富士山の地質:三つのプレートがせめぎ合う場所に、なぜ日本一の山ができたのか

甲斐駒ケ岳から望む富士山 山の地質

富士山は、フィリピン海プレート・ユーラシアプレート・北米プレートという3枚のプレートがせめぎ合う場所のほぼ真上に立つ、4つの火山が積み重なってできた玄武岩質の成層火山です。標高3,776m、山体の体積は約400km³。日本の火山の多くが100km³以下ですから、2位以下を寄せ付けない圧倒的な体格です。なぜ「あの場所」にだけ、これほど巨大な火山が育ったのか。答えは山頂ではなく、地下深くのプレートの事情にあります。

この山を地学的に読むポイントは3つあります。3枚のプレートが出会う特異な場所に立っていること。見た目は一つの山ですが中身は4つの火山が積み重なった「4階建て」であること。そして日本の火山では異例の、玄武岩質マグマを噴き続けてきたことです。

甲斐駒ヶ岳から望む富士山のシルエット
甲斐駒ヶ岳の山頂から望んだ富士山。手前の山々より頭ひとつどころか胴体ごと抜けています。この「異常な大きさ」こそ、地下のプレート構造の産物です。

なぜ富士山は「あの場所」にあるのか?

結論から言うと、富士山の下では3枚のプレートがせめぎ合い、さらに沈み込んだプレートに「裂け目」ができていて、そこからマグマが供給され続けているためです。

日本列島の火山は、プレートの沈み込みに伴って帯状に並びます。ところが富士山の立地は特別です。産総研地質調査総合センターの解説によると、富士山はユーラシアプレート・北米プレート・フィリピン海プレートという3つのプレートが交差する複雑な場所に形成され、伊豆半島の付け根付近に成長しています。南から北上してきた伊豆半島は、フィリピン海プレートに乗って本州に衝突した「元・南の海の火山島」です。この衝突の現場のすぐ脇に、富士山は立っています。

さらに内閣府の宝永噴火報告書は、興味深い仮説を紹介しています。地震波の解析によると、富士山の地下では沈み込んだフィリピン海プレートの板(スラブ)が、北西へ進む部分と西へ進む部分に引き裂かれているように見えます。その裂け目を埋めるように、深部からマグマが上昇し続けている——つまり富士山の地下には、マグマの供給が止まらない「構造的な蛇口」がある、という考え方です。日本一の山の正体が「プレートの破れ目」だとすると、なかなか身も蓋もない話です。

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富士山は「4階建て」——中身は4つの火山

富士山は一つの火山に見えますが、産総研の富士火山地質図(第2版)によると、実際には4つの火山が積み重なった構造をしています。1階が先小御岳火山(約27〜16万年前)、2階が小御岳火山(約10万年前)、3階が古富士火山(約10万〜1.7万年前)、そして表面を覆う4階が新富士火山(約1.7万年前〜現在)です。私たちが「富士山」と呼んで眺めている優美な山体は、いわば最上階の外装だけで、その下に3つの古い火山が丸ごと埋まっています。

富士山の4層構造の断面図:先小御岳・小御岳・古富士・新富士とフィリピン海プレート
富士山の内部構造の模式図。4つの火山が積み重なり、深さ約20kmのマグマ溜まりから供給を受けています。

面白いのは、1階の先小御岳火山が発見されたのが2004年、東京大学地震研究所のボーリング調査によってだったことです。日本でいちばん有名な山の「1階部分」が、つい20年ほど前まで誰にも知られていなかったわけです。しかも2階の小御岳火山の山頂部は、富士スバルライン五合目の小御岳神社付近に顔を出しています。観光バスで賑わうあの五合目は、実は「先代の富士山の山頂」です。

なぜ富士山だけが玄武岩を噴き続けるのか?

富士山の噴出物は主に玄武岩(SiO₂ 49〜52%、気象庁)で、これは日本の火山としては異例です。日本の火山の大半は、より粘り気の強い安山岩質のマグマを噴出します。理由として、山梨県富士山科学研究所の研究では、富士山のマグマ溜まりが約20kmと他の火山より深い位置にあることが挙げられています。深い場所ではマグマの化学組成が変化(分化)しにくく、サラサラの玄武岩質のまま上昇してくるのです。前述の「裂け目からの絶え間ない供給」も、マグマが地下で熟成する暇を与えません。

この「サラサラのマグマ」こそが、富士山の姿を決めました。粘性の低い溶岩は遠くまで流れ、広大な裾野をつくります。爆発的噴火によるスコリアや火山灰と、流れやすい溶岩が交互に積み重なって、あの均整のとれた円錐形ができあがりました。つまり富士山の美しさは、マグマ溜まりの深さの産物です。絵葉書のような山容の設計者が地下20kmにいると考えると、山の見え方が少し変わります。

富士山の山頂火口(大内院)。内壁に溶岩とスコリアの互層が見える
お鉢巡りの途中で覗き込んだ山頂火口(大内院)。内壁に、溶岩と火山砕屑物が交互に積もった縞模様がそのまま露出しています。成層火山の「断面図」を実物で見られる場所です。

この互層は、山頂火口を一周する「お鉢巡り」で実際に見下ろせます。私が覗き込んだときの正直な感想は「教科書の断面図がそのまま置いてある」でした。優美な外観とは裏腹に、火口の内側は赤黒い岩壁が荒々しく口を開けていて、この山が「積み上げてきた山」であることを一目で納得させられます。

富士山周辺の地形図:剣ヶ峰・宝永第一火口・宝永山
富士山周辺の地形図。等高線が同心円状に整然と並ぶ一方、南東斜面には宝永火口の「傷跡」がはっきり残っています(出典:国土地理院)。

宝永噴火——山頂ではなく「横っ腹」から

富士山の最新の噴火は1707年の宝永噴火です。気象庁の記録によると、噴火の49日前には南海トラフの巨大地震である宝永地震(M8.6級)が起きています。噴火は山頂ではなく南東の山腹で始まり、16日間続きました。噴出物の総量は約1.7km³。火山灰は偏西風に乗り、100km以上離れた江戸の町にも約2cm積もりました。

このとき南東斜面に開いた宝永第一火口は、直径1km超と山頂火口より大きな穴です。地形図で見ると、完璧な同心円の等高線が南東側だけ大きく乱れているのがわかります。そして実は、富士山の山腹にはこうした側火山(山腹の火口)が約70〜100個も並んでいます。産総研の資料によると、過去5,600年間の噴火は約180回。平均すると約30年に1回のペースで噴火してきた計算ですが、宝永噴火から現在まで約320年間沈黙しています。ペース配分としてはかなりの「貯め込み」で、だからこそ富士山は今も気象庁の常時観測対象です。

山は崩れる——御殿場岩屑なだれ

もう一つ、富士山の履歴書には見逃せない項目があります。約2,900年前、東側の山体が大規模に崩壊しました(御殿場岩屑なだれ)。火山学会誌の論文によると、崩れた土砂は岩屑なだれと泥流を合わせて約1.8km³。現在の御殿場市街の一帯は、この崩壊の堆積物の上に載っています。原因は噴火ではなく、熱水で脆くなった山体が地震などで崩れたと推定されています。成層火山は積み木のように「積んだものはいつか崩れる」宿命を抱えていて、これは崩れ続ける成層火山・伯耆大山と同じ構図です。

登山ルート別・地学の見どころ

富士山の4本の登山ルートは、それぞれ違う「地質の教科書」を歩きます。吉田ルートの起点・富士スバルライン五合目は前述のとおり小御岳火山の山頂部で、4階建ての「2階の屋上」から登り始める構図です。富士宮ルートは新富士期の溶岩流の上を直登するルートで、足元の岩には白い斜長石の粒(産総研によると最大4〜12mm)が目立ちます。御殿場ルートは宝永噴火のスコリアが厚く積もった斜面で、名物の下山路「大砂走り」は一歩で数メートル進む砂礫の道——つまり300年前の噴出物の上を滑り降りる遊びです。須走ルートは樹林帯を長く歩ける唯一のルートで、溶岩の上に森が再生する時間の長さを体感できます。

私自身、8月上旬の富士山を夜通しで登り、山頂でご来光を迎えたことがあります。夜中の登山道はヘッドランプの列が九十九折に連なり、登山というより行列の最後尾に並ぶ感覚でした。それでも夜明け前、雲海の縁がオレンジに染まり始めた瞬間、行列への不満は消えます。玄武岩の黒い斜面と雲海だけの、装飾のない夜明けです。

富士山山頂付近から見たご来光と雲海
山頂直下で迎えたご来光。手前の黒い稜線が玄武岩の山体です。標高3,700m台から見る夜明けは、雲海が眼下に沈み、地球の丸みを疑い始める高さです。
日本最高峰富士山剣ヶ峰の石碑
剣ヶ峰の石碑。日本の最高地点をつくる岩は新富士火山のもので、地質学的には約1.7万年前以降にできた「日本一高くて、かなり若い」場所です。

そして富士山は、離れた山から眺めたときにも「効く」山です。甲斐駒ヶ岳の山頂から見た富士山は、雲海の上に一つだけ浮かぶ影でした。周囲の山と高さの桁が違うので、遠近感が狂って距離が掴めません。あの違和感の正体が「プレート3枚とスラブの裂け目」だと知ってからは、美しいというより、少し不気味な山として眺めています。

富士山からプレートの世界へ

富士山を持ち上げたフィリピン海プレートは、南アルプスや丹沢も育てた「日本の山の大スポンサー」です。伊豆半島の衝突が押し上げた甲斐駒ヶ岳の白い花崗岩、そして富士山のすぐ東で口を開ける南海トラフ。これらを繋げて読むと、日本列島の南半分の地形が一本のストーリーになります。「山の地質」カテゴリでは、日本の山々の成り立ちをプレートレベルで解説しています。

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