。

2日目は暗いうちに出発。天狗ノ頭を越えると、ヘッドライトの光の中に「ここより天狗の大下り」の標識が浮かび上がります。ここから標高差約300mを一気に下って、ルートの最低鞍部・不帰キレットへ。「キレット」とは稜線が深く切れ落ちた場所のことで、下りきった鞍部から見上げる不帰ノ嶮(かえらずのけん)の岩壁は、名前の圧も相まってなかなかの威圧感です。ちなみに「不帰」の由来には諸説ありますが、初見の登山者を黙らせる効果は間違いなくあります。

ガスに包まれた不帰ノ嶮の岩壁と雪渓の残る谷
ガスの中の不帰ノ嶮。左下の谷には雪が残ります。岩と雲と雪だけの世界。

不帰ノ嶮の核心はII峰の北峰への登り返しです。鎖場と岩場が連続し、高度感のあるトラバースもありますが、鎖・足場ともよく整備されていて、三点支持を守って落ち着いて進めば見た目ほどの悪場ではありません。むしろ怖いのは浮石と、すれ違い待ちの間に体が冷えることでした。この日はガスで展望こそ乏しかったものの、時折雲が切れて岩壁と雪渓が現れる景色は、水墨画の中を歩いているようでした。

不帰2峰南峰の山頂標識と石積み
不帰II峰南峰。核心部を越えた安堵で、この標識がやけに愛おしく見えました。

II峰南峰まで来れば危険地帯は終了。あとは唐松岳(2,696m)までの快適な稜線歩きです。そして唐松岳の北東斜面の谷こそ、後に「日本で7番目の氷河」と認定された唐松沢氷河の在り処。カクネ里氷河を見に行った記録でも書いたとおり、私は氷河と聞くと通いたくなる性分ですが、このときはまだ唐松沢が氷河だと確認される前。知らずに本物の氷河の縁を歩いていたわけです。あの日すれ違った登山者の誰一人、隣の谷に氷河がいると知らなかったと思うと、少し得した気分になります。

下山は八方尾根へ。八方池まで下りてくると観光の人々と行き交うようになり、雪と岩の2日間が急速に日常へ巻き戻されていきました。カールやモレーンなど、このルートで見られる氷河の彫刻については氷河地形の記事にまとめています。

縦走メモ——注意点と装備

時期7月末。大雪渓は軽アイゼン必携。雪渓の状態は年によって大きく変わるため直前に要確認
核心部天狗の大下り(浮石)と不帰ノ嶮II峰(鎖場・高度感)。岩場経験を積んでから
幕営天狗山荘テント場。稜線上のため強風時は覚悟が必要
逃げ道悪天時は天狗山荘から白馬鑓温泉ルートへの下山も検討(要最新情報)

雪の大登りと岩の核心部、お花畑と氷河。2日間でこれだけの要素を詰め込める縦走路はそう多くありません。次にこのルートを歩く方は、唐松岳に着いたら北東の谷をのぞき込んでみてください。そこにいるのは、氷期の生き残りです。

ほかの山行記は「登山記録」カテゴリ、山の成り立ちの解説は「山の地質」カテゴリにまとめています。

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