活火山 アーカイブ - 地球を感じる山登り 山の成り立ちを地質学から読み解く登山ブログ Mon, 05 Oct 2026 06:48:52 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=7.1.3 https://chikyu-yama.online/wp-content/uploads/2026/04/favicon_tozan-150x150.png 活火山 アーカイブ - 地球を感じる山登り 32 32 磐梯山の地質——明治の噴火で峰がひとつ消え、裏磐梯の湖ができるまで https://chikyu-yama.online/bandai-1888-eruption/ https://chikyu-yama.online/bandai-1888-eruption/#respond Mon, 05 Oct 2026 01:43:03 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2645 磐梯山は、1888年(明治21年)の水蒸気噴火で北側の峰「小磐梯」が崩れ落ち、その土砂が川をせき止めて檜原湖や五色沼をつくった火山です。八方台から登った山頂で見下ろした湖の写真と、標高データから起こした図解・地形図で、噴火前・噴火の瞬間・現在の3段階を追います。

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磐梯山は、1888年(明治21年)の水蒸気噴火で北側の峰「小磐梯」が崩れ落ち、その土砂が川をせき止めて裏磐梯の湖沼群をつくった火山です。ふもとから見上げると整った形の山なのに、北側だけが大きくえぐれています。檜原湖も五色沼も、そのえぐれた分の土砂がつくった景色です。

要点は3つです。噴火の朝、山頂の北にあった小磐梯の北半分がまるごと崩れました。崩れた土砂は北のふもとへ流れ下って5つの村を埋め、川をせき止めました。せき止められた水が1〜2年でたまり、いまの湖と沼になりました。

磐梯山の山頂付近から北を見下ろした景色。雲の切れ間に島の多い檜原湖が見える
10月上旬、山頂付近から北を見下ろしたところ。雲の切れ間の大きな湖が檜原湖。この湖は明治の噴火まで存在しなかった

磐梯山はなぜ表と裏で形が違うのか?

北側だけが崩れたからです。麓から見上げた磐梯山は、すっきりと裾を引いた整った形をしていました。会津の民謡で「宝の山」と歌われる姿です。

ところが北の裏磐梯側へ回ると、同じ山の山頂のすぐ下に、幅2km以上の巨大なくぼみが口を開けています。正面から撮った証明写真はきれいなのに、後頭部が大きくえぐれている、という状態です。このくぼみを、資料では形から「馬蹄形の火口」と呼びます。噴火で吹き飛んだ穴と、山が崩れ落ちた跡がひとつながりになった地形で、この記事では以下「崩壊跡」と呼びます。表の姿だけ見て帰ると、この山の半分しか見ていないことになります。

磐梯山と裏磐梯の地形図。山頂の北に開いたU字形の火口と、北へ広がる湖沼群、八方台登山口の位置を示す
磐梯山と裏磐梯。山頂の北に口を開けた崩壊跡から、北のふもとへ湖沼が散らばる(出典:国土地理院)

崩壊跡は、1888年7月15日の噴火でできました。噴火の前、山頂の北には「小磐梯」という峰がありました。内閣府の中央防災会議がまとめた報告書(以下、内閣府の報告書)によると、小磐梯の標高は1,750〜1,800mで、いまの主峰(大磐梯・1,816m)とほぼ同じ高さでした。磐梯山はかつて、似た高さの峰が南北に並ぶ山だったわけです。

磐梯山はどんな火山なのか

磐梯山は、東北地方を南北に貫く火山の列の上にあります。太平洋の海底をつくる岩の板が東北の下へもぐり込み、深さ100kmほどで岩が溶けてマグマが生まれます。そのマグマが地表に出てくる場所が帯状に並び、磐梯山も、すぐ東の安達太良山も、北の吾妻山もその列に乗っています。並び方の理屈は日本の活火山111の並び方の法則で、実際のデータを地図にして書きました。

産総研(産業技術総合研究所)が2023年に出した地質図によると、磐梯山はいくつもの峰が順番に積み上がってできた火山です。東側の櫛ヶ峰や赤埴山が古く、約25万年前ごろまでに活動を終えています。小磐梯は約6万〜5万年前にでき、主峰の大磐梯はそれより新しく、約4万6千年前以降に育ちました。明治に崩れたのは、2つの峰のうち古いほうでした。

時代できた峰・起きたこと
約25万年前ごろまで東側の櫛ヶ峰・赤埴山などができる
約6万〜5万年前北側の小磐梯ができる
約4万6千年前南西側が大きく崩れ、猪苗代湖ができる
その後(大半は約3万年前まで)崩れた跡の中に主峰の大磐梯が育つ
1888年小磐梯の北半分が崩れ、裏磐梯の湖沼ができる
磐梯山の成り立ち(産総研 5万分の1地質図幅「磐梯山」2023年をもとに簡略化)

そして磐梯山が崩れたのは明治が初めてではありません。同じ地質図によると、約4万6千年前にも山の南西側が大きく崩れ、その土砂が日橋川をせき止めて、磐梯山の南に広がる猪苗代湖ができたとされています。大山の北壁のように、大きな火山が崩れるのは珍しいことではなく、伯耆大山の地質でも同じ話を書きました。

北側が崩れて裏磐梯の湖ができ、南西側が崩れて猪苗代湖ができました。この山は、崩れるたびに麓に湖を置いていく癖があるようです。

1888年7月15日の朝、何が起きたのか?

地下の水が熱せられて爆発し、小磐梯の北半分が吹き飛んで崩れ落ちました。マグマが噴き出したのではなく、地下水が高温の岩に熱せられて一気に水蒸気になり、その圧力で山そのもの(山体)が破裂する噴火です。これを水蒸気噴火といいます。2014年の御嶽山の噴火と同じ型ですが、磐梯山では山がひとつ崩れるほどの規模になりました。

気象庁の日本活火山総覧と内閣府の報告書から、その朝の経過を並べると次のとおりです。

時刻出来事
数日前から弱い地震が続く
7時ごろ山が鳴り始める
7時30分ごろ強い地震が3回
7時45分ごろ爆発。短時間に15〜20回くり返し、最後の一発は北へ抜けたと記録されている
直後火山灰まじりの爆風が横に走り、続いて崩れた山体が北のふもとへ流れ下る。その後、火山灰が降り、泥流が出る
1888年7月15日の経過(気象庁「日本活火山総覧」、内閣府報告書「1888 磐梯山噴火」より作成)

崩れた山体は、岩塊と土砂の巨大な流れになって北の谷を駆け下りました。山体がまるごと崩れて流れ下るこの現象を、岩屑なだれといいます。総覧によると速さは時速45〜77km、内閣府の報告書は平均で時速約80kmとしています。車で逃げても追いつかれる速さで、谷にあった5つの村の11の集落が埋まりました。

磐梯山1888年噴火の3段階を示す立体図。噴火前は大磐梯と小磐梯が並び、噴火で小磐梯が崩れて岩屑なだれが北へ流れ、現在は北に開いたU字形の火口と檜原湖・小野川湖・秋元湖・五色沼が並ぶ
北の上空から南を見下ろした模式図。国土地理院の標高データで作った下絵をもとに描画(湖の形と噴火前の峰の形は模式的)。北から見ているので、地形図とは左右が逆で、右手が西の檜原湖。1:噴火前(小磐梯は大磐梯の手前=北側)、2:小磐梯の北半分が崩れた瞬間、3:現在

死者の数は資料によって461人と477人の2つがあります。461人は噴火直後の福島県の報告で、当初の行方不明者472人から、外出していて無事だった11人を差し引いた数です。477人は、その後に県が死者を一人ずつ名前で書き上げた調書の数で、内閣府の報告書はこちらを妥当としています。

崩れた量もはっきりしません。産総研の地質図は、噴火直後の測量で約12億m³、地形を復元した推定では5億〜8億m³と紹介しています。東京ドームに換算すると400杯から1,000杯で、推定によって2倍以上違います。気象庁の総覧は、崩れて積もった土砂の総量を15億m³としています。

項目数値出典
崩れた小磐梯の標高1,750〜1,800m内閣府報告書
噴火の形式水蒸気噴火気象庁
崩れた量5億〜12億m³(推定に幅あり)産総研
積もった土砂の総量15億m³気象庁
岩屑なだれの速さ時速45〜80km気象庁・内閣府報告書
土砂が覆った面積約34km²産総研(Nakamura 1978)
火口の大きさ東西約2.2km・南北約2km気象庁
死者477人(461人とする資料もある)内閣府報告書
1888年噴火を数字で見る

崩れた土砂が、北の谷を湖に変えた

崩れた土砂は谷を埋めて川をせき止め、湖と沼をつくりました。内閣府の報告書によると、土砂は檜原川・小野川・中津川などをせき止め、1〜2年のうちに檜原湖・小野川湖・秋元湖、そして五色沼などの小さな沼ができました。秋元湖は噴火から3か月もたたない1888年10月には水がいっぱいになり、あふれ出しています。檜原の集落は湖の底に沈み、住民は移転しました。

湖沼せき止められた川
檜原湖檜原川など。旧檜原村の集落が湖底に沈んだ
小野川湖小野川
秋元湖中津川など。1888年10月に満水になりあふれ出した
五色沼など流れ山の間のくぼみに水がたまった
噴火でできた主な湖沼(内閣府報告書「1888 磐梯山噴火」より作成)

先ほどの地形図で、赤い字で示した崩壊跡のまわりには、崖をあらわす細かいギザギザの記号が並んでいます。これが小磐梯の抜けた跡で、口は北を向いています。そこから北へ、檜原湖と小野川湖の間あたりまで、等高線が細かく乱れた土地が続きます。崩れた土砂が、大小の塊をでこぼこのまま残して積もった土地です。

銅沼から五色沼・檜原湖にかけての拡大地形図。小さな閉じた等高線が無数にあり、その間に沼が散らばっている
崩壊跡の底(銅沼)から五色沼にかけての拡大図。小さな丸い等高線の一つひとつが流れ山(出典:国土地理院)

このでこぼこの一つひとつを流れ山と呼びます。崩れた山体の大きな塊が、形を保ったまま運ばれて小山になったものです。内閣府の報告書には、当時の記録として「数百の小山および数万の小丘」とあり、いまの地形で見ても大きいものは長さ約200mあります。流れ山と流れ山の間のくぼみに水がたまったのが五色沼で、沼ごとに色が違うのは、溶けこんだ火山由来の成分や水深の違いによるものです。

内閣府の防災情報のページ「不屈の大地」は、この噴火で300の湖沼ができたとしています。当時の記録には「数十」「50か所」という数もあり、どこまでを沼と数えるかで大きく変わります。湖畔のペンションも、五色沼の遊歩道も、ほとんどが噴火で崩れた山の上に建っています。裏磐梯の観光地は、言ってみれば小磐梯の跡地に建っているわけです。

噴火直後の裏磐梯は、草木のない泥と岩の荒れ地でした。いまのように森に覆われたのは、明治43年(1910年)から実業家の遠藤現夢が10年以上かけて、アカマツを中心に約10万本を植えたことが大きいとされています。五色沼のほとりには、現夢が大正時代に建てた「磐梯山噴火災死之人碑」もあります。

磐梯朝日国立公園 磐梯山頂 標高1816mと刻まれた木製の山頂標識
山頂の標識。この日は山頂のまわりに雲の海が広がっていた

八方台から登った日、崩壊跡は霧の向こうでした

今回は家族で、北西の八方台登山口から中ノ湯跡、弘法清水を経て山頂へ向かうルートを歩きました。八方台は裏磐梯側の登山口なので、崩壊跡を間近に見られると期待していました。ところがこの道は、崩壊跡の西の縁を回り込むように登っていきます。火口の底にある銅沼は通りません。

しかもこの日は朝から霧(山でいうガス)が出ていました。弘法清水から山頂へ向かう登りでは、木のない斜面が白い霧の中へ落ち込んでいくのが見えるだけでした。地形図で見ると、崩壊跡は登山道の左手(北東側)にあったはずですが、裏側から登ったのに肝心の崩れた壁は一度も見えない、という結果になりました。

磐梯山の山頂直下にある青い岡部小屋と、西に見える猫魔ヶ岳のスキー場。手前の低木は紅葉している
山頂直下の岡部小屋。西側は雲が切れ、猫魔ヶ岳のスキー場まで見えた。足元の低木はもう紅葉していた

救いは山頂でした。雲の海の切れ間から、北に檜原湖がのぞきました。島の多い細長い湖で、その東側にも水面がいくつか光っていました。冒頭の写真がそのときのものです。足元の山が崩した分で、あの湖ができています。

帰ってから、国土地理院の標高データで崩壊跡の深さを測ってみました。崩壊跡の底にある銅沼の水面付近は約1,114mです。噴火前の小磐梯の頂(1,750〜1,800m)から差し引くと640〜690mで、内閣府の報告書にある「小磐梯の頂が約650m低くなった」とおおむね合います。いまの山頂(1,816m)から測っても約700mの深さです。足元に700mの穴があったのに、霧のせいで一度ものぞけなかったことになります。次は晴れた日に、北の裏磐梯スキー場側から銅沼まで登って、崩れた跡の崖を下から見上げるつもりです。

比べたもの標高・高さの差
銅沼(崩壊跡の底)の標高約1,114m
噴火前の小磐梯の頂(1,750〜1,800m)との差640〜690m
内閣府の報告書:小磐梯の頂が低くなった量約650m
いまの山頂(1,816m)との差約700m
銅沼の標高は国土地理院の標高データ(10mメッシュ)から筆者が読み取った値

いまの磐梯山は、また崩れるのか?

すぐに崩れる兆候は出ていません。気象庁の噴火警戒レベルは、2009年の運用開始から一貫してレベル1(活火山であることに留意)です。ただし気象庁の月ごとの解説資料によると、火山性の地震は2022年11月以降、やや多い状態が続いています。レベル1なので登山道の規制はなく、今回も普段どおり歩けました。地震の増減は、気象庁が毎月出している磐梯山の火山活動解説資料で誰でも確認できます。

磐梯山の表と裏の違いは、138年前のある朝の数分間でできました。ふもとから見上げてきれいだと思った形と、山頂から見下ろした湖は、その数分間の前と後です。

ほかの山の成り立ちは山の地質のカテゴリにまとめています。

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十勝岳が噴火警戒レベル3に——規制は火口から3km、でも100年前は25km先で144人が亡くなった https://chikyu-yama.online/tokachidake-level3-lahar/ https://chikyu-yama.online/tokachidake-level3-lahar/#respond Wed, 16 Sep 2026 13:44:40 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2593 十勝岳の噴火警戒レベルが9月12日に3へ引き上げられました。規制されるのは火口から3kmですが、100年前の噴火では25km先まで泥流が届き144人が亡くなっています。この差を生むのが雪です。気象庁の判定基準表には、十勝岳のレベル4の条件として「積雪期」と書かれています。

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十勝岳の噴火警戒レベルが、9月12日9時30分に2から3へ引き上げられました。噴火警戒レベルは1から5の5段階で、3は「入山規制」にあたります。62-2火口から概ね3kmの範囲に立ち入れなくなりました。十勝岳で噴火警戒レベルの運用が始まったのは2008年12月で、それ以降3に達したのははじめてです。

この記事で書くことは3つです。①引き上げの根拠は、8月17日以降に増えた「揺れの大きな火山性地震」であること。②規制されているのは火口から3kmですが、十勝岳はちょうど100年前に、25km先まで泥流を届かせた山であること。③そして判定基準表のレベル4の欄には、火山の活動ではなく「季節」が条件として書かれていること。3つ目が、これからの季節にいちばん効いてきます。

十勝岳の火口から3kmの立入規制範囲と、1926年の泥流が上富良野方面へ流れ下った経路を示す地図
赤い円が今回の規制範囲。茶色の帯が100年前に泥流が流れ下った谷(出典:国土地理院)

いま十勝岳で何が起きているのか?

気象庁の報道発表(2026年9月12日、札幌管区気象台)には、引き上げの理由がこう書かれています。「十勝岳では、熱活動が高まった状態が続く中で、8月17日以降、山体付近を震源とする振幅の大きな火山性地震が増加しています」。振幅とは揺れの大きさのことです。

同じ資料から、変化は3つに整理できます。山頂近くの62-2火口と振子沢噴気孔群のあたりで、地面から出る熱や噴気が強まっていること。今年4月以降、二酸化硫黄の放出量が増えていること。これはマグマに溶けていたガスで、量が増えるのはマグマが浅いところまで上がってきたときの目安になります。そして8月17日以降、山体付近の地震が増えていること。

ただし気象庁は、噴火が近いとも、噴かないとも書いていません。レベルを上げた理由を説明しているだけです。火山活動が高まってから、噴火せずに静かに収まることもあります。

レベルは数値の基準で決まっている

噴火警戒レベルは、担当者の印象で上げ下げされるものではありません。火山ごとに数値の基準が公表されていて、十勝岳のレベル3は、まず「噴煙・噴気の高さの増大や火口温度の明瞭な上昇、またはそのいずれかの高い状態が認められている中で」という前提があり、そのうえで「硫黄沢観測点で最大振幅2μm以上の火山性地震が増加(30日積算で5回以上)」と書かれています。あるいは、その地震が起きている中で山が膨らむような地面の動きを観測した場合です。熱の高まりが前提で、そこに地震が加わって初めて条件を満たします。

2μmは、地面が1000分の2ミリ揺れるという意味です。人には感じられません。その揺れが30日間で5回に達したかどうかで、3km圏内に人が入れるかどうかが決まります。

ひとつ下のレベル2の基準は「火口直下で火山性地震が150回/24時間を超える」です。回数だけ見ると2のほうが厳しく見えますが、こちらは揺れの大きさを問わない小さな地震の数え方で、レベル3は「2μm以上」という大きさの条件が付きます。小さな地震がたくさん起きるより、大きな地震が少し起きるほうが重く見られている、ということです。

「3km」の中には何があるのか

気象庁が3kmの範囲で警戒を呼びかけているのは、噴火に伴って弾道を描いて飛ぶ大きな噴石です。火山灰のように風に流されるものではなく、砲弾のようにまっすぐ飛んでくるので、風向きに関係なく円形に設定されます。

この3kmの中に、人の住む場所はありません。気象庁が示した火口の位置から直線距離を測ると、十勝岳温泉で約4km、主要な登山口の望岳台で約5.5km、白金温泉で約5kmです。いずれも規制の外側にあります。ふもとの市街地はさらに遠く、上富良野で約18km、富良野と美瑛で約26kmです。

つまり今回の規制は、山に登る人に向けたものです。ふもとで生活する人や、旅行で富良野・美瑛を訪れる人が、いま何かを変える必要がある段階ではありません。

ではなぜ100年前は25km先で144人が亡くなったのか

ここで話が変わります。1926年5月24日、十勝岳の噴火で亡くなった人は144人でした。犠牲が出たのは、火口から25km離れた上富良野の原野です。さきほどの3kmとは桁が違います。

この日の午後4時18分ごろ、火口の中にあった中央火口丘の北西部が壊れ、高温の岩なだれが斜面を流れ下りました。5月の十勝岳にはまだ雪が残っています。熱い岩なだれが残雪の上を通ったことで雪が一気に溶け、水と土砂が混ざった泥流に変わりました。これを融雪型火山泥流と呼びます。

融雪型火山泥流のしくみを示す3段の断面図。雪の積もった山で噴火が起き、高温の噴出物が通った筋の雪だけが溶け、泥流となって谷を下り集落に達する
溶けるのは噴出物が通った筋の雪だけ。それでも水の量は谷を埋めるほどになる

泥流が速くなるのは、水と土砂が混ざると流れやすい重いものに変わるからです。土砂だけなら斜面の途中で止まりますが、水が入ると粒どうしがすべりやすくなり、遠くまで流れます。かといって水ほど軽くはないので、勢いがついたまま建物を押し倒す力を持ちます。雪は、その水を山の上に大量に貯めておくものにあたります。

内閣府の災害報告によれば、泥流は爆発から25〜26分で火口から25km離れた上富良野の原野に達しました。時速にすると60km近くになります。上富良野と美瑛の2村が埋まり、建物372棟が失われ、負傷者も約200人にのぼりました。噴火の規模そのものよりも、そこに雪があったことが被害を大きくしたのだと読めます。

噴石は3km、泥流は25km。同じ噴火でも、雪があるかないかで危険の届く範囲がまったく変わります。ここが十勝岳という山の性格です。

判定基準に「積雪期」と書かれている意味

そのことは、気象庁の判定基準表にもはっきり出ています。十勝岳の基準表(令和3年3月26日現在)のレベル4の欄には、こう書かれています。

【居住地域に被害を及ぼす噴火の可能性】
積雪期に噴火警戒レベル3の判定基準を満たした場合

レベル4は「高齢者等避難」にあたる段階です。引き上げの条件として書かれているのが、火山活動そのものの変化ではなく「季節」だという点に目が留まります。十勝岳の判定基準表を、レベルごとに一行ずつ要約するとこうなります。

レベルとるべき行動十勝岳で引き上げの条件になるもの
5避難泥流や火砕流が発生、または切迫している
4高齢者等避難積雪期にレベル3の条件を満たした場合
3入山規制熱活動が高い中で、2μm以上の地震が30日で5回以上(今ここ)
2火口周辺規制火口直下の地震が24時間で150回を超える、など
1活火山であることに留意—
気象庁の判定基準表から要約。レベル4だけ、条件に季節が入っている

これは基準表の読み方の問題ではありません。地元の自治体と気象台などでつくる十勝岳火山防災協議会の「十勝岳火山避難計画」(令和6年6月改定)には、こう明記されています。

積雪時には、居住地域に重大な被害を及ぼす融雪型火山泥流の切迫性を考慮し、迅速な防災対応を可能とするため、噴火警戒レベル3の判定基準を満たした段階で、噴火警戒レベル4に引き上げる。

同じ計画は、通常の段階の踏み方についてもこう書いています。「非積雪期には噴火警戒レベル3から噴火警戒レベル5に引き上げられること、積雪期には噴火警戒レベル2から噴火警戒レベル4に引き上げられることが基本となる」。雪のある時期は、レベル3を飛ばして2から4へ上がるのが基本だ、ということです。

つまり、いま起きていることが雪の季節まで続いた場合にどう扱うかは、すでに計画として決めてあります。ただし計画には「火山の活動状況によって、妥当と評価できる場合は、非積雪期に噴火警戒レベル4を積雪期に噴火警戒レベル3を発表することはあり得る」とも書かれていて、自動的に決まるわけではありません。

ふもとで暮らす人、旅行する人はどうすればいいか

いまの段階で生活を変える必要はありません。規制は3km圏内だけで、市街地はそこから15km以上離れています。富良野・美瑛の観光も通常どおりです。

ただ、雪が積もる前に一度だけしておくと違うことがあります。住んでいる市町村が出している火山防災マップを見て、泥流が流れる想定の谷がどこか、自分の家や職場がその外にあるかを確かめておくことです。1926年に被害が出たのは、火口から遠い平地でした。距離ではなく、谷筋の内か外かで話が変わります。

この100年で、砂防設備の整備や監視体制は当時とは比べものにならないほど進んでいます。避難の呼びかけも、当時はなかった仕組みです。100年前と同じことが同じように起きる、という話ではありません。

登山者はどう受け止めればいいか

3kmの範囲には入れません。望岳台から山頂へ向かう道も、新得町側の登山口から先も規制の中に入りました。十勝岳は日本百名山なので、この秋に登る計画を立てていた人は少なくないはずです。私も百名山を70座ほど登ってきて、十勝岳はまだ残っている一座でした。登れない山の判定基準表をわざわざ読んだのは、そういう事情もあります。

読んでみて、ひとつ実用的だと思ったことがあります。雪のある時期に活火山へ登るときは、レベルの数字だけでなく、その山の判定基準表を一度見ておくと景色が変わります。どの現象を警戒しているかが火山ごとに違うからです。十勝岳の場合は、それが泥流でした。

火山の山は、こちらの都合とは無関係に閉じたり開いたりします。噴火警戒レベルがどう決まり、山がどう「還ってくる」のかは火山で登れなくなる百名山にまとめました。活火山という区分そのものについては活火山とは何かに書いています。

この記事は9月16日時点の発表に基づいています。状況は変わるので、気象庁と地元自治体の最新の発表を必ず確認してください。

山ごとの成り立ちは、カテゴリ「山の地質」でも一座ずつ書いています。

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プレートテクトニクスを深さで見る——地表から核まで6,371kmの断面 https://chikyu-yama.online/plate-tectonics-by-depth/ https://chikyu-yama.online/plate-tectonics-by-depth/#respond Mon, 14 Sep 2026 07:42:05 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2499 プレートの話はたいてい地図の上、つまり平面で進みます。けれど沈み込んだプレートの行方を知るには、縦方向の目盛りが要ります。マグマが生まれる深さ100km、プレートが滞留する660km、そして落ちた先の2,900km。掘っていないのになぜ中身が分かるのかも含めて、地表から核までを深さで追います。

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先日秋田駒ヶ岳へ登山で向かった際に、バス乗り場の情報センターで地球の断面を描いた案内板が立っていました。玉ねぎのように層が重なった図で、いちばん外側の細い線のところに「地殻」と書いてあります。山の案内板なのに、絵の主役は山ではなく地球の中身でした。

秋田駒ヶ岳の麓に立つ案内板の「地球の構造」の図。地殻・上部マントル・下部マントル・外核・内核の層と、海嶺・海溝・ホットスポットが描かれている
秋田駒ヶ岳の麓に立つ案内板より引用(筆者撮影)。この図をもとに、以下で深さの数字を当てはめていきます

よく見ると、この図はかなり欲張りに作られています。層の名前(地殻・上部マントル・下部マントル・外核・内核)が並んでいるだけでなく、外周には海嶺、海溝、弧状列島、ホットスポットが描き込まれ、マントルの中には矢印でぐるりと回る流れが示されています。つまり「地球の中身の層構造」と「その流れが地表に何を作るか」を1枚に詰め込んでいます。外核には「主として鉄・液体」、内核には「主として鉄・固体」と添えてあります。

山の成り立ちの話をするとき、私はたいてい地図を広げます。プレートがどちらへ動き、どの断層がどこを走っているか。全部、平面の話です。ところがこの案内板は、同じ話を縦方向、つまり深さで描いていました。

ただ、この図には数字がありません。地殻がどれくらい薄いのか、マグマはどの深さで生まれるのか、沈み込んだプレートはどこまで落ちるのか。そこが入ると、この絵の意味はずいぶん変わります。

この記事では、案内板の図に深さの目盛りを入れていきます。プレートがどこでマグマを作り、どこで足止めされ、最後にどこへ行き着くのか。平面の地図では見えない部分を、縦方向に追ってみます。

人が届く深さは、りんごの皮より薄い

地球の半径は約6,371kmです。まずこの数字を頭に置いて、人間が上下に動ける範囲を並べてみます。

いちばん高いところはエベレストの8,848m。いちばん深いところはマリアナ海溝の底で、約10,900mです。上下を足しても20km足らずで、登山者が自分の足で稼げる高さはそのうちのさらに一部です。掘るほうはどうかというと、いちばん深い穴は旧ソ連がコラ半島に掘った12,262m。1970年に掘りはじめて、1989年にこの深さへ達しました。当初は15,000mを目指していましたが、深くなるほど岩が熱くやわらかくなり、そこで止まっています。1992年に掘削は終わり、今もこれが人類の最深記録です。

海のほうでは、日本の地球深部探査船「ちきゅう」が紀伊半島沖で海底下3,262.5mまで掘り、科学掘削の世界記録を更新しました。水面から数えれば7,740mになります。それでも、地殻を抜けてその下へ到達した人はまだ誰もいません。

地球の層構造に深さの数値を入れた図。左が地表から中心6,371kmまでの断面、右が深さ150kmまでの拡大で、エベレスト・人類最深の掘削・地殻の底・マグマが生まれる深さの位置を示す
案内板の図に深さの目盛りを入れたもの。右はいちばん上の150kmだけを引き伸ばした拡大図で、エベレストも人類最深の穴も、この細長い帯のさらに上のほうに収まってしまいます

比率にすると、12kmは6,371kmの0.2%です。地球を直径1mの球に縮めたとすると、人類が掘った最深の穴は1mmに届きません。爪で引っかいた傷です。りんごの皮より薄いという比喩がよく使われますが、りんごに失礼なくらい薄いというのが正確なところだと思います。

掘っていないのに、なぜ中身が分かるのか

誰も行ったことがないのに、案内板の図は層の深さを何kmまで書いています。あれは推測ではなく、地震の揺れを世界中で測った結果です。

大きな地震が起きると、揺れは地球全体に広がります。その揺れが地球の中をどう通ってきたかは、通り道の性質で変わります。かたい岩の中では速く、やわらかいところでは遅く、境目があれば曲がります。世界中の地震計で到着時刻を比べると、途中に何があったかが逆算できます。スイカを叩いて中身を当てるのと原理は同じです。違うのは、地球は自分で叩けないので、地震が叩いてくれるのを待つしかない点です。

決定的だったのは、地震の揺れのうち「S波」と呼ばれる種類の振る舞いでした。この波は、物を横にずらすようにして進みます。水やあめのような液体は、横にずらしても元に戻ろうとする力が働かないので、この波は液体の中をまったく進めません。

地球の断面図。震源から出たS波はマントルを通って地表に届くが、外核に当たると止まり、震源から103度より遠い範囲には届かないことを示す
震源から角度で103度より遠い場所には、S波がまったく届きません。途中に液体があって、そこで止められていることになります

観測してみると、震源から地球の中心を見込む角度で103度より遠い場所では、S波が一切届いていませんでした。途中に液体の層があり、そこで止まっているということです。この観測から、ドイツ生まれの地震学者ベノー・グーテンベルクは、深さおよそ2,900kmから先に液体の巨大な芯があると結論しました。1910年代の話で、それから100年たった今も、この深さの見積もりはほとんど変わっていません。

つまり案内板のあの図は、誰も見たことのない場所の見取り図でありながら、世界中の地震計が100年以上かけて描いた実測図でもあります。

深さ100km——山の火が生まれる場所

ここからは、登山者に関係が深い深さに絞っていきます。まず深さ100km前後。秋田駒ヶ岳や岩手山のような火山の材料が作られている場所です。

岩手山の山頂火口。すり鉢状のくぼみの中に中央火口丘が盛り上がっている
岩手山の山頂火口。9月中旬の朝でも、火口のまわりだけは草がほとんどなく、地面の色がそのまま出ています

東北の下には、太平洋のプレートが東から斜めに沈み込んでいます。沈んでいく板は、海底で水をたっぷり吸い込んだ岩でできています。深くなるほど圧力と温度が上がり、深さ110kmあたりでその水が絞り出されます。絞り出された水が上にある熱い岩にしみ込むと、岩の溶ける温度が下がって、部分的に溶けはじめます。これがマグマです。くわしい仕組みはマグマは海の水から生まれるに書きました。

この理屈の面白いところは、火山ができる場所が地図の上で決まってしまうことです。沈み込んだ板が深さ100〜150kmに達する真上の地表に、火山が海溝と平行な列をつくって並びます。日本に111ある活火山の並び方が妙に整っているのは、地表の都合ではなく、地下100kmの深さの都合です。

火口のふちに立って中をのぞきこんでいるとき、その火のもとが作られた場所は、真下に100kmです。水平方向なら東京から静岡あたりまでの距離を、まっすぐ下に数えることになります。登ってきた標高差がだいたい1,000mだったことを考えると、桁が二つ違います。

沈んだプレートは、どこまで落ちるのか

ここで、案内板の図に描かれていた矢印の話に入ります。秋田駒ヶ岳の下へ潜っていった太平洋プレートは、そのあとどうなるのか。深さ100kmで水を絞り出したあとも、板は沈み続けます。どこまで行くのでしょうか。

沈み込んだプレートが深さ660kmで滞留し、やがて落下して核とマントルの境目に積もり、そこから上昇流が立ち上るまでを示した地球断面図
沈み込んだプレートの行き先。660kmでいったん止まり、時間をかけて落ち、核の表面で止まります。その上に積もったものが温められて、別の場所で上昇流になります

まず深さ660kmで、いったん止まります。ここはマントルの岩の詰まり方が切り替わる境目で、沈んできた板は冷たくて切り替わりが遅れるぶん、周りより軽い状態のまま境目に達します。そのため下へ進めず、横倒しになって溜まります。日本海から中国東北部にかけての地下には、この横たわった板が広がっています。

ただし永久にそこにいるわけではありません。時間をかけて温まると密度が上がり、境目を突き抜けて下へ落ちていきます。しかも連続的にではなく、ちぎれた塊が間隔をあけて落ちていくことが、地震波で地球内部を透かして見る観測から分かっています。

そして終点は、深さ2,900km。核とマントルの境目です。ここから先へは進めません。理由は単純で、その下が液体の鉄だからです。岩は鉄より軽いので、鉄の海に石を落としても沈まない。プレートは核の表面に積もっていくことになります。

面白いのは、そこに過去の記録が残っている点です。東京大学の研究グループが約8万の地震波形を解析した結果、核とマントルの境目のあたりに、2億年前に沈み込んだプレートの痕跡が見つかっています。地表にはとっくに証拠が残っていない古い沈み込み帯の情報が、深さ2,900kmには保存されているということになります。

積もった板はそこで温められ、周囲のマントルを熱します。熱くなった部分はやがて浮力を得て、細い柱のように立ち上っていきます。それが地表に届いたところがホットスポットで、ハワイの火山列島がこのタイプです。案内板の図にも「ホットスポット」と書き込まれていました。

つまり、秋田駒ヶ岳の下に潜っていった板は、数億年かけて地球の中心近くまで落ち、そこで温められ、まったく別の場所から火山として出てくる可能性があるということになります。案内板に描かれたぐるりと回る矢印は、この一周を表していたわけです。矢印1本が数億年というのは、案内板の説明としてはなかなか思い切った省略だと思います。

深さ2,900km——液体の鉄と、コンパスの北

さらに下、深さ2,900kmから先が、S波を止めていた液体の層です。主成分は鉄で、温度は数千度。この鉄が対流しています。要するに、地球の内側では鉄の海が流れ続けているということになります。

ここで登山道具の話につながります。流れているのは電気を通す金属なので、その流れが地球全体を大きな電磁石にしています。地磁気です。私たちがコンパスで北を確かめられるのは、深さ2,900kmより下で鉄が流れているからです。

しかもこの流れは一様ではないので、コンパスが指す北は、地図の北とぴったり一致しません。日本ではコンパスの北が地図の北より西にずれていて、そのずれは北へ行くほど大きくなります。国土地理院の値では、北海道の敏音知(ぴんねしり)で約11度。日本で唯一ずれがないのは南鳥島です。しかも一定ではなく、全国平均で過去50年間に西へ約1.4度ずつ動いてきました。

地形図に磁北線を引くという地味な作業は、突き詰めると6,000km下を流れる鉄の向きに合わせて紙に線を引いているということになります。コンパスは装備の中でいちばん原始的な部類の道具ですが、地球の中心近くを直接のぞいている唯一の装備でもあります。GPSが見ているのが上空2万kmの衛星であることと並べると、方向としてはずいぶん対照的です。

いちばん深いところは、また固い

深さ5,150kmを超えると、同じ鉄でもまた固体に戻ります。中心の6,371kmまで続くこの部分が内核です。外側より熱いのに固まっているのは、圧力が桁違いに強いからで、熱よりも圧力が勝っている状態です。温度の見積もりには研究によって幅がありますが、数千度、太陽の表面と同じ程度とされています。

そしてこの内核は、外側の鉄が少しずつ冷えて固まることで、今も成長しているとされています。固まるときに軽い成分が吐き出され、それが上向きの流れを生んで、さきほどの鉄の対流を駆動している。つまりコンパスの北は、地球の中心が冷えていく過程の副産物ということになります。

もう少し話を広げると、この地磁気が太陽からの荷電粒子を受け流して、大気が剥ぎ取られるのを防いでいます。山頂で息ができるのも、遡れば深さ5,000kmの事情です。山の空気の薄さに文句を言いたくなることはありますが、そもそも空気がある理由がここにあるので、強くは言えません。

深さで見ると、山の見え方が変わる

最初に引用した案内板の図に戻ります。マントルの中にぐるりと回る矢印が描かれ、その先に海嶺・海溝・弧状列島・ホットスポットが並んでいました。岩でありながら、長い時間で見ればゆっくり流れている。その流れの上に薄い板が浮かんでいて、板同士がぶつかったり沈んだりしたところに山ができる。あの1枚は、ここまで書いてきた深さの話を全部ひとつの絵に詰め込んだものだったことになります。日本の山がなぜここにあるのかという話も、突き詰めればこの循環の末端で起きている出来事です。

秋田駒ヶ岳のカルデラのふちから見下ろした火口丘と谷、遠くに田沢湖
くぼ地のふちから見下ろしたところ。地表から見えるのはここまでですが、この景色を作った仕組みは全部、見えない深さの側にあります

標高3,000mの山に登ると、ずいぶん高いところまで来たという気になります。実際、その高さを稼ぐのに何時間もかかっています。ただ深さの目盛りで見ると、3,000mは6,371kmの0.05%です。山は地球の表面にできたごく浅いしわで、私たちはそのしわの上をせっせと移動していることになります。

プレートの動きを地図で追うと、矢印は地表を平らに移動していくように見えます。けれど縦に切ってみると、板は生まれた場所から数千kmを沈み、核の表面で止まり、温められてまた上がってくる。地図の矢印は、その循環を真上から見た影だったことになります。

それを知ったところで登りが楽になるわけではありませんが、火口をのぞきこんだときや、コンパスの針が落ち着くのを待っているときに、その下にある6,371kmを一瞬思い出せるくらいには、山の見え方が変わります。

地球の仕組みをもっと読む

マグマが生まれる仕組みはマグマは海の水から生まれる、日本の火山の並び方は活火山とは何か、プレートと日本列島の関係は日本の山はなぜここにある?にまとめています。地球の時間の桁に慣れておきたい場合は山の時間は「桁」で読むもどうぞ。「山の地質」カテゴリでは、山の成り立ちを地球規模で読み解く記事を揃えています。

投稿 プレートテクトニクスを深さで見る——地表から核まで6,371kmの断面 は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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太平洋プレートとは何か——世界最大のプレートが日本海溝に沈み、東北の山々を作る https://chikyu-yama.online/pacific-plate-japan-mountains/ https://chikyu-yama.online/pacific-plate-japan-mountains/#respond Mon, 14 Sep 2026 00:07:30 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=2100 太平洋プレートは、世界最大の海のプレートです。年間約8cmで日本に近づき、日本海溝から沈み込んで蔵王や安達太良など東北の火山列を生み、2011年の巨大地震も起こしました。東北の山々の成り立ちをプレートの動きから解説します。

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太平洋プレートは、太平洋の海底のほぼ全体を占める世界最大のプレートで、年間約8cmの速さで日本列島に近づき、日本海溝から地球の内部へ沈み込んでいます。蔵王も安達太良も磐梯も、東北の名だたる山はこの沈み込みが作りました。ついでに言うと、2011年の巨大地震を起こしたのも同じプレートです。東北の山に登ることは、世界最大のプレートの働きを足で確かめることでもあります。

この記事のポイントは3つあります。①太平洋プレートは世界最大かつ最古級の海のプレートであること。②日本海溝から沈み込み、深さ約100kmで水を吐き出して東北の火山列を作っていること。③火山だけでなく、東北の背骨である奥羽山脈の隆起や巨大地震にも関わっていること。

日本列島周辺の4つのプレートと沈み込み帯
日本列島の周辺には4つのプレートがひしめく。太平洋プレートは東側から日本海溝・伊豆小笠原海溝に沈み込む

太平洋プレートはどれくらい大きいのか?

結論から言うと、地球上のどのプレートよりも大きく、面積は約1億km2に達します。日本の国土の約270枚分です。太平洋の海底が、ほぼ一枚の岩の板として、まとまって同じ方向に動いています。ハワイもこの板の上の乗客で、国土地理院の宇宙測地技術(VLBI)による観測では、ハワイは年間約6cmずつ日本に近づいていることが実測されています。1億年ほど待てばハワイ旅行が国内旅行になる計算ですが、その頃のハワイは海溝から地球の中へ沈み込む順番を待つ島になっています。

太平洋プレートの大きさを示す地図。面積約1億km2の範囲が太平洋のほぼ全体を占め、ハワイもこのプレートに乗って年に約6cm日本へ近づいている
太平洋プレートの大きさ(筆者作図)。面積は約1億km²、日本の国土およそ270個分。ハワイもこの板の上に乗っている。

古さも際立っています。太平洋プレートが生まれたのは約1.9億年前、恐竜がいたジュラ紀です。日本海溝のあたりまで旅してきた海底の年齢は約1.3億年。つまり日本の目の前に横たわっているのは、恐竜時代に作られた海底です。プレートの表面は生まれたときは熱く、海の中を数千kmかけて移動するあいだに冷えて重くなります。1.3億年も冷え続けた太平洋プレートは十分に重く、だから日本海溝で深々と沈み込めるわけです。

日本海溝で何が起きているのか?

東北の沖合約200kmの海底には、深さ約8,000mの細長い谷が南北に走っています。これが日本海溝で、太平洋プレートが東北の乗る陸側のプレートの下へ潜り込んでいく、その曲がり目です。地震調査研究推進本部(地震本部)の解説によると、太平洋プレートはほぼ東南東の方向から年間8cm程度の速さで日本列島に近づき、ここで陸側のプレートの下に沈み込んでいます。

沈み込むプレートは、ただ静かに消えていくのではありません。海底で長い年月をかけて水を含んだプレートは、深く沈んで高温・高圧にさらされると、抱えていた水を絞り出されます。地震本部の解説では、沈み込んだプレートが深さ100〜150kmに達したあたりで、放出された水が上のマントルの岩石の融点を下げ、マグマを発生させます。岩は乾いていると溶けにくく、水を含むと溶けやすくなる——この地味な性質が、東北の火山の出発点です。

太平洋プレートが日本海溝から沈み込み深さ約100kmで水を放出しマグマと火山フロントを作る断面図解
太平洋プレートの沈み込みと東北の火山のでき方。模式図で、縦方向は誇張しています。マグマ発生の深さと沈み込み速度は産業技術総合研究所・気象庁の資料にもとづきます。

なぜ東北の火山は一列に並ぶのか?

マグマが発生する条件が「プレートが深さ約100kmに達すること」なので、火山は海溝から一定の距離だけ離れた場所に、海溝と平行に一列に並びます。この列の海溝側の最前線を火山フロントと呼びます。東北大学の解説によると、東北地方では海溝から西へ約300kmの位置に火山列が走り、それがちょうど奥羽山脈に重なります。蔵王、安達太良、磐梯、吾妻——東北のスター級の山がきれいに南北一列に並んでいるのは、偶然ではなく幾何学です。地図で確かめたくなった方は、日本の活火山111の並び方の法則で実データの地図を載せています。

私が岩手山に登ったとき、山頂の薬師岳から御鉢を見下ろして言葉を失いました。緑をまとった稜線の内側に、突然、草木のない巨大な窪地が現れます。底には、さらに小さな火口丘が立っている。あの荒涼とした風景の燃料は、200km東の海の底から運ばれてきた1.3億年前の海底と、そこから絞り出された水です。火口の縁に立って「これは海のしわざか」と思うと、目の前の景色のスケールが一段深くなります。

岩手山の山頂火口である御鉢を見下ろした風景。中央に小さな火口丘が立ち、奥には雲海と平野が広がる
岩手山の山頂火口・御鉢。太平洋プレートが送り込んだ水が、この風景の燃料になっている

火山フロントは東北で終わりません。北へたどれば北海道から千島列島へ続きます。支笏湖の畔にそびえる樽前山も、太平洋プレートの沈み込みが作った火山のひとつです。1時間で登れる手軽な山ですが、動いているエンジンは世界最大のプレートです。樽前山の登山記録では、山頂に鎮座する溶岩ドームを間近に見た様子を書いています。

樽前山山頂から見下ろす支笏湖
樽前山から見下ろす支笏湖。北海道の火山も太平洋プレートの沈み込みが動かしている

奥羽山脈の隆起と巨大地震——火山以外の仕事

東北の背骨を持ち上げる

東北の山はすべてが火山ではありません。奥羽山脈という長さ約500kmの山脈全体が、東西から圧縮されて持ち上がっています。産総研の研究によると、日本列島は約300万年前から東西方向に強く押され始め、地殻が縮んで山脈と盆地が作られてきました。興味深いことに、同じ産総研の2017年の発表では、この東西圧縮を生んだ主因は、フィリピン海プレートの運動によって日本海溝の位置そのものが西へ押し寄せてきたことだと結論づけられています。太平洋プレートが沈み込む「現場」である日本海溝が、東北をじわじわ圧迫する——プレート同士の仕事は絡み合っていて、単独犯はなかなかいません。フィリピン海プレート側の仕事ぶりはフィリピン海プレートが作った日本の山で書いています。

一瞬で65mずれた日

年間8cmという速度は、日常の感覚ではゼロと同じです。ただしプレートは毎年律儀に8cmずつ滑ってくれるわけではなく、境界が固着したまま数百年分のひずみを溜め、あるとき一気に解放します。それが2011年の東北地方太平洋沖地震でした。JAMSTECが地球深部探査船で震源域を掘削した調査では、宮城県沖の断層のずれは海溝軸まで達し、その量は最大65mと推定されています。年間8cmの動きが、800年分まとめて数分で動いた計算です。山を作る力と巨大地震を起こす力が同じものだという事実は、東北の山に登るときに知っておいて損のないことだと思っています。

ハワイの海山が教えてくれるプレートの旅路

太平洋プレートの動きは、海底の地形にも記録されています。ハワイから日本へ向かって、海底火山の列(天皇海山列)が点々と延びています。マントルの深部から熱い物質が上がってくる場所(ホットスポット)の上をプレートが通過するたびに火山島が作られ、ベルトコンベアのように運ばれていった跡です。列の途中には「く」の字の折れ曲がりがあり、かつてはプレートが約4,000万年前に進行方向を変えた証拠とされてきました。近年の研究では、ホットスポット自体が動いていた効果も大きいと考えられるようになっています。いずれにせよ、海底には1億年分の移動履歴が一列に保存されているわけです。ドライブレコーダーより律儀な記録です。

その終着点が日本海溝です。ハワイ生まれの海山たちも、いずれ順番に海溝へ到着し、沈み込んでいきます。東北の山に登って東の水平線を眺めるとき、そこには世界最大のプレートの終着駅があります。日本の山の並び方をプレート全体から見た話は、日本の山はなぜここにある?にまとめています。

山の成り立ちや地質の話は、カテゴリ「山の地質」でほかにも多数書いています。

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樽前山登山記録——1時間で「生きている火山」の縁に立てる、支笏湖ブルーと溶岩ドームの山 https://chikyu-yama.online/tarumae-climbing-record/ https://chikyu-yama.online/tarumae-climbing-record/#respond Mon, 27 Jul 2026 06:50:56 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1794 北海道の樽前山は、7合目から1時間ほどで「今も噴気を上げる溶岩ドーム」を目の前にできる世界的にも珍しい三重式火山です。支笏湖ブルーを背に外輪山を歩いた9月下旬の記録を、カルデラ・外輪山・ドームという三重構造の解説とあわせて紹介します。

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樽前山(たるまえさん)は、登り始めて約1時間で「生きている火山」の縁に立てる山です。北海道・支笏湖の南岸にそびえる標高1,041mの活火山で、山頂の火口原には今も噴気を上げる溶岩ドームが鎮座しています。しかも背後に広がるのは支笏湖の青。火山の迫力と湖の絶景が、往復2〜3時間のハイキングでまとめて手に入る——コストパフォーマンスという言葉を山に使うのは気が引けますが、この山に関しては使わせてください。破格です。

9月下旬、家族での北海道旅行の初日にこの山を歩きました。登山記録とあわせて、樽前山が「世界的に珍しい火山」と呼ばれる理由を解説します。

樽前山の登山道から支笏湖を望む。「樽前山から支笏湖を望む」の標柱と紅葉し始めた低木
登り始めてすぐ、背後に支笏湖が広がります。9月下旬、木々は色づき始めでした。

ルート概要——7合目から東山へ、約1時間

登山口は樽前山7合目ヒュッテ(約660m)。すでに樹林帯の上部なので、歩き出して15分もすると視界が開け、振り返れば支笏湖の全景が見えます。道はよく整備された階段と砂礫の道で、危険箇所はありません。外輪山の縁までは約40分。そこから最高地点側の溶岩ドームは立入禁止のため、一般の登頂点である東山(1,022m)までさらに15分ほど歩きます。

樽前山と支笏湖の位置図。溶岩ドーム・東山・風不死岳・支笏カルデラ
樽前山は支笏カルデラの南縁に立つ火山。湖と山がセットで一つの火山地形です。出典:国土地理院

特筆すべきは道の足ざわりです。登山道の砂礫はよく見ると軽石だらけで、踏むたびにザクザクと乾いた音がします。これは過去の噴火で降り積もった軽石や火山灰。つまりこの山では、登山道そのものが噴火の堆積物でできています。序盤のハイマツと紅葉の道を抜けると植生はどんどん薄くなり、外輪山に近づく頃には月面のような砂礫の斜面になります。1時間で「森林→紅葉の低木→火星」と風景が切り替わるので、子ども連れでも飽きる暇がありません。

外輪山に出た瞬間、目の前に「あれ」が現れる

この山のクライマックスは山頂ではありません。外輪山の縁に立った瞬間です。それまで支笏湖を背にひたすら登ってきて、縁を越えた途端——視界の中央に、巨大な岩の塊がぬっと現れます。溶岩ドームです。周囲は植物のない平坦な火口原で、ドームの岩の隙間からは白い噴気がいくつも立ち上っています。初見の感想は「うわ、思ってたより生きてる」でした。

樽前山の溶岩ドームと噴気。外輪山から望む火口原
火口原の中央に座る溶岩ドーム。岩の隙間から絶えず噴気が上がっています。

このドームは1909年(明治42年)の噴火で、わずか数日のうちに地面から盛り上がって誕生したものです。高さは約134m。粘り気の強い溶岩が火口から押し出され、流れずにその場で固まってできました。誕生から100年以上たった今も内部は熱く、だから噴気が絶えないわけです。ドーム自体は火山ガスの危険があるため立入禁止ですが、外輪山の登山道からは安全な距離を保ちつつ、これ以上ないほどよく見えます。溶岩ドームを「外側からぐるりと観察できる」山は、日本ではかなり貴重です。

樽前山東山山頂の標識と火口原。遠景に支笏湖と羊蹄山
東山山頂から。火口原の向こうに支笏湖、さらに遠くには羊蹄山のシルエットまで見えました。

なぜ「世界的に珍しい」のか——三重式火山という構造

樽前山は「三重式火山」と呼ばれます。3つの火山地形が入れ子になっているという意味で、世界でも数例しかない構造です。

樽前山の三重式火山の構造図。支笏カルデラ・外輪山・溶岩ドームの三重構造
三重構造の断面。①カルデラ→②成層火山→③溶岩ドームと、親・子・孫のような関係です。

1段目は支笏カルデラ。約4万年前の巨大噴火で地面が丸ごと陥没してできた、直径十数kmのくぼ地です。そこに水が溜まったのが支笏湖。つまり登山中ずっと見えていたあの青い湖は、「先代の火山が吹き飛んだ跡」です。カルデラという地形の仕組みはカルデラ入門の記事で詳しく解説しています。

2段目はそのカルデラの縁に約9,000年前から成長した成層火山——いま私たちが登っている山体そのものです。そして3段目が、その山頂火口の中に1909年に生まれた溶岩ドーム。カルデラの中に火山、火山の中にドーム。約4万年・約9,000年・約100年という3世代の火山活動が、1枚の風景に同居しているわけです。東山からの眺めは、いわば地球の家族写真です。

下山は「親の顔」を見ながら

下山路は登ってきた道をそのまま戻ります。下りは終始、支笏湖に向かって歩く格好になるので、行きとは景色の主役が入れ替わります。正面に支笏カルデラ、その縁に風不死岳、湖の対岸には恵庭岳。実はこの風景に写っている山はぜんぶ、支笏カルデラができたあとにその縁に生えてきた「きょうだい火山」です。約4万年前の巨大噴火でぽっかり空いた穴の周りに、樽前山・風不死岳・恵庭岳が順番に育った。下りの40分は、その家族構成を眺めながらの復習タイムになります。

そして下山後のお楽しみが支笏湖畔の温泉です。火山に登って、カルデラ湖を眺めて、火山の熱で温まった湯に浸かる。地学的に完璧な導線と言うほかありません。湖畔でヒメマスの塩焼きでも食べれば、支笏カルデラをフルコースで味わったことになります。

アクセスとコースタイム

アクセス新千歳空港から車で約50分。支笏湖畔から樽前山7合目駐車場へ(林道区間あり・冬季閉鎖)
コースタイム7合目ヒュッテ→外輪山 約40分/外輪山→東山 約15分(往復2〜3時間)
駐車場7合目駐車場は好天の週末は早朝に満車になることが多い
装備日帰りハイキング装備+防風着。外輪山上は遮るものがない

登る前に知っておきたいこと

樽前山は気象庁が常時観測する活火山です。溶岩ドーム周辺は火山ガスのため立入禁止が続いており、登れるのは外輪山の東山まで。また噴火警戒レベルによっては入山自体が規制されるので、出発前に気象庁の火山情報を必ず確認してください。私たちが登った日も、風向きによってはドームの噴気が外輪山側に流れてきて、うっすら硫黄の匂いがしました。あの匂いの正体が「はるか昔に海だった水」だという話は、マグマは海の水から生まれるの記事で書いたとおりです。

装備は通常の日帰りハイキング装備で十分ですが、外輪山上は遮るものがなく風が強い日が多いので、防風着は必携です。トイレは7合目ヒュッテのみ。火口原側に下りる道もありますが、規制状況により通行の可否が変わります。

まとめ——「火山を学ぶ最初の一座」に最適

往復3時間弱で、カルデラ湖・成層火山・溶岩ドーム・噴気と、火山の教科書に出てくる要素をほぼ全部、実物で確認できる。しかも危険箇所なし、絶景つき。樽前山は「火山って面白いかも」と思うきっかけとして、これ以上ない一座だと思います。北海道旅行の行程に半日の余白があるなら、ぜひ組み込んでみてください。支笏湖畔の温泉とセットにすれば、火山の恵みをまるごと味わう一日になります。

山の成り立ちを地学の視点から解説した記事は「山の地質」カテゴリに、ほかの山行記録は「登山記録」カテゴリにまとめています。

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オンネトー湯の滝——微生物が鉱石をつくる「生きた鉱床」を雌阿寒岳の麓で見る https://chikyu-yama.online/onneto-yunotaki/ https://chikyu-yama.online/onneto-yunotaki/#respond Fri, 24 Jul 2026 12:53:29 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1690 北海道・雌阿寒岳の麓にあるオンネトー湯の滝は、温泉が流れる滝の岩肌で微生物がマンガン鉱石をつくり続けている、世界的にも珍しい「生きた鉱床」です。ふつう海底でしかできない鉱床が陸上で見られる奇跡の現場を、実際に訪ねた写真とともに解説します。

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北海道・雌阿寒岳の麓にあるオンネトー湯の滝は、ただの温泉の滝ではありません。滝の岩肌では今このときも、微生物がマンガンの鉱石をつくり続けています。ふつう海の底でしかできないはずのマンガン鉱床が、陸上で目の前で成長していく——世界的にも珍しいこの「生きた鉱床」は、国の天然記念物に指定されています。この記事では、実際に訪ねた写真とともに、この不思議な滝の地学的な意味を解説します。

オンネトー湯の滝の滝壺。オレンジ色の沈殿物と緑の藻が広がる
湯の滝の下流。オレンジや黒の沈殿、緑の藻——この色とりどりの被膜こそが、微生物が鉱物をつくっている現場です。ただの汚れに見えて、地球史級の営みが起きています。

まず場所——雌阿寒岳の懐、原生林の奥

オンネトー湯の滝は、日本百名山の雌阿寒岳(1,499m)の西麓、神秘の湖として知られるオンネトーから原生林を1.5kmほど歩いた先にあります。雌阿寒岳は今も活発な活火山で、その火山の熱が温泉となってこの滝に流れ込んでいます。まさに「生きている火山」の恵みが生んだ滝です。

雌阿寒岳・阿寒富士・オンネトー・オンネトー湯の滝の位置図
雌阿寒岳とオンネトー湯の滝の位置(出典:国土地理院の地図を加工)。活火山の裾に、湖と湯の滝が寄り添っています。

ちなみに、雌阿寒岳は火山ランキングの記事でも触れた、気象庁の常時観測対象の活火山です。近年は火山活動がやや活発で噴火警戒レベルが上がることもあるので、訪れる際は気象庁の最新情報を必ず確認してください(湯の滝は登山道とは別ですが、火山地帯であることに変わりはありません)。

なぜ特別なのか——微生物が鉱石をつくっている

この滝の主役は、水量でも落差でもなく、岩肌にこびりついた黒い沈殿物です。これはマンガンという金属が酸化してできた二酸化マンガンで、鉱石そのもの。しかもこの鉱石を作っているのが、岩の表面に暮らす微生物なのです。

温泉水のマンガンイオンを微生物が酸素と結合させ二酸化マンガンとして沈着させる仕組みの図解
マンガンができる3ステップ。生き物が金属鉱床を作る、という発想の転換が必要な現場です。

仕組みはこうです。温泉水には、溶けたマンガン(マンガンイオン)が含まれています。滝の岩には、光合成をする藍藻(シアノバクテリア)と、マンガンを酸化させるマンガン酸化細菌が暮らしています。藍藻が光合成で出した酸素と、温泉のマンガンを、細菌が結びつける。すると黒い二酸化マンガンが岩に沈着していきます。この滝では年間1トン以上(!)のマンガンが、こうして生物の力で積もっているのです。

何がすごいのか。マンガンのような金属鉱床は、ふつう深い海の底で気の遠くなる時間をかけてできるもので、人間が形成の現場を目にすることはまずありません。ところが湯の滝では、本来なら海底でしか起きない鉱床づくりが、陸上で、しかも微生物の働きでリアルタイムに進行している。これは世界的にも極めて珍しく、「天然の実験室」として国の天然記念物(正式名称は「オンネトー湯の滝マンガン酸化物生成地」)に指定されています。実際、昭和20年代にはここでマンガンが採掘されていた歴史もあります。

オンネトー湯の滝の解説板
現地の解説板。「ただの滝」と思って通り過ぎる人が多いのですが、書いてある内容を読むと、地味な見た目の裏にある壮大さに気づきます。

原始地球の海を、いま目の前で見ている

この滝が地学好きの心を掴むのは、もう一段深い理由があります。それは、大昔の地球の海で起きていたことを、現代の陸上で追体験できるという点です。

地球の歴史をさかのぼると、まだ酸素の少なかった原始の海で、微生物(藍藻の祖先)が光合成を始めて酸素を出し、その酸素が海に溶けた金属を酸化させて、海底に膨大な鉱床を沈殿させた時代がありました。鉄の巨大鉱床(縞状鉄鉱層)はこうして生まれたと考えられています(この酸素が地球を作り変えた歴史は地球の大きな仕組みとも地続きです)。湯の滝で今まさに起きている「微生物が酸素で金属を沈める」営みは、その原始地球のドラマの縮小再現版なのです。滝壺のオレンジや黒の被膜を眺めていると、数十億年前の地球の海を覗き込んでいるような気分になります。

正直に言えば、湯の滝は派手な観光地ではありません。原生林を歩いた先にひっそりとあり、滝そのものより「岩の汚れ」に注目しろという渋い名所です。でも、目の前の黒い沈殿が「生き物がつくる鉱石であり、原始地球の再現」だと知ると、風景が一変します。私はこの滝の前で、しばらく動けなくなりました。

オンネトー湯の滝のよくある質問

滝に触ったり入ったりできる?

天然記念物なので、沈殿物や岩に触れるのは避けましょう。かつては湯の滝に浸かれた時代もありましたが、貴重なマンガン生成の現場を守るため、現在は観察するにとどめるのがマナーです。温泉として楽しむなら、近くの温泉施設をどうぞ。

オンネトー(湖)も見る価値ある?

是非。オンネトーは雌阿寒岳の噴火で川がせき止められてできた堰止湖で、見る角度や天気で湖面の色が変わることから「五色沼」とも呼ばれます。湯の滝とセットで、火山がつくった水辺の風景を楽しめます。

火山の温泉となぜ関係が深いの?

湯の滝の水は雌阿寒岳の火山活動が生んだ温泉水だからです。火山があるからマンガンを溶かした温泉が湧き、その温泉が滝になって微生物に金属を供給する。火山あってのマンガンの滝、というわけです。

まとめ——地味な滝が、地球史の教室だった

オンネトー湯の滝は、雌阿寒岳の火山が生んだ温泉水と微生物が協力して、マンガン鉱石を陸上でつくり続けている世界的にも珍しい場所です。海底でしか起きないはずの鉱床形成を目の前で見られ、しかもそれは原始地球で酸素と生命が地球を作り変えた出来事の再現でもある。派手さはありませんが、「地球はこうやって鉱物を作り、生命が地球を変えてきた」という物語を、これほど間近に感じられる場所はそうありません。阿寒の森を訪れる機会があれば、ぜひこの地味で偉大な滝に足を運んでみてください。

山の成り立ちをもっと知りたい方は、「山の地質」カテゴリの記事一覧もどうぞ。

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娘と登る立山・雄山3,003m——半日で「3つの地球の力」に出会える最高の初アルプス https://chikyu-yama.online/tateyama-oyama-family/ https://chikyu-yama.online/tateyama-oyama-family/#respond Thu, 23 Jul 2026 08:26:28 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1796 小学生の娘と、紅葉最盛期の立山・雄山(3,003m)に登った記録です。室堂から半日で3,000m峰に立てるだけでなく、噴気を上げる地獄谷、氷河が削った山崎カール、みくりが池と、火山・氷河・隆起という3つの地球の力を一度に体験できる、初めてのアルプスに最高の山でした。

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立山・雄山(おやま、3,003m)は、子どもの「初めての3,000m峰」に日本でいちばん向いている山だと思います。ケーブルカーとバスを乗り継げば標高2,450mの室堂まで運んでもらえて、そこから山頂までの標高差はわずか550m。それでいて頂上に立てば、視界いっぱいに北アルプスの大パノラマが広がります。9月末の紅葉最盛期、小学生の娘と登ってきました。

そしてこの山のもう一つの顔が、「地球の力の見本市」であることです。歩き出しから下山まで、火山・氷河・隆起という山をつくる3つの力の証拠が次々に現れます。親子登山の記録とあわせて、その見どころを紹介します。

草紅葉に染まる室堂平の全景。みくりが池と地獄谷の噴気、雷鳥沢方面の山々
一ノ越への登りから振り返った室堂平。草紅葉の絨毯の中に、みくりが池と地獄谷の白い噴気が見えます。

ルート概要——室堂から一ノ越経由で往復約4〜5時間

ルートは王道の室堂(2,450m)→一ノ越(2,700m)→雄山(3,003m)の往復です。室堂から一ノ越までは石畳が敷かれた遊歩道のような道で、傾斜も穏やか。問題はその先で、一ノ越から山頂までは岩がゴロゴロした急斜面になります。標高差300mの岩場は、下から見上げると娘が一瞬黙るくらいの迫力がありますが、登り下りのルートが分けられていて、三点支持を教えながら登ればコースタイムどおりに小学生でも登り切れました。本人いわく「アスレチックみたいで楽しい」。子どもは岩場のほうが燃えるようです。

立山周辺の地形図。室堂・一ノ越・雄山の位置関係
室堂周辺の地形図。出典:国土地理院
一ノ越へ続く石畳の道を歩く子どもの後ろ姿。周囲は紅葉の始まった立山の山肌
一ノ越へ続く石畳の道。険しさゼロで始まるのに、周りはもう3,000m級の景色です。子どもの足でも歩きやすい道が続きます。

9月末の立山は紅葉の最盛期で、室堂平は草紅葉の黄金色、斜面はナナカマドの赤と、どこを切り取っても絵になります。そのぶん人も多く、雄山直下の岩場は渋滞気味でした。子連れの場合、朝いちばんのバスで入って昼過ぎに下りてくる計画にすると、渋滞も午後の天候悪化も避けやすいです。

歩きながら出会う「3つの地球の力」

立山のすごさは、ルート上の見どころがそのまま地学の教材になっていることです。図にまとめるとこうなります。

室堂から雄山への断面図。みくりが池・地獄谷・一ノ越・山崎カールの位置と、火山・氷河・隆起の3つの力
室堂〜雄山ルートの断面。半日の行程に火山・氷河・隆起の証拠が全部詰まっています。

①火山の力。室堂平自体が、かつての噴火で流れ出た溶岩がつくった台地です。みくりが池は水蒸気爆発の火口跡に水が溜まった池で、その隣の地獄谷からは今も轟々と噴気が上がっています。立山(弥陀ヶ原火山)は気象庁が常時観測する活火山で、「3,000m峰に登ったら火山ガスの匂いがした」という体験は、考えてみればかなり貴重です。

②氷河の力。雄山の山頂直下、西斜面には椀のようにえぐれた地形があります。これが山崎カール。氷期に氷河がスプーンのように山肌を削った跡(カール)で、1905年に地理学者の山崎直方がここを調査して「日本にも氷河時代があった」ことを初めて示した、日本の氷河研究発祥の地です。国の天然記念物にも指定されています。カールという地形の仕組みは氷河地形の記事で解説しています。そして立山連峰には、現在も動いている本物の氷河(御前沢氷河・内蔵助氷河など)が残っています。詳しくは日本の氷河は9つあるの記事をどうぞ。

③隆起の力。そもそもこの一帯が3,000mの高さにあること自体が、プレートに押されて山脈が持ち上がり続けている証拠です。娘には「この山、今もちょっとずつ背が伸びてるんだよ」と伝えたところ、「私と一緒だ」と返されました。うまい。

雄山山頂——3,003mの上の神社

雄山から北へ続く立山の主稜線。岩の峰と青空
雄山から北へ続く主稜線。この稜線の東側に、いまも動く氷河が隠れています。

山頂には雄山神社の峰本社が建っていて、最高点の岩の上でお祓いを受けられます。3,003mの頂で神主さんの太鼓の音を聞くのは、なかなか他では味わえない体験です。晴れていれば剱岳や薬師岳、遠く槍ヶ岳まで見渡せます。娘の感想は「山の上に神社があるのすごい。だれが木を運んだの?」——正直、私も同じことを考えていました。信仰の力おそるべし。

立山の下山路から室堂平を見下ろす。みくりが池と紅葉の山肌、歩く子どもの後ろ姿
下山路からは室堂平を一望。みくりが池の青、草紅葉の金色、遠くには富山平野まで見えます。この景色を見ながら下れるので、子どもの足取りも軽くなります。

下山は同じ道を戻り、余力があったのでみくりが池を一周してから帰りました。火口跡の池に立山の稜線が映る様子は、火山と氷河と隆起の合作を1枚の鏡で見るようで、この山のまとめとして完璧な締めくくりです。

室堂までの道のりも「本編」です

立山黒部アルペンルートで室堂に入ること自体が、子どもにとっては一大イベントです。私たちは富山側の立山駅から入り、ケーブルカーと高原バスを乗り継ぎました。バスの車窓では、標高が上がるにつれて森が低くなり、やがて森林限界を越えて草原に変わる——教科書で習う「植生の垂直分布」が、50分の乗車で早送り再生されます。娘への地学教育のつもりが、本人は「バスの運転手さんすごい」に夢中でした。まあ、それも正しい。

室堂ターミナルには売店も食堂もあり、水は「立山玉殿の湧水」が汲み放題。3,000m級の登山口としては日本一整った環境なので、親子登山のハードルを大きく下げてくれます。運が良ければハイマツ帯で雷鳥に会えることもあります。天気が下り坂の日ほど出やすい鳥なので、曇り空でもがっかりする必要はありません。

なお紅葉最盛期の週末はアルペンルートの乗り物が大行列になります。私たちは始発近くの便で入りましたが、それでも立山駅のケーブルカーは整理券方式でした。子連れなら前泊か、平日を強くおすすめします。行列で子どもの体力ゲージを削ってしまうのがいちばんもったいないので。

親子登山メモ

コースタイム室堂→一ノ越 約1時間/一ノ越→雄山 約1時間(子連れは1.5倍を想定)
核心部一ノ越から上の岩場。三点支持ができれば小学生でも可
注意点3,000mなので天候急変と高山病に注意。無理なら一ノ越までで十分絶景
楽しみ雄山神社のお祓い、みくりが池、下山後のソフトクリーム

立山の成り立ちをもっと深く知りたい方は立山の地質解説の記事を、ほかの山行記は「登山記録」カテゴリをどうぞ。

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活火山とは何か——日本に111もある理由と、地図に浮かぶ「並び方の法則」 https://chikyu-yama.online/katsukazan-basics/ https://chikyu-yama.online/katsukazan-basics/#respond Wed, 22 Jul 2026 05:13:01 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1658 活火山とは「概ね過去1万年以内に噴火した火山と、今も噴気活動がある火山」のこと。日本には111あります。なぜ1万年なのか、なぜ近畿・四国にはゼロなのか——分布図に浮かぶ法則まで、気象庁の一次資料でわかりやすく解説します。

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活火山とは、「概ね過去1万年以内に噴火した火山」と「現在活発な噴気活動のある火山」のことです(気象庁の定義)。日本にはこれが111あります。ところで、昔の理科で習った「休火山」「死火山」という言葉を覚えていませんか。実はこの分類、今は公式に使われていません。この記事では、活火山の定義が「1万年」になった理由、111の分布図に浮かび上がる並び方の法則、そして「なぜ近畿と四国には活火山が1つもないのか」まで、気象庁と産総研の一次資料で解説します。

「休火山・死火山」はなぜ消えたのか

かつては「今噴いている山=活火山、休んでいる山=休火山、もう噴かない山=死火山」という3分類があり、富士山は長らく「休火山」と呼ばれていました。この分類が消えた理由は、年代測定の技術が進んで火山の寿命は人間の歴史よりはるかに長いと分かったからです。火山は数千年〜数万年単位で活動するので、数百年噴いていないことは「ほんのつかの間の眠り」にすぎません。歴史の記録だけで生死を判定するのは無意味だった、というわけです。

それを痛感させたのが1979年の御嶽山です。有史以来の噴火記録がなく「死火山」扱いだった山が、突然噴火しました。こうした経験を経て、気象庁(火山噴火予知連絡会)は2003年に現在の「概ね過去1万年以内」という基準へ定義を改めます。1万年噴いていなくても、次に噴く可能性を否定できないのが火山なのです。

御嶽山の山頂部に残る噴火の痕跡
御嶽山。「死火山」と呼ばれていた山は1979年に突然目を覚まし、活火山の定義そのものを書き換えるきっかけになりました。

111の分布図——並び方に法則がある

111の活火山を地図に打つと、バラバラではなくくっきりした帯になって並びます。北海道から東北の背骨を通る帯、富士山から伊豆諸島・小笠原へ一直線に南下する帯、九州から南西諸島へ続く帯。そして一目で分かるのが、近畿・四国の完全な空白です。

日本の活火山111の全分布図。帯状に並び近畿・四国には存在しない
日本の活火山111の分布(位置は気象庁カタログに基づく。出典:国土地理院の地図を加工)。列島に沿った帯と、近畿・四国の空白に注目してください。

この並び方の正体は、地下に沈み込むプレートです。海のプレートが日本列島の下に沈み込み、深さ100〜150kmに達したところでプレートから水がしぼり出され、マグマが生まれます。だから火山は「プレートがその深さに達した場所の真上」に、海溝と平行な列を作る。この火山列の最前線を火山フロントと呼びます。

沈み込むプレートが深さ100kmに達した真上に火山列ができる仕組みの断面図解
火山が帯状に並ぶ仕組み。海溝と火山列の間には「火山なし地帯」ができます。

では近畿・四国はなぜ空白なのか。この地域に沈み込むフィリピン海プレートは若くて温かく、浅い角度で沈み込んでいるため、マグマが生まれる深さまで十分に達していないから——というのが現在の説明です。関西に火山がないのに有馬温泉が異常に熱いのは、このプレートからしぼり出された熱水が直接上がってくるためだと近年の研究で分かってきました。火山の空白地帯にも、地下ではちゃんとドラマが進行しています。

活火山は「増えて」いる——77から111へ

活火山の数は、実は何度も変わってきました。

年数基準
1975年77噴火の記録がある火山など
1991〜96年83→86「過去およそ2000年以内」に拡大
2003年108「概ね過去1万年以内」に改定
2011年・2017年110→111調査の進展で追加選定

もちろん火山が新しく生えてきたわけではなく、増えたのは「人間の知識」の方です。噴火の記録は文書が残っているかどうかという人間側の事情に左右されますが、年代測定の進歩で、記録のない火山からも新しい噴火の証拠が次々見つかりました。基準を科学に寄せるたびに数が増えてきた、という歴史です。ちなみに2024年からは、新設された国の火山調査研究推進本部がこの111を正式に引き継いでいます。

数字で見る日本の活火山

最高峰富士山(3,776m)。2位は御嶽山(3,067m)
最北茂世路岳(択捉島)。カタログは北方領土の11火山を含む
最南日光海山(海底火山、山頂は水深392m)
海底火山山体がまるごと海面下の火山が9〜10ある
世界の中では世界の活火山は約1,350〜1,500。日本はその約7〜8%(政府資料では「約1割」)
24時間監視111のうち51火山を常時観測(今年3月に中之島が追加され50→51に)

国土面積は世界の0.25%しかないのに、活火山は約1割。あらためて日本は火山の国です。しかも「最南の活火山」が海の底というのは意外に知られていません。2021年に大噴火して軽石を関東の海岸まで届けた福徳岡ノ場も、小笠原の海底火山でした。ここまで読んで巨大な噴火の実力が気になった方は、日本の火山ランキングの記事でどうぞ。

いま「活動中」の火山はどれくらい?

活火山111といっても、大半は静かです。この記事を書いている時点で噴火警戒レベル3(入山規制)は桜島の1火山、レベル2(火口周辺規制)は雌阿寒岳・十勝岳・岩手山・阿蘇山・新燃岳・薩摩硫黄島・諏訪之瀬島の7火山。つまり登山に影響が出ているのは111のうち1割弱で、残りは「活火山であることに留意」しつつ普通に登れます。レベルは動きます——今年に入ってからも十勝岳と阿蘇山が1→2に上がり、口永良部島は2に上がって9日後に1へ下がりました。火山の山に登る前に気象庁の発表を確認する習慣だけは持っておきたいところです。規制の仕組みと百名山への影響は、近日公開予定の入山規制の記事で詳しくまとめています。

活火山のよくある質問

富士山は活火山?

正真正銘の活火山です。最後の噴火(1707年の宝永噴火)から約300年静かですが、火山の時間感覚では「つかの間の眠り」。しかも過去の噴火回数で見ると日本屈指の「よく噴く山」で、現在も24時間の常時観測対象です。

活火山でない山なら安心?

噴火の心配はほぼ不要ですが、「活火山でない=火山でない」ではありません。たとえば北アルプスの多くの山は火山ではありませんし、逆に立山のように活火山(弥陀ヶ原)を抱えた山域もあります。山がどちらのタイプかを知っておくと、山の見え方が変わります。

巨大なカルデラも活火山?

阿蘇・十和田・屈斜路など、多くのカルデラが活火山として数えられています。カルデラの記事で書いたとおり、カルデラは日本最大級の噴火の跡地。「凹んでいるから終わった火山」ではなく、中岳(阿蘇)のように現役で噴煙を上げているものもあります。

まとめ——111という数字は「知識の現在地」

活火山とは「概ね過去1万年以内に噴火した、または今も噴気を上げる火山」で、日本には111。並び方は地下のプレートが決めていて、近畿・四国の空白まで含めて理屈どおりです。そして77→111という数の変遷が教えてくれるのは、この数字が「火山の数」ではなく人間の知識の現在地だということ。次に基準や調査が進めば、112になる日も来るかもしれません。山の上で噴気や火口に出会ったら、1万年スケールの「生きている山」に登っているのだと思い出してみてください。

視野を日本の外へ広げると、この火山の列は太平洋をぐるりと一周しています。環太平洋造山帯——太平洋を囲む4万kmの「火の輪」で全体像を実データの地図で見られます。

山の成り立ちをもっと知りたい方は、「山の地質」カテゴリの記事一覧もどうぞ。

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火山で登れなくなる百名山——噴火警戒レベルと入山規制、そして山が「還ってくる」までの全記録 https://chikyu-yama.online/hyakumeizan-volcano-restrictions/ https://chikyu-yama.online/hyakumeizan-volcano-restrictions/#respond Sat, 18 Jul 2026 01:14:36 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1595 百名山のうち23座は噴火警戒レベルが運用される活火山です。レベルの仕組み、入山規制を決めているのが気象庁ではなく市町村長であること、そして規制解除=山が「還ってくる」までの実際の道のりを、御嶽山の9年を軸に解説します。

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日本百名山100座のうち23座は、気象庁が噴火警戒レベルを運用する活火山です。このうち2026年7月時点で、阿寒岳(雌阿寒岳)・十勝岳・岩手山・阿蘇山・霧島山(新燃岳)の5火山がレベル2(火口周辺規制)にあり、登山ルートに実際の影響が出ています。この記事では、警戒レベルの仕組みと、あまり知られていない「山を閉じ、山を開いているのは誰か」を解説し、23座の現況を一覧にします。

なお2026年9月12日、十勝岳はレベル3(入山規制)へ引き上げられ、火口から概ね3kmが立入規制になりました。その経緯と、十勝岳の判定基準に書かれた「積雪期」という条件については十勝岳が噴火警戒レベル3ににまとめています。

先にこの記事の要点を3つ。①「レベル1=安全」ではないこと。②レベル3の名称は「入山規制」ですが、山を閉じる法的権限を持つのは気象庁ではなく市町村長であること。③だから、レベルが下がっても山はすぐには開かないこと——御嶽山では、レベル1への引き下げから山頂再開まで13カ月、すべての登山口が開くまで噴火から9年かかりました。

※規制情報は変わります。本記事の現況は2026年7月14日確認時点のものです。入山前には必ず気象庁の火山情報と自治体の発表を確認してください。

噴火警戒レベルとは何か?——「レベル1=安全」ではない

噴火警戒レベルは、気象庁が全国49の火山で運用している5段階の指標です(2007年開始)。登山者に関係が深いのは1〜3です。

レベルキーワード登山者にとっての意味
1活火山であることに留意原則登山可。ただし火口付近などに規制が残る山もある
2火口周辺規制火口から概ね1〜2kmが立入規制。山頂が圏内なら登頂不可
3入山規制登山禁止。規制は概ね2〜4kmに拡大
4・5高齢者等避難・避難居住地域に危険が及ぶ段階。登山の議論の外

レベルの上げ下げを判断するのは気象庁の火山監視・警報センターで、根拠は観測データです。たとえば御嶽山の公表基準では「火山性地震が24時間に50回以上」「山体の膨張を示す地殻変動」などがレベル2への引き上げ条件になっています。つまりレベルとは、地下のマグマや熱水の「ざわつき」を数値で翻訳したものです。

忘れてはいけないのは、2014年の御嶽山噴火(死者・行方不明63名、戦後最悪の火山災害)がレベル1のまま起きたことです。当時、火山性地震は基準を超えて増えていましたが、山体膨張が観測されずレベルは据え置かれました。この教訓から噴火速報の新設や判定基準の公表が進みましたが、「レベル1は安全宣言ではない」という事実そのものは今も変わっていません。私が夏の御嶽山で山頂直下の噴火跡に立ったときも、警戒レベルは1でした。レベル1とは「地球が静かにしている」という観測結果であって、「明日も静かにしている」という約束ではありません。

御嶽山山頂直下に残る2014年噴火の痕跡
初秋の御嶽山山頂直下。2014年噴火の痕跡が残る一帯は、この日「レベル1」でした。数字の意味を体で理解した場所です。

「入山規制」を決めているのは、気象庁ではない

意外に思われるかもしれませんが、レベル3の名称が「入山規制」であるにもかかわらず、気象庁に山を閉じる権限はありません。登山道を実際に閉じるのは、災害対策基本法63条に基づいて「警戒区域」を設定する市町村長です。警戒区域への立入は法的な禁止で、違反すると10万円以下の罰金または拘留の対象になります。ロープの向こうは「自己責任」の領域ではなく、法律の領域です。

そして市町村長が判断の拠り所にするのが、都道府県・気象台・火山専門家・警察消防などで構成される火山防災協議会(活動火山対策特別措置法で設置が義務化)です。気象庁のレベルは「あらかじめ協議会で合意した対応を起動するスイッチ」として機能します。まとめると、こうなります。

山が還ってくるまでの二段構造:気象庁のレベル引き下げと、火山防災協議会・市町村による規制解除
規制解除の二段構造。レベルを下げるのは「地球の観測」、山を開くのは「人間の合意」です。

山が「還ってくる」まで——御嶽山の9年

この二段構造が実際にどう動くのか。御嶽山の記録がすべてを教えてくれます。

2014年9月噴火。レベル3、火口から4kmを警戒区域に
2015年6月レベル3→2。協議会は「行方不明者の捜索が終わるまで火口2km以内は解除しない」と申し合わせ
2017年8月レベル2→1。しかし山頂は開かず。市町村は火口1kmの警戒区域を継続
2018年9月剣ヶ峰直下にシェルター3基を整備し、期間限定で4年ぶりに山頂再開(レベル1化から13カ月後)
2019年7月黒沢口からの剣ヶ峰登山が夏季の通常運用に
2023年7月犠牲が最も集中した八丁ダルミが9年ぶりに通行可能に(シェルター2基を新設)。全登山口から登頂可能へ
現在警戒区域は常設のまま、夏〜秋だけ登山道単位で緩和する方式。今季は7月10日〜10月14日

レベル1への引き下げは「地球が静かになった」という観測報告にすぎず、そこから捜索の完了、シェルター建設、登山道点検、雪解け、協議会の合意——人間側の宿題をひとつずつ終えて、山は少しずつ還ってきました。「レベルが下がったのになぜ登れないのか」という問いへの答えは、この表の中にあります。開くためには、閉じるよりずっと多くの準備が要るのです。

レベルと登山可否は一対一ではない——岩手山・浅間山・草津白根山

逆方向の例もあります。岩手山は山体深部の膨張を理由に2024年10月からレベル2が続いていますが、想定火口が山の西側に偏っているため、協議会の判断で2026年7月1日に東側4登山口(馬返し・焼走り・上坊・御神坂)だけが規制解除されました。レベル2のまま、山頂に登れます。西側のルートは引き続き閉鎖中です。

浅間山は「段階式」の分かりやすい見本です。レベル1なら実質的な山頂である前掛山まで、レベル2なら賽の河原分岐まで(黒斑山や火山館は可)、レベル3で登山禁止——と、レベルごとに「どこまで登れるか」があらかじめ決まっています。2026年5月にレベル1へ下がり、現在は約3年ぶりに前掛山まで登れます。

そして「レベル1でも登れない」代表が草津白根山です。湯釜付近はレベル1ですが、安全対策が整うまでとして草津町の立入規制が続き、湯釜見学は現在もできません。2018年に噴火した本白根山側に至っては、以来8年以上、登山禁止が続いています。レベルの数字だけを見て計画を立てると、この種の規制を見落とします。

百名山×噴火警戒レベル運用火山・全23座の現況

百名山のうち噴火警戒レベル運用中の23座の分布と現在のレベル
噴火警戒レベルが運用されている百名山23座(2026年7月14日時点)。赤=レベル2、橙=レベル1でも規制あり、青=レベル1(出典:国土地理院の地図を加工、レベルは気象庁発表)。

登山に影響がある山は次の7座です(2026年7月14日時点)。

山レベルいま、どこまで登れるか
阿寒岳(雌阿寒岳)2登頂不可。阿寒湖畔コース6合目・雌阿寒温泉、オンネトーコース7合目以上が立入禁止
十勝岳2登頂不可。火口から1.5km圏に山頂が含まれる
岩手山2山頂登頂可(東側4登山口のみ)。西側ルートは規制継続
阿蘇山2中岳第一火口から1kmが立入禁止。火口見学・中岳/高岳方面が規制
霧島山(韓国岳)2(新燃岳)韓国岳は大浪池・えびの高原側から登頂可。新燃岳方面の縦走路は不可(2011年から一度も全面再開していません)
草津白根山1湯釜見学不可(規制継続中)。本白根山は登山禁止が継続
御嶽山1剣ヶ峰は夏〜秋の緩和期間のみ登頂可(今季は10月14日まで)。ヘルメット携行を

残る16座——大雪山・岩木山・八甲田山・鳥海山・蔵王山・吾妻山・安達太良山・磐梯山・那須岳・日光白根山・浅間山(前掛山まで)・焼岳・乗鞍岳・白山・富士山・九重山——は現在レベル1で、通常の登山が可能です。ただしこの16座も「運用対象」である以上、いつでも表の上段に移り得ます。実際、浅間山・御嶽山・草津白根山はこの1年半の間にレベルが上下しました。この一覧は生き物です。

登る前の3ステップ

活火山の百名山に登る前の確認は、この順番が確実です。①気象庁の火山情報で現在のレベルと警戒範囲を見る。②山名+「入山規制」で自治体・火山防災協議会の発表を確認する(レベルと規制が一対一でないのは前述の通りです)。③登山届を出す——2024年施行の改正活火山法で、登山届の提出は「努めなければならない」と努力義務が強化されました。火口周辺に立つ日は、ヘルメットも。御嶽山や阿蘇では山麓でレンタルもあります。

火山の百名山は、確認の手間をかけてでも登る価値のある山ばかりです。噴火の仕組みや個々の山の成り立ちは、日本の火山ランキング、御嶽山の地質、焼岳の地質、安達太良山の登山記録で解説しています。規制が続く雌阿寒岳の麓には、微生物が鉱床を作るオンネトー湯の滝のような、火山ならではの見どころもあります。「山の地質」カテゴリもどうぞ。

投稿 火山で登れなくなる百名山——噴火警戒レベルと入山規制、そして山が「還ってくる」までの全記録 は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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噴火したら危険な日本の火山——山体の大きさ・噴火規模・回数で比較 https://chikyu-yama.online/japan-volcano-ranking/ https://chikyu-yama.online/japan-volcano-ranking/#respond Tue, 14 Jul 2026 22:46:55 +0000 https://chikyu-yama.online/?p=1579 日本には111の活火山があります。山体の大きさ・過去の噴火の規模・噴火の頻度という3つの部門で、公的データに基づく火山ランキングを作りました。1位は3部門とも意外な顔ぶれです。

投稿 噴火したら危険な日本の火山——山体の大きさ・噴火規模・回数で比較 は 地球を感じる山登り に最初に表示されました。

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日本には111の活火山があり、この記事ではその「実力」を、山体の大きさ・過去の噴火の規模・噴火の頻度という3つの部門でランキングにしました。意外なことに、国(気象庁)による公式の火山ランキングは存在しません。2003年に活動度でA〜Cのランク分けが作られましたが、現在は使われていません。そこでこの記事では、公的なデータベースの数値だけを使い、出典を明示して3部門の順位表を作ります。

先に3部門の1位だけ言うと、大きさは富士山、噴火の規模は阿蘇、噴火の頻度は——これも富士山です。「優美な富士山は実は日本一の巨体で、日本一よく噴火してきた」。このギャップが、日本の火山を読む面白さの入口になります。

富士山山頂付近から見たご来光と雲海
富士山山頂直下のご来光。この黒い斜面の下に、日本一の体積548km³が沈んでいます。大きさ部門・頻度部門の二冠王です。

第1部門:日本一大きい火山はどれか?

結論:現存する山体の体積では富士山が約548km³で1位です。日本火山学会がまとめた「日本の第四紀火山カタログ」(1999)の数値で統一して順位を付けると、次のようになります。よく紹介される「富士山=約400km³」は気象庁の値で、資料により幅がありますが、どの資料でも富士山の1位は揺るぎません。

順位火山体積標高
1富士山約548km³3,776m
2八ヶ岳約369km³2,899m(赤岳)
3榛名山※約180km³1,449m
4鳥海山約105km³2,236m
5赤城山約100km³1,828m
6御嶽山約79km³3,067m
7伯耆大山約78km³1,729m
8吾妻山約77km³2,035m
9浅間山約75km³2,568m
10苗場山約65km³2,145m

出典は第四紀火山カタログ委員会編『日本の第四紀火山カタログ』(日本火山学会、1999)。※榛名山の値は山体だけでなく火砕流・火山灰などの噴出物込みのため、少し割り引いて見る必要があります。また伊豆大島や三宅島などの島の火山は海底からの体積で計上されるため(三宅島は約519km³)、陸の山とは別枠にしました。

なお御嶽山(6位)は、標高では富士山に次ぐ日本第2位の火山(3,067m)です。「もっと上では」と感じた方は正しい感覚で、高さと体積は別の勝負ということになります。見どころは2位の八ヶ岳です。標高では富士山に900m近く負けていますが、南北21kmに連なる山体の総量は約369km³で堂々の2位。しかも八ヶ岳は数十万年分の侵食で深く削られてこの値です。山頂が広大な湿原になっている苗場山が10位に入っているのも、「火山らしい形」と「火山の実力」が別物であることを教えてくれます。ちなみに当ブログでよく扱う立山(弥陀ヶ原火山)は約10km³。富士山1つで立山55個分という計算になり、富士山の異常さが際立ちます。

日本の火山ランキング3部門の上位火山の位置図
3部門の上位火山の分布。巨大噴火の給源(赤)が北海道と南九州に偏り、本州中部には「大きい山体」(青)が並ぶ——この分布自体が日本列島の地下構造を映しています(出典:国土地理院の地図を加工)。

第2部門:日本最大の噴火はどれか?

結論:過去約12万年で最大の噴火は、約9万年前の阿蘇4噴火です。産総研の大規模噴火データベースによると、噴出量は930〜1,860km³。現在の阿蘇の山々はこの噴火で山体が丸ごと吹き飛んだ「あと」に育った子世代で、東西18km・南北25kmのカルデラの縁が、失われた親の体格を今も示しています。

順位噴火(給源)年代噴出量(見かけ体積)
1阿蘇4(阿蘇カルデラ)約9万年前930〜1,860km³
2姶良・入戸(姶良カルデラ)約3万年前880〜1,000km³
3支笏(支笏カルデラ)約4.6万年前350〜390km³
4阿多(阿多カルデラ)約11万年前300km³超
5洞爺(洞爺カルデラ)約11万年前230〜310km³
6鬼界アカホヤ(鬼界カルデラ)約7,300年前170km³超

出典は産総研の大規模噴火データベース(姶良・支笏・阿多・洞爺・鬼界)と、阿蘇4については産総研の研究者による2020年の再評価論文(Takarada & Hoshizumi, Frontiers in Earth Science)。6位の鬼界アカホヤ噴火は、過去1万年あまり(完新世)に限れば世界最大の噴火で、鹿児島沖の海底カルデラから出た火山灰は東北地方まで届いています。縄文時代の南九州の文化を壊滅させた噴火として知られます。なお、こうした噴火を指す「破局噴火」という言葉は、実は学術用語ではなく小説発祥の造語です。研究の世界では「カルデラ形成噴火」「大規模火砕噴火」と呼びます。

日本の噴火の噴出量比較(対数スケール):御嶽山2014から阿蘇4まで
噴出量の比較。目盛りが10倍刻みであることに注意。御嶽山2014年と阿蘇4の間には約100万倍の開きがあります。

このグラフで伝えたいのは、江戸の町に灰を降らせた富士山の宝永噴火(約1.7km³)でさえ、カルデラ噴火の数百分の1という規模感です。そして左端の御嶽山2014年噴火は約0.001km³。阿蘇4の100万分の1です。それでも死者・行方不明者63名という戦後最悪の火山災害になりました。噴火の「規模」と「人的被害」はまったく別の問題である——このグラフはそれを冷厳に示しています。

御嶽山山頂直下、2014年噴火の痕跡が残る火口周辺
初秋の御嶽山山頂直下で撮った、噴火の痕跡が残る一帯。私がここに立ったとき、グラフ上では「ほぼゼロ」に見える噴火が現地に残した爪痕の生々しさに、数字の読み方を考え直させられました。

第3部門:最も頻繁に噴火してきた火山はどれか?

結論:過去1万年の噴火イベント数では、富士山が162回で1位です。産総研の「1万年噴火イベントデータ集」の収録イベントを火山ごとに集計しました(公表済みのランキング表があるわけではなく、当ブログでデータ集を基に数えた値です)。

順位火山過去1万年の噴火イベント数単純平均の間隔
1富士山162約60年
2阿蘇山(中岳)161約60年
3伊豆大島118約85年
4浅間山113約90年
5霧島山100約100年
6桜島69(連続噴火を1件と数えた値)

この表には正直な注意書きが2つ必要です。第一に、イベント数は「地質と古文書の記録に残った回数」なので、調査が進んでいる火山ほど多く数えられます。第二に、何年も続く連続噴火は1件と数えられます。桜島は1955年以降ほぼ毎年爆発的噴火を繰り返しており(多い年は年数百回)、「実際に噴火した回数」なら桜島が別次元の1位です。現在も噴火警戒レベル3(入山規制)が続く、日本で最も現役の火山です。

それを踏まえても、富士山の162回は強烈です。平均すれば約60年に1回。ところが最後の噴火(宝永)から約320年が経っています。過去1万年の履歴の中で、現在の静けさはかなり異例の部類です。「平均60年」は「60年ごとに噴く」という意味ではありませんが、少なくとも「富士山は噴火しない山」という感覚が歴史の実態と逆であることは、この数字が示す通りです。詳しくは富士山の地質で解説しています。

登山者はこのランキングをどう使うか

3つの表を眺めると、面白い事実に気づきます。大きさTOP10のうち、御嶽山・伯耆大山・浅間山・富士山など、半分以上が普通に登山道のある人気の山です。日本の登山文化は、世界的に見れば「活火山の上でレジャーをしている」文化です。私自身、御嶽山・焼岳・安達太良山・富士山と、気づけばランキング常連の火山ばかり登ってきました。火山の山は総じて眺めが良く、地形が劇的で、温泉があります。危険だから登らないのではなく、危険の性質を知って登る。そのために気象庁の噴火警戒レベルを出発前に確認し、火口周辺ではヘルメットを持つ。ランキングはその「知る」の入口として使ってください。

安達太良山の荒涼とした火山地形
安達太良山の稜線から望む沼ノ平火口方面。植生が戻らない荒涼とした景観は、この山が「現役」であることの何よりの証拠です。

ランキングの先へ——個々の火山を読む

この記事は数値の一覧ですが、一つひとつの火山には固有の物語があります。規模100万分の1の噴火が最悪の火山災害になった御嶽山、北アルプス唯一の活火山焼岳、体積7位ながら崩壊が止まらない伯耆大山、月面のような沼ノ平を抱く安達太良山。そもそもなぜ日本にこれほど火山が多いのかは、日本の山はなぜここにある?で解説しています。噴火が残した溶岩が六角形の石柱に変わる柱状節理も、噴火の「作品」のひとつです。「山の地質」カテゴリで、山の成り立ちを地球規模で読み解いています。

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