樽前山(たるまえさん)は、登り始めて約1時間で「生きている火山」の縁に立てる山です。北海道・支笏湖の南岸にそびえる標高1,041mの活火山で、山頂の火口原には今も噴気を上げる溶岩ドームが鎮座しています。しかも背後に広がるのは支笏湖の青。火山の迫力と湖の絶景が、往復2〜3時間のハイキングでまとめて手に入る——コストパフォーマンスという言葉を山に使うのは気が引けますが、この山に関しては使わせてください。破格です。
9月下旬、家族での北海道旅行の初日にこの山を歩きました。登山記録とあわせて、樽前山が「世界的に珍しい火山」と呼ばれる理由を解説します。

ルート概要——7合目から東山へ、約1時間
登山口は樽前山7合目ヒュッテ(約660m)。すでに樹林帯の上部なので、歩き出して15分もすると視界が開け、振り返れば支笏湖の全景が見えます。道はよく整備された階段と砂礫の道で、危険箇所はありません。外輪山の縁までは約40分。そこから最高地点側の溶岩ドームは立入禁止のため、一般の登頂点である東山(1,022m)までさらに15分ほど歩きます。

特筆すべきは道の足ざわりです。登山道の砂礫はよく見ると軽石だらけで、踏むたびにザクザクと乾いた音がします。これは過去の噴火で降り積もった軽石や火山灰。つまりこの山では、登山道そのものが噴火の堆積物でできています。序盤のハイマツと紅葉の道を抜けると植生はどんどん薄くなり、外輪山に近づく頃には月面のような砂礫の斜面になります。1時間で「森林→紅葉の低木→火星」と風景が切り替わるので、子ども連れでも飽きる暇がありません。
外輪山に出た瞬間、目の前に「あれ」が現れる
この山のクライマックスは山頂ではありません。外輪山の縁に立った瞬間です。それまで支笏湖を背にひたすら登ってきて、縁を越えた途端——視界の中央に、巨大な岩の塊がぬっと現れます。溶岩ドームです。周囲は植物のない平坦な火口原で、ドームの岩の隙間からは白い噴気がいくつも立ち上っています。初見の感想は「うわ、思ってたより生きてる」でした。

このドームは1909年(明治42年)の噴火で、わずか数日のうちに地面から盛り上がって誕生したものです。高さは約134m。粘り気の強い溶岩が火口から押し出され、流れずにその場で固まってできました。誕生から100年以上たった今も内部は熱く、だから噴気が絶えないわけです。ドーム自体は火山ガスの危険があるため立入禁止ですが、外輪山の登山道からは安全な距離を保ちつつ、これ以上ないほどよく見えます。溶岩ドームを「外側からぐるりと観察できる」山は、日本ではかなり貴重です。

なぜ「世界的に珍しい」のか——三重式火山という構造
樽前山は「三重式火山」と呼ばれます。3つの火山地形が入れ子になっているという意味で、世界でも数例しかない構造です。

1段目は支笏カルデラ。約4万年前の巨大噴火で地面が丸ごと陥没してできた、直径十数kmのくぼ地です。そこに水が溜まったのが支笏湖。つまり登山中ずっと見えていたあの青い湖は、「先代の火山が吹き飛んだ跡」です。カルデラという地形の仕組みはカルデラ入門の記事で詳しく解説しています。
2段目はそのカルデラの縁に約9,000年前から成長した成層火山——いま私たちが登っている山体そのものです。そして3段目が、その山頂火口の中に1909年に生まれた溶岩ドーム。カルデラの中に火山、火山の中にドーム。約4万年・約9,000年・約100年という3世代の火山活動が、1枚の風景に同居しているわけです。東山からの眺めは、いわば地球の家族写真です。
下山は「親の顔」を見ながら
下山路は登ってきた道をそのまま戻ります。下りは終始、支笏湖に向かって歩く格好になるので、行きとは景色の主役が入れ替わります。正面に支笏カルデラ、その縁に風不死岳、湖の対岸には恵庭岳。実はこの風景に写っている山はぜんぶ、支笏カルデラができたあとにその縁に生えてきた「きょうだい火山」です。約4万年前の巨大噴火でぽっかり空いた穴の周りに、樽前山・風不死岳・恵庭岳が順番に育った。下りの40分は、その家族構成を眺めながらの復習タイムになります。
そして下山後のお楽しみが支笏湖畔の温泉です。火山に登って、カルデラ湖を眺めて、火山の熱で温まった湯に浸かる。地学的に完璧な導線と言うほかありません。湖畔でヒメマスの塩焼きでも食べれば、支笏カルデラをフルコースで味わったことになります。
アクセスとコースタイム
| アクセス | 新千歳空港から車で約50分。支笏湖畔から樽前山7合目駐車場へ(林道区間あり・冬季閉鎖) |
| コースタイム | 7合目ヒュッテ→外輪山 約40分/外輪山→東山 約15分(往復2〜3時間) |
| 駐車場 | 7合目駐車場は好天の週末は早朝に満車になることが多い |
| 装備 | 日帰りハイキング装備+防風着。外輪山上は遮るものがない |
登る前に知っておきたいこと
樽前山は気象庁が常時観測する活火山です。溶岩ドーム周辺は火山ガスのため立入禁止が続いており、登れるのは外輪山の東山まで。また噴火警戒レベルによっては入山自体が規制されるので、出発前に気象庁の火山情報を必ず確認してください。私たちが登った日も、風向きによってはドームの噴気が外輪山側に流れてきて、うっすら硫黄の匂いがしました。あの匂いの正体が「はるか昔に海だった水」だという話は、マグマは海の水から生まれるの記事で書いたとおりです。
装備は通常の日帰りハイキング装備で十分ですが、外輪山上は遮るものがなく風が強い日が多いので、防風着は必携です。トイレは7合目ヒュッテのみ。火口原側に下りる道もありますが、規制状況により通行の可否が変わります。
まとめ——「火山を学ぶ最初の一座」に最適
往復3時間弱で、カルデラ湖・成層火山・溶岩ドーム・噴気と、火山の教科書に出てくる要素をほぼ全部、実物で確認できる。しかも危険箇所なし、絶景つき。樽前山は「火山って面白いかも」と思うきっかけとして、これ以上ない一座だと思います。北海道旅行の行程に半日の余白があるなら、ぜひ組み込んでみてください。支笏湖畔の温泉とセットにすれば、火山の恵みをまるごと味わう一日になります。
山の成り立ちを地学の視点から解説した記事は「山の地質」カテゴリに、ほかの山行記録は「登山記録」カテゴリにまとめています。



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